第54話 ゴミ捨て町の町長
「ただいま戻りました、エンノさん。」
ロベルタさんはエンノさんと呼ばれたシスターに笑顔で挨拶をすると、
「──さ、中にどうぞ。」
と俺とリスタを教会の中へと誘導した。
シスターよりも先に教会の中に入るロベルタさんに、俺とリスタは顔を見合わせつつもロベルタさんに続いて教会の中へと入った。
「ロベルタおにいちゃん!」
「お帰りなさーい!」
「今日ね、僕ね!」
「遊んで!ロベルタおにいちゃん!」
「こらこら、お客様だぞ?後でな。」
ロベルタさんに群がるように、笑顔の子どもたちが次々と腕を引っ張っている。
シスターエンノにうながされ、子どもたちは渋々教会の奥へと連れられて行った。
「──この子たちは全員孤児なんです。
そしてこの僕も、ここの出身なんです。」
ロベルタさんは子どもたちに手を振って見送りながら、俺たちに背を向けて言った。
「そうでしたか……。」
孤児だった少年が町長にまで登りつめた話は初めて聞いた。後ろ盾がないから、普通は仕事につくことすらままならないと聞く。
このロベルタさんという青年は、並々ならぬ努力家で、本当に心から優しい人なのだろう。子どもたちに慕われている様子からもそれが分かる。
シスターエンノが入って行った扉の奥から可愛らしい女の子が出てきて、
「ロベルタさん、お茶の準備が出来ました。
みなさんも奥へどうぞ?」
と言った。
ロベルタさんについて扉の奥へと進むと、中は広い廊下になっていて、一番奥から子どもたちの声が聞こえている。
手前の部屋に、どうぞ?と案内されると、テーブルと椅子が置かれた、ちょっとした面会室のような小部屋になっていた。
椅子に座った俺とリスタ、ロベルタさんに少女がお茶を出すと、
「ありがとうナタリア、君も座ってくれ。」
ロベルタさんが少女にそう言って、ナタリアさんはお茶を乗せていた板を、膝の上に縦に乗せて椅子に座った。
「これは君がどうぞ?」
ロベルタさんは自分の前に置かれたお茶をナタリアさんの前にスッと移動させた。
ナタリアさんはコクンとうなずくと、お茶のカップを両手で持ちながら一口飲んだ。
「──それで、今回アスガルドさんにお願いをしたかった理由なのですが。」
ロベルタさんが俺たちに向き直って言う。
「先程、僕も──この私も、ここの教会の出身で、孤児であったことをお伝えしたかと思います。ちなみにこのグジャナの町には、どれだけの孤児がいると思いますか?」
ロベルタさんがじっと俺の目の奥を見てくる。俺は困惑しつつも、
「……普通は1つの町だと、多くても30人程度がいるものだと聞いています。」
と言った。
「ええ。普通はそんなものでしょうね。実際グジャナの規模であれば、20人がいいところでしょう。──ですが、この教会には100人以上の子どもたちがいるのです。」
「──100人ですって!?」
ずいぶんと大きな教会だとは思っていた。
だが子どもたちの数があまりに異常だ。
「まさか……魔物に親が襲われたというの?だからこんなにもたくさんの孤児が……。」
リスタの言葉に、ロベルタさんはテーブルの上に肘をつき、指を組んで首を振った。
「いいえ……。ここの子どもたちは、全員親が直接教会の前に捨てて行った子たちばかりです。逆にグジャナの町の周辺の町には、どれだけの孤児がいると思いますか?」
俺を試すように、じっと見てくるロベルタさん。
「まさか……。周辺の町のすべての孤児が、この教会に……?」
「ええ。そのまさかです。グジャナの町は別名、ゴミ捨て町。必要のないものを、周辺の町がすべて捨てていくんですよ。──たとえ自分のこどもであろうとね。」
「よその町まで行って、わざわざ自分のこどもを捨てるですって!?」
「グジャナの町とその周辺には、独特の宗教が根付いています。この町に捨てたものは浄化され、捨てたものも捨てられたものも救われる。罪悪感を払拭する為に、昔の人が作ったんでしょうね。このことはグジャナの町と、その周辺の町の間の公然の秘密です。」
「だから、アゾルガの港の町長が、俺に連絡を取ろうとしたんですか?
アゾルガの港も、グジャナの町に子どもたちを捨てていたから……。」
やけに綺麗な町だった。ゴミひとつなくて風光明媚な観光名所。──その影で、犠牲になっている町があっただなんて。
「そういうことになります。
クラーケン塩で儲かり出してから、アゾルガからの捨て子はなくなりましたけどね。
アゾルガの港の町長は、子どもたちをグジャナに捨てることを良しとしていません。
ですが実際多くの子どもたちが捨てられているという現状に、グジャナの町からの応援要請に、手を貸したというわけなんです。」
ロベルタさんは組んだ指に顎を乗せてそう言った。
「グジャナは少し前まで、他の町が捨てたゴミを食べて暮らす町でした。それがある時から変わったんです。──それが、私たちが魔物を助けて欲しいと思う理由です。」
「魔物があなた方に……グジャナの町に手を貸した、ということですか?」
俺の言葉にロベルタさんがうなずいた。
「僕もその1人でした……。とある魔物が子どもたちに、食べ物や金品を持ってきてくれるようになったんです。僕はそれを元手に商売を始めました。そうしてゴミ以外のものも食べられるようになり、僕はこの町の商人の頂点に立ちました。僕はこの町を変えたかった。だから町長に立候補したんです。」
だからこんなに若くして、町長になれたのか。そういう事情であれば、グジャナの町は孤児出身者ばかりということになる。
孤児出身者たちが、みんなロベルタさんを支持したんだな。このグジャナの町を変える為に。捨てられる未来の子どもたちの為に。
「でも……、同時に魔物に苦しめられているのよね?それはどうしてなのかしら?」
リスタが疑問を口にする。
「僕たちを、あっ、私たちを、」
「僕でよろしいですよ?」
昔話をすることで、ついつい一人称が公人に相応しくなくなってしまっていたことに気が付いたロベルタさんが、わざわざ言い直したのを、半分握りかけたような手で制する。
「……僕たちを助けてくれた魔物は、今はこの周辺の魔物のボスになっているようなんです。ですが、数が増えたことで、言うことを聞かない奴らも現れる。そいつらが悪さをすることで、困らされた人々が、魔物の討伐依頼を出そうとしているんです。お金がありませんから依頼には至ってはいませんが、なんとかしなくては、と思いました。」
「個人で頼むことは出来なくとも、町で対応する必要のある規模であると、冒険者ギルドが判断した場合、町長として公費を捻出しなくてはならなくなるからですね?」
ロベルタさんがコックリとうなずく。
「……そうなれば、もう僕の手は届かなくなります。ただ、公費を捻出する手続きをするのみにとどまってしまう。何か出来るとすれば、今をおいて他にありません。」
「自分たちを救ってくれた魔物を、なんとか討伐させずに助けたい、だから俺に頼んだのですね?ともに長年生きてきた魔物だからこそ、共生活用の余地があるはずだと。」
「はい、お願い出来ますでしょうか?」
「それは一度見てみないとなんとも申し上げられませんが、案内していただけませんか?その子どもたちを救った魔物のところに。」
「分かりました。ご案内します。」
ロベルタさんが椅子から立ち上がり、ちょっと出かけてくるよ、シスターエンノに伝えておいて、とナタリアさんに告げた。
俺たちはロベルタさんの馬車に揺られて、子どもたちを救ったという、魔物のところに向かうことになった。
「ちなみにそれは、どんな魔物なのですか?
皆さんの前に姿をあらわすのでしょうか。
特徴とかは分かりますか?」
「はい、彼はホブゴブリンです。奥さんと子どももいます。ゴブリンとオークはメスが生まれることが少ないので、番いになっている個体は少ないのですが、彼はボスなので。」
ホブゴブリンか……。
ゴブリンには種類がある。一般的に子ども程度の身長だが、頭だけは大人の大きさで、緑色の肌をしている。エルフのような尖った耳をしていて、エルフよりは幅が太い。
二足歩行で知能が低いとされているが、動物よりは知性が高く、棍棒などの鈍器を使って攻撃してくるが、罠を使ったり、ゴブリンメイジのような魔法を使うものもいる。
腰布程度の衣服を身に着けていることもある。ギィギィと警戒音の様な音に聞こえるゴブリン語と呼ばれる独自言語を話す。
ボスは群れで一番強い固体がつとめ、群れ全体がボスの意思に従って狩りをする。
ボスを倒すことで新たなボスになることもできるが、その場合は1対1で戦わなくてはならず、群れで最も多くの餌を食い、最も良い武器を持つボスに勝つのは至難のわざだ。
他の群れと遭遇した時はボス同士が戦いあい、負けた群れは勝った群れに吸収され、負けたボスは放逐される。その際ボスは、ゴブリンキングや、ゴブリンジェネラルなどに進化することがある。
金品を奪い、女性を襲い、家畜を食べるとされるゴブリンの中でも、ホブゴブリンは人の手助けをすることがある種族だ。
それでもまったく人を襲わないわけではないので、冒険者ギルドでは討伐対象になっている。ボスが人を助ける個体であっても、それに従わない個体が人々を困らせているということか。ゴブリンは風呂に入らないから、人里にいられると臭いからという理由で、忌み嫌われたりもするからな。
「そろそろ彼らの住処につきます。近くにダンジョンがあって、そこで暮らしたり、町中に出てきているようです。ダンジョンの中に入った冒険者もいましたが、中にはホブゴブリンしかいなかったようですね。大勢に追っかけ回されて、逃げて来たようですが。」
ふむ、だからなのかな?俺は馬車の窓を開けて外の空気のニオイをかいだ。
「彼らは日頃はほとんどダンジョンの中で過ごしているということでしょうか?ゴブリンもホブゴブリンも、ニオイがかなりキツイ筈ですが、ここまで近付いても、まったく特徴的な彼らのニオイがしませんね?」
「……ほんとだわ。」
リスタも窓の外の空気をかいで言った。
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