第47話 パティオポンゴと暮らす方法

「動ける方だけで結構ですので、村の皆さんを集めていただけないでしょうか?

 全員に聞いていただいたほうが、話が早いので。」

 俺の言葉に、マイルズ村長が村のみんなを広場に集める。全員が一度に集まれるほどの家がないからだ。


 そこでまず、マイルズ村長が、現在この村のおかれている状況を、村のみんなに説明してくれる。全員恐怖におののいていた。

「討伐隊はすぐにやって来てくれるんですか?いつからトウコツがこの山に移り住んだか分かりませんが、既に山の半分を食べ尽くしているんですよね?」

 眉を下げながら白髪の男性が言う。


「パティオポンゴは凶暴性はないとはいえ、巨大な猿の魔物です。その群れを襲うくらいですから、やがてトウコツが人里に降りてくる危険があるでしょう。恐らく確実に最短で討伐隊は組織されます。

 そこは安心して下さい。」

 村人たちは一様に胸をなでおろす。


「それまでに、俺はパティオポンゴの新たなすみかを用意してやりたいと思っているのです。それも、──この村の中に。」

「村に魔物のすみかを作るですって!?」

 マイルズ村長は仰天した。村人たちもざわざわしている。


「アスガルドさんは、パティオポンゴは討伐しなくても何とかなるとおっしゃった。

 ですが、まさか村に住まわせるつもりだったなんて……。巨大な猿の群れですよ?

 我々になにかあっても、誰も抵抗なんてできない。とてもそんなことは……。」


「すぐに受け入れるお気持ちになられないのは無理ないと思います。ですが、それはこの村の為にもなることのなのですよ。」

「この村の為になる……?

 魔物を住まわせることがですか?」

 村の人々はみんな懐疑的だった。


「ええ。パティオポンゴたちはとても知性が高く、話せはしませんが、人の言葉を理解する程です。おまけに力持ちで、仲間と認識したものに対して協力的です。

 攻撃するのは、仲間を攻撃した相手に対してだけです。心優しい魔物なのです。」


 村人たちは互いの顔を見合わせて、なんと言ったものか考えているようだった。

 その視線がマイルズ村長に集まる。

「仮にパティオポンゴを村に住まわせたとして、彼らをこの村でどう生活させるのでしょうか?この村の食料は少ない。とてもパティオポンゴの群れの分をまかなえません。」


「彼らに人間の仕事を教えるのです。

 農作業、冬支度の仕方、それと、介護の必要な方への、──介護の方法をね。」

「介護!?パティオポンゴに我々の家族の世話をさせると!?」

 ざわざわが一層大きくなる。


「パティオポンゴたちは家族の面倒をよく見ます。そして、その家族というのは、群れ全体を指すのです。血の繋がらない相手の世話をする、珍しい生き物なのですよ。

 普通、狩が出来なくなったり、弱った仲間を、他の動物や魔物は見捨てます。」


「確かに普通そうだな……。」

 村人の1人が感想を漏らす。

「ですが、パティオポンゴはそれをしない。だからこそ、村に住まわせて一緒に生活することで、介護の人手を減らし、かつ農業の人手を増やすことが出来るのです。」


「確かにそれが出来れば、介護に時間を取られていた人間も、農作業に行くことが出来るから、当然人手は増える。」

「それならパティオポンゴの食べる分も用意出来るかも知れないが……。

 だが、我々は何をすればいいんです?」


「パティオポンゴを、村の仲間として受け入れ、彼らの家を用意するだけでいいのです。

 新しい仲間と暮らす為に、彼らはあなたたちと一緒の行動、生活をするでしょう。作り方を教えれば、家を作る手助けもしてくれるでしょう。どうですか?」


 村人たちは、互いに意見を交わし合っていた。マイルズ村長が村人たちに振り返る。

「──どうだろう、冒険者ギルドは共生活用出来るとして、アスガルドさんをよこしてくれた。つまり、冒険者ギルドから見てもパティオポンゴは安全なんだ。

 一緒に暮らしてみてもいいと思ってる。みんなはどうだ?賛成なら手を上げてくれ。」


 村人たちは互いに顔を見合わせたあと、1人、また1人と、ゆっくりとその手を上げていく。そして全員が手を上げた。

「よし、決まりだ。家に残ってる人間には、それぞれが説明をしてくれ。

 アスガルドさん、スパッサ村はパティオポンゴを受け入れることにしました。」


「ありがとうございます!さっそくボスに説明してきます。彼らが来たらよろしくお願いします!」

 俺とリスタは山に取って返した。

 パティオポンゴたちは、最初に出会った木の上にいた。俺の姿を見つけて、ボスが木の上から降りてくる。


「ボスよ、人間の村が、お前たちと一緒に暮らしてもいいと言ってくれた。

 人間の村に、安全なすみかを作ろう。

 そして彼らを仲間として、一緒に暮らさないか?食物の作り方を教わって、それを作れば、冬も安全に越すことが出来る。」


 パティオポンゴのボスは、じっと俺を見つめていた。そしてサッと手を上げると、木の上からパティオポンゴたちが降りてきて、ボスの後ろに並んだ。

「ついてきてくれるか!ありがとう!

 一緒に頑張ろうな!」


 俺とリスタのあとについて、パティオポンゴたちが山を下る。村人たちは家族に伝えにいったものを除いて、まだ大勢広場に集まっていた。

 ぞろぞろとやって来たパティオポンゴの群れを見て、さすがに体を固くしている。


 パティオポンゴのボスが一歩前に出る。

「マイルズ村長さん、彼がボスです。

 いらしていただけませんか?」

「あ、はい。」

 マイルズ村長が恐れながら、ボスの前に立った。かなり緊張しているようだ。


 ボスはマイルズ村長の目を見つめながら、手のひらを差し出して、手のひらを上に向けてくれた。

「仲間になろう、という、パティオポンゴのボディーランゲージです。マイルズ村長さんも、同じようにして下さい。


「は、はい!」

 マイルズ村長もパティオポンゴのボスの目を見つめながら、手のひらを差し出して、手のひらを上に向けた。

 ボスの後ろでパティオポンゴたちが、ピョンピョンとはねたり手を叩き始めた。


 村人たちがビクッとする。

「あれは……?」

「仲間が大勢増えたことを喜んでいるのですよ。群れのボス同士がこれをすると、群れ全体が仲間に──家族になる、ということですので。

 新しい家族を歓迎しているのですよ。」


「そうなんですね……。」

 村人たちの表情が柔らかくなる。

「それでは、暗くなる前に、少しでもパティオポンゴの家を作りましょう!

 山は安全ではないので、あちらの林の木を切り出しても構いませんか?」


「ええ、もちろんです。」

「それと、斧を貸していただけますか?

 あと、手伝ってくださる方を何人か。」

「全員で手伝いますよ、早い方がいいのでしょう?パティオポンゴの安全の為にも。」

「──はい!」

 村人たちの気遣いに俺は思わず微笑んだ。


「ボスよ、力の強いオスに手伝って欲しいんだ、ついてきてくれるか?」

 ボスが手を上げると、若いオスたちがボスの後ろについた。俺とリスタは村人たちとパティオポンゴとともに、林に移動した。

 林についたら、村人から借りた斧を、パティオポンゴのオスたちに手渡す。


「このくらいの太さの木を、──こうやっって、この斧を使って、このあたりに斜めに切れ込みを入れるんだ。すると、」

 俺は力を入れて木を切れ込みと反対側に押した。

「木が倒れる。これを何本も集めて、組むことで家を作るんだ。」


 さっそくパティオポンゴのオスたちが真似をしだす。

「反対側に誰もいないことを確認して木を倒すんだぞ?誰かが下敷きになったら危ないからな。」

 パティオポンゴのオスたちは、次々に真似をして木を切り倒していく。


「凄い……。あんなに太い木を次々と。」

「人間より力が強いですからね。」

「それよりも、言われたとおりにすぐにやれるのが凄いです。人間でも、覚えの悪いものなら、コツを掴むのが難しいのに。」

「頭もいいですからね、パティオポンゴは。リスタ、ここを任せていいか?」


「ええ。安全に配慮して見守っておくわ。」

「リスタもSランクの冒険者です。彼女にこの場を任せて、俺はメスに仕事を教えに行きますので。」

「メスに仕事を?」

 マイルズ村長が首を傾げる。


「はい、介護の仕事を教えます。

 では、木の方はよろしくお願いします。」

 俺は村に戻った。メスと子どもたちと年老いたパティオポンゴがその場に残っていた。

 家族に村の決定を伝えに行っていた村人たちも、ちょうど戻って来た。


「彼らに普段している介護の仕方を説明して貰えませんか?出来れば、はじめは一番やさしい方のところに行きたいのです。

 みなさんが世話を受け入れるのに時間がかかると思いますから、パティオポンゴを怖がらせてはいけないので……。」

「なら、マリーナさんだな。」

「ああ。動物が大好きだしな。」


「なら、一緒に俺の家に来てくれ。マリーナは俺の妻だ。俺はマシューだ。」

「マシューさん、よろしくお願いします。

 全員で入るのは難しいから、うーん、代表して5体くらいかな、ボスの妻よ、誰か選んでくれないか?」


 ボスの妻が、4体のメスのパティオポンゴの肩に手を置いた。残りの1人は自分ということだろう。

「よし、マシューさんの家に行こう。」

 マシューさんについて、ぞろぞろと家に向かうと、興味があるのか何人かの村人たちもついてきた。


 マシューさんの妻、マリーナさんは、総白髪に優しい微笑みをたたえた御婦人だった。

 一番いい部屋をあてがわれているのか、部屋はとても広く、俺とマシューさん、パティオポンゴのメスたちが、ベッドの周りに立って、村人たちが入り口から覗いている。


「あなた方が、新しい村の仲間なのね?

 よろしくね。私はマリーナよ。」

 マリーナさんは、パティオポンゴ1体1体の目を見て微笑んだ。

 魔物相手というのに、まったく臆したところがない。動物が大好きなんだろうな。


「普段どのようにしているのか、見せていただけますか?」

「ああ。妻は自力で起き上がれないから、トイレや着替えや食事は、すべて俺の手伝いがないと出来ないんだ。まずはトイレから見せよう。構わないか?マリーナ。

 これから彼らが、俺の代わりに手伝ってくれるというんだ。」


「まあ、そうなのね?ええ、少し恥ずかしいけれど、構わないわ。」

 マシューさんが体を支えてマリーナさんの体をおこし、横抱きに抱えて部屋の外に出てゆく。パティオポンゴたちも、ぞろぞろとそのあとに続いた。

「ここがトイレだ。」


 マシューさんが片手でマリーナさんをささえながら、下着を脱がし始めたので、俺も村人たちも背を向けた。

「これで尻を拭いてやって、下着を履かせたら、ベッドに戻してやっておしまいだ。」

 そう言って、再び部屋に戻ると、マリーナさんをベッドに寝かせる。


 ボスの妻が一歩前に出た。

「やってみたいのか?」

「まあ、じゃあ、お願い出来るかしら?」

 マリーナさんがボスの妻に笑顔を向ける。

 ボスの妻はそっとマリーナさんを抱きおこすと、マシューさんと同じように、マリーナさんを横抱きに抱えた。


「まあまあまあ、凄いのね!」

 マリーナさんが驚きながらも微笑む。

 メスといっても大人のパティオポンゴだ。人間の男性よりは力が強い。

 ボスの妻はそっと部屋を出ると、マシューさんがやったのと同じように、マリーナさんを支えながら下着を脱がした。


 俺たちは再び背を向ける。

「もうこちらを向いても大丈夫ですよ?」

 そう言われて振り返ると、ボスの妻に抱えられたマリーナさんがいた。

「どうでしたか?」

「凄いわ、一度見ただけなのに完璧で。

 それにとても優しい手だったわ。」


「それは良かったです。では、着替えと食事の介護も見せて貰いましょうか。」

 着替えは別のパティオポンゴがやらせて貰うことにしたようだ。俺たちが部屋を出ている間、マシューさんとマリーナさんの関心した声が部屋の中から聞こえてきた。

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