第53話 ランウェイのたくらみ

 リスタが婦人服店で服を買い終えると、おおくりしますよというロリズリー男爵の好意にありがたく乗っかり、リスタと共に冒険者ギルドへと立ち寄った。グジャナの町の依頼を受けてみようと思うことを告げ、ロリズリー男爵が受け取った手紙の内容を伝えると、受付嬢はたいそう驚いていた。


「魔物を助けて欲しい……ですか?

 私たちのところでは、そのようなお話は聞いていないですね。」

「そうですか。ただ、アゾルガの港の町長を通じての連絡ですから、本当のことだと思います。真意を確かめる為にも、グジャナの町に行ってみようかと思ってますので、依頼があったら受けておいて下さい。俺たちは先にグジャナの町に向かいますので。」


「分かりました。グジャナの町についたら、冒険者ギルドにお立ち寄り下さい。正式な依頼が発布されたあとに動いていただければ、冒険者ギルドとしては問題ありません。」

「分かりました。」

 冒険者ギルドを出ると、ロリズリー男爵の馬車の中で待っていたリリアが、リスタの横で笑顔で手を振ってくる。


 すっかり馬車がお気に入りだな。普段乗っている馬車よりもずっと豪華で乗り心地がいいし、そのうち馬車が欲しいと言われたらどうしようか?別に冒険者時代の貯金で買えなくはないが、俺の村にあんな豪華な馬車があってもな……。いや、観光客を誘致することを考えたら、普通の馬車1台なら買ってもいいかな?そうすればもっといろんなお客様が村に観光に来てくれるかも知れないな。


 そんなことを思いながら馬車に乗り込む。リリアを歩かせるわけにはいかないので、冒険者ギルド経由で、ロリズリー男爵が自宅まで送ってくれることになっているのだ。普段ならルーフェン村の近くまで来る馬車に乗って、あとは俺が肩車して村まで歩くんだが。


「すみません、お待たせしました。」

「いえいえ。」

「冒険者ギルドの了承は取りましたので、明日にでも向かおうと思います。」

「分かりました、早馬を走らせましょう。

 きっと喜ぶと思いますよ。」

 ロリズリー男爵が笑顔で言った。


「あ、えと、私、今日の宿をとるから、ここでおろして貰ってもいいかしら?」

 リスタがそう言った。

「聞いていたか?明日向かうつもりなんだ。

 悪いが今日は俺の家に泊まって貰えるか?

 明日そのまま2人で向かおう。」

 そう言うとリスタがビクッとする。


「ア、アスガルドの家に?」

「ああ。あれから妻の部屋は掃除をしておいたからだいじょうぶだ。安心してくれ。」

「そ、そう……。」

 妻、という言葉に、リスタは落ち込んだような表情を見せた。


 俺も言ってしまってからハッとする。

 あれから役場で婚姻証明書を調べた俺は、俺と妻との婚姻証明書が提出されていなかったことを知った。俺と妻は正式な夫婦ではなかったのだ。逃げた妻が3年も前に、例の回復魔法使いの親戚と結婚したというのも、おそらくは本当のことなのだろう。


 だが、実際には一緒に過ごした時間が短かったとはいえ、何年も妻だと思って暮らして来たのだ。今更違うと納得するには、時間がかかると思った。頭で理解はしているが、心が納得してくれない。実は独身だったのだと言われても、既婚者だと思って生きて来たのだから。それに妻はリリアの母親でもある。

 はいそうですかと忘れるなんて出来ない。


 ルーフェン村につき、ロリズリー男爵と笑顔で別れる。リリアは馬車に向かって、お馬さん、ばいばーい、と言っていた。

 ブルルルル、と馬が鳴き、ロリズリー男爵の馬車が去っていくと、

「よう、帰ったか。リスタと一緒なのか?」

 ランウェイが手を上げて出迎えてくれた。


「ああ。明日から、ちょっとグジャナの町に向かう予定になってな。リスタと一緒に行くから、俺の家に泊まって貰う予定だ。」

「──お前の家に?」

 ランウェイが眉をひそめる。

「リスタ、ちょっと。」

 ランウェイがリスタの腕を引いた。


「またお前を家に泊めるって、アイツ、ちゃんと意味分かって言ってんのか?」

「……たぶん、全然他の意味はないと思う。

 アスガルドだもの。」

「だろうな……。」

 ランウェイは髪をクシャクシャとかきまわし、大きくため息をついた。


「ああ、アスガルド、リスタは今日俺の家に泊めるから、明日合流してくれ。」

「──え?」

 リスタが驚いてランウェイを見ている。

「……え?じゃねえよ。嫉妬させんだよ。

 アスガルドは、昔、俺がリスタを狙ってたってことを知ってるからな。」

「……そうなの?」


 リスタがキョトンとしている。

「お前もたいがい鈍いな……。

 アスガルドといい勝負だぞ。」

「そ、そうかしら。」

「まあ、好きとかそんなレベルの話じゃねえから安心しろ。美人が近くにいたら、男なら誰だってそう思うって程度のもんだ。」

 2人で何やらヒソヒソと話している。


「俺は別に構わんが……。リリアが寂しがるな、せっかくリスタがいるのに。」

「お前はなんとも……、まあいいや。

 そういうわけだから、明日またな。」

「ああ、また明日。」

「おねえちゃんといっしょにねれないの?」

 リリアがガッカリした顔をする。


「お姉ちゃんがいても、別の部屋を使って貰うから、一緒には寝れないぞ?」

「えー?」

 俺はリリアの手を引いて家へと戻った。

「さて、親父になんて説明するかな……。

 こんな美人を急に連れてったら、勘違いしてはしゃいじまう。」


 ランウェイが頭と腰に手を当てて悩んでいることと、その後村長である親父さんに、俺の為に協力してくれと約束を取り付けていたことを、俺は知らずにいたのだった。

「お父さん、──お父さん!!」

 リリアの声にハッとする。

「な、なんだ、どうしたリリア。」


「きょう、おねえちゃんいないよ?

 ごはん1つおおいよ?」

 俺はテーブルの上に並べた3人分の料理を見てハッとした。

「あ……。そうだったな、すまんすまん。」

 リスタはランウェイの家だったな。


 今頃何をしているんだろうか。

 食事を終えて片付ける時も、風呂に入っている時も、リリアを寝かし付けたあとも、俺はなぜだかボーッとして過ごしてしまった。

 どうにもなかなか寝付けず、俺は一晩中、ベッドの上でゴロゴロして過ごした。


 リリアに朝ごはんを食べさせると、村長にリリアを預かって貰う為と、リスタを迎えに行く為にランウェイの家に向かう。

 リスタとランウェイはまだ朝食の真っ最中だった。リスタが昨日とは違う服を着ているのを見て、なぜだかギクッとする。いや、服くらい着替えるだろう、それがなんだ。


 リスタが笑いながら、ランウェイの頬についた汚れを拭ってやっているのを見て、思わずギョッとした。

「ああ、アスガルド、ごめんなさいね、急いで食べるから。」

 リスタがなにごともなかったかのように笑顔で言った。


「ああ、ゆっくりして貰って構わない。

 まだ馬車まで時間があるから……。」

 そんな俺の様子を見たランウェイが、テーブルに肘を付いて顎を置き、ニヤニヤと笑っている。今からでもアタックしてみたらいいじゃないかと俺が言ったから、アタックしているのだろうか?そうか……そうかもな。


 幼なじみで元ギルドメンバーのランウェイは、なんだかリスタの前にいると、大人の男性に見えて仕方がなかった。いや、まあ、お互いにいい年なんだから、当たり前のことなんだが、ずっと子どもの頃の感覚でいたし、飲み屋やそういう店の女性とかじゃなく、真面目に女性を口説いているところなんて見たことがないから、そんな風に思うのだろう。


 ランウェイもそろそろ身を固めてもいい頃だ。リスタが相手なら申し分ないな。

 少し寂しい気もするが、友人が別の世界を持つ時はそんなもんだろう。

「──お待たせ!」

 リスタが準備を終えてやってくる。ランウェイがヒラヒラと手を振っている。


「行ってくるわ。」

 リスタも手を振り返した。

「じゃあ、すまんがリリアを頼む。」

「ああ、任せとけ。よーし、リリアちゃん、今日はおじちゃんと遊ぼうか?」

「うん!」

 俺はランウェイの家のドアをしめた。


 グジャナの町につき、冒険者ギルドに立ち寄ると、ロリズリー男爵が送ってくれた早馬のおかげか、きちんと正式に依頼が入っていることを告げられた。

 俺はそれを受注すると、リスタと共にグジャナの町の町長の家を訪ねた。


「ああ、アスガルドさん。引き受けて下さって本当にありがとうございます。グジャナの町長をしておりますロベルタと申します。」

 ロベルタさんはまだ若い男性だった。失礼ながら町長をするような年齢ではなかった。

「……私の年齢に驚いているでしょうね。」


「あ、はあ。いや、まあ……。」

「それには訳があるのです。私たちが魔物を助けて欲しいと思う理由にもつながります。

 アスガルドさんをぜひ連れて行きたい場所があるのですが、詳しい説明はそちらでしてもよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません。」


「では、馬車を用意してありますので、それで移動しましょう。」

 従者もつけず、名字を名乗らないところを見ると、ロベルタさんは平民出身なのだろうな。町長が従者を付けている場合、それは公費からではなく、その人自身の自費で付けているのだ。平民に従者を雇うお金はない。


 馬車は公費で出ているから、平民でも町長の足として自宅から使うことが出来る。

 町長になるには2つのパターンがある。

 代々引き受けているパターン。これは本人が下位貴族である場合がほとんどだ。

 町民の投票で選ばれるパターン。これは平民でもなることが出来るが、住民の半数以上に選ばれる必要がある。


 つまりロベルタさんは、この若さでグジャナの町の半数の人間から支持を受けているということだ。なかなか出来ることではない。

「──ここです。」

 馬車が止まった場所は古びた教会だった。

「お帰りなさい、ロベルタ。」

 教会の前に立っていたシスターが、優しく微笑んで出迎えてくれた。

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