空中庭園

 僕たちがたむろする場所は、基本的に決まっていて、それは空中庭園と呼ばれる場所だった。

 

 世界七不思議に語られるバビロンの空中庭園のことではもちろんない。

 校舎内にある半屋上の休憩場のことを指している。

 呼んでいる僕とミコだけだった。


 伝説に語られる空中庭園はネブカドネザル王が異国よりめとった妃の無聊ぶりょうを慰めるため、色とりどりの花を配した華麗な庭園……と言うことになっているが、市立高校の一角におけるそれは元ネタとは比べるべくもない。


 床一面に敷き詰められた人工芝、園芸部が造作したあまりセンスのない花壇、室外機から排出されるほこりっぽい匂い……


 考えようによっては、悪所とすら言っていいようなスポットである。


 ただ、そのおかげでこのスポットに人気は無かった。人付き合いに失敗した僕たちにとって、そこは安全圏として機能している。


 僕たちはここを昼休みの定位置としていた。

 少なくとも、教室内で所在なく食事をしたり、対人恐怖が極まってトイレで食事をしたりするよりは健全だし、いたたまれなくも無い。


「思うのだけど。なんで近代科学は知識を細分化させていったのかしらね。過去において魔法とは世界を包括的に、物事の循環としてとらえる技術だった。モノとヒトを、星とヒトを、銀河とヒトを……そして、全と一とを。でも、魔法が否定され、科学全盛の現代においては変わってしまった。全体では無くひとつだけを深化させて行った。進歩と引き換えに、繋がりを失ったのよ。……哀しいことだと思わないかしら?」


 ちなみにこの発言は期末テスト終了直後の発言である。

 哀しいのは現代科学の状況では無く、彼女のテストの結果であったと解釈すべきだろう。


「さてね。過去の知識の集積が増えて、一人だけでは深い理解を得ることも、それを包括することもできなくなってしまったから……じゃないかな。とにかく、現代人には時間が足りない」


 ちなみに僕の成績は現代文と日本史に全振りしており、それ以外は壊滅的という様相を呈していた。彼女の言うところの哀しき人類である。


 対して彼女は理科総合と数学については比較的強かったものの、人文学系については壊滅していた。つまり彼女もまた哀しき人類である。


 しかし、それで割れ鍋に綴じ蓋……と言うわけにはいかなかった。

 何故かと言えば、お互いに苦手な教科についての興味を一切持っていなかったからである。

 僕は僕のまま。ミコはミコのまま、だ。


「かの有名なレヴィ・ストロースが言うところによれば、魔術や呪術は『今ある物の組み合わせ』によって世界を認識する技術となるらしいわ。プリコラージュ、ともね。一通りの知識さえあればそれでプリコラージュ出来るのよ」


 だから強いて嫌いな教科を勉強せずとも良い、と彼女は言いたいらしかった。

 包括的な理解はどこに行ってしまったのだろうと思わないでもない。



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