第48話 パティオポンゴの特性
最後に食事の介護だったが、これが一番凄かったと、あとで村人たちが関心した。
教えてもいないのに、マリーナさんの口についてしまった汚れを、パティオポンゴが拭ったのだ。
「優しくて、仲間や家族を大切にする魔物というのは、本当なんだな……。」
「ええ。教えれば、すべてのパティオポンゴが同じように出来ます。流石に夜中は難しいですが、日中の介護はパティオポンゴに任せきりに出来ると思いますよ。」
「それはありがたい、うちは24時間つききりなんだ。昼間ゆっくり寝れる……。」
胡麻塩頭の男性がほっとため息をついた。
パティオポンゴは、フサオマキザルとオランウータンの特性をあわせ持つ魔物だ。
フサオマキザルは現代でも、脊髄損傷、多発性硬化症、筋ジストロフィー症などといった、深刻な運動障害を抱えている人を助ける介助動物として、訓練する取り組みをされている動物だ。
フサオマキザルができる介護は、扉の開閉にはじまり、スプーンで物を食べさせる、ペットボトルの開閉、本のページをめくる、電灯のスイッチを入れる、ストローをボトルに差し込む、リモコンなど電子機器を使う、車椅子の向きを変える、かゆいところを掻く、電子レンジで温める、などと多岐にわたる。
介護犬の寿命は、長くても13年なのに対し、フサオマキザルは30〜40年の寿命がある。パティオポンゴはなんと120年だ。フサオマキザルは成長に時間がかかるので、通常訓練期間は5〜7年かかるが、パティオポンゴは人間に近い知能の高さから、ほぼ訓練を必要としないで人と同じことが出来る。
介護の必要な人の多い、スパッサ村にはうってつけの存在といえる。
「他のパティオポンゴにもこれを教えて、介護の必要な方たちに、安全なことを説明していただけますか?俺が言うより、直接介護を受けたマリーナさんの言葉のほうが響くと思いますので……。」
「ええ、もちろんよ。彼らは恐れるような存在ではないわ。もう、私たちの新しい大切な家族ですもの。」
マリーナさんはそう言って微笑んだ。
「ありがとうございます、俺はパティオポンゴたちの家の為の、木の切り出しの様子を見に行きたいのですが、木をつめる荷車を貸していただけないでしょうか?」
「ああ、それならうちのを使ってくれ。」
マシューさんが荷車を貸してくれたので、それを引きながら林に戻った。
「おお……予想以上だなあ。」
林の木は次々に切り倒されていた。
「いったん積めるだけ積んで、村に運びましょうか。」
村人たちが荷車に木を積むのを見て、パティオポンゴたちも積んでくれる。
「1人で一本持てるのかい!?
こいつは頼もしいや!」
村人たちが何人かで抱えて木を荷車に積むのに対し、パティオポンゴたちは1体で一本の木を荷車に積んでゆく。
村人たちとパティオポンゴの距離が、自然に縮まっていっている気がした。
パティオポンゴたちが荷車を持ち上げて支えてくれたので、何往復かですべての切り出した木を村へと運ぶ。
「パティオポンゴの家は、広場に建てたいと思っているのですが……構いませんでしょうか?群れ全体が住める家となると、ここが一番妥当なのですが……。」
「ああ、もちろん構わないぜ!村で一番大きくて丈夫な家を建てよう!」
「設計は俺に任せてくれ!若い時にこの村の殆どの家の設計は俺がしたんだ!」
「ああ、そうだったな、レオン、あんたに任せるよ!」
村人たちが盛り上がっている。今日は建てるところまで行く予定はなかったのだが、あれよあれよと家の設計から建築までが始まっていく。
「パティオポンゴは洞窟に普段住んでいますから、人間と同じ家である必要はありませんよ?雨風がしのげれば。」
「じゃあ、横になって寝られる場所を幾つかもうけりゃいいんだな。
そんな程度でいいなら、今日中に作れちまうぜ、なにせ、こんなに大勢手伝ってくれるんだからな。」
レオンさんがパティオポンゴを見て笑った。
そう言って、地面に杭をうち、あれよあれよという間に家ができあがっていく。
丸太を削って重ねていくやり方なので、人手さえあれば確かに早い。木は平らではないので、隙間になる部分には藁を挟むことで隙間風を防ぐのだ。
力強く、高いところはお手の物のパティオポンゴが、どんどんと上にのぼって丸太を重ねていくから、本当にあっという間に外観が出来てしまった。
丸太の一部を削ってお手製のドアを付けるのを、パティオポンゴが手伝ってくれている時、レオンさんは本当に嬉しそうだった。
屋根は勾配のある形にするので、木を平たく切り出さなくてはならない。とても力のいる作業だったが、パティオポンゴたちは器用に木を平たく切り出し、カンナのような道具で真っ直ぐにした。
「コイツが一番うまいんだ。」
レオンさんは、まるで相棒のように、1体のパティオポンゴの肩を組む。
屋根を作ると、中に入って、同じように平たくした板を使って、床や、パティオポンゴたちの寝床を壁際の空中に作っていく。
「洞窟の冷たい地面に寝るよか、このほうがずっといいだろう?
木は冬は暖かくて夏は涼しいからな。」
レオンさんいわく、まだ完成ではないとのことだったが、とりあえず雨風がしのげる家の状態が完成してしまった。
「今でももう、寝れるっちゃ寝れるが、どうする?もう引っ越してくるかい?」
レオンさんがそう、パティオポンゴのボスに尋ねる。
寝床になる木の板に、遊べる用の太い木の枝や丸太が渡してあって、今でもじゅうぶん快適そうだ。パティオポンゴのボスがまず中に入ると、他のパティオポンゴたちを手招きする。パティオポンゴたちは嬉しそうに木で遊んだり、横になったりした。
「完成したらもっと凄いぞ?」
レオンさんはそう言って笑った。
「それじゃ俺たちは今日はそろそろ戻ります。冒険者ギルドに討伐隊の状況も確認しないといけませんので。
また、明日参ります。」
「ああ、分かりました。本当にありがとうございました。」
マイルズ村長以下、村人たちが頭を下げてくれる。新しく出来た家の屋根に上がったパティオポンゴたちも、屋根の上から手を振ってくれた。
俺とリスタは冒険者ギルドに立ち寄ると、中で待っていたリッチと合流した。
「おお、アスガルド、よく来てくれた。新種が出たんだってな、それも凶暴な。
明日討伐隊が向かう手はずになっている。
役場が必要と即決してくれたよ。」
ギルド長が奥から出てきて、心配そうに声をかけてくれる。
「ありがとうございます。パティオポンゴたちは村人たちと共生することになりましたので、明日また村に行く予定です。」
「そうか、何か必要なことがあったら、討伐隊を手助けしてやってくれ。」
「分かりました。」
冒険者ギルドを出たところで、俺はリスタに尋ねた。
「お前、今日泊まる宿はどうするんだ?」
「明日も行くと思っていなかったから、まだ決めてないわ。これから探さないと。
いいところがあれば紹介してくれる?」
「ならうちに来るか?」
「えっ!!!!!?」
「部屋は余ってるからな。明日どうせ一緒に行くんだ、その方が早いだろう。」
「そ、そそそ、そうね、そうさせて貰おうかしら。」
「何か必要なものがあれば、買って帰るか?女性は色々と入用だと聞くからな。」
「そ、そうね……。そうさせて貰おうかしら。どこかこの近くにいいお店はある?」
「なんでも揃う店なら、王宮の近くに知り合いの店があるぞ。」
俺はリスタをニマンドの店に案内したが、
「ええと……これは、道具屋よね?」
「服もあるぞ?化粧品とかもな。」
「化粧品は携帯用があるから、出来たら婦人服専門店がいいのだけれど……。」
「そうか。ならこっちだ。」
俺は昔妻と行った婦人服専門店へとやって来た。リスタが店員といろいろ話をしているのを、俺は店の中で待っていた。
店員と何を話しているのか、リスタは店員に話しかけられて真っ赤になっていた。女同士の会話はよく分からんな。結婚当初の妻も思えばあんな感じだったなと思いだす。
「──終わったのか?」
「え、ええ……行きましょうか……。」
帰る道すがら、リスタはずっと頬を染めて俯いたままだった。
村長に預けていたリリアを迎えにいき、3人で食事をとった。リリアはリスタがいることが嬉しそうだった。
「お姉ちゃんと一緒にお風呂に入りたい!」
「こらリリア、わがままをいってはいけないぞ?」
「構わないわ、一緒に入りましょうか、リリアちゃん。」
リスタは笑顔で応じてくれた。
「すまんな……。」
「お姉ちゃん、髪を綺麗にする油を貸してあげる!」
「油?」
「以前タタオピの油から山を救ったことがあってな。以来定期的に送ってくれるんだ。リリアが気に入っていてな。」
「知ってるわ、貴族の御婦人方に人気で、凄い高いのに。リリアちゃん、いいの?」
「うん!お姉ちゃんの髪洗ってあげる!」
「ありがとう……。」
リスタは嬉しそうに微笑んだ。
リリアとリスタが風呂に入っている間に、洗い物を片付け、明日の準備をする。
以前はこの村で毎日風呂に入るなんて出来なかったが、最近は村も潤ってきて、毎日風呂に入ることも出来るようになっていた。
リリアは風呂が大好きで、特にタタオピの油で髪を綺麗にするのが好きだから、それは俺としても嬉しい出来事の1つだ。
「……お先、いただいたわ。」
リスタとリリアが風呂から上がる。リスタはあの店で買ったのか、肩の出た部屋着を身に着けていた。
「まだ髪が濡れているぞ。よく拭かないと、2人とも風邪をひいてしまうぞ。」
「リリアちゃん、ここに座って。お姉ちゃんが拭いてあげるわ。」
リスタがリリアを前に座らせて、大きなタオルでリリアの髪を拭いてくれる。
「じゃあリスタのは俺がやろう。」
「えっ。」
「遠慮するな、リリアの髪を拭いてくれているからな。」
俺とリスタとリリアが、縦に並ぶ形で、俺がリスタの髪を、リスタがリリアの髪を拭いていく。風呂上がりのリスタの首元と耳が、風呂上がりの時よりも赤くなっている。
「リスタ、のぼせたんじゃないのか?
ちゃんと水を飲んだほうがいい。首元と耳が真っ赤だ。リリアも水を飲みなさい。」
「はーい。」
「え、ええ……。」
リスタは前を向いたまま答えた。
一度席を立って俺が水を持ってきて2人に渡して、2人ともそれを飲んだのだが、リスタの首元と耳は、ますます真っ赤になっていく。なぜだ。風邪を引いたのかな?
「──リスタ。ちょっとこっちを向いてくれないか。」
「え?」
振り返ったリスタのおでこに、おでこをつけたが熱はないようだ。
「熱はないようだが、皮膚が赤い。肌の出た服を着ない方がいいんじゃないのか?
風邪の前兆かも知れん。」
「そ……そうね。」
リスタはなぜだか、困ったような寂しそうな表情を浮かべた。
タオルを複数使ったことで、リリアの髪もリスタの髪も殆ど乾いた。
「うん、きれいだな。」
「え?」
「タタオピの油のおかげで、2人ともとても髪がきれいだ。鏡を見てみろ、輝いて見えるぞ?明日にはもっときれいになる。」
「この油凄いんだよ?」
「そうなのね、ありがとう……。」
リスタが頬を染める。
「さあ、そろそろ寝ようか。」
リスタがビクッとする。
「俺とリリアがリリアの部屋で寝るから、リスタは俺の部屋を使ってくれ。」
「え?あ、ええ……。」
リスタがキョトンとしている。
「ああ、すまない、部屋はあいていると言ったんだが、妻の部屋を掃除してなかったのを忘れていてな。だからすまないが、俺の部屋を代わりに使ってくれ。」
俺はリスタを2階に案内すると、
「この部屋を使ってくれ。」
と、俺の部屋に案内した。
「さあ、リリアは俺と寝ような。」
「えー、お姉ちゃんと寝たいよう。」
「お客様にわがままを言うんじゃない。ゆっくり寝られないだろう。さ、来るんだ。」
「はあい。」
リリアは渋々自分の部屋に入る。
「普段ならこんなに色々話す子じゃないんだがな、リスタのことを相当気に入ったみたいだ。すまんな。色々と。」
「ううん、嬉しいもの……。」
「そうか、良かった。じゃあ、お休み。」
「おやすみなさい。」
そう言って部屋の前で別れたが、リスタは寝付けないのか、ずっとベッドの上で動いているような音が、一晩中聞こえていた。
「おはよう……。」
そうして翌朝案の定、寝不足と思わしきリスタが、俺の部屋から現れたのだった。
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