第49話 新しい家族

「大丈夫か?あまり寝付けないなかったんじゃないのか?」

「ええ。少しだけ……。でも大丈夫よ。」

「そうか。」

 俺たちは朝食を取ると、再びリリアを村長の家に預けに行き、俺はリスタとリッチとともに馬車を待った。


 リスタは昨日よりも更に可愛らしいワンピースを身にまとっていた。昨日も思ったが、この格好で山や木を登らせてしまったのだ、その可能性を伝えておけばよかったなあ。リスタが何も言わないからうっかりしていた。


「すまなかったな。」

「え?」

「そんな綺麗な格好をしていたのに、山や木を登らせてしまって。予め伝えておけばよかったな。俺の仕事は調査が中心だから、汚れても良い服装のほうがいいんだ。」


「ああ、私こそごめんなさい、聞いておけばよかったわね。」

「服が傷んでしまったんじゃないのか?

 今度俺から服をプレゼントさせてくれ。」

「別に大丈……え!?ア、アスガルドが私に服を選んでくれるの?」


「ああ。俺の説明不足のせいで、綺麗な服を駄目にさせてしまっただろう?」

「そんな……ことも……ないけど、でも、嬉しいわ。」

「そうか、それなら今度、一緒に服を買いに行こう。」

「え、ええ。もちろんよ。」


 馬車がやってきて、俺はリスタの手を取って乗り込ませる。馬車に揺られている間中、リスタはあくびを繰り返していた。

「やっぱり眠れてないんじゃないのか?」

「ちょっと匂いが気になっちゃって……。」

 ぼんやりしながらリスタが言う。


「匂い?ああ、すまない、シーツや枕カバーを洗っていなかったかも知れない。」

 男臭かったかも知れないな。リリアのベッドに寝てもらえばよかっただろうか。俺は急に恥ずかしくなった。そんなところに女性を寝かせるべきではなかった。


 それを見たリスタがハッとして、

「ち、違うの!いつもと違ったから、それだけよ!」

 真っ赤になってそう言ってくれたが、俺とリスタはスパッサ村につくまで、2人して真っ赤になってうつむいた。そんな俺たちを、リッチが不思議そうに眺めていた。


「ああ、アスガルドさん、見て下さいよ!

 家が完成したんです!」

「なんと、本当ですか?」

 俺たちが到着するまでに、早朝から家を作っていたというレオンさんは、嬉しそうにパティオポンゴたちの家を自慢してくれた。


 外が見えるように窓がつき、ドアには内側から開けられる鍵がつけられている。

そして更に。

「これは俺たちからの贈り物だ。」

 天井を突き抜けるストーブが、あらたにつけられていた。パティオポンゴたちが近付いても安全なように、周囲が囲ってあり、子どもの手が届かないようになっている。


「この村の冬は厳しいからな、寒くないようにつけてみた。」

「本当にありがとうございます……。」

 見るとパティオポンゴたちは、既にそれぞれの仕事に従事していた。

 メスたちは介護を。オスたちは畑作りを手伝っている。


「そして見てくれ、これを!」

 マシューさんにそう言われて振り返ると、マリーナさんが木で出来た車椅子に乗って、ボスの妻に押されてやって来た。

「ボスが荷車の仕組みを見て、椅子と組み合わせて作ってくれたんだ!凄いだろう!?」


「これで私たち、一緒に朝お散歩にいったんですよ?外なんて本当に久しぶりで。」

 マリーナさんも嬉しそうだ。

 パティオポンゴは器用だと思っていたが、さすがにここまでとは俺も思っていなかったので、俺もリスタも驚いた。


「おお、アスガルドじゃないか!」

 そこに討伐隊がやって来た。リーダーはなんとランウェイだった。

「お前が討伐隊のリーダーなんだな、頼もしいよ。」

「ああ、すぐに片付けてみせるさ。──ところでリスタ。」


 ランウェイがリスタに近付き、何やらヒソヒソと話している。

「……どうだった?」

「お察しの通りよ……。家には泊まらせてくれたけど、なにもなしよ。」

「あいつにはハッキリ言わねえと伝わらねえんだって!好きだって言ったのか?」


「言えるくらいなら、とっくに言ってるわ!昔振られた時だって、すっごく勇気を出したのよ?2度も振られたらって思うと……、なかなか勇気が出ないの。」

「あいつ、まだ結婚してるつもりでいるしなあ……。そこの誤解を解決してやらんと、お前を意識させるのは無理かもしれん。」


「そうね……。それは私もそう思うわ。」

「まあ、この仕事が終わったら、俺も村に帰るから、出来る限り協力するよ。」

「ありがとう……。ランウェイが背中を押してくれなかったら、私、ここにも来られなかったもの。」

リスタが恥ずかしそうに微笑む。


「お前たちにはどっちも幸せになって欲しいからな。まあ、気長に頑張ろうぜ。」

「ええ。」

 ランウェイとリスタが戻ってくる。

「何を話してたんだ?俺は聞かなくて大丈夫なのか?」

トウコツ討伐の作戦会議なら、俺も聞いておいたほうがいいと思うんだが。


「まあちょっとな、個人的な話しさ。」

「そうか。」

 日頃一緒に働いているわけだしな、ギルドメンバーにだけ伝える内容というのもあるだろう。俺はもうギルドの一員じゃないしな。

「じゃあ、俺たちは行ってくるよ。」

 そう言って、ランウェイ率いる50人の討伐隊が山に登っていった。


「リッチ、万が一ということがある、様子を見てきてくれないか?

 討伐隊に何かあったら報告してくれ。」

 俺はリッチに討伐隊のあとを追わせた。

 上空から様子を見て、万が一討伐隊に何かあったら知らせて貰う為だ。

 新種ともなると、何があるか分からない。


 俺たちは討伐隊の戻りを待つ間に、まだ介護の訓練を受けていないパティオポンゴにそれを教えたり、介護されることに懐疑的だった村人に、マシューさんとマリーナさんが説明に行ったりと、パティオポンゴがここで生活する仲間になる為の、必要なやり取りをすすめていった。


 しばらくすると、山の方から、ギギャアアアア!という、気味の悪い悲鳴が何度も響いてきた。討伐隊がトウコツを退治しているのだろう。

 あまり聞いていて気持ちのいい音ではないので、村人たちもパティオポンゴたちも、作業の手をとめて山を見上げる。


 すると山頂からリッチが一気にこちらに飛んでくる。様子がおかしい。

「ピィー!ヒョオオオオオ!」

 とリッチが鳴いた。危険を知らせる合図だ。

「リスタ!」

「ええ!」

 俺とリスタはアイテムバッグから武器と防具を取り出して身につける。


 リッチが俺の頭の上で羽ばたく。するとしばらくして、山の上から1体のトウコツがこちらに向かって逃げてくるではないか。

「みなさん!家の中に逃げて下さい!」

 蜘蛛の子を散らしたように、村人たちが一目散に逃げていく。


 マリーナさんの車椅子を、ボスの妻がヒョイと抱えあげて走り出したのが、目の端に見えた。その後をマシューさんが追いかける。

 走るのが遅い村人たちを、次々にパティオポンゴたちが抱えあげて走る。家が分かる人はその人の家に、分からない人たちはパティオポンゴの家に運んだようだ。


 村人全員が避難したあと、パティオポンゴのボスだけが、俺たちの前に立った。

「ボス!」

 突進してくるトウコツを、ボスががっぷり四つで受け止める。

「今よ!」

 リスタがトウコツの腹を槍で貫き、俺が喉笛を掻き切った。


 それでもまだ動いている!パティオポンゴのボスはトウコツの首に力を入れ、力任せに首の骨を折った。ついにトウコツは動かなくなった。窓から見ていた村人たちから歓声があがる。パティオポンゴたちも手を叩いてピョンピョンとはねていた。


「ボス!大丈夫!?」

 リスタがボスに駆け寄る。ボスの呼吸は浅かった。あれだけの突進を直接胸に受けたのだ。内蔵がやられていてもおかしくない。

 マシューさんの家から慌てて出てきたボスの妻が、心配げにボスに寄り添った。


 それを見たリッチが、ボスの妻に何やら鳴き声を上げると、ボスの妻を従えて、再び山に猛スピードで飛んでいった。

 村人たちと他のパティオポンゴたちも、ソロソロと家から出てきて、横たわっているボスの周囲を囲む。

 ぐったりしているボスの姿に、みんな心配の表情を浮かべていた。


「ゆ……揺らさないでくれ……。

 吐く……吐いちまうよ……。」

 ボスの妻の背中に、何やら誰かがしがみついた状態で山から降りてくる。傍らにはリッチが羽ばたいていた。

 俺たちのところまで来たボスの妻は、背中に乗せていた人物をそっとおろした。


「ちょっと待ってくれ……。

 まず自分を回復するから……。」

 その人物は自らに回復魔法を使うと、スッと立ち上がった。

「ランウェイ総隊長から、死にかけてる人間がいるから、行くようにと言われて来たんだが……けが人はどこだ?」


「回復魔法使いか!ありがたい!

 そこのパティオポンゴのボスだ、俺たちを守って戦ってくれたが、内臓がやられた可能性があるんだ。」

「魔物なのか!?かけるのが初めてだからきくか分からんが……やってみよう。」


 強大な白い光がボスを包み込む。

「ああ……、確かに、肋骨が折れて肺に刺さってるな、大丈夫、治せない程じゃない。

 まずは肋骨を戻して……、血を吐くぞ、体をおさえてくれ。じゃないとまた刺さる。」

 俺、リスタ、ボスの妻が、ボスの体を力任せにおさえる。


 暴れるボスの力は強かった。俺たちでようやく抑えられる程度だ。

「よーしよし、いい子だ、もう肋骨はなんともないぞ。肺を塞いで修復する……。

 よし。もう大丈夫だ。」

 俺たちはほっと息を吐いた。


「流れた血は戻せないからな、レバーでも食べさせてやってくれ。

 って、パティオポンゴは肉食べるのか?」

「鳥や豚なら食べられる。積極的には食べないけどな。」

「なら良かった。」

 俺の言葉に回復魔法使いがうなずいた。


「討伐も終わった頃だから、そろそろみんな戻ってくると思うから、俺はここで待たせて貰ってもいいか?

 流石に疲れたよ……。」

「それならうちで休んで下さい。大切なボスを助けて下さって本当にありがとう。」

 マリーナさんが泣きながら言う。


「ボスは治るまで、息子のベッドにでも寝かせておこう。木の板よりも楽だろう。

 手伝ってくれないか?」

 マシューさんがボスの妻に声をかけ、ボスの妻はボスを抱き上げて、マシューさんの家に向かった。マシューさんがマリーナさんの車椅子を押して家に戻る。回復魔法使いの彼もそれについていった。


 やがて討伐隊が山から降りてきて、逃した1体を除いて討伐は終わったと告げてきた。残りの1体を俺たちが倒したので問題ないと告げると、あれが一番強いトウコツのボスだったんだぜ!?とランウェイが驚いた。

 どうりでボスがケガをおったわけだ。


 村人たちやパティオポンゴの仲間を守る為に命をはったボスと、我先に逃げ出したトウコツのボス、偉い違いだが、これが本来の動物や魔物というものなんだよな。

 村人たちがささやかな慰労パーティーをひらいてくれ、討伐隊は酒と料理を楽しんで帰っていった。


 俺とリスタとリッチは、村に泊めて貰うことにした。どうしても村人たちを、明日連れていきたい場所があったからだ。

 翌朝、ボスは驚異的な回復力で、既に歩けるようになっていた。

 俺はボスとボスの妻に、村人みんなをとある場所に連れていきたいと話した。


 俺、リスタ、リッチ、ボス、ボスの妻が先頭を歩き、自力で歩けない村人たちは、パティオポンゴたちが抱えて山を登っていく。

 向かった先は、ボスとボスの妻の子どもの墓だった。リスタが村人たちに昨日のうちにそれを説明していたから、みんな手に手に花やお菓子を持っている。


「みんな、安全なところに引っ越したよ。

 もうお前のお父さんもお母さんも安心だ。

 心配だったと思うけど、ゆっくり休んでくれ。新しい家族を連れてきたよ。みんな、お前の家族だ。」

 村人たちは次々に、手に持っていた花やお菓子をボスの子どもの墓に供えた。マシューさんとマリーナさんは泣いていた。


「あなた1人を寂しくさせないわ。そのうちご両親の近くにお墓を移しましょうね。

 私たちのそばにいてちょうだい。

 あなたも大切な、私たちの家族の1人なのだから。」

 マリーナさんの言葉に、パティオポンゴのボスが小さく、フロロロウ、と鳴いた。

 ──ありがとう、と。

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