6章 2節

中央公園では残された面々がブレイクが飛んでいった方角を

見上げたまま、立ちすくんでいた。

周囲に動きがない事を確認したルーパは、一人動き出す。


「さて。俺も行くかね。」


その言葉に驚いたのはカエデである。


「ルーパ!?」


名前を呼ばれたルーパは片眉を吊り上げた。


「ぼっちゃんは、発射を阻止しろ!って言ったんだぜ?

重火器も持ってないおっさんがどうやって

発射を阻止すんだよ?」


その言葉に、カエデもウルスもハッ!とする。

理解力のある2人にルーパはご満悦である。


「やるならエアバイクを、砲台にぶつけるしかねぇ。

だったらおっさんを回収する役がいるだろ?」


「私が行く!」


「僕も行きます!!!」


カエデとウルスが同時に言った。

2人はお互いの顔を見合わせ、ルーパに向き直る。


「これはピュッセル海賊団の問題だ。

船員の命を助けてもらうんだ。私が行くべきだろう!」


カエデが言うと


「伯に指示をしたのは、僕です。

僕も行くべきでしょう。」


とウルスが続いた。

(この2人、似た者同士かよ・・・)

とルーパは心の中で思う。

そして、一度言い出したら聞かない頑固者なのも二人同じだ。

ルーパは胸ポケットからタバコを取り出すと、口に咥え火をつけた。

手に持っていた自分のヘルメットをウルスに被せる。


「うわぁ。」


予想より重量のあるヘルメットを支えるのに、ウルスが声を上げた。


「ぼっちゃんは俺の後ろだ。

そうなると、おっちゃんを乗せれなくなる。

おっちゃんの回収は任せたぜ?お嬢。」


カエデの表情が明るくなった。


「任せとけ!」


カエデもヘルメットを被ると、エンジンを回しだす。

この中でルーパの心だけが晴れなかった。

何故なら、エアバイクを駆るブレイク伯の表情を見たからである。

(あれは、死地に赴く男の顔だ)

ルーパにはそう見えた。

王国の貴族である伯爵一人が死ぬ事はルーパには何も関係ない。

勝手にやってくれという気持ちだったが、

責任感の強い、カエデとウルスはそうではないだろう。

自責の念に押しつぶされるはずである。


「まったくよ。困った奴ばっかりだ。」


「ん?何か言ったか!?」


ルーパの言葉にカエデが反応したが、聞き取れていないようだった。


「なんでもねぇ!行くぜ!!!」


ルーパは火をつけたばかりのタバコを地面に捨てるとエンジンを回す。

3人はブレイク伯を追いかけるように、東の空へと飛んでいくのであった。




先行していたブレイクは、東の海岸沿いに到着した。

既にグランベリー海賊団のエアバイクはほとんどが撤収し、

船の上空を2台が警戒のために周回しているのみである。

ブレイクは海面スレスレを飛んだ。

街は炎の光で明るじかったが、海は真っ黒な深淵に包まれている。

炎の明かりに照らされ、旗艦「ノーライフデス」のシルエットは

目視でも確認できるが、海面スレスレを飛ぶ小型のエアバイクを

視認することは難しい。

それでも近くまで行けば見つかる。

エアバイクのライダー一人が気付いたのは、ブレイクが船に30Mと近付いたときだった。

ブレイクは機体を船の影に入れた。

ピュッセル海賊団も撤収をしていたので、ほぼ無防備の船からの砲撃はない。

ノーライフデスの船体を一周回るようにバイクを走らせる。

グランベリーのエアバイクが船体横に追いかけてきた時には、

既にブレイクは船体の後方を回りこんでいた。


「奴らは私の目的がわかっていない。」


ブレイクの勝機はそこにある。

ブレイクが何を狙っているのかわかっていないため、

先手を打つ事ができないのだ。

ブレイクが船体の後方から回り込むように船の右側面に周回した。

何人かの海賊が船のハッチより銃を構えて外に出てくる。


パン!パン!


乾いた音が海面に木霊する。


「打ち落とせ!」


海賊の怒声が後に続く。

ブレイクはバイクを左右に振りながら銃撃を避けつつ、

船の前方を目指した。

目標は船首にあるガルパン砲である。

ガルパン砲は国家の最大機密兵器であり、

砲身の右側に、識別番号がふってある。

長い英数字の羅列ではあるが、重要なのは最後の一文字だけである。

1なら国王親衛隊。2なら軍。3ならメイザー公爵。

バイクを駆りながら「フッ」とブレイクは笑った。

ぶっちゃけるところ、確認するまでもない事である。

ガルパン砲の持ち主が誰なのか、それはもう確認するまでもない事である。

しかし、ブレイクは確かな証拠を得る必要があった。

かの悪党の尻尾を掴むために。


銃撃を避けつつ、ブレイクはアクセルを全開にし、

一気に船首へ向け急上昇する。

ナナメ後方からガルパン砲の右側面に踊り出る。

ブレイクは視線を左肩に落とした。

その先に、ガルパン砲の識別番号が見える。


「3!」


口でもそれを唱えた。

記憶に植えつけるように、忘れないように。


パン!


銃声と共に、一発の銃弾がブレイクの背後から右肩に抜ける。


「撃たれた!?だが・・・!」


ブレイクは船首を通りすぎ、船の真正面でハンドルを切った。

ノーライフデスの艦橋から、真正面に見える位置で

Uターンをかます。


「あいつ!何するつもりだぁ!」


艦橋ではグランベリーが叫んでいたが、もちろんそれはブレイクには届かない。

ガルパン砲は充電中で、砲身の中に光の固まりが見えた。

凄まじいエネルギーなのがブレイクにはわかる。

こんなものが発射されたら、どれほどの被害が出るであろうか。

自分の所属する王国が作った兵器ではあったが、

ブレイクは戦慄を覚えた。

Uターンしたブレイクのエアバイクは、ガルパン砲の真正面にあった。

彼はアクセルを回す。

その動作に、グランベリーがようやく彼の狙いを悟る。


「いかんっ!撃て!ガルパン砲を撃つんだぁ!」


その声が聞こえたわけではない。

だがブレイクはニヤッと笑った。


「遅いっ!!」


彼はアクセルを一気に回すと、エアバイクから飛び降りた。

無人のエアバイクは吸い込まれるようにガルパン砲の砲身へと突っ込んでいく。

エアバイクより大きい口径の中に、すぅと吸い込まれていった。

溜められていたエネルギーが、一気に爆発する。

砲身にヒビが入り、亀裂から光が漏れる。

落下途中、ブレイクは自分の失態を悟った。


「しまった。通信機を借りておくべきだった。」


彼には二つのミッションがあった。

一つはガルパン砲の発射阻止。

もう一つは、この凶悪な兵器の出所を掴む事である。

どちらも達成できたのだが、それをウルスらに伝える手段を持っていなかったのである。


「私はいつも、こう・・・詰めが甘い。」


ボチャン!


ブレイクは海に着水した。

瞬間、高エネルギーを溜めたガルパン砲がそのエネルギーを最大放出する。

発射される前に、エアバイクを打ち込んだはずであったが、

巨大なエネルギーはノーライフデスの右ナナメ上240度の方角へ放たれた。

光の束がノーデル星の内壁を貫く。

ゴゴゴゴゴ!凄まじい爆音と共に、その光の束は移動を開始した。

エネルギー量が高すぎて、

弱った土台が光の勢いを支えることが出来なかったからである。


ガガガガッ!


レーザーが物体を焼き切るかのように、右へ右へと移動していく。

内壁が切り裂かれていきながら、その光の束は回りこむように、

ノーライフデスのブリッジを目指した。


「ひぃ!止めろ!止めろぉ!」


艦橋ではグランベリーが船首から180度回転してこちらに向かってくる光の束を

確認することができた。

ただ眩い光の点から伸びるまっすぐな光が、

ブリッジを光で包む。


「ぐおおおお。」


光の中グランベリーは何を思う事なく、蒸発していった。

遅れて、船首より大爆発が起きる。

武器の格納庫に引火し、至るところで誘爆が起きた。

船首とブリッジは消えてなくなってはいたが、残った船体が

猛烈な勢いで誘爆を繰り返す。

最後に大爆発をして、船は静かに海に沈んでいく。

文字通りの轟沈。であった。




「やりやがった・・・。」


轟沈し、海面に沈みながら黒煙が立ちこめる海面を見ながら

ルーパが言った。

彼の想像以上の戦果である。

ガルパン砲の発射を止めるどころか、

旗艦「ノーライフデス」を轟沈させた。

しかも、ブリッジは跡形もなく吹っ飛び、

恐らくキャプテン・グランベリー諸共消し飛ばしたのである。

グランベリー海賊団にケンカを売った以上、彼らは

今後グランベリーと敵対する可能性が高かった。

海賊同士の抗争に発展する可能性が高かった。

だが、ここでグランベリーが死んだとなれば、

短期間で大きく成長したグランベリー海賊団は

跡目争い、内部抗争へと向かっていくであろう。

必然、彼らピュッセル海賊団への攻撃は弱まる。

弱まるどころか、協力を望んでくる勢力もあるだろう。

ルーパは「やりやがった」と言う台詞には、

事を成し遂げた男への感嘆の意味も含まれていた。

だが、そう考えているのはルーパだけだった。

ウルスとカエデは単純に行方の消えた男を捜す。


「ブレイク伯ー!」


ウルスの声が真っ黒な海面に響いた。

海面には船から脱出したグランベリーの船員らが、

ウルスらに助けを求めていたが、それを助ける道理は彼らにはない。

物理的にもエアバイクの2台では助けられようもなかった。

だから助けたいと思う一人だけを探していたのだが、

光の無い海面での捜索は難航を極める。

いや、救助されるべき相手に意識があればそれはそう難しい事ではなかった。

海面から手を振ってくれれば、見つけることは可能だった。

しかし、ウルスらの目に探し人は写らない。

カエデとルーパは既に絶望を覚悟していた。

一人、諦めずに彼の名を呼ぶウルスの声だけが無情に暗闇の海に響く。

ルーパは周囲を確認した。

ガルパン砲は威力を大分落としていたが、発射された。

ただし、方向は船の前方にではなく、右側から、右後方に向けてである。

最終的には真後ろのブリッジを直撃するまで180度回転しながら、

その高エネルギーの粒子を放射した。

それは、マラッサの街を覆う外壁に大きな傷を付けていた。

満足な状態ではないはずであったが、その威力は甚大で

壁を抉り取るように大きな跡を残している。

そして、ブリッジを直撃した先の外壁には大きな穴を開けていた。

それを見たルーパは違和感を感じる。


「お嬢!?」


ルーパは信じられないという感じでカエデを呼んだ。


「どうした?」


カエデの問いにルーパは、ガルパン砲の最終直撃地点を指さした。

そこには、大きな穴が開いている。

穴の先は真っ暗な空間であったが、その先に小さな明かりの点がいくつか見えた。


「あれは・・・まさか・・・。」


それが何かわかったカエデは絶句する。

それは、星。だった。

夜空に浮かぶ星だった。

岩石をくり抜いた中に作られた街、マラッサで星を見る事は出来ない。

それが見えるということはどういう事なのか?

街の外壁から宇宙まで穴が開いたという事だった。

話には聞いていたが、改めてガルパン砲の威力に2人は戦慄する。

そして、カエデらの位置からではわからなかったが、

宇宙にまで穴が開いているということは


「空気が漏れている。酸素がなくなるとか、そういう次元じゃない。」


カエデが呟いた。

恐らく穴の周囲では、気圧差によって大量の空気が穴に吸い込まれていっているであろう。

カエデたちはまだ気付かないが、空気の密度がどんどん減っているはずであった。


「潮時だ。お嬢、ウル。」


ルーパはウルスを見る。

ウルスも状況が飲み込めたらしく、絶望の顔をしていた。


「そんな、伯がまだっ!?」


ウルスはもう一度辺りを見渡す。

ルーパはエアバイクのハンドルを切り、方向を変えた。

アクセルを吹かす。


「伯が・・・まだ・・・。」


ウルスの力ない声はエンジン音にかき消された。




エアバイクは、Aゲートを目指した。

ウルスはルーパの背に顔を埋めるようにうな垂れている。


「ぼ・・・僕が殺したんだ・・・。」


その声は、背中を通してルーパにも聴こえてくる。


「僕が指示をしなければ、伯は・・・。

でも、敵は討てた。あいつらは許されない事をした。

リュカの敵だったんだ。

伯は僕の代わりに敵を討ってくれたんだ。

でも、でも・・・。」


その声を聞きながらルーパは黙っていた。

12時間前は、気楽に会話していた仲であったが、

今の2人にはそのような気配はない。


「ゲイリ・・・悲しむかな。

お父さんが亡くなったって知ったら、悲しむかな。

セリアは口を聞いてくれなさそうだ。」


幼馴染で、ブレイク伯の次男である友人の名前と、妹の名前を出した。

実のところ、養育係として長年ブレイク伯爵家で育ったウルスであったが、

ブレイク夫妻の事を父親や母親のように感じた事は

ウルスにはなかった。

理由としては、実の息子であるゲイリが居たからなのが大きいであろう。

ウルスは彼に遠慮し、ブレイク夫妻に甘える事はなかったのである。

だが、妹のセリアはブレイク夫妻を本当に両親のように接していたし、

ゲイリをウルスと同じく兄と思っている節がある。

従って、まず考えるのは二人の事であったし、

自分自身については、一定の距離間を持って考えていた。

それを他人が見れば冷たく思うかもしれない。

現にウルスの独り言を聞いていたルーパは

先ほどの変容の事もあり若干ウルスのことを理解しがたくなってきていた。

だからであろうか。

彼は公園に戻ると、一旦エアバイクを中央広場に止めた。


「なぁ、ウル。

どうするんだ?」


エンジンを止め、静かにウルスに問う。

いきなり問われたウルスは、何を聞かれているのか

一瞬戸惑った。


「こっちには来ないんだろ?」


突き放した言い方だった。

だが、ウルスの先ほどの意思を尊重しているとも言える。


「あ・・・。」


ルーパの問いの意味を理解する。

先ほどは、ルーパたちと決別する意思があった事を思い出す。

だが、状況は変わっていた。

側にブレイクがいない。という不安がウルスを襲う。

彼は別にブレイク伯を頼っていたわけではなかったが、

彼がいるからこその決断だったのは確かだった。

彼が居ないとなると、ウルスは一人でこのマラッサの街から

脱出することになる。

軍に救出されても、身柄を確保されるだけで、

そのまま保護され、何も出来ないであろう。

ブレイク伯が居れば、彼をツテに何か動くことができたのである。

マラッサの街の住民の待遇などにも意見を言う事ができたであろう。

だが、彼が居ないのでは、ウルスには何も出来る事はない。

それがわかった。


「あ・・・あの・・・。」


とそこまで口にして、ウルスは止まった。

いいのか?と自問する。

今まで彼は、時代の流れに添って生きてきた。

今またブレイク伯を失った事で、自分の決意を翻意する事は、

今までと同じく、ただ流れに添って生きているだけなのではないか?と思った。

そして、ウルスは中央広場の脇に並べられた死体に視線を移す。

そこには、この広場で命を落とした人々の死体が並べられていた。

そこには見知った顔がある。


「サッキ。」


グランベリーとの対峙で命を失ったサッキの姿があった。

そして、彼はリュカの事を思い出す。

リュカならどうしていたであろうか?

不毛な自問である。

何故なら、リュカは王族でもなければ、王の息子でもない。

だから彼は自由だ。

自由に、自分の感じるままに決断するはずだ。

ウルスとは違う。

だけど・・・。

うん。と一つ頷くと、ウルスはルーパの顔を見た。

まっすぐな瞳に、ルーパはウルスの決意を悟る。


「ありがとうございました。」


ウルスはそう言うと片手を差し出した。

ルーパは口元を少し吊り上げる。


「いっぱしの顔になってよ。」


2人は握手を交わす。

言葉は必要なかった。


「おっと、お嬢だ。

お別れ言っときな。」


ルーパの言葉に、ウルスは遅れて広場に向かってくるカエデを見つける。

彼女のエアバイクが広場に着陸した時、

ルーパは逆にエンジンに手をかけ、エアバイクを発進させた。


「ちょっと!ルーパっ!」


慌ててカエデが叫ぶが、彼はそれを無視して上空に飛んだ。

残されたカエデがウルスを見る。

2人の距離は5M。

近いようで遠い距離が、2人を隔てていた。




カエデはエアバイクの乗ったままウルスを見つめた。


「ブレイク伯は、残念な事になったな。」


バツが悪そうに彼女は言う。


「だが・・・。」


たまらずカエデはウルスから目を逸らした。


「だが、彼のお陰でピュッセルの家族たちを救うことが出来た。

感謝しても、し足りないぐらいだ。

最後まで立派な人だった。

この借りは、必ず返す。」


最後の言葉には力が無かった。

それは、彼女らが海賊であり、借りを返すと言っても

何をしていいかわからないからだった。

ウルスはカエデをじっと見つめたままだった。

ブレイク伯が亡くなって、悲しんでいるのは

むしろカエデのほうに思える。


「止めましょう。そんな貸し借り。

海賊には、似合いませんよ。そんな台詞。」


ウルスも力なく言った。


「しかし!君は、彼の死の責任を感じているのではないか?

人の死の責任を背負うには、ウルス!君はまだ若すぎる。」


カエデは貸し借りという言葉で、ウルスの心の負担を

分け合おうと言っているのであった。

カエデの中には、ブレイクの死を無駄にしたくないという気持ちがあった。

彼の死で、ピュッセル海賊団とウルスが繋がるのであれば、

それは彼の功績となる。


「君は、命を・・・。

命を狙われている。恐らくこれからも。

ブレイク伯はそれを一番心配していた。

彼は君が、歴史に名を残すような王にならなくてもいい。

ただ、国内が平和で、市民が笑って暮らせる世界の王として、

生きてくれればいいと願っていた。

彼に命を救われた我々は、君を守る義務があるっ!」


心なしか、カエデの声が震えていた。

彼女は滅茶苦茶な事を言っている。

王族と海賊。

助け合うには壁がありすぎた。

ウルスの命を守ると言っても、身辺警護を出来る立場ではない。

だが、ブレイク伯の死を無駄にしたくないカエデの本心だった。


「君は・・・。王になる男だろう?

君の命は君だけのものじゃない。

私たちが安全に王宮に君を届ける。

私たちを頼ってくれ!」


なるほど。とウルスは思った。

確かに、今このマラッサから脱出するのに一番安全な道は

ピュッセル海賊団と共に脱出する道だ。

まずは、ここから始めようとカエデは言っているのだった。

そして、これがブレイク伯が自らの命を賭してまで切り開いた道なのだと、

カエデの瞳が訴えかけていた。


「来い!次世代の王よ!!」


カエデは右手をウルスに差し出した。

どこかで見た光景だと、少年は感じた。


「そうか・・・輸送機から飛び降りるときの・・・。」


カエデたちが乗り込んできた輸送機から飛び降りる時、

彼女は少年をいざなった。

少年の度胸を試し、それに応えたウルスに彼女は満足した。

だが、今は同じ台詞であったが、意味が違う。

前回が王族としての度胸を試されたのであったのであれば、

今は王族としての決断を試されているのだとウルスは感じた。

それならば、もう答えは出ている。


「自分の命さえ、自由に出来ないなんて、

王族って不自由な生き物なんですね。」


自嘲交じりにウルスは応える。

権力のあるはずの王が、実は一番不自由なのだ。

だが、民主王政。王は民に尽くす存在として君臨するスノートール王国に於いて、

その価値観は正しい。

だが待て!とウルスは思う。

不自由に生きる王のために、死んでいった者たちはどうなる?

彼らは、ウルスが不自由に生きる事を望んで、その身を捧げたのか?

リュカは?リュカが守ったウルスは、ただ惰性で生きる人間でいいのか?

それは違う!

ウルスはその身を捧げた人間たちの分まで、生きるべきだと感じていた。

背負う!とはそういうものだと感じていた。

だから、答える。カエデの問いに。

少年は今にも泣きそうなカエデを見て、じっと目を見て答える。


「僕は、カエデさんたちとは生きません。」


「何故だ!?こんなところで犬死していいのか?」


「僕には、僕の立つ場所があります。」


少年は静かに首を振ると、その決意の固さをカエデに伝えた。


「いつか、同じ場所に立てるといいですね。」


ウルスはそう言うと、踵を返しカエデに背を向けた。

今までのように走り去るのではなく、ゆっくりと歩き出す。

カエデは、養育係という身近な人間を失った少年の心が読めなかった。

だから、追いかける事も出来ない。

少年が本当に何を望んでいるのかわからなかった。

大学で才女と呼ばれた頭脳をもってしてもわからなかった。


「ちくしょう・・・。」


彼女は唇を噛む。


そしてウルスはカエデの視界から消えると、走り出した。

走り出したいのを我慢していたのだ。

彼はあの場所へと戻りたくて仕方なかったのだ。

リュカの待つ、あのシェルター前へと。

少年はがむしゃらに走り出していた。




ウルスの決断は一種の賭けである。

彼は郵便局横のシェルターに向かっていたが、今も空きがあるとは限らない。

空きがあったとしても、もう扉は閉じられているかもしれない。

そこに向かうというのは、冷静に考えればギャンブルでしかなかった。

しかし、ウルスはもう一度会いたかったのである。

身を挺して自分を守ってくれた彼と。

ただそれだけだった。

もしシェルターが空いていたのならば、それはラッキーである。

彼の目標は、もう一度彼に会い、しっかりとさよならをする事だった。


「はぁはぁはぁ。」


息切れするほど全力で走り続け、彼は郵便局前に到着する。


「ウルス!」


少年の名を呼んだのは、ギャブだった。


「良かった。間に合わないかと思ってた。」


彼はウルスの顔を見るなり、大きく手を振る。

ウルスはシェルター前にたどり着くと、前かがみで息を整える。


「はぁはぁ。待っててくれたんだ。

ありがとう。」


その声にギャブはウルスの頭をはたいた。


「急にどっか行きやがって、ハルビンさんに待ってもらうように頼むの

大変だったんだぜ。ほら、行くぜ!」


王子の頭を気安くはたくのである。このギャブも流石リュカの仲間だと

ウルスは思った。


「うん。待って。お別れしてくる。」


ウルスの言葉にギャブも真顔になる。

気持ちが伝わったのだ。

ウルスは、路上に倒れたままのリュカの側まで歩く。

周りは今も血の池が広がっているように赤い。


「リュカ。行って来るよ。」


そういうと黄金の髪をなびかせ、彼はギャブの元へと戻る。

これから旅行に行くのではない、ただシェルターに避難するだけの少年であったが、

彼は「行く」と称した。

そしてその表現は、ウルスにとっては正しい。

彼はこれから向かうのだ。

王という道へ。

その覚悟を伝えに戻ったのだ。

そして少年は大きく頷くと、ギャブの元へと戻る。

ウルスとリュカの付き合いは長くない。

別れの時間も短時間ではあったが、それは2人の距離を物語るものではなかった。

リュカはどうか知らないが、ウルスにとって彼はヒーローだった。

ヒーローへの憧憬は、時間の長さで決まるものではなかった。


晴れ晴れとした表情で、シェルターの扉を潜る。

中はすべり台のようになっており、一気に地下深くへと沈む。

ウルスの後にはギャブも続き、二人は50Mほど滑り降りた。

着いた先で見たものは、ウルスの想像を超えていた。


「シェルターって・・・。」


眼前に見えるのは、ポッド型の宇宙船だった。

ウルスは知らなかったが、このような岩石をくり抜いた中惑星のシェルターは

宇宙船である。

惑星内で何かが起きたとき、そのまま宇宙に出れるようになっていた。

緊急脱出用の宇宙船だったのである。


「殿下!ご無事で!」


宇宙船の前で、ハルビンがウルスに声をかける。


「発射しますぞ。早く中へ。」


彼らはグランベリー海賊団の船が轟沈したことを知らない。

宇宙に出たとしても、彼らに襲われる危険性があったので、

早く出港し、この場から立ち去ろうというのである。

ウルスは急ぐ必要がないことは知っていたが、黙って彼の指示に従う。

宇宙船の中は無数のベッドが並んでおり、酸素供給気や栄養補給用の点滴が

用意されていた。このベッドで救助が来るまで待つという必要最低限のものしか

ここにはなかった。


「これが、シェルター?」


ウルスの問いにギャブは頷く。

宇宙旅行に慣れたウルスからしてみれば、娯楽のない船であったが、

マラッサ生まれのマラッサ育ちであるギャブからすると自慢の代物らしい。


「さ、寝た寝た。出港するぜ。」


自分が運転するわけでもないのに、ギャブはウルスをエスコートする。

王子は、言われるがままにベッドに横になり、自分の身体を固定した。

ギャブもウルスの横のベッドに倒れ掛かる。


「ここはなぁ天国だぜ?栄養満点の点滴に、寝てるだけでいいってもんだ。

疲れた大人とか、一週間ぐらいシェルター旅行に出る奴もいるらしいぜ?

リュカの夢が宇宙船を1隻買うことだったからなぁ。

こういう船がいいって俺は言ってたんだ。」


浮かれたようにギャブが言う。

彼も幼馴染のサッキや仲間のリュカを失い、悲しいはずであったが、

それをウルスには見せなかった。

彼がそれを狙ったのかどうかは知らないが、ウルスは救われた気分になる。


「そしたらリュカの奴、なんて言ったと思う?

寝てるだけじゃ宇宙旅行の気分を味わえないだろ?だってよ。

考え方が、凡人なんだよ。あいつ。それにさ・・・」


まくし立てるギャブに、ウルスは小さく頷きながら時折微笑みを浮かべつつ、

身体中の力が抜けていくのがわかる。

今日は色んな事がありすぎた。

出会いもあったし、別れもあった。

知らない世界を沢山見てきた。

今日は色んな事がありすぎた。

そして彼の記憶はここまでだった。

一気に疲れがきたのか、安心したのか、緊張感が切れたのか。

少年は、めまぐるしく変動した一日を夢に見ながら、


深い眠りにつくのであった。




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