第7話 怖い怖い怖い、でも、
紡達は、中学から1 km東にある陸上自衛隊駐屯地を、浅井巡査の先導にて目指していた。当初は、駆け足で行こうとしたが、怪我をした人、老人などもいたため、徒歩で向かっていた。道中には、目を覆いたくなるような悲惨な光景が広がっており、そこら中に死体が横たわっていた。
そんな中、浅井巡査は、冷静に使命を全うしていた。
「こちら浅井、只今、高校から300 m付近を通過中。」
と、逐次、校門で別れた仲間に無線で現状を報告していたが、返答は一度も帰っては来ていない。しかし、浅井巡査は、黙々と報告を続けていた。
紡と愛はというと、まだ琴美に手を引かれながら歩いており、正気を取り戻せてはいなかった。
琴美は、『愛のせいじゃないよ』とか『紡しっかりして』とか言いながら諭と愛の手を引いていた。
中学校から500 mくらい離れた時、急に浅井巡査が歩みを止めた。行く手に、大型トラックやバスが横たわっていて、道を塞いでいたのである。
——迂回しなければ、
浅井巡査は迂回路を探した。
「こちらの道を通って迂回しましょう。駐屯地まではもう少しです。頑張りましょう。」
浅井巡査は、なんとかみんなを勇気付けようと、無理に明るく振る舞った。
みんなが、迂回路に行こうとした時、後方100 m付近で銃声がした。
「そこのヴァイサイトよ、止まりなさい。そしてゆっくりこちらに来なさい。」
ハイダン隊長である。遂に、偵察機動部隊が、紡達を捉えたのである。
紡達は、立ち止まって振り返った。逃げようと思ったが、恐怖で身動きが取れなかった。
バン!
そんな中、浅井巡査はすかさず、拳銃を抜き、撃った。
しかし、弾はリビンのシールド「レセプター」に飲み込まれ、当たらなかった。
「アイシャ少尉、我々の言葉はヴァイサイトに通じているのかね?」
「隊長、大丈夫かと思われます。自動翻訳機も正常に作動していますので、問題なく通じていると思われます。」
「じゃあ、なぜこっちに来いと言う、私の指示に従わないのかね。しかも攻撃までしてきた。」
「う〜ん、恐らく、怖がっているのでは?」
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。」
ハイダン隊長は、それはそうかと納得しながら、大きな声で笑った。その様子は、ますます紡達に、恐怖を植え付けた。
「これは、失敬、私はリビン第一師団所属、機動偵察隊隊長ハイダンである。我々は、君達を追ってきたが、ただ君達に聞きたいことがあるだけなんだ。正直に答えたならば、君達だけは、特別に見逃してあげてもいい、全ては返答しだいさ。ちなみに、我々に君達の武器は通用しないから諦めなさい。」
ハイダン隊長は意気揚々と、聞こえの良い言葉を並べた。
「要求はなんでしょう。」
浅井巡査が前に出て、応対した。少しばかり、浅井巡査は震えていた。浅井巡査自身は、この震えは武者震いだと自分に言い聞かせて、自らを奮い立たせていた。
「要求はただ一つ、リビンの脱走兵をこちらに渡しなさい。」
「リビンの脱走兵?まずリビンとはなんですか。」
浅井巡査は、ハイダン隊長に尋ねた。
「君達に質問する権限を与えた覚えはない、こちらの質問にのみ答えなさい。」
ハイダン隊長は、浅井巡査の質問を切り捨てた。
リビンの脱走兵?、紡達と逃げていた人達は、口々になんだそれはと呟きあっていた。
紡は、呆然自失となりながらも、頭だけは回していた。
——リビンの脱走兵?そういや、さっき愛が『私のせいで、リビンが来た』とか言ってたな、愛なら何か知っているのか?
そう思考しているときに、愛が動き出す気配を感じた。するとすかさず、琴美が愛を引き止めた。無言で首を横に振り、行っちゃダメだと無言の圧力を愛にかけた。
しかし、愛は、引きつった笑顔を向けながら、琴美と紡に言った。
「私が、行けば全てが丸く収まるの。ごめんね紡、私が全て悪いの。私が能力を使ったから紡のお母さんを殺してしまったの。そして、紡をこんな風にしてしまったの。本当にごめんなさい。罪を償います。ことちゃんは、私の分まで生きて、紡ぐをお願い。紡、あなたを愛してました。あなたのことは私が守ります。」
愛は、紡を抱きしめた。強く強く抱きしめた。少しでも紡の体温を感じたいために、少しでも紡に、愛を感じて欲しいために。
そして、愛は、紡の頬にキスをすると『さよなら』と言い、ハイダン隊長の方へと歩き出した。
——何言ってるんだ愛、行ったら死ぬぞ、行ってはダメだ。
紡は、愛を止めようとした。しかし、体に全然力が入らないし言葉を発することができない。極限まで精神的負荷と肉体的負荷がかかったため、体が自己防衛として、意識と身体のリンクを切ってしまったらしい。
紡は、金縛りにあったかのように、意識では動こうとしていも、身体は言うことを聞かない状態になってしまっていた。
紡が、自分自身と戦っている間に、愛がハイダン隊長の前に出て行ってしまった。
「お前が、リビンの脱走兵か。名は何という。」
「私は、神楽愛です。正確には脱走兵では、ありません。ヴァイサイトに来たリビンの子孫です。」
「それを脱走兵というのである。リビン人は皆、有事には兵隊になり、リビンに尽くす義務がある、それをお前らの祖先は反故にし、リビンに反旗を翻した重罪人である。アイシャ少尉、コヤツから能力の痕跡が検出できるか?」
ハイダン隊長はアイシャ少尉に尋ね、アイシャ少尉は、サーベイメータを愛にかざした。
「はい、この者からGA-5の漏出が確認できます。」
「よろしい、では、愛といったかね、君をリビンに連行する。ちなみに君はどんな能力を持っているんだ。」
「それは、教えることはできません。」
愛は、鋭い眼差しで、ハイダン隊長を睨みつけた。
「おーそれは、困るな、君の能力が未知のまま連れて行ったとなれば、私の部下が君に襲われてしまうかもしれない。さあ、どんな能力なのか言いたまえ。」
「言いません。」
「それは困ったな。どうしようかね、アイシャ少尉。」
「はい、リビン脱走兵は、基本裁判にかける必要がありますが、危害を加える可能性がある者、または、リビンへの連行が不可能である者に対しては、隊長権限により、裁判を省略して処刑することが認められています。」
「愛よ、そういうことだ。今、君の生殺与奪は私が握っている。そのうち死ぬんだが、今はまだ、賢く生きた方がいいと思うがね、それに、言わないと、後ろのお友達は死ぬよ。」
愛の顔がみるみる青ざめた。
「わはははは、わかりやすい子は嫌いじゃないよ。そうだよな。友達には死んで欲しくないよな。」
「わかりました。私が受け継いだ能力をお教えします。ただ二つこちらも教えていただきたいことがあります。」
「なんだね、なんでも聞くがいい。」
「なぜ、私一人を捕まえるだけに、こんなにも大規模に軍隊が動いているのですか。」
ハイダン隊長は少し考えてから、話し出した。
「君は少し勘違いしているようだね。そもそもこの作戦は、君を捕まえるための作戦ではない。純粋にヴァイサイトを駆逐するための作戦である。ただ、偶然貴船高校に降り立ったところ、君が使った能力の残渣を検出したのだよ。能力を保有した脱走兵は見逃すことはできない。だから我々は、殲滅作戦をしながら、新たに君の捕縛作戦を実施しているんだよ。実際、我々は、ヴァイサイトに降り立つまで、君が能力を使用したことは知らなかったしね。」
愛は、驚嘆した。話を聞いていた琴美は、愛のせいじゃなかった、でもそうなるとあの講堂崩壊は何故と呟いた。また、琴美は愛を救出するチャンスを伺っているようでもあった。
「これでいいかね?それじゃあ、君の能力を教えてくれたまえ。」
「わかりました。お教え致します。私の能力は、エクスペクテッド・ヒューチャー(Expeced Future)つまり、未来予知です。」
「嘘だろ。」
ハイダン隊長は驚きが隠せなかった。
「君の能力の始祖神はどなたかね。」
「私の能力の始祖神は、アトゥム様です。」
偵察部隊隊員の間にどよめきが走った。それもそのはずである。リビンでは、アトゥム様は、自害したことになっており、その側近や家来達も全て死んだことになっていた。そのため、能力分与も行われず、アトゥム様由来の能力は全て絶えたと思われていたのだ。
しかし、それが今覆されたのである。能力分与を受けた生き残りがいたことが明らかになったのだ。
「これは、まずいな、アトゥム様の家来は、見つけしだいすぐに殺せとの神命がアレース様から下っている。ゆえに、計画を変更して、今から愛、お前をここで処刑し、お前の首だけリビンに持ち帰る。」
「私が死ねば、本当にみんなを助けてくれるんですよね。」
ハイダン隊長は首を横に振った。
「リビンに能力使いがいることをヴァイサイトは知ってはならない、ましてやアトゥム様の庇護者が生きているなどの国家機密並みのことをこやつらは知ってしまった。そんな奴は、生かしておくことはできない。』
「そんな……。」
愛はそれ以上言葉を発することができず、膝から崩れ落ちた。
「運がなかった自分を憎め。」
そう言うと、ハイダン隊長は、帯剣を引き抜き、それを振り上げた。
「愛逃げて!」
琴美が叫んだ。
——やばいやばいやばいやばい
相変わらず、紡は自分の身体と葛藤していた。全く身体が動かない。目の前で、これまで共に過ごしてきた、愛している人が殺されかけている。なのに、身体が動かない。
動け動け動け動け動け動け
頼むから動いてくれと、紡は血が出るくらいに唇を噛み締め、なんとか身体を動かそうとした。
でも、動かない。ハイダン隊長の刀は、今にも愛に振り下ろされそうである。
——俺はダメなのか、なんでこんなに不甲斐ないのか。母さんを見殺しにし、今度は愛を見殺しにするのか。愛する女一人もロクに守れない。愛する人を守るのに、こんなにも力が必要だとは知らなかった。なんて浅はかだったんだ。毎朝、竹刀を振っていったっていざという時に、動けなきゃ意味がない。なんて俺は、弱いんだ。
紡は、後悔と絶望の波に流されようとしていた。
が、その時、
——自分に正直になりなさい、そして愛する人を守りなさい
母さんの最後の言葉が頭の中に響いた。
——そうだ、俺は、怖いんだ。目の前に人間離れした強さを持つ奴がいる。そんなやつと相対したくない。怖くて逃げたいんだ。何もかも捨てて、自分の命を守りたいんだ。だから、間違っても相手に突っ込んで、自滅しないように、自己防衛のために身体と意識のリンクを切っているんだ。この状況は全部自分を守るためなんだ。
そう、それならば、自分自身で解決できるはずである。愛は紡の魂より大事な人なのだから。
紡はここにきて、自身の根底にある恐怖を自覚し、やっと冷静さを取り戻した。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い、確かに、怖すぎる、でも!!!!!!!
俺は愛を守る!!!!」
紡がそう叫ぶや否や、愛に向かって駆け出した。
ハイダン隊長が愛めがけて刀を振り下ろし始めた。
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