第7話 マーシの心情

楓がこっちの世界に来たことに衝撃を受けてからいくらかたち、俺は落ち着きを取り戻した。


季節は秋に差し掛かり気温はすっかり涼しくなってなかなかに過ごしやすい。


それで今もこうして魔術の授業を受けている訳だが、はっきり言って全く分からん。


呪文がどうだ魔法陣がどうだ、ややこしすぎて全く頭に入ってこない。


数学の応用問題の方がいくらか簡単だと思えてくる。


上級魔術師ともなればこの呪文と魔法陣を頭の中で組み立てて魔法を使うそうだ。


早く終わらないかなとちらりと時計を見るがまだ授業が始まって十分しかたっていない。


ああ、久しぶりに地元の友達とツーリングにでも行きてえな。


そんな雑念が頭の中に現れる今では授業に集中できない。


「よし」


俺は机に突っ伏した。


集中できないなら別の世界にフライアウェイだ。


そして次に顔を上げるときには授業が終わっていた。


これが俺の奥の手、成績を犠牲にめんどくさい授業を一瞬で終わらせることができる、通称タイムスキップ。


しかしあまり使いすぎると教師から呼び出しを食らいシャルロットに怒られるというデメリットがある。


「なあルイス」


「なんだロジエ、ノートなら書いてないぞ」


「いやそうじゃなくて。マーシのやつ、最近何かおかしくないか?」


「マーシがおかしい?」


マーシの方を見て見るが、なるほど。


「確かにあの前髪は前見えてないよな」


ここ最近前髪の長さに磨きがかかり顔が半分見えない所まで来ている。


「いや、そうじゃなくてよ。何というかずっとソワソワしてるっていうか」


ソワソワしてる?まあ言われてみればずっと下向いたり横見たりして落ち着きがないな。


「気になるなら直接聞けばいいじゃねえか」


「なんて言って聞けばいいんだよ」


まあ確かにいきなりお前最近様子おかしいななんて言えないよな。


「あの、ルイス君、ロジエ君」


聞きなれた声、俺とロジエは恐る恐る声の方を向いた。


「マ、マーシ。ど、どうしたんだ?」


それはこの話の主役であるマーシだった。


なんだ、もしかして俺らの話聞こえてたのか?


いや違うんだよマーシ、俺らは別に悪口を言ってたわけじゃなくて。


「あの、少し頼みたいことがあって」


「頼みたいこと?」


俺達は頼みたいことがあるというマーシの話を聞くために部屋に戻った。


「それで、頼みたいことってのは?」


「う、うん。その、実は、好きな人が出来て。それで、告白したくて。でもどうすればいいのか分からないから、教えてほしいなって」


うんうんなるほど、好きな人が出来て告白ね、うんうん。


ん?今なんて言った?告白?告白だと?


告白と言えば人生において一番の博打行為だぞ。


成功すれば晴れて青い春のもと生活できるが、失敗すれば真っ黒な冬を送ることになってしまう。


そんなハイリスクハイリターンな行為に出るなんて、マーシも成長したな。


「なるほど、それでなんで俺らなんだ?」


「ほかに頼れる人もいないし、それにルイス君もロジエ君も女の子とよく喋ってるから」


なるほどなとロジエが深く頷く。


確かにロジエは女子と一緒に遊んでることが多いし勝手な妄想だが恋愛経験も豊富そうだ。


俺の場合はただ単に女子から異性として見られてない場合が多いから恋愛経験はない。


なんだ文句あっかこら。


「それで、相手は誰なんだ?」


「その、隣のクラスのマリー=リシャールさんなんだ」


マリー=リシャール、そういやいたなそういうやつ。


「違うクラスってことは相手は上級階級の人か、こりゃ落すのは苦労するぞ」


ロジエはそう言うが俺はそうは思わない、いややっぱりそう思う。


この学校に来てから金持ちのイメージがどんどん悪くなっていっているからか、どうしてもいいイメージが湧いてこない。


告白しようものならどんな扱いを受けるかも分からん。


「それで、女の子ってどんな男が好きなのかな?」


その言葉に俺とロジエは頭を抱える。


「うーん、どんな男って言われてもな。そうだ、そいつから直接聞けば!」


「いや無理だろ」


「なんでだよルイス」


「普通に考えて男が女に好きなタイプ聞くとか絶対狙ってると思われるだろ」


そんなもんかとロジエ不思議そうな顔で呟く。


こいつもしかして天然なのか?それともただ単にアホなのか?


「じゃあどうすんだよ」


「別の奴に聞けばいいだろ。ちょっと呼んでくるわ」


俺は部屋を出てしたの大広間に置いてある電話を取りあるところに連絡を取る。


「あ、俺だけど。うん、ちょっと頼みたいことがあってな。うん、それでいつごろいける?まじか、じゃあ悪いけどよろしくな」


電話を終えて俺は部屋に戻る。


「何やってたんだルイス」


「信頼できる奴らに連絡をな」


ロジエとマーシが顔を傾けていると部屋のドアがノックされる。


俺はドアを開けるとそこにはさっき連絡を取った相手であるシャルロットと楓がいた。


「マ、マチョスさんとえっと」


「エリサ=ル=ブシャールです」


マリーから直接聞けなくてもこの二人ならきっといい案を上げてくれるだろう。


我ながら素晴らしい案だ、やっぱり人脈は多くてなんぼだな。


俺が自分の人脈に満悦しているとシャルロットが耳打ちしてきた。


「ルイス、いつの間にエルサ様とここまで親睦を深めたんだ?」


そういや言ってなかったな、なんて言おう、妹でしたとか言っても信じないだろうし。


「なんとなく話が合ってな」


俺の返答にシャルロットは満足できないのか顔にはてなマークを浮かべているが俺にはそれしか言うあれがない。


「それで呼んだわけだけど、女子ってどんな男が好きなの?」


「私はどんな兄さんでも好きですよ」


突然の兄さん呼びにシャルロットのはてなマークはさらに大きくなっていくがもう無視するしかない。


「いやそうじゃなくて、ほら一般的に、どんな男性に目を引くとか」


「一般的に、ですか。個人的に清潔感のない人は無理ですね」


「あとやっぱり性格に難がある人はちょっとな」


清楚感と性格か、まあやっぱりなんだかんだ言って見た目と性格か。


俺はマーシの方を見てふと思う、これいけるのではないか?


マーシの性格は俺が保証しよう、素晴らしいくらいにいいやつだ。


見た目だって髪型を何とかすればそれなりにいい感じになるだろう。


「よし、なら決まりだ。ロジエ、お前この前美容院行ってたよな?そこ予約しといてくれ」


ロジエは分かったと元気よく返事をすると下に降りて行った。


「いいかマーシ、俺らがお前を胸を張って生きれるような奴に変えてやるぞ!」


マーシの手を両手でがっしりと掴んで俺はそう言う。




「緊張するなあ、美容院なんて行ったことないから」


俺達はマーシの髪を整える為に学園の近くにの街に来ていた。


日本でいうところの銀座近い場所だ。


ショーケースに置いてある服やらカバンやらは到底俺達庶民には手が出せないほど高値で売られていて街を歩いている人も何かで成功したであろうセレブばかりだ。


「やっぱり、距離が近いってだけあって学園の生徒が多いな」


俺らと同じ年か一つ一つ違う人たちが名立たる高級ブランド店に足を運んでいる。


シャルロットか楓も一緒に来てくれればいくらか格好はついただろうが、シャルロットは部活、楓は生徒会があるらしく同伴できなかった。


楓が生徒会の用事をすっぽかしてでも一緒に行くと言い出したときはどうやって説得しようか迷った。


「お前、よくこんな場所で髪切ろうって思ったよな」


「俺だって最初は戸惑ったよ。でもその店がいいところでさ、手頃な価格で切ってくれてよ。店長もいい人だし」


「なら、いくらかは安心できるね」


こんな場所で俺らみたいな奴が利用できるような値段で運営してくれているとは親切な人もいたもんだ。


「ここだ」


そこにあったのはこの街並みにも負けないほどオシャレな外見の店だった。


「あら~ロジエ君久しぶり~。あら、今日はかわいいお友達連れてるのね~」


中にいたのは一際キャラの濃いおかまの店員だった。


「店長、今日は俺じゃなくて」


「聞いてるわ、マーシ君よね。それでマーシ君はどなた?」


「あ、ぼ、僕です」


「あら~かわいいわねえ。じゃあこっちへいらっしゃい」


店長がマーシを向こうへ連れていく。


「どうでもいいけど、美容院でシャンプーしてもらってる時ってすげえ首痛いよな」


「どうしたんだ急に」


「いや、だってマーシが散髪してもらってる間暇だし」


俺はそう言いながら棚に置いてあった雑誌に手を伸ばす。


一通り目を通すが置いてあるのはヘアカタログだったりファッション雑誌ばかりだ。


「俺こうゆう系の興味ないんだよな」


手に取った雑誌を開けて読んでみるが、やはり興味がないものには関心が湧かずすぐに棚に戻した。


「お前ってファッションとか興味ないって言う割にはお洒落だよな」


ロジエに言われて自分の服を見てみるがこれでお洒落なのかと思ってしまう。


古着屋や適当な服屋に入って気に入った服を買って着ているだけだ。


トレンドを取り入れている訳でも色合いを気にしている訳でもない。


「これがお洒落なのか?」


「あくまで俺個人としてはお洒落だ」


ロジエはそう言うが上下スポーツブランドのジャージを着ているやつにお洒落と言われても素直に喜べない。


「お前こそもっとお洒落に気を遣ったらどうだ」


「俺はこれの方が似合って気がしてな」


そう言われてみればロジエはジャージが恐ろしいほどしっくりくる。


多分ジャージを着るために生まれてきたのだろう。


「は~い終了。う~んかっこよくなったわよ~」


マーシの散髪が終了したようなので俺とロジエはマーシの方に目をやる。


「す、すげえ。髪型一つでここまで変わるもんなのか」


あの前が見えてるのか分からなかった前髪はバッサリと切られなんとも感じのいい好青年になっていた。


「ん~元の素材がいいからより一層よく見えるわね~。次はそこのカワイ子ちゃんの髪を切りたいわ~」


店長はそう言って俺の方を向いてきた。


「髪が伸びたら頼みます」


「嬉しいわ~。じゃあお会計ね」


マーシが清算を済ませ俺達は店を出る。


「それで、いつ告白するんだ?」


「うん、今度のスポーツ大会はどうかなって思ってるんだ」


スポーツ大会、ディープロマ学園の中で卒業式を除けば一年の中で最後のイベントであり俺達一年生にとっては唯一のイベントでもある。


マーシはこう見えて運動神経がよくどんなスポーツでも直ぐにコツを掴んでいる。


いいところを見せて告白しようなら持ってこいのイベントだろう。


「なるほど。スポーツ大会、スポーツ大会かあ」


「なんだルイス、嫌なのか?スポーツ大会」


「当たり前だろ」


マーシやロジエとは逆に俺はスポーツが全くできない。


走るだけならまだしも、ボールを使う球技系が全然ダメだ。


あとマット運動と跳び箱と鉄棒と、上げればキリがない。


しかもスポーツ大会はその球技系スポーツがメインのイベント。


そんなものに俺が嫌悪感を感じるのは至極当然のことだろう。


「俺は応援に徹する、お前ら頑張れよ!」


「う、うん。頑張るよ!」


マーシはいい子だ、こんなに性格が良くて見た目もよくなったのだ、告白の成功の可能性は高いだろう。


「よし、なら早速帰って情報収集だ」


俺達は寮に帰ると告白成功のための情報を集めだした。


マリーの趣味、性格、そしてどの種目に出場するのか。


俺達はここ一週間でマリーに関してかなり詳しくなったと思う。


「調べたところマリーはテニスに出場するみたいだ」


「テニスなら中学の時にやっていたから得意だよ」


「いつかち合うかはわからんから相手がこっちを見てくれることを祈るしかないな」


「いいや、それは違うぞロジエ」


実際のところ自分と友達の番以外はどうでもいいものだ。


そんな中で全く知らないマーシに注目してくれるなんてのは不可能に近い。


ならどうするか?


「マーシ、お前ちょっと派手に試合出来るか?」


「は、派手に?」


「つまり観客を沸かせるんだよ。それですごいやつがいるって思わせるんだ。そしたら向こうも見てくれる」


「そんなに上手くいくか?」


「上手くいかせるんだよ。サクラ咲かせてな」


「サクラ?よく分からないけどルイス君に任せてもいい?」


「当たり前だろ、お前はどーんと構えててくれ」


俺はマーシの背中をバシバシと叩いた。

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