第14話 帰らぬ人

紡や愛、琴美は、家を失った人のことを考えると、申し訳ない気持ちが湧き上がってきたが、避難してきた人を尻目に、第一師団駐屯地を後にして、愛の家を目指した。


20分ほど歩くと、高さ2 mほどの塀で囲まれた愛の家が見えてきた。愛の家は、二階建ての日本家屋で、家の敷地には日本庭園もある豪勢な造りをしていた。

門から入り、家の玄関まで10 mほど歩き、玄関を開けると、和装の使用人の智絵ともえさんが玄関で愛の帰宅を出迎えた。


「愛お嬢様、お帰りなさいませ。奥様と旦那様から事情はお聞きしています。大変だったでしょう。さあさあ、ご友人方も中にお入りになり、お身体を休めてください。」


そういうと、愛と琴美の外套がいとうを脱がせ、ハンガーに掛けた後、紡と琴美を客間に通した。


「すぐに、お夕飯の用意を済ませます。ですので、先にお風呂でもいかがでしょうか。すでに沸いておりますので、ゆっくり湯船に浸かってください。着替えは、用意しておきますので。」


そういうと、使用人の智絵はそそくさと客間を出て、台所へと向かった。


「紡、先にお風呂に入ったらどう?」


愛は、疲労に覆い尽くされた紡を心配して、先にお風呂に入って疲れを取ることを勧めた。


「ありがとう、そうするよ。」


紡は、素直に愛の提案を受け入れ、風呂場に向かった。


————————————


紡は、頭からシャワーでお湯を流しながら、今日1日の出来事を振り返っていた。


道場での自主練、入学式、リビン、能力、リビン対策班、本当に色々なことが起こった。そして、母さんと親父の死。


——本当にいなくなっちまったんだな……


紡は、母さんと親父の死にやっと向き合った。


突然のリビン襲来で、生と死の狭間を必死に生き抜かなくてはならず、母さんと親父の死に、じっくりと向き合う時間が持てなかったが、やっと愛の家の風呂場で、その時間を得ることができた。


母さんと親父との思い出と、失った悲しみが溢れてくる。


「う、う、う、う、うぁぁぁああああああ。」


紡は、悲しみに押しつぶされて声を上げながら泣いた。


——人を救うその姿に憧れた。大勢の人を救い笑顔にするその力に理想を抱いた。


紡の親父は医師で、母親は看護師だった。紡の家は中規模の病院を営んでいて、親父と母さんは、昼夜を問わず、患者を診ていた。自分の職務を全うし、人を救うその姿が美しいと思った、そして紡は自然と憧れた。


救われた人々は、親父や母さんに笑顔を向けていた。大勢の人を救い笑顔にするその力に、紡は理想を抱いた。


そんな紡の源泉ともなった人が、1日にしていなくなってしまった。紡はその現実を受け止めきれることができなかった。


ただただ、涙がこぼれ落ちる。もはや、紡には、自分の感情を制御することはできなかった。


——コンコン


不意に風呂場を誰かがノックした


——キィーー


風呂場のドアが軋み音を出しながら開いた。


「紡……?」


タオルを巻いた愛が、ドアを開け心配そうに紡に声を掛けた。

そして、そのまま紡を後ろから抱きしめた。愛の身体が紡の背中を包み込んだ。


「愛、お前、どうしたんだ。」


「紡、ごめんね、あなたの支えになるつもりができてなかった。もう堪えなくていいんだよ。」 


「愛……、俺は、誰も守れなかった。親父や母さんを見殺しにしてしまった。そして、愛まで失うところだった。」


「ううん、違うよ、紡は、自分ができることを全力でやったよ。あなたのせいじゃない。」


そう言うと、愛は、出しっ放しのシャワーを止め、紡の前に回り込み、紡を抱きしめた。


「俺は、守りたかったんだ。親父と母さんを。だけど俺は、非力で無力で何もできなかった。なんで、もっと早く能力に目覚めなかったんだ。この力があれば、母さん達を救えたかもしれない。俺は、どうしようもないボンクラだよ。俺には人を守る資格なんてない。自分の愛する人さえ守りきれない。そんな奴が人類のためにリビンに立ち向かうなんて、大それた話だよ」


「紡、私はね、人類のために立ち上がらなくてもいいと思っているわ。私は、紡が幸せになってくれればそれでいい。強くて優しいあなたに昔救われた時から、ずっとあなたの味方でいようと決めているわ、だから、人類を守らずあなたが誰から非難されようとも、あなたがどん底に落ちて絶望に打ちひしがれようとも、私はずっとあなたの側にいて、あなたを愛し続けるわ。」


「本当は、俺は、お前や琴美だけは、必ず守り切りたいんだ。しかし、この先、お前らを守る自信が全くない。」


「今の時代、男が女を守る時代じゃないわよ。お互い守りあいましょ。そして、もしもの時は私が命に代えてでもあなたを守るわ。紡。」


「ありがとう。」


そう言うと、紡は、愛の胸に顔を埋めて、涙を流し続けた。愛の愛情が暖かくて、涙が止まらなかった。紡の心の中の葛藤や混沌、後悔を愛の愛情が甘やかに溶かしていった。


「愛、ありがとう。おかげで気分が落ち着いてきたよ。今後のことは、また後でじっくり考えるよ。親父と母さんのことは、まだ受け入れることがあまりできていないけれど、ゆっくり現実を見つめていこうと思う。」


「そう、それは良かった……。」


「愛、」


「どうしたの紡。急に。」


「ごめん愛、今のは忘れてくれ、愛で気分を紛らわそうとしてしまった。最悪なことをしようとしてた。」


「ううん、いいよ。私でよければ、いいよ紡。それで、紡の心が安らぐなら、来て。」


「いいの?」


そう聞くと、愛は、ゆっくり笑顔で頷いた。


紡は、愛にキスをしながら、胸に手を置いた。


「っんん……。」


愛が小さく声を漏らした。紡は優しく愛を包んだ。




——ガチャ



紡と愛の気分が高揚している時、突然風呂場のドアが開いた。



「愛、紡何をしているの?」



そこには、タオルを身体に巻いた琴美が立っていた。


「いや、琴美こそ何しているんだ?」


紡は、琴美のスレンダーで、モデルのような体つきを見ながら尋ねた。


「いや、紡が辛いんじゃないかと思って、慰めようと来たんだけど、必要なかったかな?あと、私お邪魔しちゃったみたいね。テヘヘ。」


「いや、これは違うんだ。」


そう言うと紡は、素早く愛から離れた。


「いやいや、違わないでしょ。ごめんね愛お邪魔しちゃったみたいで、私は、退散するので、続きをごゆっくり〜。」


そういって、琴美は後ろに下がると、何かにぶつかった。


「あの〜お嬢様、そういうことはお止めしませんけど、せめて、自分の部屋や、私が感知しないところでしていただきたいです。感知してしまうと、奥様や旦那様への報告義務が生じてしまうので……。」


琴美がぶつかったのは、使用人の智絵であった。紡に夕食の支度ができたことを伝えに来たところで、この混沌とした現場に居合わせてしまったのである。


「智絵さん、これは内密にお願いします。まだ、してませんのでセーフです!」


「いや〜お嬢様、もはやアウトな気もしませんが、今回はセーフにしておきます。では、皆様、夕飯の準備ができておりますので、各々、支度ができ次第、ダイニングにいらしてください。」


そう言うと、使用人の智絵さんは風呂場を後にした。


紡は、風呂場から上がり、代わりに愛と琴美が一緒にお風呂に入ることになった。


脱衣所で体を拭いた後、洗面台の鏡を見つめながら、紡は、気持ちが波だっていながらも心の中でそっと誓った。


——親父、母さん、俺は、必ず憎きリビンから愛や琴美、愛する人たちを守り抜くと

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