タロットカード
そのプリコラージュ、という観点で言えば僕たちの世界はオカルトに満ち溢れていたとも言える。様々なものごとを魔術の対象に見立ててきた。そうして、奇行を繰り返しもしてきた。
だが、その中で比較的マシな行動だったのが占いであった。
そこいらにいる人間に無理やり吹っ掛けるという古の民間陰陽師のようなこともやってはいたが、二人で完結しているうちは問題も起きない。
易占や水晶占い、西洋東洋占星術、花占いなど様々な占いを試みてきた。
そうした中で彼女が最も傾倒していたのがタロット占いである。
これもエリファス・レヴィの影響らしい。
「タロットの大アルカナ22枚はヘブライ語の22文字と照応した概念と言われているわ」
彼女はそういう、こまごまとしたタロットについての知識を語りながらカードを取り出し、シャッフルした。
その様は確かに魔女然としていて、なるほど初見であれば圧倒されるかもしれない。
シャッフルした山札からカードを三枚取り出す。
出てきたのは
「アレフ、ダレット、ペー……ね」
「えっと、それは?」
まるで呪文のように唱えられた言葉に僕は面食らう。
僕の困惑した様子に魔女心をくすぐられたのか、顔をにやりと歪ませながら饒舌に解説を始めた。
「愚者がアレフ、女帝がダレット、塔がペー。それぞれヘブライ文字のA、D、Bに対応したものね。まず愚者。これは
なんだか思ったよりも本格的である。
彼女の言葉はすらすらと次へと移っていく。
「次は女帝。ダレット、象徴するものは扉。何かを受け入れ、何かをはじき出す……解放と囲い込みを意味するもの。そして、物質を意味するものでもある。最後の塔、ベーだけど……これは家ね。安定や権威主義といった性質があるわ。そして、意味するものは舌。何かを味わうもの、あるいは言葉を用いるモノ……と言ったところかしら」
ミコが述べた言葉はあまりにも雑多過ぎて、これ、と言う解釈に結び付かなかった。始まり、解放、権威主義……その要素はまとまりがない。
僕がそう述べると、ミコは「それを解釈するのが魔女たる私の役割よ」と得意げに鼻を鳴らした。
「そうね……あなたはきっと、何かを集める性分なんじゃないかしら。時に集め、時に開放する。本質と物質、という相対する概念が同時に出たのも、どちらかによらずその両方を行き来する運命を表しているのかもしれない……」
述べ終えると決まった、と言わんばかりの満足げな表情を浮かべた。
確かに、占いとして考えると中々決まっているかもしれない。
少なくとも言われた側は悪い気持ちはしない。
加えて抽象的なので当たっているとも外れているとも言い難いところが特に占いらしい。
「でもこれじゃあ本物じゃないわ」
「どういうことさ?」
「これはあくまで
タロットカードというものは一種類だけではないらしい。
20世紀に実在した魔術師アレイスター・クロウリ―や、彼の所属した黄金の夜明け団、そしてエリファス・レヴィなどで、大小のアルカナの解釈が大幅に異なるらしいのである。
「クロウリ―と黄金の夜明け団はほとんど同じ。
そういうと、先ほどの僕の三枚のカードがエリファスの教義だとどのように解釈できるかを説き始めた。
「愚者はシン、女帝はギメル、塔はアイン……それぞれ象徴するものは歯とラクダと目であり、再生と調和、そして監視の性質を持つ」
ミコはしばし考える様子を見せてから、話を再開した。
「物事の再生と調和……これは近い意味を持っている。それを監視する……と言うことは、つまり観測するとも言い換えられるわ。調和を乱すものは許さない、ウォッチメンにして執行者……と言ったところかしらね」
何がおかしいのか、彼女はあふれ出る笑みを抑えている。
執行者、というワードの中二感に酔いしれているようだった。
先ほどとは解釈がかなり異なる。
僕としてはアレイスターの解釈の方がいいな、と思う。
エリファスの解釈だと、ちょっと硬い気がしてしまう。僕は何かを否定したくないし、何かを破壊したいとも思わない。何かを型どおりにしたいとも思っていない。
何も決まらず、ただ自然のままにしたいと思う。
だとするのなら、集めるという概念の方がいい。
「ちなみに私は
まるで自己紹介のように語っているが、そこからどのような解釈を施せばいいのか、タロット初心者である僕には皆目見当もつかない。
「すなわち、私は完璧なる革新者にして創造者、世界を作る手を持つ蛇なの。私は世界を作り、あなたは新世界の守護者となる……やはり私の右腕にして弟子にふさわしいわ。どう?」
どう、などと言われても困る。
そもそも僕はエリファスの解釈は気に入っていない。
「ちなみに、だけどさ。君のアルカナはクロウリ―が言うところによるとどうなのさ」
「……ヨッド、カフ、ヴァヴ。完全と慈悲と統合。手、掌、爪よ。詰まらない結果だわ」
それはそれで統一感があっていいのではと思うのだが、彼女はどうやら気に入らないようだった。
アレイスター派とエリファス派の溝は埋められない物なのかもしれない。
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