Ⅴ:message

いいとは思えないdon't think it's okay

 そこは、住宅地区の片隅。

 監視班lookoutの目をかいくぐった秘密の場所blind spot

 safelandセーフランドは、ゼロから作られた場所が意外と少ない。僕のいる4th第四:safelandセーフランドもそうであり、無秩序な構成の前世紀住居区域last centuryがいくつも保存されている。空想的な望郷nostalgieを味わうために不便で割高な住居費を払う人々の気持ちはイマイチよく分からないし、僕にとってそこは都合の良い間仕切りpartitionでしかなかった。

 僕のおススメfavoriteは、その奥底にある。

 いや、あった。

 やはりそれgraffitiは跡形もなく消されていた。

 なので、僕と君は行き止まりdeadendの塀をただ見てるだけ。

 僕ができたのは、そこに遺した問いかけgraffitiを直接聞かせてあげることだけだった。

「へぇ」

 君は目の前の塀に近づいて、そこをまじまじを見ていた。

 傍から見ればおかしな光景だけど、僕はそんな君の行為を嬉しく感じていた。

「あのデザインって何か意図とかあるの?」

 君が言ってるのは、僕がここから描き始めた問いかけを囲うように描くあの円模様logogramの事か。

 携帯naviには画像graffitiがあるはずなのに、君はそれを一度も出さずにひたすら塀を示しながら僕に聞いてきてくれた。

「一応、ちょっと皮肉というか風刺を込めたつもりで…」

 囲う模様logogramには、safelandセーフランドを象徴する疑似ドームを象った曲線を描いた事を、僕はたどたどしくも説明した。多少浮ついた気持ちも話をする内に気恥ずかしさが勝ってきて、最後は尻すぼみになってしまった。

「そうなんだ」

 それでも君は、どこか満足気な顔を浮かべてくれた。


 ∧


「次も行く?」

「もちろん」

 いつしか、先導leadは僕に入れ替わり、足並みも軽くなっていた。ここに来て、僕はようやく君とのデートdateを楽しめているような気がした。


 ∧


 監視班lookoutのレンズや視線を象った『気にならないのDon't you care?』

 生活班recommendの推奨表示を溢れさせた『自分で決めたくないDo you want to decide for yourself?』

 医療班maintainの測定数値を配置した『心配し過ぎじゃない?Are you too worried


 ∧


「…これで最後かな」

 聖地巡礼という名の、何もない壁no graffitiを渡り歩くデート《date》は終わりに差し掛かった。

「そっか。次がもうなんだね」

「そうだね」

「結局、のこってるのはあれひとつだけなんだね」

 と、目の前の何もない壁no graffitiを見ながら君は言う。

「あれも、近いうちに失くなるだろうね」

 早くて当日。遅くとも三日後には問いかけgraffitiは消えていたから。

「多分、もう少しはあのままだと思うよ」

「そうなの?」

 君が、当然のように言うので、僕は何で分かるの?という疑問が浮かばなかった。

「ありがとう。今日は楽しかった」

 構わず君は続ける。多少ぎこちない対応はあったものの、君は確かに楽しんでくれたみたいだ。

「僕こそ。楽しかったよ」

 戸惑い半分ではあったが、それは確かな気持ちだった。しかし、それを聞いた君はここに来て初めて不安そうな表情を浮かべていた。

「ほんとに?」

「え?う、うん。まぁ、最初は緊張したけど…」

 何か不自然な振る舞いでもしてしまったのだろうか?君は不安と困惑の混ざった顔で僕を眺める。上目遣いで顔を覗き込んでくる君に、僕の心拍数heartrateが上がってしまう。医療班maintain確認worryしたりしないかが心配だった。

「まだ見えない。どうして…」

 それは僕に聞かすのでなく、口から漏れ出たようだった。深く考え込むようになった君を、僕は困惑しながらも心配になった。

「あの大丈夫?僕なんか気に障ることでも?」

「ううん。違うの…」

 そういう君からはまだ不安が払われてなかった。一体どうしたのだろう…?


 ∧


 しばしの沈黙の後、君は何か思い立ったように商業区域marketに僕を連れてくると、その場に待たせて通りを歩きだした。

「あの、すいません」

 と、君は前を歩く人物に声をかけた。携帯naviをながら見しながら歩いていたらしく、自分が呼ばれていることに若干の間を置いて気づき、交差点の手前で立ち止まった。制服を着ていることから同じ学校schoolの男子生徒のようだが、顔見知りではなかった。

「これ落としませんでした?」

 と、君は相手にハンカチを見せていた。でも、それが相手のものであるはずがなかった。それは君が彼に話しかける直前に、取り出した君自身のハンカチだからだ。

「違いましたか?それはすいません」

 相手は当然のごとく否定したようで、君は一言をお詫びを入れていた。そのやり取りの最中、交差点をかなりのスピードで車が一台通り過ぎた。明らかな速度超過だ。監視班lookoutから警告を貰ってることだろう。

 相手が交差点を渡るのを見送り、君は僕の元へ戻って来た。

「ごめんね。待たせて」

「いや、いいけど…、今の何?」

 当然の疑問だった。君もそれは百も承知なようだが-

「明後日の放課後、またデートdateしない?今度は巡礼pilgrimageじゃなくて、このあたりぶらつきたいな」

「え?」

 それは、もう問う者askとか関係ないのでは?しかし、僕の答えは決まっていた。

「まぁ、いいよ。空いてるし…」

「ありがとう。また今日と同じ場所で待ち合わせね」

「分かった」

 その約束を交わしたのをきっかけに、僕らはお別れした。

 多分君にとっては、先の謎めいた行動の答えを示すためのもの約束だったのだろうけど、僕にはもうそんな事謎の解明などどうでもよくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る