第四話 翌日、学校にて
「ちゃんと伝えたのかしら?」
翌日、学校に行くと英梨華が私の首にぐいと腕を回してきた。
「アホ。暑苦しいねん。絡みついてくるなって」
「逃がさないわよ。あなたがきちんと伝えたと答えるまで、私は離さないから」
「まだや。まだ伝えてません」
もう、と英梨華が呆れたように息を吐いた。
「どうして言わないの? ——あなた、さてはやっぱり、」
「ちゃうって! 昨日はタイミングが悪かったんやって」
「タイミングねえ」
ふうん、と英梨華が背もたれに体重をかける。
「これは由々しき事態ね。私には理由がさっぱり分からないもの。解決のしようがないわ。お父様は、大学に行くことを否定していないのよね?」
「まあ、そうやな。元々は受験勉強するつもりでいたわけやし」
今住んでいる社宅でも、三姉妹であるにもかかわらず、私はひとり部屋をもらっている。引っ越した当初、受験勉強で夜遅くまで起きている可能性があるから、と家族で話して決めたのだ。
「なのに言えないの? 私の親だったら、勉強したいことがあるから大学に行かせてくれって言ったら、むしろ喜んでくれると思うのですけれど」
「さあ。どうやろ。大学行くにも金かかるしな」
「でも、勉強したいって気持ちは大事じゃない。どんな親だって、子供には勉強してほしいって思ってるはずよ」
そんなことない、と思う。
「みんながみんなではないと思うけどな」
「へえ。やっぱりあなたは恵まれてるわ。私なんて昔からよく言われたものよ。勉強しろって」
「たしかに、お嬢様もいろいろと大変そうやなぁ」
「お嬢様って呼ばないでって言ってるでしょ」
不満そうに英梨華が髪をかき上げた。柑橘系のいい香りが鼻をくすぐる。
「でも、確かにしつけは厳しかったわ。勉強はできて当然って思われるし、いつも見た目にも気を配らなきゃいけない。お父様に恥をかかせてはいけないってプレッシャーがあって、家政婦にずっと勉強をさせられたりもしたわ」
やれやれ、というふうに英梨華が首を振る。こういう大きな仕草が、洋画を見ているような感覚になる。
「文嘉さんはそういうの、無かったの? 勉強しなさいって言われること」
「うちは、……そうやな。無かったな」
「じゃあ、自主的に勉強を?」
そう言われると、すごく素敵なことのように感じてしまうが、実際のところはそんなに見栄えの良いものではなかった。
親に対する小さな反発というか、自分のことを見て欲しいっていうざらついた感情。私には妹が二人いて、勉強をしようとするときは大体、両親が妹の面倒を見ているときだったと思う。多分、悪事を働くほど度胸も無くて、構って欲しいっていう気持ちがそうさせたのだと思う。
「なんか、勉強ができすぎると嫁のもらい手がなくなるでっていう家庭やってん」
ふうん、と英梨華が言う。
「変わってるわね」
変わってるんかなぁ、と思う。
「それで自主的に勉強をして大学に行きたいって思うんですから、やっぱりご両親の教育方針は正しかったのね」
「別に、正しいも間違ってるもないと思うけどな」
私は答えた。
「うちの親には、学校の勉強よりももっと大事なものがあったんやと思う。成績が良くて褒められたことなんて一度もなかったし。まあ、それやからこそ、うちにとって、勉強する行為が親の目を引くための手段になったんやけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます