シシィ
「ここの喫茶店アップルティーとパンケーキが美味しいのよ。一緒のでいい?」
「アンねぇに任せるよ。」
「嬉しいわ。はじめて食べてからいつかエマにも食べて貰いたかったの」
アンねぇってば村に居た時から全然変わってないのね。純粋なのか平気でそういうの言うから言われた方が少し照れてしまう。
アンねぇ所の雑貨屋さんにも結構勘違いしちゃうお客さん多くて大変だったし、さっき紹介してくれた本屋のハンネスさんとかちょっと怖かった。
私達が店に入った瞬間からずぅっとアンねぇ見てるんだものバレバレだわ。
「アンねぇってすごいわ。どこ行っても知り合いばっかりで」
注文次いでに店員と少し談笑しだしたアンねぇに少し妬いてしまいつい棘のある言い方になってしまった。
「もうここに住んで5年だしそう見えるのも仕方ないわよ。エマもすぐ友達が出来るわ」
「そう?私もハンネスさんみたいな友人できるかしら?」
アンは一瞬何故ハンネスが出て来たのか訝しがったが、あぁそういう事かと合点がいった。
「エマもすぐ素敵な方と親しくなれるわ。エマは母様に似て可愛いのだから。」
「そういうのじゃないから。」
口角が上がり目を輝かせたアンねぇをまたこの人何か勘違いしているなぁと、折角の皮肉が天然バリアに通じなかった事にちょっとイラっとした。
「ただ、、そうねぇ休憩したら服買いに行きましょ。今のアンもすごく魅力的だけど、もっと可愛くなる服を選んであげるわ」
「だから、そうじゃないってば!」
あぁもう完全に勘違いしてる。こうなったアンねぇの誤解を解くのは難しい事をエマは重々承知している。ハンネスさんって個人名称使わなければ良かった。ハンネスって単語が嫌いになりそう。
不貞腐れたエマを見て餌を頬張ったシマリスみたいで愛らしく撫でまわしたい衝動をギリギリで抑えていると
「パンケーキ2つとアップルティー2つお持ちしました。」とさっきとは別の店員が半分溶けたバターに琥珀の様な蜂蜜が上品に垂れた黄金色のパンケーキを2人の前に並べてきた。
エマは喫茶店っていうのが初めてだったのもあるが、こんなに綺麗なパンケーキ、嗅いだ事の無い独特の甘い臭いについ見惚れてしまった。
この独特の香りを嗅ぎアンはつい目を細めてしまいながら
「ありがとうシシィ、丁度よかったわ今ってお時間在る?」
「やぁ、そうね少しなら大丈夫よ。」
「良かったわ、貴女に紹介したい子がいるの。この子が前から話してたエマよ。エマこの人はシシィと言ってここの店長さん。ぶっきらぼうっぽく見えるけど面倒見の良い素敵な方よ。」
「ぶっきらぼうてのは良い紹介だね。まぁいいわ、エマよろしくね」
そう紹介されエマに手を差し伸べるシシィ、注視していたパンケーキからシシィに視線を落とすとエマは一瞬固まってしまった。
透き通る肩迄有るであろう銀髪に雪を掻き分け咲いた水芭蕉の様に尖った耳が生えている。肌は白く輝き、睫毛が長く気怠そうな目から紫水晶の様な瞳が旅人を誑かす森の先にあるランタンの火みたいに覗く。
5年経てば絶世の美女に成るだろうと女性のエマでも解かるのだが… 今は明らかに子供にしか見えない。
「…店長?」
手を伸ばしながらつい口が滑ってしまった。
「店長だ。これでもそこらの人より長生きはしているのでね。」
「ごめんなさいねシシィ、この子村から出てきたばっかりで村には貴女みたいな方が居ないものだから」
アンがすかさずフォローするがシシィと紹介された店長が不貞腐れた様に
「そうね。私みたいなのはそうそう居ないからね。」
「シシィ、そういう意味じゃ…」
私の一言で修羅場になりそうな張り詰めた雰囲気に居心地の悪いエマを不貞腐れた顔で臨むシシィの顔がちょっと震えている。
「冗談よアン。あんたの旦那に紹介された時の貴女そっくりだったからからかいたかっただけ。改めてよろしくねエマ」
さっきまで森の奥に有った火が手元のランタンに移って来た様に、悪戯っ子の策略が成功したみたいに喜々と光る目で手を伸ばして来たシシィの手を握った。
「ごめんなさい、シシィさん。」
「冗談だし慣れてるから別に気にしなくて良いよ。後シシィでいいわ。」
「ありがとうシシィ、ところでこのパンケーキ凄く美味しそうな香りがするんだけど何が入っているの?」
アンはクスっと、シシィは関を切った様にケラケラと笑った。
2人に笑われて何か馬鹿な事を聞いてしまったのかと顔が熱くなったエマを見ながら
「本当そっくりね。大成功だわ。」
2度目の悪戯が成功しケラケラ笑うシシィ、訳が解からないよと困ったエマ。
「覚えててくれてたのね。これってあの時と同じ味付けじゃない?シナモン入っているでしょ?」
「そうねマドモアゼル。シナモンで正解。貴女が初めて食べたのと同じ味付け、貴女が初めて私に質問したシナモンよ。」
仰々しく答えるシシィに軽く感心しながら、未だに訳解かんない顔でいるエマにアンが説明をした。
「あのねエマここのパンケーキはシシィがお客に合いそうな味付けにしてくれる事で人気なのよ。で、初めて食べた時も今日みたいにシナモンが入れてあったの、私もここで初めてシナモンを知ってあまりにも美味しくって貴女みたいについ質問しちゃったのよ。」
2度もからかわれてちょっとイラっとした感が否めないがその洞察力と記憶力には尊敬の念を抱かずにはおけなかった。
漸く笑い疲れたのかちょっと涙目なシシィに奥からパンケーキのオーダーが入った事を伝えられ残念そうに
「ごめんなさいねエマ。新しき隣人さん私と私の国は貴女を歓迎するわ、これからよろしくね。」
そういって仲間と遊んでた子供に迎えが来たように去っていった。
「私の国?」
急に話が大きくなりまた訳解かんないよという顔をしていたエマに、
「彼女はエルフの血が入っているの。エルフの祝辞みたいなものよ。」
自慢の妹が良き友人に気に入られた事に安らぎを覚えながらアンは伝えた。
「へぇ…ちなみにシシィって何歳なの?」
「この地に工房が立つ前から住んでるって聞いたから800歳以上じゃないかしら?」
「…800歳」
見た目からは想像もつかない年数にまた訳判かんない顔になりながら、もしかして昨日の子もそんな齢なのかしらと思うとちょっと都会でやっていく自信が無くなった。
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