第52話 魔物を救いたい町
「……この男がSランクですって?」
「待ってよ!見たことないわよ、こんな奴!
獣の檻のSランクは全員調べて……。」
「……最近どこかのギルドから抜けたSランク冒険者が、活用共生検討の余地がある魔物の、活かし方を提案する仕事を始めたと聞くわ。ひょっとしてそれが獣の檻の……?」
「例の騒ぎの原因になった冒険者が、獣の檻の元メンバーだっていうの?だとしたらコイツって、ほんとにSランク……?」
美女たちが怯んだように俺を見ている。
「──見せようか?冒険者許可証を。」
俺がそう言うと、
「い、いいわよ!いきましょう!」
そう言って美女たちはバタバタと店から出て行った。
「災難でしたね。」
「──すみません、助かりました。」
絡まれた男性たちが、ホッとしたような表情を浮かべる。
「だいじょうぶでしたか!?アスガルド様!
すみません、私たちが追い出すべきだったのに……。」
店員のミリーさんが、慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「冒険者相手じゃ、万が一店の中で暴れられでもしたら、あなたたちに止めるなんて無理だもの。出てこなくて正解よ。」
「すみません、ほんとにありがとうございました。今日は店長もいない日なので、ほんとにどうしようかと……。」
泣きそうになっているミリーさんの手に、リスタが手を添えてなぐさめる。
「お騒がせしてしまってすみませんでした、もしよろしければ、皆さんの食後のコーヒーをごちそうさせて下さい。」
俺がそう言うと、ザワザワしていた店内が一斉にワアッと歓喜の声でわく。
「そ、そんな!申し訳ないです!そんな高いものを全員におごるだなんて。」
コーヒーはこの世界ではかなりお高い。俺も普段村では飲まない。そんなに広くない店内とはいえ、それを全員分、と言ったのだから、ミリーさんが驚くのも無理はないのだ。
「店の外に連れ出さずに、店の中で騒いで迷惑をかけてしまったのは俺も同じです。
これで今日いらしたお客様が、二度と足を運んでくださらなくなったら、俺の責任ですから。──お願い出来ますか?」
「分かりました。なにからなにまで、ほんとにありがとうございます。」
そう言って、ミリーさんはコーヒーを準備する為に、カウンターの奥へと戻った。
コーヒーを配られたお客さんたちが、俺に向けてカップを持ち上げて、ごちそうさまですと笑顔で言ってくれた。
俺たちにもコーヒーが配られる。リリアにはオレンジジュースを出してくれ、店からのおごりです、とミリーさんが言った。
俺は店を出ると、同じタイミングで会計を済ませた例のカップルの、腕に紫色の線が入っていた男性に、小声で声をかけた。
「さっきは本当にありがとうございました。
おかげで女の子たちの前で恥をかかずに済みました。」
目付きの悪い若い男性がそう言った。
「それなんですが……。それって、魔物にやれた傷じゃ、ありませんよね?」
「えっ?」
目付きの悪い若い男性がギクッとする。
「魔物の毒であれば、そんなふうに細い線は入りません。魔物の毒は強い。すぐに治療しないと、腕が腐って落ちるなら、まだマシなほうです。全身の痛みに耐えられなくてのたうち回り、やがては死にいたります。
こんなふうに普通に食事をするだなんてことは、不可能なんですよ。」
俺の言葉に、目付きの悪い若い男性は、左腕を隠そうとするかのように右手で掴んだ。
「それは指の傷からばい菌が入っただけですが、それでもリンパ腺を通じて、肘にたどり着こうというところまで広がっています。
早く薬師に見て貰ったほうがいいですよ。
このまま放っておいて、治るものではないので。ご参考までに。」
「……ありがとうございます、彼女に聞こえないように言って貰って……。」
「いいえ。デート、楽しんで下さいね。」
俺は目付きの悪い若い男性にそう言うと、リスタとリリアのもとへと戻った。
「……巻き込んでしまってごめんなさい。」
リスタは目線を落としてそう言った。
「巻き込む?あいつらを知っているのか?」
「少し前から勧誘を受けていたのよ。
使いの人を寄越していたから、直接顔を見たわけじゃないんだけど、美女ばかりを集めたギルドを作るんだとかで……。たぶん、間違いないと思うの。私のことをつけていたんだわ。こんなところまで来るなんて……。」
「ああ、そうか。お前は冒険者の中で一番の美女だものな、美女ばかりのギルドを作るってんなら、お前がいないと看板に偽りありになっちまうもんな。
だから既に他のギルドに所属してるのに、お前を勧誘してるのか。」
「──え?」
「だから、お前がいないと、看板に、」
「そっちじゃなくて!その……。」
リスタが頬を染めて目線を落とす。
「ア、アスガルドから見て、その……、私って、……キレイ?」
「ああ。今まで見た女性の中で、一番の美人だと思うぞ?」
今度はなぜかサラッと言えた。
うつむくリスタは何も言わなかった。──どうしたんだ?リリアが俺の服の裾を引っ張って、お父さん、帰ろう?と言い出すまで、俺もリスタの反応を待ってじっとしていた。
「──ああ!
アスガルドさん!遅れて申し訳ない!」
そこに店の前に馬車がとまり、馬車から降りたロリズリー男爵が走ってくる。
「──ご挨拶出来ないかと思いました。」
俺のもうひとつの目的が、ロリズリー男爵に会うことだった。俺はロリズリー男爵に呼び出されていたのだ。理由は分からないが、俺に頼みたいことがあるとのことだった。ついでに食事とリスタの服を買いに来たのだ。
先にリスタの服の買い物を済ませ、待ちながらのんびりと食事をしていたのだが、いつまで経ってもロリズリー男爵は来なかった。
予約が必要な人気店のテーブルを、いつまでも待ちあわせで占領しているわけにもいかないと、仕方なく店を出たところだった。
「いやはや、申し訳ない。出かける前にも連絡が入りましてな。アスガルドさんにも関係のあることでしたので、内容を確認してから行こうと思っていたら遅れてしまって。」
「──俺に関係のあること、ですか?」
なぜロリズリー男爵のところに?
「あれからクラーケン塩に携わったところとは交流がありましてな。アゾルガ港と交流のある、グジャナという町なんですが、魔物に苦しめられて困っているようなんです。
ですが、アスガルドさんに依頼をしようとしたら、冒険者ギルドに断られてしまったらしくて、それでアゾルガの町長を通じて、私のところに連絡が……。」
「活用共生検討の余地がないと、冒険者ギルドが判断したのであれば、俺の耳に届く前に断られるでしょうね。今はそういう流れで受付しているので……。」
「ええ、ええ。そうだと思います。
ですが、活用共生の依頼とは少し違ってまして。だからギルドも困惑したのかも知れません。グジャナの町が言うには、このままだと魔物が退治されてしまうので、どうにか救って欲しいと、こう言うんですよ。」
「──救って欲しい?魔物をですか?」
「町長を通じてわざわざ連絡ですって?」
俺とリスタは驚いて目をみはった。それはグジャナの町からの正式の依頼ということになる。なぜ、町が魔物を助けようとしているのか?いまだかつてそんな依頼は受けたことがないし、想定もしていなかった。
活用共生の依頼とは、確かに少し異なる。
それは魔物の存在が、人々の生活に組み込むことが出来ようと出来まいと、魔物の命を優先するということなのだから。
「分からないな……。なぜそんな依頼を町がしてくるんだろうか。町民の総意なのか?
個人ならともかく……。」
「もともと活用共生していなければ、出てこない言葉よね。なのに一方では、魔物に苦しめられて困っているとも言っているのよね。
矛盾しているわ……。訳がわからない。」
「確かにな……。」
俺とリスタは首をひねった。
「いかがでしょう?一度見に行っていただくことは出来ますでしょうか?
私もちょっと気になっているのです。
活用共生の条件は、一度アスガルドさんにお願いをしたことのある人間なら誰しも把握していることです。それなのに、既に断られたと分かった上で、アゾルガの町長がお願いをしてくるというのが、何故なのかを。」
「確かにそれはそうですね……。
分かりました。
俺が力になれるかは分かりませんが、一度グジャナの町に行ってみようと思います。
リスタ、すまんがついて来てくれるか?
もしも俺1人じゃ無理だった場合に、お前の力を借りたいんだ。退治の可能性もあるから、危険な仕事になるかも知れない。」
「ええ。もちろんよ。勉強させて貰うわ。」
「では、2人分の宿を用意していただけるよう、グジャナの町に伝えていただけますか?
冒険者ギルドには俺から話しておきます。」
「──ふ、2人分の宿!?」
「アゾルガの港にはリスタも行っただろう?
確かグジャナはアゾルガ港の近くだから、泊まりじゃないと行かれないぞ?」
「そ、そうよね、そうだったわね。」
リスタは真っ赤になってうつむいた。
「分かりました、私の方からアゾルガの町長を通じて、グジャナに伝えておきますね。」
「よろしくおねがいします。」
──リスタが俺の袖を引っ張る。
「アスガルド、あの、その、帰りに服屋に寄ってもいいかしら?」
「え?また服を買うのか?」
「そ、その、部屋着とか、色々……。」
「ああ、まだ時間もあるし、リリアも眠そうじゃないし、別に構わないが。」
リスタの様子を見たロリズリー男爵が、リスタに近寄り声をかけた。
「──レディー?よろしければ、私の娘の行きつけだった店をご紹介致しましょうか?
肌着から何から、すべてが揃う店です。
若い貴族の女性に人気の店ですよ。」
「──!!ぜひおねがいします!!」
ロリズリー男爵と謎の会話をしたリスタとリリアと共に、なぜかロリズリー男爵の馬車で婦人服店に向かうことになったのだった。
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