第46話 優しいパティオポンゴ

「酷いなこりゃあ……。」

 俺とリスタがパティオポンゴのボスに案内された場所は、パティオポンゴたちの巣のあった洞窟の中だった。

「何か大型の動物か魔物に襲われたのね。

 巣がめちゃくちゃだわ……。」


 パティオポンゴたちは、本来洞窟などの屋根のある場所を好んで生活する。食べ物を集めに行く際は木に登るし、木で遊ぶこともあるので、木の上にいること自体は不思議ではないが、あんな風に、なにかから逃げるかのように、群れ全体が木の上にいること自体がそもそも異常なのだ。


「巣を荒らされて安全じゃなくなり、木の上に逃げていたということか。木の上じゃろくに休めないだろうに……。」

 パティオポンゴは体が大きい。木の上では横になることは出来ない。恐らく枝に腰掛けて、幹に寄りかかる形で寝ている筈だ。


「早く安全な場所を用意してあげる必要があるわね。でも、そもそもパティオポンゴの安全を脅かした原因を取り除かないと、ここには住めないんじゃないかしら?」

「そうだな。ボス、恐ろしいとは思うが、お前たちを襲った奴らのところに案内してはくれないか?」


 パティオポンゴのボスは、しばらく考え込んだ様子を見せたあと、ゆっくりと歩き出した。慎重な様子を見ると、大きな物音をたてて気付かれたくはないのだろう。

 俺とリスタも洞窟を出ると、パティオポンゴのボスの後について静かに山を登った。


 山の一番上に到達すると、そこにある最も太い木を、パティオポンゴのボスが指差し、するすると登り始めた。俺とリスタも後に続いて登り始める。

 俺たちが追いついてくると、パティオポンゴのボスは、とある場所を指さした。


「あれは……、トウコツじゃないか!」

「トウコツ?なにそれ。」

 虎に似た体に人の頭を持ち、イノシシのような長い牙と、長い尻尾のある魔物で、退却を知らず、戦う時は死ぬまで戦うと言われている中国の魔物だ。


 この世界で俺は一度も遭遇したことがないし聞いたこともない。たまたま前世の知識で知っていただけだから、リスタが知らなくても無理はない。

 そいつらが、パティオポンゴの群れのいた山の反対側に、群れで木と木の間を静かにゆっくりとウロウロしている。


 近くには森の開けた場所があり、小さな湖というか、泉が湧いている。恐らくこの山の生き物たちが、水浴びをしたり水を飲んだりする場所なのだろう。つまり、ここで待っていれば、やがては何かしらの生き物が現れる可能性がある場所ということだ。


 何かしらの動物が現れるのを狙って、狩りをするつもりなのだろうか?

 この世界のトウコツがどういう魔物なのかは分からないが、山の反対側の食べ物を殆ど食らいつくしたことを考えると、いずれこちら側も食べ尽くしたら、この先またパティオポンゴ自体が狙われる可能性も、人間が狙われる可能性もあるだろう。


「俺も伝説で聞いたことがあるってだけの魔物だ。もし過去に冒険者ギルドが討伐、捕獲をした記録がなければ、冒険者ギルドとしては新種って扱いになるな。

 しかも山の状態から見て雑食だ。」

 おそらくは肉食中心なのだろうが。


「大型の猿の魔物で、かつ群れをなしているパティオポンゴを襲ったということは、かなり凶暴だと想定出来るわね。」

 言っているそばから、トウコツたちが何かを見つけたようだ。動きが変わる。それぞれが配置について、じっと狙いを定める。


 山の反対側を食べ尽くしてしまったことで逃げてきたのか、もともと住んでいたのかは分からないが、木の間から狙われているとも知らず、鹿の群れが森の奥から水場にやって来た。そして無防備にトウコツに背を向けると、一斉に水を飲みだした。


 ──一瞬の出来事だった。

 一斉にトウコツが木の間から飛び出したかと思うと、まるで示し合わせたかのように、2体ずつのトウコツが、1匹の鹿に襲いかかる。両サイドから足に噛みつかれた鹿は、もはや身動きが取れない。


 悲鳴のような鳴き声を上げてもがくが、そのまま別のトウコツが前にまわり、喉笛を食いちぎられる。捕まらなかった鹿たちが一斉に森の奥へと逃げていく。

 片足を担当するのが2体、喉笛を噛み砕くのに1体。ものすごい連携プレーだ。

 しめて5匹の鹿を仕留めると、トウコツたちはゆうゆうと食事を始めた。


 狩りを行ったトウコツ以外に、ボスらしき巨大なトウコツがまた更に1体。全部で16体のトウコツがいた。

 こんなのに巣まで襲われて、パティオポンゴはよくあれだけの数逃げ切ったものだ。

 冒険者ギルドとしても、かなり大規模な討伐隊が必要になるだろう。


「お前はとても優秀なボスなんだな。

 あれだけの数の凶暴な敵から、仲間を大勢逃したんだからな。」

 素直に感心する俺に、パティオポンゴのボスは、グオオオッ!フォウッ!と小さく鳴いた。どこかについてこいということか?


 俺とリスタが木を降りてついていくと、巣のあった場所の上の丘のような場所に、いくつもの石が積まれて、赤い花が添えられた場所に案内された。

「なんだか……お墓みたいね?」

 リスタがそれを見て言った。パティオポンゴのボスはじっとそれを見ていた。


「ああ、……これはパティオポンゴの墓だ。

 それも、大切な家族を亡くした時に添えられる、ノールの花が添えられている。

 お前の家族の誰かが、犠牲になったんだな。奥さんか、……子どもか。」

 いつの間にかやって来たのか、ボスの傍らに別のパティオポンゴが寄り添っていた。


 ボスと一緒に墓を見つめている。

 別のパティオポンゴがボスの妻であるのなら、恐らく犠牲になったのは、この2体の子どもなのだろう。

「子どもを襲われてなお、ボスとして群れを優先……したんだな。──辛かったな。」


 同じ子どもを持つ親として、それでも群れを優先しなくてはならなかった、パティオポンゴのボスの気持ちが辛くて、俺は涙をこらえることが出来なかった。

 俺の傍らにリスタがそっと寄り添い、俺たちはしばらくその墓を眺めていた。


「連れてきてくれて……ズビッ、ありがとう。墓にお菓子を供えてもいいかな?

 うちの子どもも大好きな、スイートビーのハチミツ入りのクッキーなんだ。

 きっと喜んでくれると思う。」

 俺はクッキーをアイテムバッグから取り出して、パティオポンゴのボスに見せた。


 特に何も反応されなかったので、俺は墓にスイートビーのハチミツ入りのクッキーを並べて置き、リスタと2人で目を閉じてしばらく手を合わせた。

 ボスの妻のパティオポンゴが、小さく、フロロロウ、と鳴いた。ありがとう、と。


「──これ以上、パティオポンゴの犠牲を増やすわけにはいかないわね。

 こんなにも優しいパティオポンゴは、絶対に人と共生出来る筈だわ。」

「ああ、すぐに冒険者ギルドに報告して、討伐隊を組織して貰ったほうがいいな。」


「ええ。報告には私が向かうわ。」

「いや、リッチに向かってもらったほうが早い。それよりも、お前に手伝って欲しいことがあるんだ。」

「手伝って欲しいこと?」

 リスタが首を傾げる。


「パティオポンゴたちに安全な場所を確保する必要がある。だがトウコツを討伐するまでは、この山の中にそれを用意するのは無理だろう。だから、──村に作る。」

「村に!?……ひょっとして、大きな家を作れば解決すると言っていたのは、そういうことなの?」


「ああ、村長や村人たちの理解が必要だが、きっと了承させてみせる。

 これはパティオポンゴだから出来ることなんだ。むしろ村の助けになるからな。」

「パティオポンゴが村の助けになる……?

 一緒に暮らすというだけじゃなくて?」


 パティオポンゴの生態をよく知らないリスタは、納得がいかなそうに首をかしげた。

「とりあえず、リッチに報告を急がせよう。家が出来る前に、村やパティオポンゴが襲われたら意味がないからな。」


 俺はアイテムバッグから紙とペンを取り出し、事の詳細を記入すると、アイテムバッグからリッチを出した。

 リッチの足にくくりつけられた筒の中に紙を入れ、蓋をきっちりしめて針金をかけた。


「リッチ、急いでこれを冒険者ギルドのギルド長に渡るようにしてくれ。」

 リッチは冒険者ギルドのある方角へと、猛スピードで羽ばたいていった。

「よし、一度村に戻ろう。パティオポンゴのボスよ、必ずお前たちも救ってみせる。

 だからお前たちも協力してくれないか?」


 俺はじっと、パティオポンゴのボスの目の中を覗き込みながら、手を差し出して手のひらを上に向けた。

 仲間になろう、という、パティオポンゴのボディーランゲージの1つだ。

 別の群れと協力する時や、群れと群れが1つの群れになる時に使われる。


 ボスはしばらく俺の目の中を、探るようにじっと見ていたが、同じように手を差し出して手のひらを上に向けてくれた。

「ありがとう!村の了承が得られたら、また呼びに来るから、それまで出来るだけ安全なところにいてくれ!」


 俺とリスタは急いで山を降りると、すぐにマイルズ村長のところへ向かった。

「原因が分かったのですか?」

「はい、トウコツという、危険で雑食な魔物が移り住んできており、山の中の片側の、あらゆる食べ物を殆ど食べ尽くし、パティオポンゴの群れも襲われたようです。」

 リスタが言う。


「安全な巣を襲われ、食べるものもなく、仕方なく人里に降りてきていたようですね。

 トウコツは凶暴過ぎて、我々だけではどうしようもありませんので、先程冒険者ギルドに報告を送りました。もしも危険過ぎると判断されれば、国か役場の依頼で、討伐隊が組織されると思いますよ。」

 俺が説明する。


「そんな……。山の食べ物が殆ど食べつくされてしまっているのであれば、討伐隊を待っている間に、パティオポンゴが一斉に襲ってきたら、どうしたらいいんですか!?

 トウコツという魔物のせいで、パティオポンゴの食べるものがないから、村の作物を荒らしているんですよね?」


「ええ、そうだと思います。ですが、パティオポンゴよりも、問題はトウコツです。パティオポンゴは人間を襲いませんが、パティオポンゴを襲ったトウコツは、人間を食べる可能性があると思いますので。」

 俺の言葉にマイルズ村長は真っ青になる。


「パティオポンゴは作物を根こそぎ荒らす、トウコツという魔物も人間を襲ってくる可能性がある、どうしたらいいんですか!?

 せめて討伐隊が来るまでに、パティオポンゴだけでも、お2人で退治していただけませんか?凶暴ではないのでしょう?」


「──って、いやいや、それ、討伐しなくても何とかなりますよ?

 それを提案したくて、俺たちはマイルズ村長に会いに来たんです。

 むしろパティオポンゴが村に来ることによって、働き手の少ないこの村の生活が、これから楽になると思います。」

「村の生活が楽に……?」

 マイルズ村長はまったく想像がつかないらしく、首をかしげてキョトンとしていた。

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