第4話 アースノブに。

アースノブに向かう準備が出来た、後はシャルロットが手配してくれたボディーガードの連絡を待つだけだ。


そんな時部屋の扉がドンドンと音を立てる。


「はい」


俺が応答すると向こう側から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「ルイス、少しいいか?出発の日程が決まった」


シャルロットだった。


俺はシャルロットを部屋に入れて話を聞く。


出発の日は二日後、同行してくれるボディーガードは従軍経験のあるマチョス家でも信頼のできる人物だそう。


「分かった、わざわざありがとうな」


俺はシャルロットを見送り床に就いた。


日は流れ出発の日になった。


俺はマーシとロジエが目覚める前に部屋を出て待ち合わせ場所に向かう。


待ち合わせ場所には既にボディーガード二人と移動用の車が止まっていた。


「ルイスさんですね、今回同行させていただきますボディーガードのケビンと」


「同じく同行させていただくアベルです、よろしくお願いします」


流石貴族に仕えている人達だ、礼儀正しい。


「こちらこそよろしくお願いします」


俺も軽い挨拶をして車に乗り込む。


アースノブまでここから三時間、電車も通っていないため車で行くしかないのだ。


「ルイスさん、アースノブで一体何を?今回の件で何か関係が?」


アベルさんの疑問はもっともだ、問題を解決するのに少なくともアースノブは適切でない。


それどころか更に問題を生む可能性がある、なのに俺がそこへ向かう理由、それは。


「情報を買いに行くんですよ、ヘンリオン家の弱みを握る為の」


ヘンリオン家は何かと悪い噂が絶えない貴族だ。


度重なる失言と問題行動で炎上の様な経験を多くしている。


「しかし、そんな情報を易々売ってくれますか?」


「ええ、あまり正確な情報でありませんが心当たりがあります」


そんな会話をしていると辺りが雪景色になっていく。


アースノブ周辺は夏だろうが年中雪が降っていて気温がマイナスになることもしょっちゅうだ。


この先がアースノブ、センドブル王国生粋の危険地域だ。


車が進むにつれあたりが雪景色から荒んだ景色に変わっていく。


落書きの数も増し通る人は目だけで人を殺せるような人達ばかりだ。


いよいよ本格的な危険地域に入る。


「この辺りで車を停めて徒歩で移動しましょう、アースノブで停めたら盗難の被害にあう可能性がありますので」


アベルさんが車を停めダッシュボードから銃を取り出しケビンさんがあたりを地図を確認している。


「行きましょうルイスさん、まずはどちらへ?」


「酒場に行きます、そこに知り合いがいるはずです」


俺がそういうと二人は俺を周りを囲い警戒しながら酒場へと歩いていく。


しばらく歩いていくとそこだけがやたらと騒がしい建物が見えてきた、酒場だ。


「入りますよ、準備はいいですね?」


「はい、入りましょう」


入り口の扉を開けて酒場に入る。


中は酒やタバコの匂いで満ちあふれていて聞こえてくるのは暴言や叫び声ばかりだ。


俺はまっすぐに歩いて一番奥にいるマスターの元に行く。


「ワインとアップルパイ、ワインは温めて下さい」


俺がそう言うとマスターの顔色が変わる、しばらく俺の顔を見ると後ろの扉に手をかける。


「どうぞ、お連れの皆様も」


扉の向こうには一人のお婆さんが椅子に座っていた。


「ほほほ、来てくれたようじゃな。二年も前の約束を覚えているとは、若いってのはいいのお」


椅子に座って手を叩きながら笑っている一人のお婆さん。


俺はこのお婆さんを知っている、センドブル王国内の噂を網羅している唯一の人物、通称噂屋レオメール。


「ここに来たのはヘンリオン家との揉め事の件だろう、それならとっておきの噂がある」


流石噂屋レオメール、どこからそんな話を入手してくるのだろうか。


「ええ、その通りですよ、これは料金です確認してください」


俺は料金が入った封筒をレオメールさんに渡す、俺が長期休暇の時に帰省した際豪遊しようと貯めておいた金だが仕方ない。


むしろそんな金額でヘンリオン家の弱みを握られる噂が手に入るのなら安いものだ。


「確かにあるね、それじゃあ噂を提供するよ、分かってると思うけどこれはあくまで噂だからね」


「ええ分かってますよ、お願いします」


レオメールさんがヘンリオン家の噂を話していく。


脱税、隠し子、贈賄、湧き水のように出てくる噂を俺は一つずつメモしていく。


「これくらいだねえ、それでこの後ロニーのところに行くんだろう?話はつけておいたよ」


「流石、ここまでくると恐ろしいですね」


俺はレオメールさんに別れの挨拶を言い部屋を出る、アベルさん達も後に続く。


酒場を出て少し歩いた所にある印刷屋、そこに入ると一人の男性がいた。


「お前がルイスだな、俺がロニーだ」


「よろしくお願いします、これと、これを」


俺は料金とさっきのメモを渡す。


ロニーさんは一言任せてくれと言うと作業に取り掛かる。


俺とアベルさん達はロニーさんの作業が終わるまでの間外に出ることにした。


俺は別のものを調達するために市場に向かって歩いていた。


「ルイスさん、一ついいですか?」


「はい、なんでしょうか」


「何故アースノブでここまでの人脈があるんですか?」


アベルさんが不思議そうに聞いてくる。


「昔、色々あったんですよ。あんまり人に言えないですけど」


俺の返答にアベルさんが『そうですか...』と小さく呟いてこの会話は終わる。


程なくして市場が見えてくる。


市場は案外普通の雰囲気で主婦が夕飯の買い出しをしたり子どもがお菓子を買ったりしている。


俺は市場の真ん中にある店に行き小さな青い石を購入する。


「それは子ども用のおもちゃですよね?魔力をちょっと流せば光る」


「ええ、でもこれが今回一番重要な道具なんですよ」


「それを一体どうやって?」


「それは――――」


俺が答えようとした時、周りの人の様子がおかしいことに気づいた。


「なんか周りの様子おかしくないですか?」


「ええ、明らかに普通では無いですね、しかも殺気も感じるようになりました」


市場にいた集団が俺たちの周りを囲うように集まってくる。


「おい、お前らか、アースノブを嗅ぎまわってるって連中は」


集団にいた一人が俺らに声を掛ける。


「ち、違いますよ、俺らはただ野暮用でここに来ただけで」


「うるせえ、そんなことはどうでもいいんだよ」


こいつ言ってること滅茶苦茶じゃねえか、まずいな話も通じそうにないぞ。


「ルイスさんここは我々に」


アベルさん達が俺を守るように後ろにやる。


「おい、私たちに一体何の用だ」


「ああ?うるせえな、俺はお前らがむかつくんだよ、だから何となくぶちのめすんだ」


その男はジャンバーの懐から大きなリボルバーを取り出す。


銃にあまり詳しくない俺でもあれは当たればただでは済まないと分かった。


その男は銃のハンマーに親指をかけ銃を撃とうとする。


その瞬間あたりに大きな音が鳴り響き男は銃を落した。


「痛ってえ!」


ケビンさんが男の銃を狙って発泡したのだ。


そしてアベルさんが素早い身のこなしで男を取り押さえ頭に銃を向ける。


「おい、銃を下ろせ、さもなくばこいつを射殺するぞ」


流石元軍人で貴族に仕えるボディーガード、頼もしい。


流石にまずいと思ったのか周りにいた部下と思われる連中も銃を下ろす。


「おいてめえら何やってんだ!早くこいつら殺して俺を助けるんだよ!」


その男は凄まじい要求に部下達も困惑の様子だ。


ケビンさんも最悪の事態に備え常に部下達に銃を向けている。


その場に緊張が走る。


その時、部下の一人が俺に銃を向けた。


俺はとっさにポケットから銃を取り出す。


銃とは言っても正体はただのモデルガンだが相手の動きを封じるには丁度いい。


バレませんようにと心の中で必死に唱える。


幸い相手も予想外の出来事に戸惑っているようだ。


しばらくの間お互いににらみ合う状態が続いた。


その状態はある男によって終わることになった。


「やめろ」


奥から歩いてきた高そうなスーツを着た男、歳はまだ二十代だろう、若い人だ。


「うちの若いもんが失礼を」


その男は両手を膝につき深々と頭を下げる。


「申し遅れました、俺はこの辺りで大傘組と言う組織の長をさせていただきます、大傘登と申します」


大傘登と名乗る男はポケットから名刺を取り出し俺に差し出す。


「実はあなた達に用がありまして。立ち話は何ですし中で話しませんか?」


俺とアベルさん達はお互いに顔を合わせる。


お互い、今は大人しくついていく方がいいだろうと思った。


「わかりました、案内してください」


大傘さんは「分かりましたと言うと来た方向に向かって歩き出した。


それに続いて歩いていくと街の景色は変わっていった。


荒れた雰囲気だった景観が落ち着いた感じになった。


「こちらです」


見上げるとそれは凄まじい豪邸だった。


表札には大傘と書かれており家の周りは大きな塀で覆われていて正面の門には銃を持った門番が立っている。


大傘さんが帰ったと気づいた門番が近づいてくる。


門番の人達は俺たちの方を不審そうに見るが大傘さんが客だと説明すると直ぐに門を開けた。


中に入ると外見に見合う豪華な内装だった。


少し進むと客間と思わしき部屋についた。


俺と大傘さんはそこにあったソファに座る。


「いい家だと思いませんか?」


「ええ、確かに」


「そう言っていただけて嬉しいですよ。それでは本題に入りましょう」


大傘さんはそう言うとスーツの胸ポケットからあるものを取り出した。


「これ、あんたが欲しいものなんでしょう?」


「こ、これは」


テーブルに置かれた綺麗な青色の宝石、それは俺が本当に欲しかったものだった。


「こんな高価で希少なものどうやって」


「それ、譲りますよ」


「な、なんでですか?」


下手をすればそこそこの高級車が一台買えてしまうなもの、そんなものを易々と俺のような子どもに譲るなんて何か裏があるのか?


「まあ、俺らやって何も善意で譲るわけやない」


「じゃあなんで」


「あんたがあの公爵との問題を解決してくれると我々も都合がいいんですよ」


都合がいい?一体何を、いや、あまり考えないでおこう。


「じゃあ、本当に貰っていいんですね?」


「ええどうぞ。それと今日はもう帰った方がいいですよ、この町は長居するには適さない」


確かにあまり長居するには適してない場所だ、早々に帰った方がいいだろう。


「分かりました。ありがとうございました」


俺はそう言って席を立ち大傘さんに深々とお辞儀をし部屋を後にして俺達はすぐに車に戻った。


しかし流石は国内最悪の治安を誇るアースノブ、そこには車なんてなかった。


「やられましたね」


アベルさんが不機嫌そうに呟く。


「どうします?ここから歩いて帰るにも距離がありすぎますよ」


ここからカーイスまで200キロ以上、歩いて帰ったら何日かかるかわかったもんじゃない。


バスかタクシーを使おうにもこんな場所にバス停は無いしタクシーもこんなとこに来たがらない。


電話をして迎えを送ってもらおうにもアースノブは不法滞在者が作った土地だ、電話線など引かれていない。


「やっぱりこうなりましたか」


後ろを振り向くと大傘さんが立っていた。


「なんでここに?」


「もしかしたらと思いましてね。それよりもどうですか?私達の車でお送りしますよ」


(どうします?胡散臭くないですか?)


(しかし今はそれ以外に方法がありませんし、従うしかないのでは?)


(一様は用心しておきましょう)


「分かりました、お願いしてもいいですか?」


「それじゃあこっち来てください」


大傘さんについていくとそこには立派なリムジンが止まっていた。


「さあ遠慮せず乗ってください」


俺たちと大傘さんが乗り込むとカーイスに向かって出発する。


大傘さんはそう言うが正直安心できない、というかできるわけがない。


しかも初対面でアースノブにいたどうすれば信用できる?


「どうしてここまで手厚くしてくれるんですか?」


「さっき言ったように我々に都合がいいからですよ」


俺がこの人達にどう都合がいいのか分からない。


何となくだが大傘さんはただ者ではないと思っている。


大傘さんの目は冷たくて、残酷で、恐ろしい、まるで悪魔の様に見える。


そんな人の言う都合がいいが一体どういうことなのか。


俺は、とんでもない人と出会ってしまったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る