4章 2節

リュカらと行動を共にすることにしたウルスらは、

避難民の列を離れた。

リュカらは総勢12人ぐらいのグループらしい。

現在、大人顔負けの行動力で街の状況を調査している。


「リュカー!こっち。」


また新たなメンバーがリュカに声をかける。


「ヘイゼルじいさんだって!?」


声の主にリュカが返すと、リュカらと同年代の少年は

建物を指さした。


「ケガはないようだけど、建物に挟まれて身動きが取れないみたいだ。」


「サッキ、ギャブ。頼む。

ウルスは周りを見ていてくれ。特に上空な。」


リュカがテキパキと指示を出した。

サッキとギャブの2人は、指を指された建物のほうに走っていく。

その先には更に3人ほどの少年達がおり、合流して何やら相談を始めた。

ウルスはリュカらと合流したものの、まだ流れには乗れていない。

彼らの行動についていけていなかったが、

リュカがこのグループのリーダーらしきものとは予想できた。

彼の指示で皆が動いている。


「リュカ、僕も救助を手伝うよ。」


ウルスが言う。

一緒に行動させてもらっているため、何かしら役に立ちたいと思うウルスだった。

だが、リュカは指を左右に振り、ウルスの申し出を断る。


「ウルス。見張りは大事だぜ。

救助できなくても、ヘイゼル爺さん一人が助けられないだけだけど、

ミサイルが降って来たら、皆が死んじゃう。

大事なところだ。しっかり頼むよ。」


リュカは真顔で不謹慎な事を言う。

だが、彼らは救助隊ではない。

恐らくだが、ここにグランベリー海賊団がやってきたら、

ヘイゼル爺さんを見捨てて逃げ出すであろう。

そしてその選択は正しい。

彼は自分の仲間を守る事を第一としていた。

今、街を調査しているのも、海賊に連れ去られた仲間を救助するためであり、

ヘイゼル爺さんを救助するのはその片手間である。

捨てるものと拾うものをしっかりと判断していた。

ウルスはその考えに賛同できる立場ではなかったが、

リュカの確固たる意思に気圧されている。

同じぐらいの年齢だというのに、ウルスとリュカには

精神的年齢の差があるようだった。

ウルスは言われた通り、赤く染まる空を見上げながら

リュカに話しかける。


「リュカ、君は凄いな。」


呟きにも感じられた台詞だったが、その声はリュカに届く。

ウルスはついさっきルーパと別れた自分の決断に

後悔していた矢先であったので、

次々に迷い無く指示を出すリュカを眩しく思ったのだ。

後悔するような決断をしていないように思えたからだ。


「皆で協力しあってるだけだ。誰が凄いとかじゃないさ。」


リュカが謙遜する。

そうしている間に、瓦礫を撤去していたサッキとギャブが手を振って

こちらに合図していた。


「大丈夫みたいだな。」


リュカも両手を振って応える。どうやらヘイゼル爺さんを救出することが出来たらしい。

救出されたヘイゼルは他のメンバーと共にリュカの元へと歩いてきた。


「良かったなぁ。爺さん!」


相手が大人であるに関わらず、リュカはまるで友達と話すかのように

ヘイゼルに声をかける。


「お前らに助けてもらう事になるとはなぁ。

感謝するぜ。リュカ。」


リュカはドヤ顔でヘイゼルを見た。


「ケガはないんだろ?こっからは一人で避難所へ向かってくれるかい?」


「なんでぇ?お前らは避難所に行かねぇのか?」


ヘイゼルは不思議そうな顔でリュカを見る。

電気系統が死に、街から酸素がどんどん減っている状況である。

避難所に向かわないのは自殺行為に思えたからだ。


「緊急電源は動いているみたいだかなら。まだ持つさ。

それに、俺らがこうしてるから、ヘイゼル爺さんを助けられたんだぜ?」


「そりゃ間違いねぇ。」


ヘイゼルは豪快に笑うと、リュカとハイタッチし、避難所へ向けて歩いて行った。

大人とも対等に会話するリュカを改めて尊敬の眼差しで見るウルスだった。


「でも、連れ去られた子どもを助けるって・・・。」


どうするんだろう?とウルスは思う。

ヘイゼル爺さんを助けたようにはいかない。何故なら子ども達は

海賊に連れ去られたのである。

助けるためには、海賊をどうにかしなくてはいけなかった。


「海賊が子どもを攫うってのは、珍しいんだ。

大体は労働力目当てなんだろうけど、リスクがある。

反抗的な子どもだったら、手に負えないからな。」


ウルスの言葉にリュカが反応した。それを聞いたサッキが


「リュカのような奴だったら、船の内部で反乱起こしちゃうからな。」


と言うと、一同に笑いが起きる。

フン!と周りの声を無視するかのようにリュカは話を続けた。


「だから、いきなり船の内部には連れ込ませないで、

どっかで選別するはずなんだ。使える奴と使えない奴のさ。

今回はそこが狙い目になる。」


へぇとウルスは関心した。


「なんでも知ってるんだね?リュカは。」


「これはさっき、クックルさんに聞いた受け売りだけどな。」


リュカが応える。その名詞にウルスは反応した。


「クックルさん?ピュッセル海賊団の!?

一人だった?側に女の子はいなかった?」


クックルは妹のセリアを連れて、避難所に向かっているはずである。

会っていたらとしたら、セリアも一緒なはずであったが。


「いや、一人だったぜ?港に向かうって言ってた。」


リュカの代わりにサッキが答えた。

クックルが一人で港に向かっているって事は、

無事セリアを避難所に避難させたのであろう。

ウルスは安心したようにため息をついた。

しかし・・・とウルスは思う。

クックルって、しゃべれたのか?

ウルスらと一緒にいるときは一言も発しない寡黙な男だったので、

彼が会話が出来るという事にウルスは驚いていた。

その位の余裕がウルスには生まれつつあった。

それはリュカという頼りがいのある仲間に出会えた事が大きかったのであろう。

相変わらず自分の中で行動への指針は見つかっていなかったが、

ウルスは彼らと行動を共にすることで、少しずつ

頭の中を整理する余裕が生まれてきていたのだった。


ピュリン!


リュカの持つ通信機が音を上げる。

リュカは通信機を覗き込むと、眉をしかめた。

何やら文章で通信が送られてきたようである。


「皆のいる場所がわかったぜ!

アンドゴル公園だ。やっぱりだ。

奴ら、船に連れて行く前に選別するつもりだ。」


ゴクリとウルスは唾を飲み込む。

ウルスだけはリュカらと違う判断をしていた。

海賊団が探しているのは労働力ではなく、ウルス自身である。

確証はない。

だがウルスはそう決め付けていた。

だから選別というのは、ウルスかウルスではないか?の二択である。

ウルスではないとばれた時の子ども達がどうなるのか?

知識の乏しいウルスにも想像がついた。


「行くぞ!アンドゴル公園だっ!」


リュカの一言に周りのメンバーの拳に力が入る。

彼らとは違った意味で、ウルスも強く拳を握っていた。



グランベリー海賊団の旗艦「ノーライフデス」の艦橋に座るボスの

グランベリーは目の前に広がるマラッサの街の様子に満足げだった。

マラッサの街は、グランベリー海賊団の傘下に入ることを拒んでいた街である。

海賊向けに商売をしている街とは言え、マラッサは全ての海賊を

受け入れてきた。一つの勢力下に組み込まれることを

良しとしなかったのである。

自分の勢力下に置きたかったグランベリーとしては、

傘下に入らないマラッサの街が燃える事に何の躊躇もなかった。

片手に持つグラスを目の前に掲げ、中の氷をカランと鳴らす。


「さらば、マラッサ。」


男はグヘヘといやらしい笑みを浮かべながら言った。

余韻に浸るグランベリーに部下が歩み寄って来る。


「ボス!通信が入っています。」


グランベリーは眉をしかめる。


「ん?誰だよ。こんないいときに?」


「仮面の人です。」


「ああん?あー。そうか・・・。」


グランベリーは面倒臭そうに通信機を手に取った。


「おう、俺だ。」


画面に相手が映る。

画面越しの相手は仮面を被っていた。正体がばれないようにだろうが、

グランベリー自身は彼の正体を知っている。

だが、通信が傍受されたり、ハッキングされることを危惧しての

変装だった。

従って、彼の名前は「仮面の人」である。


「ノーデル星を襲撃しているらしいな?

お前に頼んでいたことはそんな事ではないはずだが?」


仮面の男が言う。

グランベリーは顎をポリポリとかきながら、めんどくさそうである。


「王子の確保だろ?わかってるさ。

マラッサの街にいる事までは掴んでるんだ。心配しなさんなよ。」


「マラッサの街にいる?

では何故、マラッサを襲撃している?

私は王子の身柄の確保を依頼したはずだぞ?

死体では困るのだがな。」


男が剣幕でまくし立てた。


「数日前まで、殺そうとしてたじゃねぇか。

死体でもいいじゃねーか?

それとも何か?児童愛好家にでもなったかい?ぐへへ。」


その言葉に仮面の男は反応しない。


「今回は王に恩を売っておいたほうが

今後のためになると判断したまでだ。

貴様にアレを貸し出してまで依頼しているのは伊達ではないんだぞ。」


「へいへい・・・。今、炙り出しの最中なんだ。

任せておけってよ。」


グラスに注がれた液体を口に運びながら、グランベリーは答えた。

正直、彼は王子の生死などには全く興味がない。

彼がこの依頼を受けたのは、むしろ仮面の男の弱みを握るためである。

王子暗殺という重犯罪の片棒を担ぐことで、

仮面の男に、自分と一蓮托生であると思わせることが大事だった。

従って、王子が生きて帰ろうが、死体で運ばれようが関係ない。

むしろ、死体のほうが都合が良かった。


「貴様の行動のせいで、軍がノーデル星に突入すると言っている。

時間的猶予はないと思え。」


「あんたでも抑えられなかったってわけか。大将・・・。」


「減らず口をっ。」


「ま、せいぜい頑張ってみますさぁ。では。」


ブッ!!!グランベリーは通信を一方的に切った。

生きたまま救出・・・めんどくさい話である。

当初からそんな依頼だったら、受けてないがな。とグランベリーは思う。


「どうせ、いつかはやるんだろ?

今でもいいじゃねーか!なぁ・・・?」


グランベリーは隣にいた部下に話しかけた。


「街にいた高貴そうな子どもは、何人か連れて来ています。

ミサイル攻撃でおっ死んでなきゃ、捕まってますよ。」


部下はそう返した。


「死んでたら死んでたで、救出途中で死んじまった事にすればいいんだ。

いや、もう全員殺しちゃって、努力はしましたよ!ってのも手だな。

それが一番手っ取り早い。」


またグヘヘと笑う。


「いい考えです、かしら。

だけども、あいつに貸しをつくれる内は

作っておくほうがいいんじゃないですかい?」


部下の提案を、ボスは鼻毛を抜きながら聞く。


「ま、努力はするか。」


「はい。子どもらはアンドゴル公園に集めてます。

トマソンらが王子の写真を持って、確認に行きやした。

いい報告を待ちましょや。

そこら辺のガキと区別がつかねぇほどの

普通のガキだって噂なんで、見つかるかはわかりませんが。」


部下の言葉にグランベリーは何か閃いたようである。

椅子から立ち上がると、通信機を投げ捨てた。


「いーや、待つのは俺の趣味じゃねぇ。

俺も行くぞっ!自分の目で確かめる。」


部下の返事も聞かず、グランベリーは歩き出した。

彼は直情的な男であり、言い出したら止められないことは

彼の部下なら誰でも知っていた。

部下が反応する前に矢継ぎ早に指示を出す。


「出るぞ!アンドゴル公園だ。5・6人付いてきやがれ!」


グランベリーの大声が艦橋に響いた。

艦橋にいた数人が同時に立ち上がると、ボスの後に続く。


「ぐへへ・・・。無色王子か。

会えたらいいなぁ。なぁ。」


グランベリーは王宮で囁かれるウルスの蔑称を口にした。

キャラが強すぎるこの男にとって、

没個性と揶揄されるウルスに興味が沸いた。

そして、生きてグランベリーと対面するようなことになるのであれば、

命を助けてやっても良いと考えたのである。

彼は運や運命という言葉を信じるタチだった。

ウルスの悪運ってやつを試してみたくなったのである。




宇宙暦980年5月27日午前2時55分


アンドゴル公園にウルスらは到着した。

もちろん正面入口から堂々と中に入ったわけではなく、

暗闇にまぎれて、彼らは侵入した。

リュカの話によると10人近くがここに集まっているらしい。

彼らは通信機のチャット機能で連絡を取り合っている。

一見無謀な行動に思えるが、銃などの武器も用意されているということだった。


「銃を扱えるんですか?」


その話を聞いたウルスの目が点になる。

同じ年頃だというのに、彼らとウルスの間には

どれほどの差があるのだろう。


「銃っても旧式の火薬を使うタイプだけどな。

火力も殺傷力も足りないが、威嚇にはなる。」


リュカが答える。

ウルスは「そういうことではなく」と言いたいところだったが、

口には出さなかった。

いや、考えるのを止めたと言っても良い。

ここは異世界でもなく、外国でもなく、

ウルスが住む国の話だった。

つまり、ただ単にウルスの知っていた世界が狭すぎたのである。

自分が将来治めるべき国がどういう世界であるのか?

ウルスは受け止める必要があった。


ピッ!リュカの通信機が反応する。

リュカは通信機を覗き込むと、ウルスら3人に合図した。

そして草むらの影から前方を指差す。

アンドゴル公園の中央広場。

かなり広い開けた場所に人影が見えた。

中央には、子どもが8人ほど固まっており、周りに大人らしき影は3人。

リュカは通信機に文字を打ち、仲間と連絡を取り合った。

姿の見えない文字だけの世界で、やり取りする彼らを見て、

ウルスは、どれほど相手に信頼があるのだろう。と思った。

口調もわからない、表情もみえない。通信なのに

海賊相手に、仲間の奪還作戦を実行しようとしているのである。

信頼関係がなければ不可能な事だ。

だたし、このウルスの考えは一種の傲慢である。

何故なら、ウルスら貴族階級の人間が、文字だけの通信を行う機会は

ほとんどないと言っていい。

貴族階級であれば誰もが3Dホログラム映像が出る通信機を所有していたし、

逆にリュカらは、そんな高性能な通信機を持っていない。

従って、ウルスの感想というのは技術力が劣る文化への

皮肉でしかなかったのであるが、ウルスは本気で

彼らに感心していたのであった。

そんなものを当てにして奪還作戦を実行する。

リュカらの普通と、ウルスの普通が違うということを

物語っている一端である。


リュカは通信を終えると、3人に近付くように合図し、

小声で今回の作戦を説明する。


「噴水広場の周りを俺ら、グル、サンダース、モックが囲んでいる。

グルとサンダースのグループが発煙弾を打ち込んで

奴らの視界を奪う。

それ便乗して、俺らとモックらのチームで救出作戦を実施する。

ウルス、君には逃げ道の見張りを頼むよ。」


リュカはウルスを見つめた。

先ほども見張りを頼み、一度は拒んだウルスである。

今回も拒むのではないかとの心配であった。


「うん。わかった。大丈夫。ちゃんと見てるよ。」


ウルスは即答する。

彼らとは住む世界が違うのだ。

差別と言われるかもしれないが、それは事実として

しっかりとこの世界にあるのだ。

もしウルスがこの救出作戦に加担したところで、

発煙弾の煙の中で上手く立ち回ることが出来ず、

足を引っ張るであろう。

仲間との連携も上手く行くはずがない。

恐らくであるが、リュカら地元の子は今回のようなことをするのは

初めてではないのであろう。

意地が悪い言い方をすれば、発煙弾で視界を奪いつつ、

窃盗や強盗など、やってきた経験があるのであろう。

それほど、彼らは自分達がやろうとしていることに、

何の疑問も不安も持っていないようであった。


ならば、ウルスの立ち位置は一つである。


「彼らの邪魔にならないこと」


そして知るのだった。

人には向き不向きがあり、出来る事と出来ない事がある事を。


「リュカ。」


「ん?」


ウルスの呼びかけにリュカは優しく反応する。


「いつか・・・大人になったら、僕を手伝って欲しいんだ。」


「ん~?」


リュカにはウルスが何を言っているかわからない。

だが、ウルスの瞳を見て、それが本気なのを感じ取った。


「ああ、いいぜ。俺らはもう仲間だからな。

だがまずは、ここをクリアしてからだ。」


リュカは深くは聞かずにウルスにそう答えた。


「うん。」


ウルスも頷く。


今はその意味を説明する必要はないとウルスも感じていた。

彼が居れば、リュカがいれば全て上手く行くような気がしている。

彼が右手になってくれれば、世界を変えられる気がしていた。

人にはそれぞれ役割がある。

そしてウルスの役割は、王になる事である。

世界を導く責任がある人間になる事である。

その隣にリュカが居てくれる未来。

リュカたちを見ていて、ウルスは自分自身が何者なのかを感じ始めていたのだった。


「あと2分で突入するぞ!」


リュカが時計を見ながら言う。

その言葉にウルスとギャブは頷いたが、サッキは反応しなかった。

逆にリュカに上空を見るように合図する。

サッキの指さした方角から、小型のランチが飛行してくるのが見える。


「奴らの仲間か!?」


ギャブもランチに気付く。


「まずいな。一旦、作戦は中断したほうがいいんじゃないか?」


ギャブの言葉にリュカは通信機を取り出し、仲間に連絡を送る。

ランチはまっすぐアンドゴル公園の中央広場に向かってきては、

集められた子ども達の側に着陸した。

周りの大人達が慌ててランチに駆け寄る。

ハッチが開き、タラップが降りると大柄の髭むくじゃらの男が姿を現した。


「よぅ。おつかれさん。」


男は階段を降りながら、周りの大人達にねぎらいの言葉をかけた。

その姿を見たリュカたちの表情が強張る。


「グランベリー・・・。」


リュカがその男の名前を呼んだ。


「間違いないよ。グランベリーだよ・・・。」


サッキが続く。

そしてウルスはその言葉の意味を理解した。

グランベリー。その名の通り、グランベリー海賊団の棟梁。

グランベリー。そうこの街を業火の炎に包ませた張本人の名前である。

その親玉が、ウルスたちの前に現われたのであった。



アンドゴル公園の中央広場にグランベリーが現われた。

その瞬間から、現場の空気が変わったのをウルスも気付いていた。

それは当然の事だと言えた。

今この瞬間に、グランベリーの姿を見て平然としていられる

マラッサの住人は皆無であろう。

彼は、殺戮と略奪と拉致を絶賛実施中の組織のトップなのである。

誰もが彼を憎んでいただろうし、同時に恐怖していた。

それは、仲間の救出作戦を決行しようとしているリュカたちにとっても

同じ事である。

リュカらの救出計画にグランベリーの存在は含まれて居なかったし、

考慮もしていなかった。

拉致現場にグランベリーが姿を現すなど、想定外の出来事である。

奪還するにしても、グランベリーとその手下が3人加わり、

海賊の数は総勢7人になっていた。

単純に計画の成功の可能性は下がったし、

何よりグランベリーという男の存在は、イレギュラーである。

リュカらが冷静であれば、計画の中止か延期を考えただろうが、

彼らはグランベリーの姿をみた事で冷静な判断力を失っていた。

サッキなどは今にも飛び掛りそうな勢いである。

唯一冷静であったのは、グランベリーの人となりを知らない

ウルスぐらいなものであったが、

ウルスはこの時点で、リュカらに全幅の信頼を置いており、

他のメンバーとは別の意味で判断力がなかったのである。


全員の視線を一身に集める大柄の大男は、

広場の中央に集められた子ども達を見ると、眉を吊り上げた。

みな怖がって立ちすくんでいるのを見て、多少の満足感を感じていたが、

彼は目的の人物がいない事に気付く。


「いねぇじゃねぇか。」


ボソッと言った台詞だったが、周りの配下たちに緊張感が走った。


「まぁ、期待しちゃいなかったが、ほんとお前らは役に立たんなぁ。」


「申し訳ございません。再度街の中を探させます!」


慌てて部下の一人が通信機を取り出したが、

グランベリーはそれを片手で制した。


「シェルターへの避難は始まっている。もう遅ぇよ。」


そう言うと、男は懐から銃を取り出し、引き金を引く。

部下達は親分の怒りに触れたのかと恐怖したが、

銃口の行き先は、集められた子どもたちに向けられていた。

ブンッ!と鈍い音と共に、グランベリーの一番近くに居た子どもの胸が

赤く染まると、バタッとその場に倒れこんだ。


「ガキはいらねぇ。始末しろ。」


その言葉と同時だっただろうか。

リュカが発煙筒を広場に投げ込んだ。

白い煙が尾を引くように弧を描くと、広場の中央で爆発し、

大量の煙が周囲に拡散する。

リュカの行動を見て、広場の3方からも同様に発煙筒が投げ込まれた。

一瞬にして中央広場が白いカーテンに覆われる。


「なんだぁ!?グランベリー様に喧嘩を売るとはいい度胸じゃねーかっ。」


野太い声が煙の中から聞こえる。

視界を奪われたとはいえ、流石に海賊団を率いるボスである。

うろたえている素振りはない。

だが、リュカ・サッキ・ギャブの三人は躊躇なく中央広場に駆け出して行く。

3人が白い煙の中に消えて行った。

ウルスはただ観ているだけしか出来なかった。

この発煙弾はウルスが輸送機の中で経験したものとは違い、

拡散しにくい粘着率の高い煙で出来ている。

しかも呼吸に障害が出るタイプであったので、煙の中で

ゴホゴホと咳き込む声がいくつも聞こえてきた。

単純に視界が奪われるだけではなく、目もしみてしまうため、

不意打ちで喰らったほうはたまったものではない。

海賊の一味は銃を持っていたが、煙の中では同士討ちになる可能性もあったし、

冷静に反撃できる状態ではなかった。

すぐさま、ギャブが攫われた子ども達を誘導して煙の外に出てくる。

手際がいいのは、捕まった子ども達の中にリュカの仲間がいたからであった。

彼らはリュカが助けに来ると信じ、逃げ出す算段を話し合っていたのである。

そのため、発煙筒が投げ込まれた瞬間に目を閉じ、息を止め

煙の被害を最小にしていた。

迅速に行動できたのは、そのためである。

また、攫われたのは男の子ばかりであったし、

銃を突きつけられていただけだったので、

縄で縛ったりなどもされていなかったというのも幸いしていた。

彼らはギャブの合図で煙の外に出ると、一目散にウルスの居る方向へ

走ってきた。

ウルスは立ち上がり手を振る。

側まできた少年の一人に即座に指示を出す。


「この先を走って。ここから郵便局近くのシェルターまでは海賊はいないから!」


前もってリュカから聞いていた情報を伝える。

中央広場の周囲にいたリュカの仲間達もこちらに向かってきていた。

遅れてギャブもウルスの元へと辿りつく。


「ウルス。先に行ってる。後ろは

頼んだ!」


救出された子ども達に混ざってギャブも中央広場から離れていった。

だが、リュカとサッキは未だ煙の白い壁の中から出てくる気配はない。

ウルスが再び中央広場に目を移した瞬間、パンッパンッパンッ!と乾いた

銃声が3発響いた。

乾いた音だったので、それが旧式の銃。

つまりリュカらの発砲音だと判る。


「痛ぇよー!痛ぇよー!」


銃声と同時に野太い声が公園内に響いた。


「痛ぇよぉぉぉぉぉぉ!!!」


まるで断末魔の叫びのようであるが、その声には未だ生気があった。

力強さがあった。

その声に反応してか、グランベリーたちが乗ってきたランチのエンジンがかかる。

ランチは空中に浮き上がる過程で大量の空気を周囲に排出する。

そのため、中央広場に溜まっていた煙を一気に拡散させた。

視界が広がる。


「痛ぇよぉ!」


まず見えたのは、上空に顔を見上げたまま叫ぶグランベリーだった。

煙が晴れるに従い、彼の右肩と左足のふとももに赤いシミが見える。

銃弾の後であることはウルスにもわかった。

そして、その左腕は一人の少年が、首根っこを押さえつけられるかのように固められていた。


「リュカ!」


小声だったがウルスはグランベリーに捕まっているリュカの名前を呼ぶ。

腕を振りほどこうと両手でもがいていたが、彼の首以上もの太さのある

大木のような腕は、リュカを離そうとしなかった。

そして次第に煙が完全に拡散し、中央広場の様子がはっきりわかると、

地面に倒れた2体の人影がウルスの目に写った。

一人は先ほどグランベリーに打たれた少年。

一人は、ありえない方向に首が曲げられ、目を見開いたまま倒れている

サッキだった。


「痛ぇよー痛ぇよー!」


相変わらずグランベリーは顔を上空に向けたまま叫んでいる。

だが、それは苦痛に耐えているのではなく、

余裕すら感じられた。

リュカとサッキはグランベリーを仕留めようとし、

そして返り討ちにあったのだとウルスは悟る。

バタバタと足を動かし、グランベリーに蹴りを入れるリュカであったが、

蚊にさされたほども感じていないようで、大男は全く動じていない。

ウルスはサッキに視線を落とす。

彼は微動だにしなかった。


「親分っ!」


それまで棒立ちしていたグランベリーの配下たちがボスに声をかける。


「大丈夫ですかいっ!?」


彼らの声にグランベリーは視線を下げると苦笑いした。


「こいつら、躊躇なく撃ちやがった。末恐ろしいガキどもだぜ。」


グランベリーは撃たれた2ヵ所の傷口に視線を移すと、

リュカを締め上げていた腕に力を入れる。


「ぐあぁぁぁぁ!」


リュカの悶絶する声が聞こえる。

ウルスは周りを見渡したが、誰もいない。

リュカの仲間達は皆、この場所から離脱していた。

実のところ、今回の作戦は救出がメインだったので、

グランベリーに挑んだリュカとサッキの行動は独断である。

煙を目くらましにして、さっさと逃げるが正解で、

その観点で言うと、完全に逸脱した行動だった。

リュカが戻って来ないので、ここで待機していたウルスも同類である。


まだウルスの姿は海賊に認知されていないが、

見つかるのも時間の問題だと思われた。

しかし、ウルスに逃げるという選択肢はない。

リュカが捕まっているからだ。


「くそっ!離せよ。」


リュカが苦しそうに叫ぶ。

その声にようやくグランベリーがリュカを見た。


「この俺様に傷をつけるとは、歴史に名を残したな小僧。」


「けっ、お前の名前が歴史に残るはずがないだろ!」


リュカは強がる。


「ぐあああ。」


それを聞いたグランベリーは腕を締め上げる。

リュカの3倍以上はあろうかという巨漢である。

リュカが逃げられるはずもなかった。


「まぁいい。この落とし前はつけてもらわんとな。

安心しろ。逃げた友達も直ぐに後を追うさ!」


グランベリーは右手でリュカの頭部をガッシリと掴んだ。


「あばよ!」


グランベリーは「ふん!」と力を入れる。

首筋を左手で押さえつけたまま、右手で頭部を捻ろうというのである。

怪力のグランベリーなら可能な荒業だった。


「待て!」


それは、叫んだ本人も予想していなかった行動だった。

考えての行動ではなかったし、そうするつもりも毛頭もなかった。

だが、ウルスは立ち上がると、草の陰から身を晒した。

ライトを持っていたグランベリーの配下がウルスを照らし出す。

黄金の髪がライトの光に反射し、肌の白さが更に美白を強調する。

ウルスはグランベリーの前に姿を現したのである。

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