4章 1節 ~流されるままに~

2人は大路地から脇の路地へと移動した。

ウルスの息使いが少し荒くなってくる。

路地に移動したのは、大路地が多少混乱状態にあったのと、

単純に近道のためであったが、

大路地よりも艦艇からのミサイル攻撃は受けにくいと言えた。

周りの建物が壁になってくれるからである。

その分人通りが少なく、見つかった場合は目立ってしまう。

ルーパはグランベリー海賊団がウルスを狙っているのではないか?

という当たりをつけていたので、目立つ行動は避けたかったが、

ここは路地での移動を選択したのであった。


町全体が停電していたため、路地に入るとその暗さは

大路地の比ではなかったが、まるで昼間のように移動するルーパと違い、

ウルスは慣れない暗さに戸惑いながら、後を付いていく。

集中力を要求されるため、疲労度は蓄積されていった。


「ウル。大丈夫か?」


ルーパが声をかける。


「はい。

伯が言っていましたが、ルーパさんたちが

輸送機に乗り込んできたのを、

軍の特殊部隊以上だと言っていました。」


はぁ。とウルスは一旦息を吐いた。


「本当ですね。」


はぁ。とまた息を吐く。

ウルスは運動神経がないわけではなく、

同世代の平均よりも上である。

しかし、極度の緊張とで大分疲れていたが、

ルーパは息切れ一つしていなかった。


「あんなもんは曲芸みたいなもんよ。」


とルーパは言うが、考えを直したように付け加える。


「曲芸みたいなもんだが、お嬢は1年近く訓練してたな。」


「カエデさんが!?」


ウルスは知らないが、カエデは大学卒業までは普通の暮らしをしていた。

在学中に特殊訓練をしていたわけではなく、

一般の学生生活をしていたのである。

従って海賊団に加入してから身体を鍛えたのだった。

もちろん、元々の運動神経は非常に高いレベルにあったというのは

言うまでもない。

ウルスからみるとプロポーション抜群なカエデが特訓していたというのは

少し意外であった。

なんでも出来る女性のように感じられたからである。


「そっか。そっか。」


ウルスはカエデに親近感を感じていた。自然に笑みも出る。

それをみたルーパは少し安堵した。


「なんだよ?気味が悪い奴。」


言葉は悪かったが、笑みがこぼれるぐらいには、元気が残っているのだと

彼は感じていた。

そして話を続ける。


「ウル。このまま一度、お嬢と合流する。

情報が足りてないしな。

いいな。」


「では、港へ?」


ウルスの問いにルーパは頷く。

ウルスとしても、街の人々も心配であったが、カエデらピュッセル海賊団の

メンバーも心配であったので異論はなかった。

むしろ、カエデに会いたい。とそう感じている。


「早まってなければいいが・・・。」


ルーパは呟いた。

グランベリー海賊団がマラッサの街を襲撃したことで、

一番行動が読めないのが他でもないピュッセル海賊団の動向である。

顔見知りの多いこの街を救おうと、カエデが動く可能性があった。

それは巨大な組織であるグランベリーにピュッセル海賊団が

敵対するという事に繋がる。

ルーパのような戦闘要員も少なくは無いが、

今やピュッセル海賊団は情報を売買する組織であって、

ガチガチの武装集団ではない。

正面からグランベリー海賊団に敵対するほどの戦力はないのである。

しかし。

カエデなら、街を救うために行動しかねなかった。

なんと言っても彼女自身が、被災した村で拾われた孤児だったのである。

そんな彼女が目の前で起きている惨劇を見過ごすとは思えない。

ルーパが合流を急ぐ理由は、そこにあった。

彼ならば、カエデを止められるからである。


だからであろうか、合流を急ぐルーパは一つのミスをした。

通常であれば避けるであろうルートを選択したのである。

路地から路地に抜ける中で、出来れば通りたくない路地に入った。

その路地は宝石店に近く、近くにグランベリー海賊団の船員が

いるであろうことは、予想できたのである。

宝石店裏の路地を2人は走る。

必然、ルーパは集中力を高め、周りに注意する。

空気が変わったことをウルスも感じていた。

ウルスはルーパの一挙手一投足を見逃さないようにする。

ちょっとした合図でも自分が気付けるようにルーパの動きを追った。

ブオン!

エンジン音が聞こえる。

チッ!というルーパの舌打ちをウルスは耳にすると、壁沿いに身体を預けた。

暗闇の中である。壁沿いならば、影の中に入り身を隠す事ができると思ったからだ。

ルーパはウルスの行動を見ると注意を音のしたほうに集中させた。

右手が胸元に流れる。

瞬間、大通りからウルスらの居る路地へ1台のエアバイクが侵入してきた。

あまりにも無防備に侵入してきたので、ウルスらに気付いていたわけではないだろう。

エアバイクのライトが狭い路地を照らすと、

ルーパはその光を避けるように身体を横に捻る。

エアバイクに対し、側面を見せる形で、胸元から右手をエアバイクに突き出した。

手には黒い塊が握られており、

パン!と乾いた音が発せられる。

瞬間、エアバイクはバランスを崩し、地面に激突した。


走っていたため、バイクは地面を滑るようにこちらに向かってくる。

エアバイクの操縦者と思われる人物は、そこにはいない。

無人のエアバイクが滑ってくる。

ルーパの足元まできたとき、ルーパは足でエアバイクの勢いを止めると、

機体を起こした。


「良し!乗れるな。」


ルーパはエアバイクを起こし、跨るとウルスを見た。

瞬間、ウルスの様子がおかしいのに気付く。

彼は直立していた。

さきほど壁沿いに身を隠してから、動いていなかった。

そして、動こうともしなかった。


ウルスは見たのである。

ルーパがエアバイクのライトを避けるように身をかわし、

その流れのまま胸元から銃を取り出すのを。

その銃が、瞬時にして火を噴き、

そして、エアバイクに乗っていたであろう男の額を打ち抜いた。

路地の狭い壁で、反射した光が薄くその光景を

ウルスに見せた。

エアバイクの所有者は、そのまま後方に倒れ、地面に叩きつけられた。

それを見たウルスの最初の感想は、


「凄い!」


だった。

まるで映画のワンシーンのように、流れるような仕草で銃を抜き、

当たり前のように照準も碌につけず、ただ腕を伸ばした先が

標的の額を打ち抜く。

控えめに言って、神業である。

コンマ何秒でそれをやり遂げたルーパは、凄い。

天才の腕だった。

だが、その感情を押しつぶすような強烈な感情が

ウルスを下から突き上げる。

ウルスの脳裏が冷静に物事を判断していく。

ルーパは何をしたのか?

そう、今、彼は銃で打ち抜いたのである。

何を?

人の額を。

それは何を意味するのか?

額を打ち抜かれた男はどうなったのであろうか?

そう、人を殺したのである。

躊躇なく、美しいと感じるような流れる動作で、

彼、ルーパは・・・。

表情を変える事もなく、平然と・・・。


人を殺したのである。



ウルスの頭の中で、けたたましいサイレンが鳴っていた。


危険!危険!危険!


目の前にいる男は危険な人物だと本能が告げる。

その本能に逆らうかのように、理性が本能の説得を試みる。


「待て、彼は今、僕を救おうとしてくれたんだ。

殺された奴は海賊で、マラッサの街を襲っている大悪党だ。

奴らは、街の住人を殺しているんだぞ?

見ただろ?

ミサイル攻撃で吹き飛んだ住人たちを!」


その声で、先ほどの路地での惨状が脳裏に映し出された。

四散した身体や大量の赤い血に染まる路地。

そう、目の前の男はそんな凶悪な人物から、

ウルスを救ってくれたのだ。

理屈ではわかる。

だが・・・。

エアバイクの運転手は、未だこちらに気付いておらず、

路地に入ってきただけの無防備な状態だった。

恐らく彼は自分が殺されたことも理解しないまま、

地面に叩きつけられたのであろう。

そんな無防備な男を、平然と撃ち殺したのである。

そしてウルスは当たり前の事に気付く。

その男は、殺された男と同じく、

「海賊」

なのだ。

あまつさえ、国の王子という重要人物を誘拐するような

凶悪な男なのだ。

一緒に行動するようになって忘れていたが、

彼は凶悪犯なのだ。

もし同行者が軍の関係者、護衛であれば、

どうだったであろうか?

最終的には戦闘になっていたかもしれない。

結局、銃で応戦し、同じように殺していたかもしれない。

だが、見かけただけで撃ち殺したりなどはしないであろう。

こちらに気付いてもいない無防備な男を、即座に撃ち殺したりはしないはずである。

どちらが正しいのか?

ウルスは、そのような場面に出くわした事がなく、

その時にどのような行動をすべきなのか教えてもらったこともない。

冷静に考えれば、ルーパが正しいのであろう。

もし、直ぐに撃ち殺さずに王子を守る事を優先したならば、

相手に見つかる可能性はあるし、

見つかってしまえば、仲間を呼ばれる可能性もある。

相手がルーパのように、即座に撃ってくる可能性だってある。

それはウルスにも理解できた。

この場面での正解は、ルーパなのだと。

だがしかし。

同行者がブレイク伯であったならば、どうしたであろうか?

ウルスを守るように身を隠し、見つかったとしても、

マラッサの街の住人であるフリをして、なんとか逃げようとしたであろう。

決して即座に撃ち殺したりはしない。

断言できた。

ブレイク伯は決してやらない。

それをやってしまう男が目の前にいるのである。

それも、平然と、無表情で、

まるでいつもやっている日常の動作のような無駄のない動きで、

簡単に、そう簡単に人を殺す男が目の前にいるのである。

彼は、プロだ。

それもプロ中のプロだ。

人殺しのプロなのだと、ウルスは実感した。

そこまで考えた瞬間、また別の声が聞こえてくる。


「何を言っているウルス?

お前は助けてもらったんだろ?

殺された奴は、殺されて当然な奴だったんだ。

見ろよ、マラッサの街を。

街は今どうなっている?市民は今どんな状況に置かれている?」


思考が巡る。

今を受け入れるべきなのであろう。

受け入れ、行動を継続すべきなのであろう。

だが、このウルスの胸の中で熱く訴えかける感情が、

理性を凌駕する。

この男は危険なのだと。

否、危険だからこそ、今のこの状況では頼もしいのも事実だった。

一緒にいるのがブレイク伯であったら、

この危機を乗り越えられたかもわからない。

危険な男だからこそ、命を預けることが出来た。

それはわかっている。

わかっているが、危険なのだ。

一緒にいてはいけない男なのだ。


どうすればいいのかわからなかった。

今までウルスは、王の息子として

周りの期待に応えるべく、いい王子であろうと努力してきた。

節度を守り、我侭を言わず、大人達が望む子どもを演じてきた。

英才教育も受けてきた。

王になるために、素晴らしい王になるための勉強もしてきた。

だが、こんな状況でどうすべきか?は習っていない。

正解が何かわからなかった。

正解があるのかさえわからなかった。

少年ウルスはどうすべきなのだろうか?

誘拐の被害者ウルスはどうすべきなのだろうか?

王子ウルスはどうすべきなのだろうか?

王位継承権1位の王太子ウルスはどうすべきなのだろうか?

そんな回答は習っていないし、考えた事もない。

ましてや今、その回答の決断を求められている。

実はウルスの中では、既に回答は出ていた。

それは、このままルーパに付いていくことである。

ルーパがやった行動は正しく、

恐らく最善の手を実行したのだ。

エアバイクの運転手を殺し、エアバイクを奪う。

奪ったエアバイクに乗り込み、この場所から逃げ出す。

グランベリー海賊団に見つかる危機も脱し、

最速でカエデたちと合流できる最善手。

ウルスもそれに乗っかるべきである。

「文句は後から聞く。」

とルーパは言った。

文句があるなら、後で言えばいいだろう。

答えは出ていた。

答えは出ているはずだった。

なのに。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


ウルスは走り出した。


ルーパから遠ざかるように、今まで進んできた道を逆行する。


「おいっ!ウルっ!」


後方でルーパの声が響く。

走りながらウルスは、ルーパが追いかけてくると信じていた。

行動と思考が矛盾していたが、ウルスは逃げながら

ルーパがエアバイクでウルスを捕まえにくると信じていた。

捕まってエアバイクに乗せられ、強引に連れて行かれる。

それがベストだと考えた。

だから、ウルスは全力で逃げた。

これはウルスの思考放棄である。

自分で考えることを止め、無理矢理な展開に流される事を望んだ結果である。

ルーパは逃げ出したウルスを見て、エアバイクのアクセルを回す。


「クソガキがっ。」


エンジン音が路地に反射する。

エアバイクが空中に浮かぶ。

子どもの逃げ足である。

捕まえるのは容易い。

だが、ルーパの後方で声が聞こえた。


「何してる!お前っ!」


声の主が、エアバイクの所有者の仲間だと気付くのに時間はかからない。

ルーパは空中でエアバイクを反転させると、今度は左手に構えた銃で声の主を打ち抜く。

バゥ!

またしても見事な射撃で、男を射抜いた。

男が地面に倒れるが、ルーパは自分の失敗を悟る。

仲間は一人ではなかった。

倒れた男のそばに、もう一人いたのである。


「チッ!」


ルーパは舌打ちと同時に銃をもう一人の男に向けるが、瞬間遅かった。

小さな銃声が次の標的を捉えたが、同時に白い閃光が上空に上がる。

閃光は上空でバンッという音と共に白く輝いた。

信号弾である。

辺りが白く照らされ、赤く染まった街並を塗り替える。

最悪なシチュエーションだった。

信号弾はグランベリー海賊団の船員たちを呼び寄せるだろう。

ここにはウルスがいて、生意気にもあのガキは、ルーパの指示に従わず、

逃げ出している。

ウルスを捕まえに行く間に、グランベリーの奴らは集まってくるだろう。

ウルスを抱えて逃げるにしても、それは危険に感じられた。


「クソガキ!あとでお仕置きだっ!」


ルーパはエアバイクを上昇させた。

信号弾にシルエットが浮かび上がる。

そしてハンドルをAゲートに向けた。

それはウルスが逃げた方角とは真逆の方向である。


「いたぞ!あいつだ!!!」


下のほうから声が聞こえてきた。

グランベリーの仲間だろう。

ルーパはエンジンを回し、一気にBゲートへとバイクを走らせた。


「逃がすな!追え!!」


「追ってこいっ!!!」


もはや聞こえない声に、ルーパは応えるのだった。




駆け出したウルスは、実は冷静だった。

もちろん、逃げ出した事自体は冷静な行動だったとは言えない。

だが、走りながら冷静さを取り戻していったと言える。

ウルスはそのまま大路地に出る。

列を作る人々が視界に入った瞬間、少年は足を止めた。

ふと後ろを振り返る。


「追ってこない!?」


追っ手とはルーパの事である。

彼は逃げ出したが、ルーパが追ってくるものだと

信じていた。

ウルスに追いつき、嫌がる彼を無理矢理エアバイクに乗せ、

拉致ってくれるものだと信じていた。

そう、輸送機から誘拐したように強引に。

だが、ウルスの希望は打ち砕かれた。

ルーパは追ってこず、ウルスは完全に彼とはぐれ、

一人、マラッサの市民の列に加わる。


「なんで?なんでこうなった?」


ウルスの自問が始まる。

いや、追ってくるだろう?普通。

王子だぞ?この国の王太子だぞ?

追ってこない道理はなかった。

少なくともウルスに、追ってこない理由は見当付かない。

一つだけ思いつくことがあるとすれば、

「見限られた。」かなという思いだけである。

ウルスは彼との約束を破った。

自分のいう事を聞けという約束を破った。

それで見限られたのかと落胆する。

ウルスは市民の列の中で、俯きながら街の中心部から離れていく。

こうなると、ルーパと合流するのは至難なのはウルスにも理解できた。

もし彼がエアバイクで空中から探しているのであれば、

それは可能だろう。

だが、グランベリー海賊団という敵対する勢力の中で

それを実行することは現実的ではない。

ウルスは、自分の決断に後悔すると共に、

追ってこないルーパを恨んだ。


「こんなのは、望んでいないっ!」


彼の本心である。

さっきまでまるで遠足にでかけた子どものように

ウキウキしてた少年は、一気に感情を低下させた。

全ての光景を目に焼き付けようとしていた集中力も削がれ、

前を向いて歩くことさえままならない。

この感情の起伏を情緒不安定だと言う者もいるだろうが、

ウルスはまだ少年であり、感情の制御が出来る年齢とは言いがたかった。

彼は同時期の12歳に比べ、実はまだ幼稚である。

彼は父王や周りの家臣たちが望む人間になろうとしていた。

彼らがウルスに何を望み、何を期待しているのかを

子どもなりに汲み取り、それを実践していた。

成績は悪くなく、運動も苦手ではなかった。

だが、そこに個性はない。

彼は一般的に言われる「良い子」であろうとし、

実際それを実践した。

父王や母である王妃が喜ぶであろう少年像を自分に当てはめた。

その過程において、ウルスの個人は存在しない。

父が喜ぶであろう。母が満足するであろう王子像を、

演じて見せていたのだ。

だが、それはウルス自身がそう望んでいたのではあったが、

実のところ、計算されて行われていたというよりは、

ウルス自身は何も考えず、ただ、父や母や家臣が喜んでくれる。

という一点のみで行われていたのである。

従って、自身の感情を押し殺すという一点においては

他の同世代の少年よりも抜きん出ていたのであったが、

根本的な感情の制御が出来るとは言いがたかった。

つまり、感情を押し殺すことには長けていたが、

一旦、強烈な感情、推し殺す事ができないほどの感情が

自身の中に沸き出てきた時に、それを制御する技量を持ち合わせていなかったのである。

これまで、自身の感情を制御できないほどの場面に出くわした事はなかった。

ふと、実の母や父に会いたい、甘えたいという感情が出てくる事はあったが、

それぐらいなものである。

その感情は、教育係であるブレイク夫妻が代用してくれたし、

自分より幼いセリアさえも我慢しているという現状が

ウルスを我慢させた。

王子として産まれたのだから。

そういう気持ちもあった。

我慢できたのである。

しかし、今のコレは違った。

非日常にドキドキし、ワクワクしていたのにも関わらず、

自分の決断でそれを手放してしまった。

追ってこないルーパにガッカリもし、逃げ出した自分にも腹立たしい。

更に言えば、生命の危険があるこの瞬間に、

ウルスの命を守るものは何も存在せず、

今、死んでしまうかも知れないという恐怖もあった。

彼の感情は、一箇所に留まることをせず、

右に左に、上に下にかなりの揺れ幅をもって、

文字通り暴れ回っていた。


一歩、右足を進める毎に、自分のした行いに後悔をし、

左足を前に出す時には、今の現状を呪った。


「こんなはずじゃなかった。」


と悔やむと同時に、今何をすべきなのか考えた。

もちろん明確な答えが出るわけでもなく、

ただただ惰性で、避難するマラッサの住人の列に加わり、

どうすることもできず、歩いているだけである。

自分が今何をすべきなのか、自問自答しては、

未来のことではなく、過去の事を悔いる。


「なんで、なんで、なんで・・・。」


その答えは、見つからない。

ただし、これはパニックではなかった。

頭の中の思考は万華鏡のようにぐるぐると回っていた。

整理が出来そうになかった。

だが、これはパニックではなく、実のところ

彼は冷静だった。

答えが見えていないだけだったのである。


ルーパと行動を共にしていた時は、

集中を周囲に向けていたウルスだったが、

今は自分の思考に嵌ってしまったせいで

周りの声は頭に入ってきていない。

視界もただ前方を向いているだけで、記憶に残っていない。

ウルスは考える。

恐らくこのまま、シェルターの中に入り、

3日後ぐらいには軍に救出されるのであろう。

カエデやルーパたちには2度と会うことはなく、

ウルスには日常が戻り、今まで通り。

ウルスの小冒険はここで終ってしまうのであろう。


ガッカリである。


この考え自体が、命の危険があるこの場面では

楽観的な考え方だったのであるが、

ウルス自身は不思議とここで命を落とすとは思っていない。

若さ故であろうか、死を実感していなかった。

その為、比較的冷静でいられたのである。

だが、冷静だからといって周りが見えているわけではなかった。

他人から見れば、冷静とは言えないのかも知れない。

そんな状況だったのである。


避難する民衆の列の中、子ども一人で歩くウルスを気にする者はいなかった。

子どもとはいえ12歳である。

一人で行動できる年齢なのもあったが、このノーデル星では

12歳はもう十分、自分で物事を考えられる年齢として

認識されている。

12歳であれば仕事もするし、自らで判断して生き抜く歳である。

少年らで徒党を組む事も可能な年齢だった。

その為、避難民の中にウルスが一人で歩いていても、

気に止める人間はほぼいなかった。

気に止めるとすれば、顔見知りだけである。

だからウルスに声をかけてくる人物というのは限られた。

ここで誰か顔見知りに会う確率はほとんどなかった。

しかしそれは良い意味で裏切られる。


「おい?お前!?カエデ姉さんと、はぐれたのか!?」


ウルスは「カエデ」という名詞に反応した。

ウルスにとって、今一番会いたい人の名前だったからである。

振り向くと少年が心配そうにウルスを見ていた。

マラッサの街に来て初めて会った少年。


「リュカ?」


その少年の名前をウルスは呟くと、リュカは驚いたような顔になる。


「名前?何で知ってるんだよ。カエデ姉さんに聞いたのか?」


ウルスは頷いた。


「まぁいいや。で、どうしたんだよ、こんな所で?」


リュカはウルスがこの街の住人ではない事を知っている。

そのウルスが一人で歩いているのは、とても不自然だった。

この街の12歳は一人前の認識であったが、それは地元の子どもの話である。

他の地域から来た訪問者が、子ども一人で出歩くのはおかしいのである。

何故ならここは海賊を商売相手にするノーデル星の街マラッサであって、

普通の街ではない。

どちらかと言うと暗黒街に属する街である。

この街の12歳が一人前と見られるのも、治安がいい安全な街ではないからである。

他の街から来た子どもにはとても危険な場所だと言えた。

だからリュカにとって、ウルスが一人で出歩いているのは、

普通ではなかった。ましてや今は非常事態である。

リュカにとってウルスはほっておけない存在に写ったのである。

ここには悪い大人も沢山いるのだから。


「ちょっと皆さんと逸れてしまいまして。

港に行きたいんだけど、場所が・・・。」


ウルスは適当な事を言った。

今更港に行って、どんな顔をしてルーパに会えばいいというのか。

彼はめちゃくちゃ怒るであろう。

許してくれるとは思うが、そもそもウルスは誘拐されたのである。

誘拐犯から逃げ出した被害者が、誘拐犯の元に戻る。というのも

変な話だった。

だが、リュカと話を合わせるために嘘をついたのである。

別に誰かが困る嘘ではない。


「Aゲートか・・・。ちょっと遠いな。」


リュカはウルスの言葉を全く疑ってはいなかった。

ちょっと遠い。という言葉にウルスは安心する。

嘘がすぐばれる事はないからだ。

リュカは言葉を続けた。


「だけど、子ども一人で今出歩くのはまずいんだ。

あいつら、一人でいる子どもを狙って攫っている。

数人でいれば、見逃されるみたいなんだけど・・・。」


そう言いつつ、遠くの空を飛ぶエアバイクを見た。


「俺の仲間・・・友達も2人、捕まってる。」


リュカは鋭い目線でエアバイクを睨んだ。

捕まっている。という言葉を聞いた瞬間、ウルスはたじろいだ。

ウルスはこれまでの流れから、グランベリー海賊団の狙いがわかっていた。

子どもを襲っているのは、きっと自分を探しているのだと予想していた。

彼らに捕まらないようにと考えていたが、

ウルスの身代わりに捕まっている子どもがいるということを

しっかりとは認識していなかった。

だから、リュカの仲間が捕まっているという事実にたじろいだのである。

身近に、自分のために被害に合っている人間がいるということを

把握したのである。

ウルスの思考が悪いほうへ悪いほうへと流される。

子どもが攫われているのは、自分のせいなんじゃないだろうか?

マラッサの街が襲われているのも、自分のせいじゃないのだろうか?

ミサイル攻撃で街が燃え、死者が出ているのも自分のせいなんじゃないだろうか?

ウルスが王の息子というだけで、これだけの被害が出ているのではないだろうか?

ウルスは考える。

もし、自分が輸送機が襲撃された時点で戦う事を決断したのなら、

この悲劇は起こっていない。

ブレイク伯やセリアには悪いとは思うが、

輸送機にハイジャック犯が侵入してきた時点で、

抵抗していれば、マラッサの街が赤く燃える事は避けられたのではないか?

思考が泥沼に嵌っていく。

自分の存在が、今を引き起こしているのだとしたら、

なんと罪作りなのであろうか。

血の気が引いていくのが判る。

ウルスは今、どん底にいた。

自分のせいであるのに、何も出来ない自分の無力さを恨む。


「大丈夫か?顔色悪いぞ?」


そんなウルスを見かねてリュカが声をかけた。


「あ、うん、大丈夫。」


「まぁ、仕方ねぇか。こんなんだからな。」


リュカは周りを見渡した。

避難する人々は皆、前かがみで俯き加減に歩いている。

少し目線を上げると、炎が天井に届くかの勢いで揺れ動いている。

血を流しながら歩いている者、他人の肩を借りながら歩いている者、

涙が止まらない者。

こんな光景で、平常心でいられるほうが珍しいだろう。

一見平常心に見えるリュカも、内心は穏やかではない。

ただ、彼は強くあらなければならない理由があった。


「お前、一緒に来いよ。子ども一人でいると奴らに狙われるけど、

俺らと一緒なら大丈夫だからさ。」


「え!?」


「可能なら港まで連れてってやるぜ?どうだ?」


リュカは後ろを振り返る。

リュカの視線の先をウルスも追うと、そこには同じ年頃の子どもが3人ほどいた。


「俺らは、仲間は守るぜ?」


それがリュカが強くあらなければならない理由なのだろう。

リュカはウルスに向き直ると笑顔を見せる。

それを聞いていた後ろの3人も同じく笑った。

リュカの提案に、一人で心細かったウルスに選択肢はない。

ウルスは頷くと、避難民の列から一歩踏み出た。


「名前は?」


リュカがウルスに尋ねる。


「ウ・・・ウルス。」


ウルスは偽名ではなく本名を名乗った。

一緒に行動するからには、嘘は良くないと思ったからだ。


「よし、ウルス。まずは奴らに攫われた俺らの仲間を助ける。

港に送り届けるのはその後だ。いいな?」


リュカは言った。

ウルスの名前に何の疑問も持っていないようだった。

ウルス自信は気付いていなかったが、ここで本名を晒すというのは

危険を伴っている。

リュカの仲間たちがグランベリー海賊団に捕まったとき、

ウルスの存在が海賊にばれる危険性があった。

だが無意識に本名を名乗ったのは、ウルス自身が一つの決断をしたことを物語っている。

もう逃げも隠れもしないという事。

ここで起きている惨劇に向き合うという事。

全てを受け入れる準備がほんの少しずつ、

ウルスの中に芽生えだしていたのである。

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