2章 1節 ~ノーデル星マラッサ~
ノーデル自治星。
この時代、それなりの大きさを持つが、大気層を持たない惑星を
中惑星と呼んでいる。
大気層の存在がなく、地表に移住地を作る事は難しいので
ドーム型のコロニーか、地下に移住地を作る事が多く、
ノーデル自治星は地下に移住コローニーを持つ中惑星である。
大気層がなく重力が軽いため、宇宙に出る事が容易であり、
宇宙艦隊の基地や、交易の中心都市として、
また、宇宙海賊の拠点として使われることが多い。
地下への入り口が、そのまま宇宙港として発展しているケースが多く、
惑星の名をかたって入るが、地上か宇宙かの二択であれば、
宇宙のイメージ強いである。
ウルスらは、商業船が使う一般の港から
ノーデルに入港した。
軍事基地や海賊の拠点となっている場合、
一般の商業船と軍艦の入港は出入り口を分けている場合が多い。
船が一般用の港に入港したということは、
商業船であるという証であった。
もちろん偽装の可能性もあるのではあるが。
ウルスもセリアも、中惑星に降り立つのは人生で
初めての経験だった。
大気層がない惑星は基本的に地下資源などの発掘によって
経済が成り立っており、住人のほとんどは採掘労働者である。
貴族や王族が来る場所では本来ない。
下船したウルスら一行は、そのままノーデルの中心都市へと向かった。
通路を抜けると、吹き抜けの大きな空間がある。
「わぁ!すごーい!」
ゲートを抜けてまず声を上げたのは、それまで黙っていたセリアだった。
岩石に覆われたノーデルの外壁を目視してた彼女は、
内部にあるその巨大な空間に、街があるとは思ってみなかったのである。
街があり、家が建ち、空がある。
遠くには海のようなものも見えた。
全て人工で作られたものであるが、
一見して、これが地下だとは思えない光景が広がっていた。
中惑星ノーデルの中心都市であるマラッサは半径約75キロにも及ぶ巨大な空間に
建設された都市であり、人口は118万人ほどである。
中世ヨーロッパ的な石作りの家が立ち並ぶ古風な都市であったが、
天候や気温は人工的に調整されているため、大気のある惑星の地上に住むよりも
快適だという人も多い。
貧しい星だと聞いていたウルスは、もっと貧民街のようなものを想像してたが、
レトロチックだというだけで、貧しさは感じなかった。
もちろん科学力がほとんど浸透していないこの街並みこそが、
この星の貧しさを物語っていたのではあるが、
王子と王女はまるで本の中にある異世界に来たような
気持ちになったのであった。
「カエデねーさんー!帰って来たんだ!
なんか買ってってくれよー。」
一緒に下船したカエデを見つけると、少年が走ってくる。
かなり遠くに居たはずであるが、一目でカエデを認識する辺り
視力はいいようである。
少年は年齢でいえば、ウルスと同年代ぐらいか。
布製の古びた服を着た少年は、それこそ
ファンタジーの物語に出てきそうな身なりだった。
「今はまだ仕事中なんだ。後で寄る。
フリュフトばあさんにもよろしく言っておいてくれ。」
カエデは少年に応えた。
「ふーん・・・。で、こいつら何者?」
少年はこの町に相応しくないウルスとセリアを
いぶかしげな視線で見つめていた。
観光都市でもないこの街で、部外者は目立ってしまう。
それが海賊であればお得意さんだったが、
ウルスやセリアのような子どもは海賊ではないのは明白だった。
そして、部外者に寛容でもなさそうだった。
「私たちのお客さんだ。失礼のないようにな。」
カエデは少年に笑顔で返す。
「よろしく!ウルスという。」
ウルスは、同年代の少年という事もあり、警戒心なく右手を差し出した。
握手というより、タッチを求める感じではあったが、
少年はそれに応えなかった。
いつもは海賊などを相手にしている少年である。
ウルスとセリアは毛色が違いすぎた。
「街を出歩くんなら、着替えたほうがいいぜ。
どこの坊ちゃんか知らないが、そんな格好だと身包み剥がされても
文句言えねぇぞ?」
人当たりは良さそうである。
「そうだな。リュカの言うとおりだ。
服を買いに行こう。」
カエデが割ってはいった。
誘拐犯であるカエデたちの立場からしても、
ウルスが王族であることは内密にしておきたい事である。
だがリュカ少年の言うように確かに、この地に2人は悪目立ち過ぎていた。
「ドルパ!2人の、いや、3人の服を頼む。
私たちは先にホテルに行っている。」
お付の1人にそう言うと、カエデはリュカの肩を叩いた。
「後で買い物してやるから、このことは内緒にな!」
リュカは大きく頷くと、「じゃ、後でね!」と言い残し、
元来た道を戻っていく。
「彼は働いているのか?」
リュカが見えなくなってから、ブレイクがカエデに尋ねた。
「この街じゃ、あの歳で働くのはそう珍しい話ではないさ。」
カエデが切なそうな目をする。
「そうか。」
社会経験の豊富なブレイクといえど、貧しい星の状況を
全て把握しているわけではない。
ウルスと同じ歳で既に働いている少年を見て、
何も感じないではなかった。
「ノーデルからの移民が上手くいけば、あの子たちが
学校に行けるように手配しよう。
約束する。」
ブレイクの言葉に反応したのはルーパだった。
「けっ!出たよ。上から何様だって話だ。」
その言葉にブレイクの眉が潜む。
ルーパは気にせず続けた。
「リュカはなぁ。学校なんか一度も行った事がないんだ。
いきなり学校なんか行ったって付いていけるわけないだろうが!
お偉いさんはいつもそうだ。
自分たちが良い事をしたって自己満足に浸ってるだけで、
世の中の道理を何もわかっちゃいねぇ。吐き気がするぜ。」
「ルーパ、よさないか。
伯も悪気があって言った訳ではない。」
見かねてカエデが制止した。
ブレイク伯は何も言い返さなかった。
彼の言い分も一理あると把握したからである。
「けっ!行こうぜ!クックル!」
ルーパは近くにいた大柄の男に合図した。
クックルと呼ばれたのは輸送機からダイブする際に、
セリアを抱えて飛んだ大男である。
彼は無言で頷くと、ルーパの後に続く。
「待てルーパ!
ウルスらを連れてってくれ。私は伯と話がある。」
カエデがルーパを止めた。
ルーパは一瞬眉を潜めたが、すぐにニタァといやらしい笑いを浮かべる。
何かを思いついたようだ。
「ふん!ぼっちゃん、嬢ちゃん!付いてきな!」
呼ばれたセリアがそそくさと大男の後ろに並ぶ。
絶叫ダイブを強要された相手なのであるが、
どうにも懐いているようだった。
ウルスはカエデと別れる事を惜しんだが、他ならぬ彼女の命令である。
ゆっくりとセリアに続いた。
4人は、先行してウルスらの服を買いに行ったドルパを追った。
マラッサの街は、ルーパらピュッセル海賊団のメンバーからすると
庭のようなものである。
子供用の服を買いに行くなら、メルボルンばあさんの店であるだろうと
予測し、4人はそこに向かった。
メルボルンばあさんお店はこじんまりとした大衆向けの店であったが、
案の定、ドルパが店の中で悪戦苦闘しているのが見えた。
「ドルパー、決まったかぁ?」
先ほどの剣幕とは対照的に、間の抜けた声でルーパが
店の中に入る。
「あ、いや、兄貴。女の子向けの服とかよくわからねぇんでさ。」
「だから、私が選んだやつにしとけって言ってるだろぅ?」
ドルパの隣に、恰幅のいい女性が可愛らしい服を手に取りながら、
これよこれ!とアピールする。
どうやら彼女が店の主人のメルボルンばあさんであるらしい。
「ばぁさん!それは派手すぎるんじゃねーか?
本人連れてきたからよ。選ばさせてやってくれ。」
ルーパの言葉を受け、クックルは横にスライドし後ろに隠れていた
セリアの姿をメルボルンに見せた。
「あら・・・かわいい。こりゃこの服じゃダメだね。
元がいいなら、服は質素にしなきゃ!」
ばあさんは満面の笑みでセリアを見た。
セリアは話についていけず、きょとん!としている。
「あと、この坊やのもだ。」
ルーパがウルスの背中を押した。
ウルスはメルボルンに一礼する。
「2人とも綺麗な黄金の髪をしているねぇ。
手入れもきちんとなされてるようだ。
どこのぼっちゃん、嬢ちゃんなのさ?」
女主人は上玉の2人を見て、浮かれていた。
「それなんだ。良くも悪くも目立ちすぎる。」
ルーパが右手を口元にもっていき、何か考えてるようだった。
「だったら、髪を茶色に染めちまえばいいよ。
髪染めもうちに置いてあるから、ちょっとお2人さん、こっちおいで!」
呼ばれた二人は、メルボルンばあさんの前にでた。
ウルスとカエデは、王の子どもたちである。
母であるマーガレット王妃は細身で美しい女性であったし、
子育てをしていたわけではないので、ウルスもカエデも母を知らない。
ブレイク伯の家に預けられてからは、伯の妻であるコロンが母代わりであったが、
残念ながらと言うか当たり前であるが、
母として接してはくれなかった。
だから、メルボルンの押しの強さが新鮮だった。
彼らを普通の子どもとして接してくれる大人は、
2人の周りにいなかったからである。
2人がメルボルンに理想の母としてのイメージを抱くのに、
10分もかからなかった。
「綺麗な髪で、染めるのは嫌だろうけどねぇ。
だけどここでそんな上品な髪で出歩いていたら、
誘拐されちまうよ!」
メルボルンの何気ない「誘拐」というワードに
ルーパは苦笑した。
「構いません!可愛くしてください!」
セリアが真顔で言う。
その台詞に、一同はびっくりした。
女性にとって、髪は大切な部位である。
セリアが一番嫌がると思っていたのだが、あっさり受け入れた事が意外だったのである。
ウルスは妹が、他の娘よりも好奇心が旺盛な活発な少女であることを
知っていたので、この答えにも納得していたが。
「こりゃまた・・・ふふふ。お嬢ちゃん。
かわいい貴方を可愛くないようにするんだけど・・・。
おばちゃんに任せておきな!
可愛くないけど、可愛らしくしてあげるよ。」
メルボルンが訳のわからない事を言ったが、
セリアには通じていた。
「はいっ!お願いします!!!」
頭を撫でられながら、セリアは上機嫌である。
「ナンだ…これ・・・。」
ルーパの独語を他所に、2人は奥の部屋へと案内された。
20分ほどして、2人はメルボルンに連れられて、
店内に戻ってきた。
「ほー。」
ドルパの感嘆の声が漏れる。
メルボルンばあさんの仕立ては完璧だった。
茶色に染められ、少しくせっ毛交じりの髪。
透明で透き通るような白い肌にも、薄く化粧がほどこされ、
血行が良さそうな肌になっている。
服装も工場で働いても問題ないような動きやすい格好であり、
どこをどうみても、労働者の星、カンドの住人に見えたのである。
「素材がいいと、料理のし甲斐があるねぇ。」
メルボルンはご満悦の様子である。
「ばぁさんには、スタイリストの才能まであったのかよ。」
ルーパが茶化す。
「若い子で、別人になりきる変装?みたいな文化があってね。
その子らに評判がいいんだよ。私は!」
メルボルンがドヤ顔で言う。
「そうかいそうかい。満足のいく仕上がりだ。」
そういうとルーパは札束を渡した。
相場よりもかなり多めの額であるが、メルボルンはそれが
口止め料込みなのを理解した。
海賊が拠点とする街の住人である。
こういう事は1度や2度ではない。
「毎度ありっ。」
メルボルンは札束を数えながら、5人を見送る。
店を出る際、セリアがメルボルンに手を振った。
この時、ウルスはある事に気付く。
この一連の誘拐劇、セリアは楽しんでいるのではないか?と。
いつもはうるさいぐらいにはしゃぐ妹が、
大人しく控えめに行動するのは、誘拐された恐怖からだと思っていたが、
どうもそれはウルスの杞憂に感じられた。
そうではなく、彼女は彼らに気に入られようと、
猫を被っているのではないか!?
彼女は今を楽しんでいる!?
一瞬考え、すぐに脳裏から消えた疑問であったが、
兄の妹を見る考察は、正しかったのである。
ウルス、セリア、ルーパ、クックルの4人はマラッサの街に出て、
洋服屋でドルパと合流している。
余所行きの王族の服から下町の子ども達の服に着替えたウルスらは、
店を出てこれからどう時間を潰すか思案中であった。
軟禁状態であったウルスたちにとって、久々の開放感である。
「クックル!肩車して!肩車!」
セリアが大柄の男にせがみだしていた。
「セリア!彼は君の部下じゃない!」
ウルスの語気が荒らぐ。
周りの大人たちはこの幼い王女に弱く、
セリアは歳相応に甘やかされていた。
必然、きつく言う役割は兄のウルスになるのだが、
セリアはウルスの事を怖い兄だとは思っていなかった。
「いーえ!クックルは私を抱いて、飛行機から飛び降りた
大罪人ですのよ!罪滅ぼしにこの位は当然です!」
言葉だけ聞くと、とんでもない発言だった。
クックルは少し顔を赤らめながら、彼女を抱きかかえ、
右肩に乗せた。
大柄で肩幅が広いこの大男にとって、セリアの小さな身体を担ぐのは
右肩だけで十分であった。
あまりにも目線が変わったからであろうか、セリアは一瞬びっくりしたような
表情になったが、すぐに冷静さを取り戻す。
「たかーい!」
怖がってもいい年頃だったが、ピックルに全幅の信頼があるのであろう。
セリアは直ぐに慣れた様子であった。
逆にピックルのほうが、恥ずかしそうである。
「で、どこに行くの?おじちゃん!」
おじちゃんと呼ばれたルーパである。
明らかにピックルと待遇に差があるのが、不満そうなルーパだった。
「そうだなぁ、ウル。男ならまず、ノム・ウツ・カウだな!」
ルーパはあえてセリアを無視した。
ウルスは笑顔を我慢しながら、ウルと呼ばれた事に戸惑いを感じていた。
「あー。お前らは、ウルとセリだから。
いいな!?」
ルーパは2人を指さししながら説明した。
確かに、変装までして街に出るのである。
ウルスやセリアと呼ばれたら、流石に気付く人間も出てくる可能性があったが、
全く捻りのない偽名を付ける辺りがルーパの性格を物語っていた。
「わかりました。で、ノム・ウツ・カウって何ですか?」
ウルスの質問に、またしてもルーパはニヤァといやらしい笑いを見せる。
「ふっ。ウルはまだまだおこちゃまだなぁ。」
12歳の男子に言う台詞ではないとウルスは思ったが、
ルーパの機嫌が良さそうなので訂正しなかった。
「まずはノムだー!行くぞっ野郎ども!!!」
「ノムダー!」
セリアが片手を上げる。きっと何もわかってない。
「うぴょー!」
ドルパも奇声を上げた。
このノリに付いていけないウルスであったが、
でも、嫌な気分はしなかった。
むしろ、楽しかったのである。
5人は街の中心部へと向かった。
旧式な街並みであったが、活気がある。
主に宇宙海賊を相手に商売しているとあって、
お洒落には程遠いが、高級な宝石を扱う店から、
食品を扱う八百屋などごちゃっまぜにしたような街であった。
5人は一軒の飲み屋に足を運ぶ。
そこはドアなどなく開放的に開かれた店で、
テーブル席もあったが、カウンターには椅子がない。
立ち飲み屋と書かれた看板から、安くお酒を飲む場所なのだと
ウルスにもわかった、
「兄貴ぃ。酒飲んだら、お嬢に怒られちまうんじゃねーか?」
ドルパの言葉とは裏腹に、彼の視線はカウンター奥に並べてある
酒瓶へと注がれていた。
「なんだ?俺が酒でヘマをしたことがあったかよ?」
ルーパが返す。
「ヘマしたことがなくっても、今回の仕事は失敗は許されねぇんじゃねーかな。」
ドルパは、ウルスとセリアを見た。
そう、彼らは今、国の重要人物を連れているのである。
何かあったでは、済まないのは全員が理解していた。
「ちっ。おめーは変なところは真面目だからなぁ。」
ルーパも理解したようである。
「ま、今回はウルの飲酒記念だ。
酒の味を知らねぇと、本物の男とは言えねぇ。
おっちゃん、カラミティを5つ、いや4つ。
後、ジュースくれ。」
しっかり自分達の分もお酒を注文するルーパだった。
「ウル、俺たち海賊は、お前の歳の頃から、酒を飲めなきゃいけねぇ。
何故だかわかるか?」
ルーパの問いにウルスは首を振った。
「金を持ってるのは大人たちだからな。大人達と対等に付き合えるように
ならなきゃいけねぇ。それには酒の場が一番手っ取りはやいんだ。」
店員が持ってきたグラスをそれぞれに回す。
もちろんセリアだけは、オレンジジュースだったが。
「お嬢・・・カエデと仲良くなりたいなら、酒の味は覚えておいたほうがいい。」
「カエデさんと交渉しているのはブレイク伯でっ!僕は別に・・・。」
ウルスの言葉に動揺が見える。
そんなウルスを見て、ルーパはニヤッと笑う。
子どもをからかって楽しそうだった。
「そーよ!ウルス兄さまったら、あの女性に見蕩れちゃって。
困ったものだわっ!」
セリアが反応した。その言葉を聴いたドルパはへぇ・・・とこちらも笑う。
「そんな僕は、別に!?」
「いいんだぜ?それが男ってもんだ。お嬢は美人だからな。
惚れたとしても何の問題もない!むしろ惚れなきゃ男じゃねぇ!
へへへ。ウルの初恋にかんぱーい!」
ルーパはグラスを高々と掲げると、ドルパとクックルがそれに続く。
「かんぱ~いっ!」
「違いますってば・・・。」
そう言いながら、ウルスは目の前にあるグラスの中の酒をグイッと一気に飲み干した。
喉が焼けるように熱い。
苦いような、辛いような味。
初めて飲む酒の味は、ご多分に漏れずほろ苦い味だった。
ウルスら一行は飲み屋を後にし、次の場所に向かっていた。
「次はウツだっ!」
少しお酒が入ったルーパのテンションが上がっている。
連れて来られたのは、競馬場だった。
「ウツって何の事ですか?」
ウルスもお酒が入っていたが、グラスの半分ほどしか飲んでいないため、
そこまで陽気にはなっていない。
「ウツってのはなぁ。ギャンブルよ!賭け事!わかる?」
ルーパの顔がウルスに近付く。
今や、完全にダメ中年親父と化したルーパを止めるものは何もない。
「ギャンブルですか。ギャンブルは良くないと伯に聞いています。」
ウルスのその台詞に、ルーパはしかめっ面で返した。
「人生そのものがギャンブルなんだ。それを否定するってのは、
人生を否定するようなもんだぜ。」
そんな大げさな。とウルスは思ったが、ルーパの次の言葉に息を飲む。
「お前と、さっき出会ったガキ、リュカとお前の違いはなんだ?
王様の子どもと貧民街で産まれたリュカとの違いはなんだと思う?
生まれてくる時点で、もうギャンブルは始まってるんだ。
生まれギャンブルで当たりを引いた奴が、
当然のようにギャンブルを否定してんじゃーねーよ。
お前は既に当たりを引いているんだぜ?」
ウルスは黙っていた。王の息子に生まれることを、ウルス自身が望んだわけではない。
だが、学校にも通えず、若くして働いているリュカと比べると、
自分が恵まれている事を実感していた。
いや、学校に通う通わないの問題ではない。
彼らが生活のために海賊になるのだとしたら、
若くして命を落とす危険性は高まる。
果たしてウルスに、生活のために命をかける事は出来るのだろうか。
否、むしろ王族こそが国民のために
命をかけるべきではないのか?
庶民が命をかけているのに、王族がぬくぬくと暮らしているのは
間違っているのではないのか。
彼らピュッセル海賊団と出会ってから、ウルスの中にあったわだかまりが
急に言語化してくるのを感じていた。
ウルスとセリアは、メイザー公爵の主催するパーティに向かっていた。
気が進まないパーティだった。
王族だから仕方ないと思っていた。
だが、彼らが向かっていたのはパーティである。
戦場でもなければ、労働の場でもない。
ウルスは文字通り命がけで輸送機に突入してきたルーパらを嫌いにはなれなかった。
それは単純に、かっこいいと感じたのが始まりであったが、
生死をかける行動に、尊敬の念さえ生まれ始めていたのだった。
「お馬さーん!」
セリアの間の抜けた声が響く。
競馬場。20頭近い馬を走らせ、1着を当てるギャンブルの場である。
対象が人間ではない生物というところがミソである。
人はいつになっても、馬が走る姿にドラマを感じるのであった。
「本物の馬を見るのは、初めてです。」
ウルスは言った。
人類は母なる地球を飛び出し、宇宙に出たが、
人間以外の生物は地球に取り残されたままである。
犬や猫、小鳥の数種類はペットとして多くが宇宙へと輸出されたが、
大型の哺乳類が宇宙に出る事はなかった。
その唯一の例外が馬である。
舗装されていない道の移動手段として、動力のいらない工作車として、
未開拓惑星での馬の需要は、地球で人間と共存していた時と同じである。
だが、半永久的に動く新技術、スパルスエンジンの開発と共に、
馬が惑星開発の主役から遠ざかって久しい。
今や生の馬を目にする事は、ほとんどなかった。
競走馬が走る姿をウルスらは眺めている。
ルーパやドルパはもちろん馬券を購入し、賭け事をしていたが、
ウルスとセリアは純粋に、馬の走る姿を眺めていた。
「可哀相と思うか?」
ふと、ルーパがウルスに話しかける。
競走馬を喜んでみているセリアとは対照的に、
ウルスが沈んだ表情でターフの上を走る馬たちを見ていたからである。
「ええ、生き物は大切です。みんな生きています。
とくに地球発祥の生き物は、この宇宙では貴重な生命です。
こんなことに使われるために生まれてきたんじゃない。」
ウルスは答えた。
「だがなぁ。」
ルーパはため息をつきながら話を続ける。
「あいつらは、競走馬として生まれてきた。
だったら、走るしかないんだよ。
食料を輸入しているこの街で、人間以外の生物に食わせる食料なんてねぇ。
走ることを止めたら、あいつらは存在意義がなくなっちまうんだよ。
走れない競走馬は処分するしかねぇんだ。」
「そんな・・・。」
絶句するウルスを他所に、ルーパは話を続けた。
「だがなぁ、競走馬は走るしか存在価値がねぇが、
人間は違う。
人には、得意・不得意があっからな。苦手ならやめちまえばいい。
好きな道を選んだっていいんだぜ?」
「でも僕は・・・。」
ウルスの言葉をルーパは手で遮った。
「王子なんか、やめちまえ!お前は正直すぎる。
向いてねぇ。」
カカカッと笑いながらルーパは言い放った。
「王子を、辞める?」
あまりにも突拍子もない言葉に、ウルスは動揺した。
もちろん、ルーパの発言に大きな意味があるわけではない。
理由があるとすれば、王族や貴族への嫉妬であったが、
権謀策謀渦巻く権力闘争の世界に、ウルスが向いてないと
思った事は事実である。
だが、本当に軽い気持ちで言った台詞だったが、
12歳の王子の胸に深く突き刺さった。
「王子をやめる?そんな生き方があるのか?」と。
ただ漠然と王の子として生まれ、王の子として教育を受けているウルスは、
王子をやめるという発想自体がなかった。
作られたレールを外れる生き方を想像したこともなかった。
「よし!次は、げへへ。カウだな。」
頭の中を新しい考えがぐるぐる回るウルスを他所に、
ルーパが話題を逸らす。
次から次へと目まぐるしく変わる状況にウルスは
付いていけていなかった。
「何を買ってくれるの~!?」
カウの言葉にセリアが反応する。
「ひゃはは!お嬢ちゃんには関係ねーかな!」
といいつつ、ルーパは前かがみになりウルスの肩を抱いた。
「カウ!って言ったら、女だよな!?」
耳元で囁く。
呆気にとられるウルスを尻目に、ルーパとドルパはノリノリであった。
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