第8話 当日
月日は流れスポーツ大会当日、その大会はなかなかに物々しい警備のもと行われた。
その理由はつい先日近くの街で殺人事件があったからだ。
殺害されたのは有名な詐欺師らしいからテロの可能性は限りなく低いらしいが念には念を入れてとのことらしい。
正直言って普段からこんな警備をしなければならないと思うんだ。
だって各国の富豪やら貴族やら政治家の子供が通ってるんだぜ?むしろ刑務所並みの警備にしなきゃダメだろ。
そんなスポーツ大会で運動が苦手な俺は運よく存在していた競技、チェスを選択していた。
チェスなら昔よく遊んでいたし負けた記憶もない、これなら多少なりとも活躍出来ると思っていた。
「チェックメイト」
思っていたんだ。
俺が運悪く一回戦の相手として当たったのはプロチェスプレイヤーの息子、ジャック=ハンソンだった。
流石はプロの息子と言ったところか、試合が始まって数手までは俺が優勢だったもののその後は一気に形勢が逆転しあっという間に負けてしまった。
「ありがとうございました」
俺とジャックは互いに礼をし試合を終わる。
プロの息子に負けたんだ、俺もよくやっただろうと思うしかない。
俺は同じクラスの出場メンバーがいる場所に戻る。
どうも男は球技系のものに出場するのがブームなのか単に俺が度を越して運動ができないからなのか、俺以外のメンバーは全員女子だ。
「いやあまさか一回戦からプロの息子にあたるとは思わなかったわ」
「お疲れ様。ところでルイス、約束覚えてる?」
約束?約束って何のことだ?俺はそんな約束をした覚えはないぞ。
「覚えてないです」
「ふーん、まあいいよ。じゃあちょっと連れてってもらおうか」
複数の女子が俺の周りを取り囲む。
「あの、一体俺は何の約束をしたんでしょうか」
「いいからいいから。じゃあお願いね」
俺は何が何だか分からないまま別の部屋に連行された。
「ここで何するんだ?あ、おいちょっと何すんだ」
俺は女子に強引に服を脱がされていった。
まさか、まさかこれは俗に言ういやらしい展開なのではないか?
「可愛くしてあげるからねルイス君」
「可愛く?可愛くってどういうこと、おい待てなんだそれ」
そのまま女子達に色々といじくられ続け三十分程が経過しやっと俺は解放された。
解放されたはいいものの俺には一つ気掛かりなことがある。
「あの、これは一体」
「どお?可愛く仕上がってるでしょ?いや、可愛いってより綺麗か。私ずっとルイスの女装見たかったのよね」
俺はあの後女子にメイクやらウィッグやらを被せられて女装させられていた。
ご丁寧に女子の制服も着せるという徹底ぶりだ。
「いやそうじゃなくて、なんで俺は女装させられてるんだよ」
「ルイス言ってたじゃない。決勝に進出できなかったら言うこと一つ聞いてやるって」
そう言えば出場する競技を選ぶ際に調子に乗ってそんなことを言った記憶がある、まさか本気にしてたとは。
「今日一日その格好で過ごしてもらうからね」
「は?このまま?一日?そんなの変質者じゃねえか俺の輝かしい未来が台無しになるだろ」
もし女装して学園を闊歩する変質者なんて噂が流れたら俺は終わりだ。
「大丈夫バレないわよ、メイクもしてウィッグも被ってるんだから。本当に女の子みたいだし」
「そ、そんな」
とにもかくにも制服を盗られた以上俺はこのまま過ごすしか選択肢はない。
というか俺はこれからマーシの所に行かなきゃならないんだが、このまま行って大丈夫だろうか。
「まあいいや。俺はこれからやることないから他のとこ見てくるわ」
「いってらっしゃーい。精々女の子を楽しんでねー」
部屋を出て俺は女装とはなかなかに不釣り合いな腕時計で時間を確認する。
この腕時計は俺がせっせと貯金して買ったものだ、制服は盗られてもいいがこれだけはとなんとか死守した。
時間を見る限りマーシの試合まではまだ時間があるし先に他の奴の方を見に行こう。
「ここから一番近いのは体育館か、体育館は確かシャルロットがいたな」
俺は体育館へと足を運んだ。
そこで丁度バスケットボールの試合に出場しているシャルロットが目に入る。
流石はバスケ部で一年のキャプテンを務めるだけあって素人目で見てもバスケが上手い。
え?そんな情報知らないって?当たり前だ今初めて言ったんだから。
味方からのパスを上手いことドリブルで運び凄まじいダンクシュートを決めていた。
「試合終了です」
審判が笛を吹き試合が終了する。
「あいつ汗だくだな、タオルでも持って行ってやるか。シャルロットのカバンは、あれか」
俺はシャルロットのカバンからタオルと水筒を取り出してシャルロットの方へ向かった。
「お疲れ。これ」
シャルロットにタオルと水筒を手渡すがシャルロットはポカンとしている。
「えっと、もしかしてルイスか?どうしたんだ?その格好」
あ、やべ。そう言えば俺今女装してるんだった。
向こうからすればがいきなり女装した奴がタオルと水筒を持ってきたんだ、そりゃそんな顔にもなる。
「いやあの、これは罰ゲームと言うか、約束を果たしたって言うか。いや、そのすまん。気持ち悪かったな」
「い、いや、気持ち悪いだなんてそんな、本当に女子に見えたから誰だろうと思っただけだ。その、本当に綺麗だし」
なんだ、なんなんだこの可愛い生命体は、ああ荒んだ心が浄化されていく。
今のシャルロットを見せれば世界は争いをやめて平和な世界になりそうだ。
「ありがとうよ。そう言ってもらえると嬉しいぜ。それでこれから時間あるか?あるなら一緒に周らねえか?」
「ああ、あるぞ。どこを周る?」
「お前はどこか行きたいところある?」
「いや、特には。そっちが決めていいぞ」
体育館から近くて俺の知り合いがいるところ、そう言えばロジエが運動場でサッカーに出場してたな。
「じゃあ運動場行こうぜ」
「ああ、いいぞ」
俺とシャルロットは運動場へと移動した。
移動中やたらとこちら側に視線が向けられたのはかなり冷や冷やした。
「ロジエは、おっいた」
丁度試合が終わったところなのかベンチで水筒をがぶ飲みしていた。
「ロジエ」
俺はロジエのもとに行き声を掛けた。
ロジエは俺の方を見て棒立ちになり一緒にいたシャルロットの方を見ると口を開いた。
「ル、ルイスなのか?お前、ついにその趣味に目覚めたのか?」
「違う、俺は約束を果たしたんだ。自分の意志じゃない。むしろ被害者だ」
ロジエは顔にはてなマークを浮かべながら俺を見ている。
「それにしても似合ってんなお前。そのままの方が幸せな人生歩めるんじゃねえか?」
ロジエといいシャルロットといい俺の女装は何かと評判がいい。
「まあそんなことよりだ。ロジエ、声のでかいお前にはこれから一仕事してもらうぞ」
「一仕事?何すんだ?」
「何、でかい声出してればいい。行くぞ」
「あ、おいちゃんと説明しろって」
グダグダ言うロジエを引っ張って俺は目的の場所に移動する。
「お、いたいた。マーシ」
俺達が来たのはマーシのいるテニスコートだ。
「えっと、もしかしてルイス君?どうしたの?その格好」
「色々とあってな、それよりもお前これから試合だろ?」
「そうだけど、派手なプレイをすればいいんだよね?」
「ああ、だけどただ派手なだけじゃだめだ。しっかりと見てるやつらがすげえってなる様なやつだ」
「わ、分かった。やってみるよ」
マーシはそう言ってコートに入っていった。
「さてロジエよ、俺が合図したら大声であいつのプレイを褒めてくれ。出来ればシャルロットも」
「え?ああおう分かった」
「別に構わないぞ」
交渉が成立したところでマーシの試合がスタートする。
二人に合図を出すタイミングはマーシが思いを寄せている相手であるマリーがテニスコートに近づいてきた時だ。
マリーは今こっちに向かって歩いてきている。
「まだだ。まだ、もうちょっと。よし今だやってくれ」
マリーが十分に近づいてきたところで俺は二人に合図をかける。
「あいつすげえ!球が速すぎて見えねえぞ!」
「フォ、フォームも実に綺麗だ!」
シャルロットが少し恥ずかしそうだが二人のおかげでマリーの目線をマーシの方に向けることに成功した。
「でももうちょっと人数が欲しいな」
俺はあたりを見渡しベンチに座っている二人組を発見した。
「け、テニスごときであれだけはしゃいでよ」
「本当だよな。それにこのイベントだって所詮運動しかできない連中が気持ちよくなる為のものだよな」
聞こえてくるのは何やら聞いてて嫌になってくるほどの卑屈な発言、どうやら運動が嫌いらしい。
「よし、行くか。あのーすいません」
俺は精一杯の作り声で二人に話しかけた。
「な、なん、なんですか?」
「実は友達がいま試合してて、それで先輩達に応援手伝って欲しいんですけど」
俺がそう言うと二人は顔を赤らめて俺の方をじっと見つめた。
「な、なんでお、俺らなんだ?別に他の人でも」
「そ、そうだぜ」
「先輩達暇そ、じゃなくて、応援上手そうだなって思って」
「応援上手そうって。そ、そこまで言うなら手伝っちゃおうかな」
二人は口元をニヤつかせながらそう答えた。
「ああ、ルイスが。私のルイスが悪い道に」
「落ち着いてくださいマチョスさん。ルイスは最善の手を打っただけですよ多分」
ベンチの二人の他にその場にいた別の人もマーシと対戦相手の応援に加わり試合は大いに盛り上がりを見せていた。
マーシも対戦相手も応援されて火が付いたのかは分からないがかなりハイレベルな試合になっていた。
デュースに続くデュースで試合時間は大幅に伸びていたが最終的にマーシが点を決め試合は終了した。
試合が終わるとテニスコートは大きな歓声に包まれマーシと対戦相手はお互いに固い握手をした。
なんかスポーツ漫画のワンシーンのようで段々と感動が込み上げてきた。
元々マリーだけでも注目させれればいいと思っていたが予想をはるかに超えた人数がマーシに注目している。
これも手伝ってくれたシャルロットとロジエ、そして何よりマーシの実力があったからこそ実現できたことだろう。
「ルイス君、すごいね。こんな大勢の人集めれるなんて」
マーシが俺の方に寄ってきて話しかける。
「何言ってんだお前の実力がすごいからだぜ?もっと自信もって胸張れよ」
「そ、そうかな」
マーシは少し自尊心が低いのが難点だがそれさえ克服できれば告白の成功も高まるだろう。
「そうさ。ほら周りの声聞いてみろよ」
周りでは色々な人がさっきの試合の感想を口々に語っていた。
あいつは凄いとかこんな試合は始めてみたとか。
あれだけこの大会を否定していたベンチの二人もすごい興奮しながら試合のことを語っていた。
「お前は今これだけの人に認められたんだ。だからもうちょっと自分を誇れよ」
「あ、ありがとうルイス君」
「お、いたいた。おーいマーシ!」
ロジエがこっちに駆け寄ってくる。
「すごかったなお前!俺感動しちまったよ。それとマチョスさんもいい試合だったって言ってたぜ」
「あれ?シャルロットはどこだ?」
「次の試合の時間が近づいてきたから一旦戻るってよ」
「そうか、まあ何はともあれ第一関門は突破だ」
これで少なからずマリーにマーシに対して興味を示させることには成功したはず、後はマーシに頑張ってもらうしかない。
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