3章 1節 ~マラッサ炎上~

その日の夜。

おんぼろ宿の部屋に一つしかないベッドは、

ウルスとセリアの2人が占有していた。

ピックルはドアの横で立ったまま、ルーパはソファに座っている。

色んなところを歩きまわったせいだろうか、セリアはベッドに入ると

すぐさまその可愛らしい寝顔で睡眠にはいったが、

ウルスは眠れないでいた。

眠れない。というと語弊がある。

寝たくないのだ。

寝てしまって、この貴重な冒険譚が終ってしまうのが、

嫌なのだ。

非日常のこの時間を少しでも感じていたい。

狸寝入りをしていても、このまま起きていても、

何も起きないのはわかっていたが、

それでもこの12歳の少年は寝ることができなかった。


宇宙暦980年5月26日午後10時45分。


激しい爆音と地鳴りがマラッサの街を襲う。

地鳴りが収まる前に、ルーパが窓際に潜み外を見る。

遅れて立ち上がったウルスも窓際に近付いた。

セリナが寝ぼけ眼を擦りながら起きようとしていたが、

上半身を起こしただけである。

ベットの横には既にピックルが待機していた。

ウルスはピックルの姿を確認すると、妹を任せベッドを飛び降りたのである。


マラッサの街は、岩石だけの中惑星ノーデルの内部をくり抜いて出来た

人工街である。従って通常の惑星のような地殻変動は起きない。

幼いウルスでもその事は小等部で習っていた。

と、すれば爆発音と地鳴りは、人工的に起こされたと推測できるのである。

それがわかっていたからルーパもウルスも窓から外の様子を確かめようとしたのである。

ただ、ウルスに至ってはほとんど反射的にルーパの行動を真似ただけであったが。


「今のは?」


ウルスの声にルーパは反応しなかった。

しかし、最初は隠れるように外の様子を覗いていたルーパだったが、

安全を確認したのか窓の正面に立ち、外の様子を伺う。

連れてウルスも窓の正面に立った。

人工的に作られた街であったが、昼夜の区別はあった。

昼は人工太陽の光が降り注ぎ、夜は薄暗い月明かりで覆われる。

その街の中心部が、赤く燃えていた。

町外れの安宿からでもハッキリと見える炎である。

厳密に言えば炎が見えるのではなく、赤く照らされた空間が見えるのであるが、

それは炎による明るさだとわかるぐらいである。

大気が揺らいでいるのがわかった。

そしてその上空に無数の影が動いていた。

ウルスにもそれが何かわかった。

つい先日、目撃したばかりのものだったからである。


「エアバイク・・・。」


ウルスは呟く。

火災現場の周りを飛ぶエアバイクは、それが消火活動をしているとは思えない。

何故なら、爆発音と地鳴りを感じてより未だ1分も経っていないのだ。

何かあって駆けつけたものでないのは明白だった。

これは、爆発音と火災のそもそもの原因であると感じられた。

そして、ルーパにはそのエアバイクの意味がわかる。


「グランベリーの野郎。何をしようってんだ?」


その独語に、ウルスは怯む。

疑問系を投げかけたルーパだったが、ルーパは回答がわかっていた。

この光景をルーパは何度か目にした事があった。

エアバイクで滑空し、街の上空を飛びまわる。

それは海賊が街を襲うときの常套手段だった。

遠距離からの砲撃で建物を破壊し、混乱に乗じて

上空からエアバイクで金品や若い女をさらう。

先ほどの爆発音は、砲撃の着弾音であり、

その爆発の振動が、街に広がったのである。

恐らくターゲットは治安を維持する自警団の詰め所だろう。

マラッサの街は海賊を貿易相手にしているだけあって、

宇宙港などの外壁の防衛力は高い。

外敵の侵入には強いが、街の内部には昔ながらの自警団しか存在していなかった。

しかし、グランベリー海賊団は友好的な相手として

この街に入ってきたのである。

外の強固な防衛を突破し、中に入ってきたのである。


海賊が入港した時点で通常は船の周りをがっちり警備兵が固め、

何かあった際には、船を拿捕する仕組みになっている。

従って中で何か不祥事が起こる事はない。

しかし、グランベリー海賊団が今こうしてマラッサの街を襲うという事は、

宇宙港がグランベリー海賊団の手に落ちたか、それとも・・・。


「ルーパさん!あれ!」


ウルスの声で、ルーパは全てを悟った。

ウルスが指を指した先には、マラッサの東側にある大きな人工海がある。

人工の街に海があるのは、海水浴などの娯楽のためもあったが、

実用的な使い方もされていた。

大量の物資を宇宙からこの街の内部に運ぶ場合、港で積荷を降ろすのではなく、

港からこの人工の海までそのまま宇宙船で侵入し、直接街に積荷を降ろすことができた。

宇宙港から海に繋がっているのである。

そうする事によって、大量の積荷を一気に街の内部へ

運搬することができるのであるが、

その海に今浮かんでいるのは、輸送船ではなかった。

悪名高きグランベリー海賊団の旗艦。

「ノーライフデス」

宇宙戦艦並みの装甲と、火力を有すると噂される巨大な船が、

人工海の真ん中に浮かんでいたのである。

漆黒の闇に中に浮かび上がるシルエットは、不気味で

多くの人間に恐怖を感じさせるに十分だった。

そしてその恐怖を裏付けるかのように、

ノーライフデスから発射されたミサイルが

街の至るところに着弾し、爆音と地鳴りを誘発する。

着地地点では、巨大な炎が一瞬にして天に伸び、

周りを赤く染める。

まるで夕日の光に照らされているように赤く色づいた

ウルスの頬は、幻想的に美しかったのだった。




スノートール王国、首都星「スノー」

その首都星にある王宮には、王太子誘拐事件の

対応のため、国の重鎮が集まっていた。

ただし、誘拐事件そのものは極秘事項とされ、

事件の発生を知る者は王宮関係者と軍の一部だけである。

事は慎重を要した。


「で、軍は何をしていたんだ?」


言葉の主は渦中の人、メイザー公爵である。

彼が招待したパーティへの参加途中で王子が誘拐されたのである。

彼的には、面目を潰されたと言ってよい。


「そうはおっしゃいますがな。メイザー公。

事件が起きたのは、貴方の領内、それもお膝元と言ってよい

惑星カリフでの出来事。

貴方の監督責任というものもありましょう。」


応えたのは、軍の最高責任者であるハッフ元帥である。

70近いご老体ながら、貫禄はメイザーを上回っている。


「そもそも領内での軍用機の護衛を許可しなかったのは、

メイザー公。貴方でありますぞ?。」


畳み掛けるように、老人はメイザーに詰め寄る。

メイザーは苦虫を噛み潰したような顔になった。

だが、これは半分は演技である。

ここでは、王太子誘拐の落ち度を責められるほうが良かった。

誘拐事件の主犯と疑いをかけられるよりは、

彼も被害者であることを前面に出したほうが良い。

近年の王宮では、王派とメイザー派の二つの派閥があり、

影で対立していた。

そんな中での王太子誘拐事件は、メイザーにとって

頭の痛い話である。

ましてや、彼が王子を呼び出し、彼の領内で

誘拐事件が起きた。

王と公爵の関係を知る者は、全ての者ががメイザー公爵を疑うであろう。

従って彼は、まずはその嫌疑を晴らす事を第一としたのである。

そのためには、ある程度今回の件でメイザーは責められる必要があった。

王子と同じく、被害者である必要があったのである。

王太子誘拐という事件で、一番得をした人物と思われないための策略と言っていい。

メイザーはしたたかな男だった。

そのしたたかさが、今日のメイザー公爵家を作りあげていた。


「で、犯人の要求は何と?」


責任問題は観念したような素振りでメイザーは話題を変える。

そんなメイザーを見て、ハッフ元帥の副官であるモントレ中将が

「ふん!」と鼻で笑った。

王宮における二つの派閥、王派は軍がバックについており、

メイザー派には貴族が背後にいた。

この二つは言うなれば、軍と貴族の主導権争いである。

従って、軍とメイザー公爵の関係も良いとは言えなかった。


「犯人は惑星ノーデルへの軍事行動を撤回するよう求めている。

情報が何処から漏れたかについては調査中だが、

軍、もしくは貴族院の関与も考慮しなければなるまい。」


モントレ中将が現状を説明した。


「王太子一向の航路に関しては軍に一任していたはずだが?

そこが狙われたということは、軍が怪しいのではないか?」


貴族院で若手を率いるジャルダ伯爵が口を挟む。


「航路については、メイザー公の領地内ということもあり、

メイザー公もご存知だっ!」


モントレの言葉にメイザーが咳払いをした。


「では、中将は私を疑っていると?」


メイザーの鋭い眼光にモントレは一瞬怯んだ。


「い、いずれにしろ、情報漏洩ついては調査中だ。

今はそこを議論する場ではない。」


モントレはハッフ元帥に助けを求めた。

ハッフはやれやれといった感じでモントレより視線を外す。

ハッフ元帥は現在の軍と貴族院が対立している状況をを好んでいない立場だった。

しかし若手将校を中心に、反貴族院の勢いは広がっており、

ハッフをしても抑えきれていないというのが実情である。

彼は軍の中でも穏健派だったのである。


「で、メイザー公。此度のノーデル進軍は公爵の提案だったわけですが、

最悪、白紙に戻すという事は了承いただけますかな?」


「無論だ。王太子の命には代えられん。」


メイザーは即答した。


「よろしい。では当面は交渉を続けるといたしましょう。」


ハッフは王へと視線を泳がせる。

一緒に住んでいないとはいえ、父としての愛情がないわけではない。

これまで沈黙を続けている王が何を考えているのか、ハッフは気になっていた。

10秒ほどの沈黙が部屋を支配する。


沈黙を破ったのはジャルダ伯爵であった。


「王よ!まさかこのままテロリズムに屈するという事はあるまいな?」


ジャルダは30歳と若く、貴族院の若手のリーダーとされる男である。

過激な言動が多い事でも有名だが、その歯に衣を着せぬ発言は、

一部の民衆に人気であった。

この時も直球を投げたのは彼であった。


「父として息子に愛があるのはわかりますが、貴方は王であります。

まずは王としてのご英断を期待したいところではありますな。」


カルス王はジャルダの言葉に片手を挙げ応えた。

それはジャルダに対して、発言を止めるよう求めたものだったが、

ジャルダはその素振りに苛立ちを感じる。


「これがメイザー公のご子息とあろうことなら、それこそ国家の大事。

国家100年の計のためにも何としてでもお救いいたすべきでございますが、

ウルス王子は何と言いますか、無色無臭の没個性。

感情に流されず・・・。」


「黙れ!ジャルダっ!そなたの発言は不敬であるっ!」


怒声によってジャルダを止めたのは、メイザー公であった。


「もう良い!下がっておれ!」


メイザーはジャルダに出て行くように指示した。

この間、ハッフもモントレも動くことが出来なかった。

それはジャルダ伯爵の言葉に反論出来なかったという事である。

ウルスに対し侮辱ともとれる言葉に反論出来なかったのである。

それほどジャルダの言葉はこの時代の大人たちの共通認識だった。


ウルス王子の没個性。


それは特段悪い事ではない。しかし、メイザー公爵の息子であるアトロは、

8歳で芸術コンクールにて入選し、10歳でハリアット競技で地区優勝するなど、

神童の名を欲しいままに、連日と言っていいほど公共の電波で

特集されるなど国民の人気も高い。

それに比べて、ウルスの影のなんと薄いことか。

ハッフもウルスと対面した事あるが、第一印象は「人の良さそうな坊や」であり、

それ以上でも以下でもなかった。

母譲りの美貌の片鱗は見せていたが、それも没個性と相まって

「人形」のイメージを作っていた。

軍の要人であるブレイク伯に預けられた事で、覇気のある若者へと

成長することを期待されてはいたが、当の本人は

周囲の期待に応えることなく、温厚な少年として育っていたのである。

王派である軍部も、そして王であり実の父であるカルス本人も、

ウルスの資質に何も期待することが出来なかったのだった。

ただ王の息子であるというだけの存在。

それがウルスの評価であり、ジャルダの暴言に反論できない根拠であった。


会議は終わり、一同は次々に部屋を出て行く。

結局のところ話し合い自体は現状の確認であり、

誘拐犯らと交渉を継続するという事しか決まっていなかった。

王カルスは終始無言であり、主に軍のハッフ元帥と

貴族院代表のジャルダがいくつか発言をしただけの会議であった。

部屋には、王とハッフ元帥、メイザー公爵だけが残る。

いつもであれば、王が一番に退室するところであるが、

彼が退室の動きを見せない事を参加者の面々は察し、

ハッフの目配せもあって次々と退室していった。


「メイザー公。」


初めてカルスが口を開く。


「はっ。陛下。」


メイザーはうやうやしく王の前に立ち、一礼する。

王も含め、この国の実力者がメイザーであることは、

周知の事実である。

今回の事件の顛末を左右するのは、王でも議会でもなく、

メイザー公爵の判断にかかっているのは誰もが認めていた。

彼が王子救出に動けば、議会もそれを承認し、

軍も議会の意思によって動く。

仮にテロリズムに屈しないという判断をするのであれば、

議会もそれを承認し、王も軍部もその意向は無視できない。

スノートール王国は民主王政という政治体制を取っており、

王は民衆の信任投票で決められていた。

従って王国歴代の王は、国民の信頼を得るべく、

議会の意向には逆らえなかったし、逆らうにしても

国民を納得させる理由が必要であった。


スノートール王国歴代27人の王で、国民の信任を得られず、

退位した王はたった一人であったが、スノートール第3代マーヴァル王は

散財の癖がある浪費家で、軍にも議会にも民衆にも嫌われ、

更には病床で引退していた父王にも愛想をつかされた王であったため、

唯一信任投票で信任されず退位した王である。

それから王家は質素を旨とし、国民の模範となるよう教育され、

他国からは国家の奴隷と揶揄されるのが王家としてのあり方となった。

それが変質したのは第18代調停王ググツの時である。

調停王ググツは、王は王国の調停者としてその存在であり、

議会が、民衆が誤った道を進み始めたときに、その道を正すという

役割が王の存在意義であると国民に示した。

お飾りであった王の権威が見直され、民主王政という王国の基礎が

固まったのはこの時期と言える。


従って王は国民の意思決定を翻すことが出来る存在ではあったが、

その為には、国民を説得する理由が必要であった。

その国民を説得する理由というのが、今回の場合、

否、今のスノートール王国においては、

メイザー公爵の存在に架かっているのである。

メイザー公爵がyesと言えば、国民は納得する。

そのような空気が社会にはあったのである。

カルス王がメイザーを部屋に残したのにはそうした理由があるからであり、

メイザー自身もそれを理解していた。


「メイザー公爵。

ウルスは、確かに無色無臭。国家にいかに貢献できるか不明な子どもではあるが、

私は、ウルスの父である。」


王は椅子から立ち上がると、メイザー公爵の前に進み出た。


「頼む。ウルスを、息子を助けてやって欲しい。」


カルス王はメイザーに頭を下げる。

この国の一番の実力者が誰であるか?それを痛感しているのは

カルス王その人であった。

長子ウルスが未だ12歳の年齢であるが、長年子宝に恵まれず、

今はもう57歳である。

弟である初代メイザー公ルットに先立たれ、その息子ルイとは

叔父の関係であったが、王になって20年。

成果らしい成果もあげず、ただ王である事のみであったカルスに比べ、

経済基盤を確立し、議会を掌握したルイ・メイザーの政治手腕は

特出したものだった。


「そんな。頭を上げてください陛下。

ウルス殿下は国の宝。

なぜ見捨てることなどできましょうか。」


メイザー公爵家当主ルイは王に右手を差し伸べ、

頭を上げることを促した。

王の視界に戻るメイザーの表情は、屈託のない笑顔である。

嘘偽りを感じない、正真正銘の笑顔に感じられた。

彼の微笑みは、多くの人間を虜にした。

彼が大丈夫だと言えば、大丈夫のように思えるし、

彼が任せてくださいと言えば、物事は解決したかのように感じられる。


「ウルス殿下には、我が子アトロも懐いています。

ここで王子を見捨てるような事があれば、私は息子に恨まれます。」


メイザーは言う。

それを聞き、王はうんうんと頷いた。


「アトロは神童の噂がある。良き後継者をお持ちで羨ましい限りだ。」


「いえ、アトロもまだ若輩の身。殿下もアトロも

まだまだ子どもでございます。」


メイザーは相変わらず微笑みを崩さない。

同席しているハッフ元帥も2人の会話に安堵感を覚えていた。

軍部と貴族院が敵対しているとはいえ、貴族院のトップである

メイザー公爵に関しては、ハッフも悪い印象はなかった。

メイザー自身は軍に協力的であり、軍として一番の優先事項である

海賊の討伐にもメイザーは多大な支援を惜しまなかった。

あくまでもメイザーの威を借りる貴族どもが大きな顔をしているだけであって、

メイザーが貴族院のトップである内は、大きな問題は起きそうにないと

ハッフは考えており、それは軍部の総意でもあった。

ただ、メイザーの力が巨大すぎるため、ルイ・メイザーが

直接王位を得る事に眉をしかめているだけである。

ルイが権力を手中にした場合、止める者が皆無となる恐れがあった。


「貴族の中には、王位継承権3位のアトロこそが、次期王に相応しいと

言うものもいると聞く。

スノートール王家は、絶対的な世襲制ではなく、

王に相応しい人間が王になり、民衆の信頼を得ねばならない。

ウルスが王たる資質を持たないのであれば、

時期王位に関しては、改めて考えねばなるまい。」


カルスはそう言った。ルイが王位に付くことは反対でも、

ルイの息子アトロならば、軍も民衆も納得できるという考え方である。


「ご冗談を。ウルス殿下がご健在でありますのに、

王位を別の人間に譲るなど、お家騒動の始まりですぞ。」


「うむ。」


しかし、この部屋にいる3人に共通してあるのは、

ウルス王太子が次期王に相応しくないという評価であった。

ウルス自身に何か落ち度があるわけではない。

しかし、軍と貴族院の対立、そしてメイザー公爵家の力、

更には、メイザー公爵家の後継者アトロの高すぎる評価が、

ウルスを無能という評価に導いていた。

優秀なアトロが王位を継げば、軍と貴族院の対立も治めることができ、

メイザー公爵家のバックボーンで王家も力を増す。

王を補佐する執政にはルイ・メイザーが付くであろう。


問題は質素を旨とする民主王政のスノートール王家にあって、

メイザー公爵家ほどの力を持った王族が誕生することへの危惧だけである。

だがそれは、現在の王宮にあってさほど問題がないように感じられた。

何故なら、国民の多くがメイザー公爵家の子息の即位を歓迎しているからである。

そして、現王カルスとしても王族の力が強化されるのは

やぶさかではなかった。

彼は父親として、ウルスが健勝に生きてくれさえすれば良かったのである。

ましてや、王太子という事で命を狙われたり、誘拐されるような事があってはならなかった。

それが起きてしまった。

現王家の力の無さが、原因であるとカルスは考えており、

それが、王の頭を下げさせた。メイザー公爵に頭を下げさせたのだった。


「ご安心ください。殿下が誘拐されたのはわが領内での出来事。

責任をもって救出に向け全力を注ぐ所存。

既に犯人の目星はつけております。」


その言葉に王もハッフも目を丸くした。


「おお!流石はメイザー公。」


「よろしく頼む。」


カルス王はメイザーの両手を取って力強く握り締めた。


「はい。」


自信満々にメイザーは王に応える。

この時のメイザーの態度を見て、安心感を得ない人間は居ないであろう。

それほどまでに完璧な笑顔でメイザー公爵は王に返答したのであった。




ピュッセル海賊団の旗艦「ライクアンベクトル」の船内。

カエデはグランベリーとの会談を終え、苛立ちを隠せないでいた。

午後10時半を過ぎ、未だに眠れそうもなく船内を歩く。

意識したわけではなかったが、その足はブレイク伯爵のいる部屋へと向かっていた。

見張りの男達に合図し、部屋の中に入る。

ブレイク伯は軟禁されていたとはいえ、いつもは客室として使っている部屋だったので部屋としては豪華な作りである。。

デスクに明かりを付け座っていたブレイク伯は、

手元の紙のレポートから視線を上げ、カエデを見つける。

視線が合った事でカエデはカエデは片手を挙げて合図した。


「どうだ?使えそうかな?」


カエデは笑顔でブレイクに話しかけたつもりだったが、

無理して作っているのが見て取れた。

ブレイクはそんなカエデの表情に気付いたが、

あえて気にも留めず、カエデの質問に答える。


「すごいな。これは。

メイザー公爵の10年以上の調査結果だ。

これがあれば、メイザー公を弾劾できる。」


手にしたレポートを右手で叩きながら、ブレイクは歓心したように応えた。


「それは良かった。」


カエデは安心したように、ブレイクから離れた場所にあるソファーに座る。


「お疲れのようだな?。」


ブレイクの言葉に、カエデは前髪をかきあげた。

疲れていないといえば嘘になった。

彼女は、国の重要人物を誘拐した犯人グループのリーダーであり、

犯行の企画者である。

そのストレスは半端なものではなかった。

カエデはふぅと大きなため息をつくと、ソファーの上でくつろいだ。

彼女はピュッセル海賊団のキャプテンに拾われた孤児だったが、

生粋の海賊ではない。

学生時代は大学にも通ったし、海賊家業とは無縁の生活をしてきた女性であったので、彼女の感覚はどちらかというと庶民に近い。

それもあってか、海賊ではないブレイク伯に親近感を感じていた。

ウルスやセリアの前ではむしろ海賊の親分的な態度を取ることが多かったカエデだったが、ブレイク伯の前では、そうではなかったのである。


「協力的なんで助かってる。

ウルスもセリアも、もちろんあんたも。

あれだ、、、私達は誘拐犯で、あんたたちは被害者なのにな。」


ブレイクは再度、手に持ったレポートに視線を落とした。


「これをみれば、君達がメイザー公爵を憎んでいるのがわかる。

敵の敵は味方。ではないが、私達は協力できる。それに・・・。」


ブレイクはカエデを見た。

2人の視線が合わさる。


「私の今の優先事項は、ウルス王子とセリア王女の身の安全だ。

2人の身柄を押さえられている間は、君達に協力するさ。」


ブレイクは笑った。いつもは気難しい男の笑顔は、

不器用さを感じさせる。


「全く・・・。変わった人たちだ。」


カエデも笑う。

その笑顔を見たブレイクは再び険しい表情に戻った。


「私は嬉しいのだよ。

ウルス王子は、誰からも期待されていない子だ。

王の息子でありながら、議会にも、国民にも・・・。

そして父である陛下にも期待されていない。」


「そんなに厳しい状況なのか?」


カエデの質問に伯は頷く。


「王子には何の非もない。だが、メイザー公の名声は

高まるばかりで、貴族はおろか、軍部の中にも

メイザー公の顔色を伺うものがいる始末。

君たちがウルス王子を狙った事が意外な位さ。」


ブレイクはそう言うが、王族の誘拐などという難易度の高い

ミッションを成功できたという裏側には、

ウルスが王国にとってそれほど重要人物ではないという認識が

軍や王国内にあった事は確かである。

護衛も付けずに外遊していたのがその証拠であった。

だからこそ誘拐が成功したわけで、その解釈でいうと、

カエデらがウルスに着目した観点は正しい。

ウルスは図らずも、誘拐された事でその存在が注目されたこととなる。

それがブレイクには不本意だった。


「だが、君たちはウルス王子に期待してくれているという事なのだろう?

これからもウルス王子を支えて欲しい。」


ブレイクは頭を下げた。


「は?何を言っているんだい?

私らは海賊で、王宮には何の接点もない。

王子を支えるとかお門違いってもんさ。」


カエデはあまりにも突拍子もないブレイクの願いに、

目を丸くした。

同時にそこまでウルス王子の立場は危ういのかと思う。

それほどブレイクの懇願は見境なしに感じられたのであった。


「確かに、君たちに出来る事はないだろう。

だが、もし・・・。

王子がその席を王宮から追われたとき、野に下るようなことがあった時、

君たちの助けがあれば、心強いのだよ。」


「そこまで・・・。王子の立場は?」


「残念ながら・・・な。」


ブレイクは目を閉じた。

彼は最悪、王が息子を見捨てるのではないか?と勘ぐっていた。

まさか、王がメイザー公爵に王子を助けるために頭を下げるなどという事は

考えてもいなかった。

だから、この誘拐劇による交渉は失敗する可能性を考えていたのである。

そうなるとウルスとカエデの命は、ピュッセル海賊団の判断次第ということになる。

王や王宮にウルスが見擦れられた時の事をブレイクは思案していたのだった。


「ま、でも私はウルスを誘拐した事は間違っちゃいないって

考えてるよ。

あの子は、あんたらが思ってるよりも強い子さ。

輸送機からパラシュートも付けず、躊躇なく飛び降りる子が、

弱いはずがないだろう?」


カエデは自信を持って言うと


「あれは、私もびっくりした。」


と、ブレイクが同意した。


「王子と共に暮らして6年ほどになるが、あんな王子は

初めて見たよ。」


カエデだけでなく、ブレイクのウルスを見る目も

変わってきていた。

カエデ自身が仕組んだこととは言え、二人はその結果に満足していた。

あれは王子を試したのだ。

重犯罪を犯す危険性を考慮してでも、王国の、海賊たちの未来を

託す相手に相応しいかをカエデは試したのである。

あの場面でウルスが飛び降りる事に躊躇していれば、

ルーパがウルスを抱えて無理矢理飛び降りる計画になっていた。

元々そういう算段だった。

しかし、カエデはウルスを試したのである。

ウルスの内面にある勇気を試したのである。

そしてその試練に若輩の王子が応えた事で、彼女らの計画は、

若干の修正が加えられた。

否、目的自体が変わったのである。

当初の目的は、軍との交渉であり、

惑星ノーデルから資産家を逃がす時間を作るだけであったが、

今やカエデたちは、ウルスを誘拐の対象とだけで

見てはいなかったのである。

この国の未来を託すであろう子どもに、

マラッサの街を見せ、そこに住んでいる人間を

肌で感じさせる事に意味を見出した。

海賊だけではない。海賊に関わる一般市民とその家族。

それらには海賊と全く接点のない個人も少なくはない。

そういうのも知って欲しかったのである。

そういう意味では、彼女らはウルスに期待していた。

この国の問題を解決しうる次世代の統率者として。

ウルスに期待していたのである。

ブレイク伯がカエデらに「ウルス王子を支えて欲しい」と

いう願ったことは、あながち見当はずれでもなかったのであった。

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