6章 1節 ~それぞれの立ち位置~
中央公園までは、エアバイクなら5分もかからない距離である。
炎による上昇気流を避けながら、ルーパはエアバイクを走らせる。
「ウル!」
ルーパはこの短時間の内に伝えたいことがあった。
「さっきは、なんだ。すまなかったな。
お前の気持ちを考えていなかった。」
エンジンの爆音と、風を切る音でかき消されそうな状況であったが、
ウルスの耳にそれはしっかりと届く。
ウルスは腰を上げ、ルーパの耳元まで背を伸ばすと言った。
「やるべきことをやったんですよね?
だったら、謝らないでください。」
「お、おう。」
少年はそう言うと、再び座席も戻る。
ルーパはこの時、この言葉の意味を深く考えなかったが、
この後、少年の真意を知る事になる。
2人はその後は会話もなく、目的地の中央公園に到着した。
ちょっと先で細長い光が交錯しているのがわかる。
ウルスは見た事がなかったが、銃撃による光弾だった。
ピュッセル海賊団とグランベリー海賊団の船員が小競り合いをしているようだ。
ルーパはハンドルを若干左に切り、迂回する感じでカエデの元へと到着した。
エンジンを止め、地上に着陸させる。
着陸地点には、カエデとピュッセル海賊団のメンバーが7人、そしてブレイク伯が居た。
ルーパはエアバイクを完全に停止させた。
「着いたぜ。」
ウルスはその言葉を受け、バイクを降りる。
ルーパは何か言われるかと身構えたが、少年は後ろを振り返ることなく、
カエデたちの下へと歩き出した。
ルーパもバイクを降り、ウルスに続く。
ウルスを先に見つけたのは、ブレイク伯だった。
「王子!ご無事でっ!」
その声にカエデらも反応する。
周囲の視線がウルスに集まった。
一人だけ、カエデは視線をウルスからルーパに向ける。
「ルーパ、なんで連れて来た?」
カエデの質問はごもっともであろう。
ここは今グランベリー海賊団と戦闘をしている地点である。
王子を連れてくるのは得策ではない。
カエデの怒声をルーパは両手を左右に掲げて「さぁ?」という素振りをして応える。
その仕草で、ルーパの意思でここに連れて来たのではない事を周囲は悟る。
ルーパの意思でないとすれば、ウルスの意思でしかない。
カエデは改めて、ウルスへ視線を戻した。
「ブレイク伯!」
ウルスは養育係である伯の名を呼ぶ。
呼ばれたブレイクは、違和感を感じながら「ハッ!」と応えた。
ワード自体はいつもの伯を呼ぶときのワードである。
ただ、アクセントが違った。
いつもの王子の、ちょっと遠慮気味にブレイクを呼ぶときのアクセントではなく、
まるでそう、教師が生徒をを呼ぶときのような威圧的な、
そう、これは王がブレイク伯を呼ぶときの感覚に似ている。
つい、宮勤めの長いブレイクはいつもの癖で反応してしまう。
「ハッ!何か?」
「この状況で、軍はどう動くか?
ノーデル星への突入はあるか?」
「ハッ!」
改めて、ブレイクは背筋を伸ばした。
違う。今までの王子とは全く違う違和感を抱きつつ、回答する。
「ノーデル星侵攻作戦の第8艦隊司令官のリューン中将は、若くして
艦隊指揮官になった優秀な男です。
本部との交信に3時間はかかる状況で手をこまねく人物ではありません。
マラッサから救援信号を受信したとなれば、彼は上層部の反対を押しきってでも
突入してくるでしょう。」
「時間は?」
ウルスの矢継ぎ早の質問にブレイクは一瞬気圧されする。
「3日後には。」
周囲も空気が変わったことを察した。
目の前にいるのは、誘拐してきた国の王子ではない事に気付く。
「わかった。
カエデさん、聞いての通りです。
ピュッセル海賊団は撤退してください。
後は軍が処理します。」
ウルスの言葉に、カエデを含むピュッセル海賊団の面々は、
呆気に取られていた。
カエデの隣に居たドルパは、目を見開いたままルーパを見る。
彼はウルスの変化がルーパの差し金かと予想したのだったが、
ルーパ自身も驚きの表情でウルスを見据えていた。
ウルスはカエデの反応がないため、言葉を続ける。
「街の住民、市民の避難はほとんど終っています。
これ以上、犠牲を出す必要はありません。
海賊は・・・。海賊は軍が対処します。
全ての海賊を潰します。
カエデさんたちも退いてください。」
少年の言葉に、大人たちは無反応である。
その言葉の中に、無視できないワードがあった事が
更なる硬直を生んだ。
痺れを切らしてドルパが前に出る。表情には、怒りと困惑が入り混じっていた。
「ちょっと待てよ、王子。
グランベリーの野郎を潰すってのはわかる。
だが、全ての海賊を潰すって言ってる意味がわかってるのか!?」
ドルパは出来るだけ笑おうとしたが、その笑いは引きつっている。
そのドルパの問いにウルスは、釣られて笑うことはなかった。
真顔で言う。
「わかってます。全てです。」
「おいおい、全てって、この国にどれだけの海賊が存在しているのか
わかってねーだろう?
山ほどいるぜ?大きいのから小さいのまでよ~。」
ドルパはそう言うが、彼が本当に言いたい事はそうじゃない。
だが、彼は核心に触れる事を回避した。
日和ったと言ってもいい。
ドルパの言葉に、周囲は無言であったが、彼の言う全ての海賊の討伐は
「不可能ではない」とカエデは思う。
宇宙海賊の存在意義は既に薄れてきている。
宇宙海賊は、広大なこの銀河、琥珀銀河が開拓されていく中で
その存在意義を持った。
宇宙は広大であり、未開拓地が大量に存在した。
王国の領地内であっても、王国の手が届かない場所が存在したのである。
そんな未開拓の星域で活動していたのが宇宙海賊であり、
海賊が活動することによって、未開拓地が発展していった側面がある。
流通や交易が生まれ、都市が形成されていく。
云わば宇宙海賊とは、未開拓地の開拓民のような存在であった。
だが、スノートール王国の領内でもはや未開拓な星域は存在しなくなり、
50年ほど前より、国内の平定へと舵が切られ始めていた。
つまり海賊の討伐に力を注がれたのである。
海賊の存在とは国内の平定度合いを映す鏡なのである。
ピュッセル海賊団が地下に潜ったのも、海賊の時代の終わりを
感じたからであり、このまま国内平定の流れが進めば、
ウルスが王になる頃には、海賊は完全に鎮圧され、
スノートール王国は領内を完全に支配するであろう。
つまり、ウルスが全ての海賊を潰すと宣言するのは
あながち誇大妄想とは言えない。
むしろ実現されるであろう未来であった。
だから、問題はそこではなかった。
「海賊は許されません!大きいのも小さいのも。
全て潰します。必ずですっ!」
ウルスはドルパを睨みながら言う。
まるでその潰す対象にドルパが含まれていると訴えかけるように。
「ちょっと待てよ。王子。
海賊の中には俺らも含まれるんだぜ?
違うだろ?悪いのはグランベリーの奴らだろ?」
うろたえながらドルパが言う。
ようやく彼は、話の核心部分に触れる。
その言葉にウルスは一度小さく首を振る。
「いえ、全てです。」
小さく応えた。
ドルパは忘れていたが、彼らは王太子ウルスを誘拐した
犯罪集団である。
彼らがどの口で、自分らは悪い海賊ではないと言えると言うのであろうか。
ブレイクは2人のやり取りをじっと聞いていた。
あのウルス王子がこうもはっきりと自分の意見を言う事に
驚きもし、海賊を殲滅すると宣言するに至った王子に困惑していた。
この短時間の間に、何がウルスをこうも変えたのであろうか。
(男子、三日会わざれば活目して見よ)とは言うが、
この王子の変わり様は、ブレイクの理解の範疇を超えていた。
2人の間に入りたいのだが、体が動かなかった。
割ってはいるにしても、どうすれば、何を言えばいいのかわからなかったからである。
ブレイクが動かないのを見て、カエデが前に進み出る。
「ドルパ、もう止せ。
ウルス。撤退には賛成だ。
後で話がある。」
カエデは腰にぶら下げていた照明弾をベルトから外すと、
上空に掲げ、信号弾を発射した。
撤退の合図である。
その信号弾を確認したのか、中央公園付近を飛行していたエアバイクが
一斉にUターンする。
「私らも退くぞ。」
ドルパの肩をポンッと叩き、カエデはウルスにも顔で合図する。
顎で指した先にはルーパがおり、彼の後部座席に乗れという指示だった。
しかし、ウルスは首を振る。
「私は行きません。」
その言葉はカエデもブレイクも想定外だった。
ウルスに違和感を感じていた2人だったが、それでも意外な回答だった。
「私は皆さんと一緒には行きません。
ここでお別れです。」
ウルスは改めて、自分の気持ちを伝える。
カエデは流石にこのウルスの発言には語気が荒ぶる。
「後で話があると言っただろ。
まずは一緒に来い。王国にはきちんと返してやる。
私らと一緒に脱出するほうが安全だ。
今は我侭を言うな!」
我侭と言われ、感情が逆なでされたウルスだったが、
無理矢理その感情を押さえ込んだ。
グッと我慢し冷静さを装い、ウルスは再度同じ事を言う。
「私の居場所は、そっちではありません。
だから行きません。
どちらが安全か危険かとかじゃないんです。」
その言葉にブレイクがハッ!とする。
カエデらと一緒に脱出しないということは、
マラッサのシェルターに避難するという事である。
それはつまり、マラッサの市民と共に避難すると言う事である。
つまりウルスは、市民と共にこの危機を乗り越えようと言うのだった。
カエデたちと退避する事よりも、安全が確保される選択よりも、
ウルスは市民と共にシェルターへ避難する事を選んだのである。
そしてその選択は、ウルスの我侭などではなく、
王族として、王太子としての選択なのであろう。
その決断こそが、今目の前にいる少年の変化なのだとブレイクは感じていた。
「殿下・・・。」
ブレイクは自分を恥じた。
軍務尚書まで登りつめ、今は王太子の教育係の任まで任された国の要人の自分が、
マラッサの市民ではなく、ピュッセル海賊団を優先して考えていた。
そして自分の厚顔さを恥じた。
自分が教育すべき対象に、逆に教わることになった事実を恥じた。
「殿下・・・。よくぞそこまで・・・。」
ブレイクは誰にも聞こえないような小声で、
そう呟いたのだった。
グランベリーは旗艦「ノーライフデス」に戻った。
彼は人生で何番目かに数えるほどの苛立ちを感じている。
「カエデェ。俺サマにケンカを売るたぁいい度胸じゃねぇか。
優しく接していれば、調子に乗りやがって!」
ギリリと歯軋りの音がする。
ピュッセル海賊団を潰すのは容易い。
だが彼はこの20年で作り上げたピュッセル海賊団の情報網を
丸ごと手に入れたいと思っていた。
近年、急速に勢力を築き上げたグランベリーにとって、
情報網の構築は急務だったのである。
今から新しく築き上げるよりも、既存の勢力を丸ごと
組み込んだほうが効率がいい。
そこで白羽の矢が当たったのがピュッセル海賊団の情報網だったのである。
彼はかなり穏便に事を成そうとした。
その結論が、カエデをグランベリーの嫁に迎える事である。
女一人御するのは容易いと思っていたし、
何よりカエデ自身にメリットがあるとグランベリーは考えていたのである。
「それをあのアマぁ。」
グランベリーの嫁になると言う事は、巨大組織に成長した
グランベリー海賊団のナンバー2になるということだった。
子どもが産まれて来れば、その子どもが後を継ぐ。
拒否するメリットなど何処にもないのだ。
少なくともグランベリーはそう考えていた。
それがなんだ?
正面からケンカを売ってきたのである。
この辺りを支配下に置き、スノートール王国内でも屈指の巨大組織に成長した
グランベリー様にケンカを売ってきたのである。
甘く接していた分、彼の苛立ちは最高潮に達する。
飼い猫に手を噛まれた気分であったし、グランベリーは
飼い猫に手を噛まれるような事態を一番嫌っていた。
「潰すか。」
惜しいがな。とは思う。
惜しいというのはもちろんピュッセル海賊団の組織力・情報力である。
だが、頭を潰せば、残った組織を丸ごととは言えないまでも
取り込むことが可能になるだろう。
所詮、海賊風情が作り上げた組織である。
力で押さえつけるのは容易い。
「アレを使うぞ。Aゲートまでの距離は?
外壁まで突き破れるはずだ!」
グランベリーは配下に指示する。
「へいっ!Aゲート、更には外壁までは約3000キロほどです。
十分な距離ですざぁ。」
部下が応えると、グランベリーは満足そうだった。
「Aゲートごとぶっ飛ばして、外壁まで穴を空ける。
そこから外に出るぞ。船外に出している船員を回収しろ。
宇宙に投げ飛ばされたくなかったらな。ぐへへへへへ。」
ドカッ!とグランベリーは司令官用の椅子に座る。
豪快な笑いは艦橋に響き渡った。
「ボス。アレはまだ試射もやっておりませんが?」
側に控える部下がグランベリーに申告した。
グランベリーはこの手の進言を受け入れる器はあった。
「試射なら、王国さまでやってくれてるだろうよ。
国の機密兵器だぞ?ガルパン砲は。
不良品って訳はあるめぇよ。」
グランベリーの回答に部下は頷くと、次の質問に移る。
「ウルスのガキはどうします?
ガルパン砲を撃てば、ガキも無事とは言えませんが?」
「あいつは、地元のガキどもと一緒に逃げた。
今頃シェルターの中にでも退避しただろうよ。
奴を捕まえるのは次の機会だ。
ここで死んじまったんってんなら、
そうだな。それはそこまで男って話よ。」
再び惜しいがな。とグランベリーは思う。
だが、惜しいという感情の性質が、カエデに向けられたものとは
違っている。
そこには私情が占める割合が大きかった。
質問の回答を得た男は大きく頷くと、
ボスの命令を正確に仲間達に伝える。
「ガルパン砲発射準備!
船外に居るものたちは至急帰頭せよ。
目標Aゲート!そのまま宇宙に出る。撤収するぞ!」
男が叫ぶと、「よっしゃ!」という声と共にそれぞれが持ち場に付いた。
略奪の途中を邪魔された事で、グランベリーの部下たちも
ピュッセル海賊団に対して少なからず怒りがあった。
ガルパン砲と呼ばれる兵器は、それを吹き飛ばすほどの威力を持った
スノートール王国が誇る屈指の機密兵器である。
マラッサの街から、Aゲートに向けて放てば、Aゲートごと
つまりはピュッセル海賊団の船ごと吹き飛ばし、外壁にまで大きな穴を空ける。
外壁まで穴を空ければ、マラッサの街の空気は宇宙に投げ出されてしまうだろう。
船外に居るものは助かるはずもない。
つまりは敵を一網打尽にできる代物であった。
「ぐへへ。あの世で後悔するんだな。
ケンカを売った相手が悪すぎたことによぉ!」
グランベリーは勝ち誇ったように言った。
旗艦「ノーライフデス」の船首のハッチが左右に開く。
開いた大きな空間から、巨大な砲台が姿を現した。
実弾兵器ではなく、高粒子の光を集めて放つビームレーザーである。
そのビームは凄まじく高温で触れたものを瞬時に融解させる。
スノートールの対要塞砲である。
それが今、ピュッセル海賊団の船があるAゲートへと向けられようとしていた。
中央広場では、カエデが通信機を使い、
各エアバイクのライダーたちに指示を出していた。
だが、広場の空気はなんとも言えない雰囲気に包まれている。
言うなれば、身心知った身内の中に、
部外者が一人入り込んで、氷ついた雰囲気に似ているだろうか。
その原因は言うまでもなく、ウルスである。
彼はじっとカエデらピュッセル海賊団の行動を見ていた。
ただ観ているだけではなく、監視されているような感覚に
彼らは感じている。
そんな中、カエデは仲間たちに的確に指示を送っていた。
撤退するにしても、グランベリー海賊団が易々と見逃してはくれないからだ。
部隊を少しずつ、撤退させる。
だが、カエデは一抹の不安を感じていた。
撤退作業が順調すぎるのである。
そう、グランベリー海賊団の追撃の手が緩いのだ。
奇襲する形で攻撃を仕掛けたピュッセル海賊団に、
やり返してこないというのは想定しにくかった。
逆襲があってしかるべきだった。
その疑問を口にしたのはルーパである。
彼はカエデに近付くと、疑問をぶつけるというよりは
確認をするために質問をした。
「グランベリーの奴らも撤退していないか?」
マラッサの街の上空を飛ぶエアバイクの数がどんどん減っていくのを
2人は感じている。
こちらの戦力が撤退しているのはわかっているが、
相手も退いているのでないと説明がつかない。
「奴らがやられっ放しで退くとは思えないのだが?」
ルーパは続けて言った。
カエデもその疑問を感じていたところである。
双眼鏡を取り出すと、東の空を見る。
グランベリーの旗艦「ノーライフデス」が停泊している海の方角だった。
海賊業界において、獲物の横取りはご法度である。
獲物は早い者勝ちが暗黙のルールだった。
しかも今回は横取りどころか、グランベー海賊団の襲撃の邪魔をした。
ただでさえ報復を受ける場面であるはずなのに、
それをして来ないどころか、更なる理由もある。
「それに、ウルスはここに居る。」
カエデの思う事をルーパも感じており、口にする。
2人はグランベリー海賊団の真の目的が「ウルスの確保」だと睨んでいた。
つまりやつらはまだ目的を達成していないのである。
街の酸素はまだ十分残っており、活動する時間には余裕があった。
ここで退くとは2人には到底思えなかったのだった。
カエデはルーパを見た。
「同感だ。気味が悪いな。
何かを企んでいる・・・。警戒するか。」
そうは言ったカエデだったが、具体的に何かをするという案は浮かばなかった。
彼女は頭も良く、何かを計画・実行するに長けていたが、
明確な答えが無いものの対処は長けているとは言えなかった。
そもそも経験が足りていない。
そういう意味でルーパの存在が有難い。
「まずは敵の動きを掴む事だな。情報は俺らの専売特許だろ?」
ルーパのアドバイスにカエデは頷く。
カエデは周りを見渡して、手が空いている者を探す。
カエデ自身は撤退作業の指示を出していたし、
ルーパには側に居てもらわなければ困る。
視界にブレイク伯は写った。
彼はウルスの側にいるかと思っていたのだが、
微妙に距離を置いていた。
「無理もない。子どもの成長に親はいつもビックリするもんさ。」
カエデの視線の先にブレイクが居るのを見て、ルーパが言った。
「私たちでさえ、扱いに困るぐらいだからな。」
カエデは苦笑する。
そんな2人の視線に気付いたのか?笑われているのを気にしたのか?
ブレイクが2人の側に寄る。
「楽しそうだな。」
ブレイクは強がってみせていたが、それが強がりというのは
2人にはバレバレだった。
「大変だな。あんたも。」
ルーパがブレイクに言うと、伯爵は頭をかいた。
実のところ、彼は困っている。
ウルスは王の息子であるが、彼にもウルスと同じ歳の息子がいた。
実の息子は、今絶賛反抗期であった。
ウルスが間に入ってくれているお陰で辛うじてコミュニケーションを取れている状態である。
そのウルスまでも、養育係の手を離れようとしている。
彼は人格者ではあったが、厳しい家庭環境に育ってきた男だったので、
彼自身も厳格な父親だった。
だから反抗期の息子に手を焼いていたし、ウルスの変化にも戸惑いを隠せない。
「ま、それは帰ってからの話だ。
今、何か手伝える事はないか?
身体を動かしていないと落ち着かない。」
ブレイク伯の弱気な表情にカエデは笑う。
この男も弱い部分があるんだな。と少し安心した。
「そうだな。伯。
それならば、ちょっと偵察を頼みたい。
偵察といっても、上空から相手の動きを調べて欲しいだけなんだが。」
「ん?何か気がかりな事でもあるのか?」
ブレイクは即座にその話に乗った。
ブレイクの反応にカエデは質問に答える。
「どうも、向こうも撤退しているらしい。
やり返して来ない事が、疑問でね。
ここで引き下がる奴らとは思えないんだ。」
カエデは左手を口元に運ぶと口を隠す。
彼女はナイショ話をするときは、口を隠す癖があった。
「わかった。調べてみよう。」
ブレイクは片手をカエデに差し出した。
何かを渡せ。という仕草である。
カエデはその仕草の意味がわかると、双眼鏡をブレイクに手渡す。
ブレイクは双眼鏡を受け取ると、自分が乗ってきたエアバイクに向かった。
「無茶はしないでくれ。
あんたが居ないと、その・・・王子を説得出来そうにない。」
カエデのその言葉に、ブレイクは振り向いて答える。
「ああ、わかっている。」
そうは答えたものの、王子の説得にブレイクは自信がなかった。
むしろ逆説得されるのではないか?と不安になる。
「それもありか。」
彼はエアバイクに跨ると、ヘルメットを被った。
ウルス王子の成長は、彼の望む事である。
王子が今まさに成長し、殻を破ろうとしているのであれば、
伯にそれを止める道理はない。
ブレイクはエアバイクを垂直発進させると、ハンドルを切り、
東へ向いた。
グランベリー海賊団の動向を調べるには、もうちょっと近付く必要がある。
彼はエンジンを回した。
飛び去るブレイクを眺めていたカエデとルーパは終始無言だった。
ルーパは横目でカエデを見る。
心配そうに上空を見つめるカエデを見て、フゥーとため息をついた。
「お嬢。妻子持ちに、不倫はオススメしませんよ。」
「なっ!」
言われたカエデは、顔を赤らめ「ちがっちがっ」と慌てる。
「違う。そんなんじゃない。」
両手を振って必死に否定する姿がますます怪しい。
ルーパは胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
「ま、お嬢も元々は表の人間・・・か。」
「ん?何か言ったか?」
ルーパの呟きが聞こえなかったのか、カエデは即座に話題を変えようとする。
そんなカエデを見て、ルーパはタバコに火を点けた。
フーと吐き出す息が煙を含み、空に広がっていった。
マラッサ上空を飛行するブレイクは、エアバイクの上から
双眼鏡を覗き込んだ。
海に浮かぶ旗艦「ノーライフデス」の上空には
まだ数台のエアバイクが警戒のため周回していたが、
カエデの言うように、全体的には撤収しているように見える。
だが、ブレイクは旗艦「ノーライフデス」にこそ違和感を感じた。
船の船首に巨大な砲塔ようなものが出現したからである。
ゆっくりと船内のハッチからその姿を現そうとする砲塔に、
ブレイクは危機感を感じる。
それが砲塔だからなのではない。
見覚えがあるからだった。
そしてそれが何か確信したブレイクは戦慄する。
慌ててハンドルを切ると中央公園に戻った。
カエデとウルスの間に着陸したブレイクはヘルメットを取ると叫ぶ。
「カエデ殿!直ぐに船を出港させるんだっ!
やつら、港ごと船を吹き飛ばすつもりだ!」
ブレイクの言葉に回りはキョトンとした表情だった。
それは至って普通の仕草であろう。
ここから船のあるAゲートまではかなりの距離がある。
Aゲートはピュッセル海賊団で押さえてあったし、
今更グランベリーに何が出来るのか?と考えるのが普通である。
しかし、物事を知らないからこそ、動ける人物がいた。
ウルスである。
「ブレイク伯。どう言う事だ?
何を見た?」
ウルスは物事を知らない。
だから何が起こり得て、何が起こり得ないかを知らない。
知らないからこそ、ブレイクの発言を信じることが出来たのである。
ブレイクは深呼吸をすると、王子を見た。
「殿下・・・。
スノートール王国には対海賊用の決戦兵器と呼ばれるものがあります。
それはガルパン砲と呼ばれ、射程距離は短いですが、
要塞化した海賊の拠点を殲滅するほどの火力を要した兵器です。
これは国家機密の兵器であり、王国にも3門しかありません。
一つは国王親衛隊、一つは軍、一つはメイザー公爵軍・・・。」
ブレイクの言葉にウルスの眉が寄った。
一見関係ない台詞のようであるが、ここでその兵器の名前が出るという事の理由を
察したからである。
「まさか、その兵器を!?」
ウルスの問いにブレイクが頷く。
カエデたちもその会話を聞いていたが、理解するのに時間がかかる。
「ガルパン砲をここから撃てば、ノーデル星の外壁にまで大きな穴を空けるでしょう。
そしてその照準は、Aゲート。ピュッセル海賊団の船が入港している港へ向けられている。
このままでは港ごと、ピュッセル海賊団は消し飛ぶぞ!」
ブレイクの説明に流石のカエデたちも事の重大さを理解した。
にわかに信じがたい話ではある。
中惑星とは言え、外壁に穴を空けるほどの破壊力の兵器の存在など、
情報通のカエデたちでも知らない情報であった。
だが、一つ懸念点はあった。
今の話を聞いて誰もが感じる疑問であろう。それを代弁したのはルーパだった。
「そんなものをなんでグランベリーの野郎が持ってる!?」
それは辛辣だった。
何故なら、国家機密の兵器を海賊が所持しているという事は、
王国と海賊が手を組んでいるという事実に他ならない。
いや、薄々カエデたちも感じていた事ではあった。
次々と海賊が軍に討伐される時代の中で、
何故グランベリーが短期間に急速に勢力を拡大したのか?
その答えが今、明かされそうになる。
「殿下。先ほども申しました通り、王国が所有するガルパン砲は3門。
それぞれに識別コードがあります。
それを確かめれば、出所がわかります。」
「わかるのか!?」
「近くまで行けば。」
ブレイクは言った。
彼は可能と言った。だが、敵の旗艦の近くまで行くと言う事が
どれほど危険なのか、それは不可能に感じられる。
ウルスは唇を噛んだ。
ブレイク伯は、ウルスに何かを決断させようとしている。
12歳の少年に、決断できそうにない事を決断させようとしている。
そうウルスは感じたのである。
しかしウルスは悩んだ。あまりにも酷な決断だったからである。
そんな2人に対してカエデは狼狽していた。
「出港させることは出来る。でも、今はまだ退避中で
船外にいるメンバーも沢山いる。
港へ続く通路を先行している奴らはどうなる?
彼らを見捨てろと言うのか?
ルーパ、どうしたらいい?どうすればいい?」
うろたえるカエデをルーパはさして驚かなかった。
彼女はいつも余裕のある素振りをしているが、
実際は、普通の少女である。
いくつもの修羅場を潜ってきた一流の海賊ではない。
ルーパはそれを知っていた。
だから、うろたえるカエデに驚きもしなかったし、失望もしなかった。
彼はアドバイスを彼女に与えるだけである。
「この場合は、見捨てるしかありませんな。
船が墜ちればどの道、皆助かりません。」
正論であった。
船が墜ちれば、カエデたちは惑星ノーデルから脱出する術を失う。
カエデたちはシェルターに避難し、命は助かるかもしれないが、
軍に救助されれば、その身は拘束されるであろう。
ましてや王太子を誘拐した身である。
軍に捕まる事がどう言う事かは、カエデにも理解できた。
「しかしっ!だけど!それは・・・。」
頭のいいカエデである。ルーパの言う事は理解できる。
だが、その決断をするには、彼女はまだ甘すぎた。
彼女は純粋すぎた。
2人のやり取りを聞いていたウルスは、ならば!と思う。
カエデ、彼女に決断できないのであれば、他の者が決断しなくてはならない。
そしてその業を背負うのは、背負う責任がある者だ。
「ブレイク伯!」
「ハッ!」
恭しくブレイクが頭を下げる。
「ガルパン砲とやらの出所を調べてくれ。
可能ならば、発射を阻止して欲しい。」
それはブレイクにとって、死刑宣告とも取れる命令だった。
この場で、海賊船に近付き、識別番号を確認し、
更にその発射を阻止する。
少なくとも命がけの任務である。
それをウルスは「やれ!」と命令した。
その意味を、ウルスもブレイクも理解している。
「ハッ!ガルパン砲が流出したとすれば、
それは王国の恥。あってはならないことです。
命にかけて、阻止します。」
ブレイクはエアバイクのアクセルを回す。
「ちょっと待ってくれ。
阻止するって一体どうするんだ!?
ブレイク伯、待ってくれ!
ウルス!止めてくれ!」
カエデの悲痛な叫びが公園に響く。
だが、エアバイクのエンジン音は無情にもその声を遮った。
もちろん、カエデの願いはここにいる皆に届いていた。
ウルスにも、ルーパにも、ブレイクにも。
だが、3人が3人ともその言を無視する。
ウルスは、リュカの敵を討ちたかったし、
ルーパは仲間を救いたかった。
ブレイクは海賊となあなあな関係になっていた自分を恥じていた。
三者三様の思惑が交錯し、ブレイクの乗るエアバイクは上空に駆け上がる。
「ブレイク伯ーー!」
今度こそ、カエデの叫びは爆音に消されるのであった。
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