2章 2節

「で、これはどういう事なんだ?」


ノーデル自治星の主要都市であるマラッサは観光都市ではなかったが、

海賊の活動拠点として成り立っていたため、ホテルが多い。

その中でも格式の高いホテルの一階部分は、食事ができる食堂になっていた。

ウルスらは、その食堂の丸テーブルを囲んでいた。

先ほどの声は、ルーパに呼び出されたカエデである。

ウルスが大変なんだ。と緊急に呼び出されたわけだが、

食堂のテーブルにカエデ・ルーパ・クックル・ウルス・セリアの5人が

座っている。

カエデはルーパに説明を求めた。


「ウルが、お嬢と話したいって言うからよ。」


運ばれてくる料理をつまみながらルーパが答える。


「いえ、僕は!!!」


カエデに睨まれたウルスはたじろいだ。


「で?交渉のほうは上手くいったんか?」


ウルスを無視して、ルーパがカエデに質問を返す。

カエデは先ほどまでブレイク伯と話をしていた。

もちろん、ウルスとセリアの解放条件についての話である。


「いや、難航してる。

やはり今回のノーデル制圧作戦を推し進めたのは

メイザーの野郎らしい。」


「だから言ったんだ。

拉致るなら、メイザーの息子のほうがいいって。」


2人はウルスとセリアの目の前だったが、気にする事もなく

物騒な話をしていた。


「だが、クレメンスの情報は、やはり気になる。」


グラスに注がれた酒を口に運ぶと、カエデは何か考え事をしているようだった。

クレメンスの情報というワードを聞いたルーパは、

ウルスに視線を落とす。


「王子・・・暗殺ねぇ・・・。」


半信半疑という感じでルーパが呟いた台詞をウルスはしっかりと聞いた。

もちろん、直ぐに反応はしない。

聞こえていないフリをしていたが、確かに聞こえていた。

そんなウルスを知ってか知らずか、ルーパはウルスのほうに身を乗り出す。


「おい、ウル。俺たちは今、海賊家業から足を洗って、

情報で食ってる。人様の知りたい情報を仕入れ、知りたい奴に売ってるわけだ。」


「はい。」


ウルスは頷いた。

まるで学校の先生と生徒のようである。


「そんな俺らに3つの情報が飛び込んできた。

一つは、ノーデル星の住民を全員退去させ、別の惑星に移住させる軍の計画。

二つ目は、惑星カリフに王子と王女が秘密裏に来訪するって情報。

そして三つ目は、ウル。お前の暗殺計画が進んでいるって情報だ。」


「おい、ルーパ。」


カエデがルーパを窘める。

だが、その語気は荒くはなかった。

そんな事、子どもに言っても仕方ないだろう。ぐらいの勢いである。


「へへ、お嬢。ウルは俺の弟子だぜ?

それもとびっきり優秀な、な!」


ルーパがウルスにウインクした。

今日一日一緒にいただけでいつの間に師弟関係になったかは定かではないが、

ウルスはルーパのフリに頷いて応えた。


「はい!先生!!」


「反面教師だろうが。」


カエデの皮肉にルーパは首を振る。

貴族の家で躾に厳しく育てられているウルスに、この男の自由な感じは

眩しかった。

今までに出会ったことのないタイプの人間だったのである。




「さて、ウル。さっきの三つの情報には

関連性があると俺たちは推測している。

まず、ノーデル自治星と惑星カリフの位置は近い。

王子や王女が参加するパーティの側で、同時期に軍事活動が行われるって

いうのは、とても不自然だ。

従って、3つめの情報。王子暗殺計画がこの二つに結びついていると

予想できたわけだ。」


皿に乗っている肉を惑星カリフとノーデルに見立てて、ルーパは説明する。


「つまり、王子がいる側で海賊の拠点を潰す。

その報復に、海賊どもが王子暗殺を企てる。

つまりこの3つの情報は、一つ一つの単独計画ではなく、

連動しているってのが俺たちが読んだ筋書きさ。」


「そんな、無理矢理な。」


突拍子もない話題に、ウルスはありきたりな反応を返した。


「ウル。情報ってのはな。点と点で見ちまったら何の意味もない

ただのワードさ。

点と点を線で結び事で、情報には価値が出てくる。

ノーデル自治星の住民を移民させて得するのは誰だ?

労働力を欲しがっている奴がいたな。

王子と王女を惑星カリフに招待したのは誰だ?

息子の誕生日パーティか何か知らないが、呼び出した奴がいるな?

そして、王子が亡くなって一番得をするのは誰だ?」


「僕を殺して、得をする人がいるとは思えませんが・・・。」


ルーパは、メイザー公と言わせたいのだろう。

だが、ウルスにはメイザー公が王子を殺す動機がみつからなかった。


「じゃあ、質問を変えよう。

王位継承権一位である王太子を殺して、得をするのは誰だい?」


ルーパはニヤリと笑う。

現在の王位継承権二位は、メイザー公爵である。

王太子を殺して、次の王継承権一位はメイザー公となるのである。


「全て、あいつに繋がるのさ。

誰が王になるとか俺たちには全く興味がねーが、

あいつが王になるとか、まっぴらご免だ。

だから、邪魔してやろうってね。」


人生経験の浅いウルスでも、ルーパの言葉に含まれる意味を察した。

ウルスをターゲットにした暗殺計画が進んでいる。

それを彼らは邪魔をしたいのだった。

つまり、この誘拐劇は。

この誘拐という事件の真の目的は。

ウルスとセリアの身柄を確保したカエデらの魂胆は。


「僕らを保護した?」


ウルスの言葉に、カエデは頭をポリポリとかいたのだった。


カエデがバツの悪そうな感じでいると、

ルーパが笑い出した。


「ははは。ウル。お前は人を信じすぎる。

そんなんで王宮暮らしが勤まるのかよ?」


「え?じゃあ、今までのは嘘!?」


動転しているウルスを尻目に、ルーパは食事を続けた。

全てが嘘ではないとしても、どこまでが真実なのだろう?

ウルスは考えた。

そして、結論を出す。


「自分が信じれると思えるものを信じるだけです。」


ひゅう!ルーパの口笛が店内に響く。

彼らと出会ってから、全てが新鮮だった。

自分が知らないことが沢山あった。

わからない事ばかりなのだから、今は

与えられた情報を信じるしかないのである。


「ま、いいや。

セリ。あっちにデザートがあるぞ?行くか?」


口の中一杯に鶏肉をほおばった状態で、

セリアは大きく頷いた。

ルーパが席を立つと、クックルがセリアの椅子を引く。

この大男は、すでにセリアのお付人状態である。


「セリアねぇ。ケーキ食べたいっ。」


クックルは笑顔で応える。

三人は、店内の奥へと去っていった。

そこでウルスは、残されたのがカエデと自分だけなのに気付く。

ウルスはカエデを見た。

少しお酒が入っているからであろうか、顔がほんのりと赤く、


ライダースーツを着ていたときは、逞しさを感じた身体が、

今はスラリとしたプロポーションの良さを感じさせる。

健康的な褐色的な肌は、美白の多い宮廷の人間とは

違った魅力を感じさせていた。


「綺麗だ。」


ウルスは生まれて初めての感情に気付く。

今まで、異性を好きになった事がないわけではない。

同じクラスのミーヤベル嬢は、小等部ながら

美しいと評判の美女である。


だが、そのミーヤベル嬢に感じていたのとは違う、

まるで至高の芸術品に出会ったような美しさを感じるのは、

今までにない感情である。

カエデはウルスの熱い視線を気にもせず、

決して上品とはいえない食事作法だったが、

食事とワインを口に運ぶしぐさにウルスは目を奪われていた。

彼女の動作一つ一つが、とても魅力的だったのである。

そんなウルスの視線にカエデはようやく気付く。

カエデは眉間にシワを寄せた。


「どうした?」


ウルスはハッと我にかえると、首を振る。

アルコールを飲酒したわけではないが、顔に熱を感じていた。


「ま、すまなかったな。

こんなところまで連れて来ちまって。」


カエデはテーブルに視線を戻した。


「見せたかったんだよ。将来、この国を背負う人間にさ。

この国一面をね。

王国に捨てられた街があるっていう現実をね。」


カエデは饒舌になっていた。元からおしゃべりなタイプではあったが、

ウルスの前だとどうにも、この子どもにいろんな事を話したくなる。


「ノーデルの移民計画は恐らく避けられないだろう。

だけど、こういう場所は他にもある。

ノーデルで終わりって事にはならない。

こういうのは続いていくんだ。

その街を見るってのは、知ってるってのは、

大事な事だと思う。

そこに住んでるのは、普通の人間なんだ。」


「わかります。」


ウルスは即答した。

自分とは違う世界にも、人が住んでおり、

そこにいるのは、自分らとなんら変わりがない人間なのだと、

ウルスは文字通り体験していた。


「ほんとかねぇ?」


カエデは半信半疑の目でウルスを見る。

目が合ったウルスは、恥ずかしくて視線を外した。


「あと三日で、軍がここに到着する。

その時にあんたらを引き渡す。

撤退を条件にね。

そうして時間を稼いでいる間に、

資産のあるやつはこの星から逃がす。

全員は無理だけどね。

あたしらはその手数料で儲かる。

あんたらは、軍に保護されて身の安全を保障される。

win-winだろ?」


カエデがウインクをしてみせる。

今のウルスには強烈な刺激すぎて、話の内容はほとんど入ってこず、

ただ赤面するだけだった。




「お嬢!」


2人の時間を遮ったのは、新たな声だった。

カエデを呼んだ声の主は、一目散にカエデに近付くと、

顔を近づけ、耳元でなにやら話していた。

何かが起きたことは、ウルスにもわかった。

ましてや、今は日常ではなく、彼らは犯罪者なのだ。


「グランペリーが?やつら、ここに軍が向かっているのを知らないのか?」


「いえ、知っているはずです。親父に話があると。」


「ちっ!何か嗅ぎ付けやがったか?さかしいねぇ。」


カエデは席を立った。

男に一緒に来るよう伝え、取り残されているウルスを見る。


「ウル。ちょっと席を外す。またな。」


彼女は急ぎ、テーブルを離れた。

ウルスは一人残された。

あまりにも突然の出来事に呆然としていた。

もっと会話をしたかった。というのが本音である。

そんなウルスの後ろからルーパの声が聞こえた。


「あれ?お嬢は?」


先ほどの緊張感には程遠い、間の抜けた声である。


「グランペリーって方がいらっしゃったと言ってました。」


「あん?グランペリー?グランペリー海賊団か!?

妙だな。ノーデルに軍が向かってるって情報は広めたはずだが・・・。」


ルーパはなにやら考える。


「親父さんに用事があるみたいですよ。」


ウルスの言葉にルーパは反応しない。

聞いてはいるようだったが、考え事に集中しているようだった。


「ウル、セリ。宿を変える。出るぞ!」


ルーパはケーキが乗った皿をテーブルに置くと、店員に会計を頼んだ。


「えー!まだケーキを食べていませんわっ!」


セリアが断固として抗議するが、ルーパは「後でまた買ってやるから」と

聞く耳を持たない。

王女であるセリアは拗ねた素振りを見せたが、ダダをこねる様子はなかった。

あのわがままセリアが?ウルスはちょっと驚いた。

ブレイク伯でも手に負えないわがままなセリアが、

彼らには従順なのである。

ウルスも席を立った。

彼は彼なりに、この誘拐犯たちの言うとおりに行動しようと

輸送機を制圧された時点で決めていた。

疑問点は沢山あるが、まずは言うとおりに行動することを

決めていたのである。

その思いは、一緒に行動する事で更に深まっていったのだが、

それが信頼という言葉で表現していいかはウルス自身にもわからなかった。

わからなかったが、彼は決めていたのである。

彼らを信じて一緒に行動する!と。

ウルスが、一度決めた事はなかなか譲らない頑固な一面を持っていた事は、

同時代を生きた多くの人間の共通認識であったが、

それはこの歳ですでに完成されていた人格なのであった。


ノーデル自治星には三つの宇宙港がある。

重力が強く、大気がある惑星と、ノーデル自治星のように岩石の塊である中惑星とでは、宇宙港の持つ意味はまったく変わってくる。

ノーデル自治星は地下の岩石内に都市を建設しているため、

宇宙港は、その内部に侵入するための入口であると言える。

三つの宇宙港のうち、一般に開放されているのはBゲートと呼ばれる場所で、

残りの二つは、海賊専用に開放されていた。

中心都市であるマラッサに繋がるのはAゲートとBゲートであり、

二つの海賊団が入港してきたAゲートには緊張が走っていた。

基本的にノーデル自治星のような海賊を商売にしている星では、

中立・武装解除が暗黙の了解であり、

海賊同士が揉め事を行うのはご法度となっているが、

それでも敵対勢力同士が鉢合わせなどがあると、

大小のいざこざが絶えない。

Aゲートに入港しているピュッセル海賊団とグランベリー海賊団は

敵対しているという情報はなかったが、

血の気の早い海賊たちである。

何が起こるかわからなかった。




ノーデルの自警団の心配を他所に、グランベリー海賊団のボス、

グランベリーは、ピュッセル海賊団の船を訪れていた。

これは揉め事を起こさないよう挨拶する海賊たちのマナーであったが、

この瞬間が一番、問題が起こりやすい。

両者ともに警戒態勢で会談に挑む事となる。

そんな中でも、グランベリーは余裕の表情であった。

ピュッセル海賊団の旗艦「ライクアンベクトル」に向かったのは

彼を含め七人。

ボスのボディガードとしては少ないほうである。

グランベリーは海賊としては新興勢力であったが、

近年一気に台頭してきた。

元々二つの大きな海賊団がしのぎを削っていた地域で旗揚げし、

一つが王国の軍に潰されたのを契機に、潰れた海賊団の団員を吸収し、

その勢いのまま、もう一つの海賊団を潰したやり手である。

通常、そこまで大きくなると軍が動くはずであるが、

グランベリー海賊団には未だ軍に目を付けられることなく、

大勢力へと成長していた。

対してピュッセル海賊団は、20年ほど前から地下に潜り、表舞台での

海賊活動は行っていなかったため、表向きは落ちぶれた感があり、

力関係でいうと、完全にグランベリーのほうが上だったのである。

彼には余裕があった。


「おう!ピュッセルの旦那は元気かい?」


搭乗口でピュッセル海賊団の船員に声をかける。


「おかげさまで。」


そういう船員に片手で挨拶して、グランベリーはライクアンベクトルの中に入った。

案内の船員がブリッジに通す。

ブリッジにはピュッセル海賊団の団長であるピュッセルが居た。

カエデの育ての親でもある。


「おうおう、ブリッジで会談とは、味がないんじゃないか?

ピュッセルの旦那。」


そう言いながら、ズカズカとブリッジの中へ入っていく。

もちろん、彼らが座る場所はなく、確かに客人をもてなす場としては

相応しくなかった。


「お主らが来たと聞いて、出港の準備をしていたのでな。」


ピュッセル海賊団のキャプテンであるピュッセルは齢65になろうかという

ジジイであったが、年齢にそぐわぬ肉体をしており、

貫禄がある。

もちろん、グランベリーも黒い髭を蓄えた大男であり、貫禄では負けてはいなかった。


「がはは!大きい組織への妬みか?嫌われてるとは心外だ。」


「主らを好きな奴がいるのか?」


周りの船員らに緊張が走る。

だが、この位の悪口で気分を害するような男では、海賊団のボスは務まらない。


「そう言うなピュッセルの親父。お宅らが地下に潜って、

情報で食っているのは知っている。

どうだ。俺らと組まないか?

武力の俺らに、あんたらの情報が加われば無敵だぜ!」


ピュッセルはグランベリーを睨んだ。

あながち冗談とも思えない提案だったからだ。


「グランベリーの。この琥珀銀河は、既に開拓の余地はなく、

これからは銀河の隅々まで国家の権力が及ぶようになる。

未開地があったからこその海賊家業よ。

潰されるがオチだぞ。」


グランベリーはピュッセルの忠告にニヤリと笑った。


「さすが20年前に、それを予見して地下に潜った旦那だけはある。

だがな・・・。俺らも手を打ってないわけじゃないんだぜぇ?」


2人の間に沈黙が走った。

その時、ブリッジに飛び込んできた人影があった。


「親父!」


カエデである。

ホテルより直行してきたようだった。

カエデはグランベリーと顔を合わせると、しかめっ面になる。

2人は初対面ではなかった。


「おう、カエデじゃねぇか。そんなに俺に会いたかったのか?ぐはは。」


「誰があんたなんかに会いたいものかよ。失せな!」


カエデの言葉に眉を上げ目を見開く。


「俺様のプロポーズを断る女はおめぇくらいだぜ。カエデ。

利口じゃねえぇなぁ。」


グランベリーは鼻の穴に指を突っ込みながら応えた。

カエデはグランベリーに目を付けられていたのである。

ピュッセル海賊団の親分の養女が、大学に進学し主席で卒業したと聞き、

グランベリーはカエデに興味を持った。

海賊のほとんどは学校にさえ満足に通っていない無学の者たちが多い。

そこでカエデを嫁にすることで組織の強化を図ったのである。

もちろん、ピュッセル海賊団を傘下に組み込む事も考えてである。

しかしカエデはその申し出を突っぱねた。

カエデの養父であるピュッセルも、カエデを海賊の嫁にする気はなく、

娘を支援したが、グランベリーの嫌がらせもあり、

カエデは仕方なく海賊家業に身を寄せることになったのである。


「後悔するぜぇ?カエデ。」


20近くも年下の娘を見るその目は、完全に中年のおっさんの目であった。




「そんな事より何しに来た?

ノーデルに軍が迫っているのは知っているだろう?」


カエデの語気は荒い。


「地下に潜ったお前さんたちが出てきているって聞いてね。

珍しく船も、ピュッセルの親分も出張ってきている。

こいつは美味しい話があるんじゃないのか?なぁカエデぇ。」


グランベリーは巨体を揺らしながらカエデに近付く。


「お前に話す道理はないっ!」


「かっかっかっ。そりゃ手厳しい。」


カエデとは対照的にグランベリーには余裕があった。

流石はグランベリー海賊団を一大勢力に築き上げた男である。


「大方、資産のあるやつらから手数料をとって、

他の惑星に逃そうってところか?」


ニヤニヤ笑いながら、グランベリーはカエデを見る。


「だとしても、時間が足りねぇなぁ。」


クックックッと含み笑いが続く。

グランベリーは探りを入れていた。

下手な事は口に出せない。カエデは押し黙った。

奴らはどこまで知っているのか?

ウルス王太子が誘拐された事は、現時点でニュースになっていない。

王国は既に王太子が誘拐された事は把握済みのはずであったが、

一般のニュースにはなっていなかった。

報道管制が取られたことは明白である。

カエデたちにしても、誘拐の目的は王太子の身柄の安全を保障する代わりに、

ノーデル星への軍の突入を阻止する狙いであったので、

誘拐が公になることは望んでいなかったため、

この状況は好都合である。

従って、グランベリーがカエデたちの狙いに気付いているとは思えない。

もし気付いていれば、狡猾なグランベリーである。

ノーデルへの軍の侵攻と、王太子誘拐事件を結びつける可能性はあった。

そして、軍の侵攻の情報にも関わらず、地下に潜った

ピュッセル海賊団が久々に表舞台に出てきた理由も

推測するであろう。

彼らはまだ知らないはずである。

知らないはずだった。

情報で生きているピュッセル海賊団の情報網にも、

未だ王太子誘拐の一報は届けられていない。

それは緘口令が機能しているという事である。

このことを知っているのは、恐らく軍の一部と

王、そしてウルスらを招待したメイザー公の陣営だけであろう。

案外、自分の領地で起きた誘拐事件である、

メイザー公は軍に圧力をかけて、王にも伝わっていない可能性もある。

従って、グランベリーらが、カエデらの企みを知る由もない。

はずであったが、彼らは軍が迫っているこの空域に、

わざわざ親分直々に現われたのだった。

カエデは得も知れぬ恐怖を感じた。

この男、グランベリーはどこまで知っているのか?

もし知っているのだとしたら、グランベリーは軍、もしくは

メイザー公と繋がっているという事になる。

情報の入手現はそこからしか考えられない。


だが・・・。


軍と繋がっているのは考えにくい。

であるなら、軍事関係者と親しいブレイク伯も知っているはずである。

可能性があるとすれば、、、。

カエデは頭を振った。恐ろしい考えが頭をよぎったからである。

しかし、グランベリーが短期間でこの地で最大の派閥に成長し、

軍からも取り締まりを受けていない不自然な現状を説明するに足りる

理由にもなる。


グランベリーはメイザー公と繋がっている!?


メイザーは軍に圧力をかけ、グランベリーを支援し、

その見返りをしてグランベリーはメイザーの手足となって動く。


「調べてみる必要がある。」


カエデはそう感じた。

グランベリーとメイザーが繋がっているのであれば、

グランベリー海賊団の被害は、メイザーの所有する商船が含まれていないはずである。

含まれていたとしても、偽装レベルであろう。

結論を出すのは、調べてからだ。とカエデは自分に言い聞かせた。


ただし。


この地に、グランベリーがいる事は留意する必要がある。

メイザー公より情報を得ていれば、ウルス誘拐事件の主犯が

ピュッセル海賊団だと結びつけるのは容易い。

そして、メイザーはグランベリーに指示するであろう。

その指示は、通常であれば王太子の救出であるはずであったが、

カエデの脳裏にある、王太子暗殺計画の情報が彼女の思考を歪めていく。

もし、メイザーが王太子の暗殺を計画していたとしたら、

誘拐されたこの機を逃すはずはなかった。

王太子が亡き者になり、その犯人を誘拐犯に結びつける事で、

メイザーは疑われることなく、王位継承権1位が転がってくるのである。

カエデは頭から血の気が引くのを感じた。


彼女がたてた推測はこうだ。

海賊の拠点であるノーデルを軍が接収する。

海賊が報復に、最寄の惑星カリフに訪れていた王太子を襲撃する。

その役目を、グランベリーが担っていたとしたら・・・。

カエデたちはその先制を挫いたことになる。

しかし、カエデらの行動で計画に狂いが生じたとしても、

その狂いは誤差である。

誘拐された王子を、探しだし、抹殺するだけの話であった。

そしてメイザーであれば、そう修正してくるはずである。


思えば、カエデらの王太子誘拐に関しても、

あまりにも警備が緩かった。

カエデらの計画と実行力が優れていたとしても、

警備の緩さをついた犯行である。

その違和感をうすうすは感じていたカエデであったが、

ここに来て、全てが繋がっていくことを感じる。


だが、憶測だけでグランベリーと敵対する事はできない。

彼らの組織は、ピュッセル海賊団など足元にも及ばないほど大きいのである。

従って、カエデらの選択としては、ウルスの存在を

グランベリーに知られないことである。

カエデはホテルに残してきたウルス・セリアの事を案じた。

そして、彼らを託したルーパを信じるしかなかったのである。


「難しいことは、いいんだよ!」


急にグランベリーが怒鳴った。

カエデが色々思考を進めているのに、気付いたのであろうか。

曲がりなりにも海賊団のトップに立つ男である。

頭がいいわけではなかったが、本能、何かしらの嗅覚は、

一般人よりも優れていた。


「カエデ、俺らと組むしかねぇんだ、お前らはさ。

一日待つ、明日には土下座してくることになるんだ。

悪いようにはしねぇ。よぉーく考えるんだな。」


グランベリーはまくし立てると、部下らに合図をした。

帰るぞ。という合図であったが、部下達のカエデらを見る目が

勝ち誇ったような目だったことにカエデは気付く。

気圧されたわけではない。だが、


何ともいえない気味の悪さがカエデを襲う。

彼らはカエデとは違い、思考ではなく

行動で物事を解決するのに長けていた。

行動とは、暴力であり、力技である。

それは実績が物語っており、彼らが何かするときは

暴力が前面に出る。

そして、その暴力に対抗する武力は、

今のピュッセル海賊団には足りていなかった。


グランベリー一行はブリッジを出た。

来客が去ったブリッジに重い空気が残る。

沈黙を続けていたピュッセルが静かに口を開いた。


「あんなのが出てくる時代になったか・・・。

わしももう引退じゃ。カッカッカッ。」


大きな笑いがブリッジに充満し、クルーらに安心感を与えた。

地下に潜ったピュッセル海賊団を現在率いているのは、

実際のところカエデである。

大学へ進学し、身に着けたノウハウで、情報の売買をメインで行う。

経済面で海賊団を支えていたのが、カエデだった。

勿論、大学へ進学させたピュッセルは、彼女を

海賊団の頭にしようと思っていたのではない。

しかし、グランベリーに目を付けられたカエデを

一般社会に送り出すことは出来ず、仕方なく彼女を

海賊団に迎いいれたのである。

彼女自身は、自分を育ててくれたピュッセルを尊敬していたし、

育ててくれた養父の力になりたいと、

進学を決意した訳だったので、

この結果は、彼女が望んでいる形であった。

しかし海賊家業に身を落としたカエデをピュッセルはすまなく思っている。


彼女の知識とリーダー気質はピュッセル海賊団に馴染んでいる。

だが、彼女がピュッセル海賊団に合流してまだ3年ほどの年月しかたっておらず、

部下たちは彼女を姉御と慕うが、それでも精神的支柱は

未だキャプテン・ピュッセルの存在であり、

カエデが敵わないと感じている部分でもある。


「親父。あいつらは何か握っている。

出港の準備を進めていて欲しい。

何を企んでいるのか知らないが、嫌な予感がする。」


カエデの言葉にピュッセルは頷いた。

2人とも、グランベリーの言葉で気になった部分があったのである。


「明日には土下座してくることになる。」


つまり、彼らは明日、何かを起こそうとしているという事だった。

その言葉を2人は聞き逃していない。

グランベリーは頭がいいわけではない。

失言であったといえよう。

勿論、グランベリーは頭が良くないからこそ、

適当な台詞を言っている可能性はあった。

だが、カエデもピュッセルも、注意することに越した事はないと

判断したのである。

認めたくないが、彼らは巨大で、そして行動力があった。

ピュッセルは船員らに矢継ぎ早に指示を出す。

カエデはルーパに連絡を取るのが先決だと感じていた。


ブリッジを出たグランベリーら一行は、そのまま自分達の船に向かう。

道中、グランベリーは部下に確認する。


「で、どうだった?」


部下は懐からノート型のパソコンらしきものを取り出した。


「船内に子どもの生体反応はありませんね。」


そのノートPCは、周囲の生体反応を探るLDKシステムを搭載した代物であり、

彼らはピュッセルに挨拶に行くと見せかけて、

船内に隠された生命反応を探っていたのである。

探しているのは子どもの生体反応であり、

それは、誘拐された2人の少年少女であるのは、明白だった。


「ふん!まさか街に連れ出してるってわけじゃねぇだろうな。

逃げられたら面倒だろうに。」


グランベリーは報告を受け、眉をしかめた。

彼らの基準では、誘拐犯と被害者が仲良く街を探索してるという概念はなかった。

従って、船内に軟禁されていると踏んだのだが、

空振りに終ったわけである。


「やつらじゃないんじゃないですかい?」


部下の一人がグランベリーに問う。


「長年地下に潜っていた奴らが急に動き出したのは、

怪しいんだけどなぁ。臭うだろ?臭ぇ。臭ぇ。

くそ!カエデとガキと・・・。

一石二鳥で片付くかと思ったが、甘ぇか。」


グランベリーは自身の立派な顎鬚を触りながら遠くを見た。

深く何かを考えているというより、めんどくせぇなぁと

考えているだけである。

本人は考えようとはしているのだが、頭を回転させればさせるほどに、

めんどくさいという感情が先にたつ。


「ま、一個ずつだ。一個ずつ。片付けていけばええ。」


船長の言葉に部下達は頷いた。



ウルスたちは町の中心部にあった高級ホテルから、

町外れの安宿へと移動していた。

ルーパが安宿のカウンターに向かうと、宿の親父が

ニコニコとした顔でウルスらを向かいいれる。


「ルーパ。久しぶりだな。

また何か問題を起こしたのか?

んー?」


親父はそう言いながら、ウルスとセリアを見た。


「遂に、所帯を持つ身になったか?」


「ちげぇわ!」


ルーパが即答する。


「だが、ちょっとやっかいになるぜ。おっさん。」


親父はクククッと笑った。


「お前がここに来る時は、大体、問題を起こしたときだからな。

慣れっこだよ。んで、今回は、何か注文は?」


台帳にルーパの名前を記入しながら、親父は上機嫌そうだった。


「そうだな・・・。

グランベリー海賊団が入港しているらしい。

あいつらの動向を探ってくれ。」


ピュー!と親父は口笛を吹いた。

何か楽しんでいるようである。


彼は4人を部屋まで案内すると、ルーパに任せとけという

合図を送って、カウンターに戻っていった。

町外れの安宿ではあるが、ここは宇宙に出る港に近い。

民間用の港であるAゲート付近にある宿だった。

だから何かあれば即座に宇宙に脱出できる。

ウルスは忘れていたが、彼は今誘拐されている身分であって、

この街に観光にきたのではなかった。

ルーパは何かが起きても直ぐに対処できるようにこの宿を選んだのである。

また、ここに移動してきたことは、

カエデにも連絡していない。

ルーパの独断であったが、彼は長年の海賊家業において

培った危機察知能力に従ったのだった。


「やばいんですか?」


部屋の中でウルスがルーパに尋ねる。

ウルスはグランベリー海賊団のことを何も知らなかったが、

ルーパの真剣な表情が、物事の緊迫さを物語っていた。


「賢しいガキは、嫌われっぞ?」


ルーパはウルスに言う。


「どうして・・・。」


ウルスは何かに背中を押されるように、ルーパに疑問をぶつける。


「どうして、ルーパさんは僕らに優しいのですか?

僕は王の息子で、あなたがたを攻撃しようとしています。」


「あー。」


めんどくさそうにルーパはウルスの言葉を遮った。


「お前には何の罪もないだろ?

俺らが憎いのはメイザー公爵。

やつに潰された惑星カンドは、俺らの拠点でもあった。

うちの船員の3割はそこの出身者だ。

要は、お前は巻き込まれたんだよ。

俺らとメイザーの喧嘩にさ。」


「喧嘩・・・ですか・・・。」


「そう、喧嘩にだ。

奴の思い通りにはさせない。

そのためにお前を利用している。

そこに巻き込まれただけだからな。

すまないって思ってるわけよ。」


ルーパは、胸ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。

表情を、動作を隠すためであったが、ウルスはそれに気付かない。


「でも、それでも、誘拐した僕らを自由にして。

街の観光とか、今も話を聞いてくれたりして。」


「あー。」


またしてもルーパはウルスの言葉を遮った。

フー。とタバコの煙を吐き出す。


「お嬢がよ・・・。

お嬢がお前さんに、マラッサの街を見せたいって言ったんだ。

いい街だろ?

貧しいが活気がある。

そりゃ、俺ら海賊を相手に商売しているような街だ。

でも、いい街なんだ。

いい街なんだよ。ここは。」


そう言うと、ルーパはタバコを灰皿に押し付けた。

ルーパやカエデが、ウルスにこの街を見せ、

ウルスに何を期待しているのか?それは今の子どもの王太子には

わからない。

わからないでも、この男が言うように、マラッサの街が

いい街なのは、ウルスも肌で感じていた。

なのにこの街を、王国は、軍は、住人を強制退去させようとしている。

この街を無くそうとしている。


彼が、この王太子が今のまま仮に20歳を越えた成人男性であったならば、

彼は例えマラッサの街を知っていたとしても、

いい街だと感じていたとしても、

海賊の拠点・温床になっているこの街を断罪したであろう。

ここから海賊は生まれ、その海賊によって損害を受ける一般市民は

存在するのである。

海賊の襲撃で命を落とす善良な市民も少なくない。

だが、今のウルスは12歳と多感な年頃だった。

正義を正義と割り切るには、まだ幼すぎた。

彼は、ルーパやカエデに好意を持ったと同じように、

このマラッサの街にも好意を持った。

反抗期を迎える年頃というのも手伝ったのかも知れない。

ワルという生き様に憧れを抱いたのかも知れない。

一つ確かなことは、王太子であるウルスは、

このマラッサの街を肌で感じ取ってしまったのである。

生きる息吹を、その躍動感を。

自分が将来治めるべく王国の領内に、

マラッサのような街があることを知ってしまったのである。

誘拐事件の主犯であるカエデがどこまで狙ったのかは定かではないが、

ウルスはそのカエデの思いを受け取ってしまったのである。

悪だから断罪する。そう簡単に割り切れない事を

理解してしまったのである。


この後、王道を進むこの王太子の性格形成に、王太子誘拐事件が

多大な影響を与えたという認識は、後世の歴史家の一般的な共通認識である。

この事件がなければ、この後のウルスは存在せず、

歴史は大きく変わっていただろうと言われている。

歴史の分岐点であったが、当時の彼らはそれを知る由もなかった。

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