媚薬
「魔法使い、というからには何か使えるんでしょ?物を浮かせるとか、炎を出すとか」
「それじゃあただのマジックと変わらないわ。私が使うのはそんなチャチなものじゃない」
発想が貧困ね、と眞野ミコは嘲笑った。
「トライヘルメス、エリファス・レヴィ、アレイスター・クロウリー……過去には様々な魔法使いたちがいた。彼らのいう魔法とは、神を知り、世界を知り、繋がりを知り……そして世界を変革するチカラのことよ」
さて、その中にはものを浮かせたり炎を出したりする術が入っていても良い気がするのだがどうなのだろう。
「『隠された知識は四大元素に働きかけ、星々の言葉を聞き、七惑星の軌道を傾ける』『そして月は血のように紅く堕天するだろう―――』」
眞野ミコは続けて、畳みかけるように何かを暗唱し始めた。
それは詩のように感じられたが、彼女が言うところによると先ほど挙げたエリファス・レヴィなる人物による『高等魔術の教理』という著作の引用らしかった。
由来を聞いても言葉の意味はよく分からなかった。
「ちょうど良いわ。今開発しているものがあるの。明日見せてあげるわ」
彼女はそう言うと、何か、得意げな笑みを浮かべる。
その顔からは魔法的な妖しさとか妖艶さみたいなものは一切感じ取れなかった。
そういうものを表現しようとして表情筋を動かしているのは分かるのだが、顔の表情を動かし慣れていないのか口の端がひくひくしていて、全体的に無理をしているのが分かった。
ただ、その表情と声はぎこちなくはあっても楽しそうだった。
グラウンドから太鼓の音が鳴り響いてくる。
学校の各所に配置されたスピーカーからは次の競技が鳴り響く。
そして喧噪と言う形で、誰かの楽しそうなざわめきが上がっているが分かった。
今、僕たちはそういうものの中にいながら、同時に別の時間にいるような気持ちがあった。
誰にも気づかれない、隠された時間の中に。
翌日、彼女が出してきたのは謎の液体だった。
半透明な軟質プラスチック製の四角い容器で、上部には注ぎ口と赤いキャップが付いている。
サイズは手のひら大くらい。
中には茶色い液体が入っていて、傾けてみるとどろ、と粘度を持っていることが推察できた。
「えっと、これは?」
「媚薬よ」
また妙なものを、と思った。
「それはまた。飲ませたい相手でも?」
「迂闊には答えられない」
表情筋を一切動かずに答えたが、これはそういう恋する相手でもいるのではないか。
……いや、決めつけはよくないか。
もしかすると結果よりも作る過程に興味のあるタイプなのかもわからないし。
「それで、これを僕に見せてどうしろと?」
「試しに飲んでみる?」
「ええ……」
これを?
この茶色い何が何だか分からない液体を?
「ちなみに何が入ってるかとかは」
「根本的に、魔法とは隠されているから意味があるのよ。誰にでも教えるわけにはいかない。……まぁ、あなたが私の弟子になるというのなら教えてあげてもいいわ」
僕は色々と考えた結果、今回はお断りする方向性で決定した。
とにかく見た目がやばい。
あと容器を少し触ってみたところ、ちょっと生温い。
食中毒待ったなしである。
……つまり、彼女のいう魔法とはこういうものだった。
ウィッチクラフト的な、ペイガンの呪術的な、あるいは近代科学の基礎となった錬金術的な。
そういう方向の魔法であり、割とガチなものを再現しようとしていたようなのだ。
ちなみに後から茶色い液体の原材料を聞く機会に恵まれたのだが、ヤモリの蒸し焼きとにんにく、龍角散のど飴、レモン、ナツメグ、白ワイン、女の子の秘密のスパイスなどなどが混ざり合っていたらしい。
ほとんどパワーパフガールズである。
いずれにせよ飲む勇気は持てない。
彼女の言う魔法とは奇行と見分けがつかないものばかりであった。
その後、この茶色い液体については色々とすったもんだがあった。
先生に没収されそうになったり、他の生徒に発見された挙句、彼女は馬鹿正直に「それは媚薬よ」などと言って散々弄られたり。
それに大変羞恥と憤りを覚えたらしく、その一週間後に1500mlペットボトル二本分、その液体を新造して学校に持ち込み、水道管に混入させようとしたり。
とにかく、彼女の行動はもはや問題児と言う他ない部類のものであった。
そして、僕もまたその行動を止めることは無かった。
彼女の存在は学校の中でも浮いているというか、まつろわぬ生徒というか、つまりはハブられたボッチだったのだが、しかしそれは僕も同じことであり、もはや彼女としか学校生活でのつながりは存在しなかった。
ペットボトルいっぱいに詰め込まれた媚薬の運搬については僕も一枚噛まされたし、水道管に流し込むのも割と乗り気だった。
直前に教師に発見され未遂と終わったが。
他にも多くの事件が引き起こされた。
夜中に学校中へ忍び込み、黒板にテウルギアを参照した魔法陣を書くとか、図書委員会の書架アンケートに魔術書を大量に忍び込ませたり、そこら辺を歩いている生徒を捕まえて辻斬りならぬ辻占いをふっかけたり、またしても夜の校舎に忍び込んで屋上でプレアデス星団とチャネリングを行おうとしたりとか。
もはや最後に至っては魔法でもなんでもなく宇宙人が入ってきてしまっている。
しかし彼女が心酔するエリファス・レヴィ曰く、魔法は星とも関係がある事柄であり、なので宇宙人との交信も範囲内に入るとのことだった。
僕と彼女はそういう奇行で持って高校生活を送っていた。
普通の高校生活になじめなかった僕たちは、そうすることでしか学校という場とかかわることが出来なかった。
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