第45話 老人だけの村

「リスタ?」

 まだ朝食を終えたばかりの早朝の時間、我が家を訪ねてきた誰かのノックの音に、俺がドアを開けると、そこに立っていたのは、獣の檻に居た頃のパーティメンバーである、槍使いのリスタだった。


「ひ、久しぶりね、アスガルド……。」

 きれいなワンピースを身に付けて、恥ずかしそうに、少し目線を下に落として頬を染めたリスタが、髪をかきあげて耳にかける。

「どうしたんだ?こんな朝早くから。

 まあ立ち話もなんだから入ってくれ。」


 俺はリスタを招き入れて、椅子に座らせると、スイートビーのハチミツを垂らした牛の乳を出した。

「美味しい……!優しい甘さね。」

「だろう?うちの村の名産なのさ。」

 リスタはもじもじして、なかなか要件を話そうとしなかった。


「ちなみに、どんな用事でこんなところまで来たんだ?日頃獣の檻がとってる宿からは、かなり遠かっただろう?うちの村。」

 リスタがビクッとする。

「え、ええ、まあそれなりに。

 でも、大したことはなかったわ。」

 とぎこちなく微笑んだ。


 まあ、近距離職のSランクからしたら、そんな大した距離でもないか。俺も馬車がないから、村まで歩いて移動するしな。

「私が……。」

「?」

 リスタがポツリと話し始める。


「私が以前、あなたの仕事を手伝ってみたいって言ったの、覚えてる?」

「ああ、冒険者を引退したらやってみたいと言っていたな。」

「あなたのそばにしばらくついて、見学させて貰えないかしら?もちろん助手として、無償で仕事は手伝わせて貰うわ。」


「獣の檻はどうするんだ?」

「それがね……、しばらくランクの低い冒険者が減ったことで、私たち、下位のクエスト依頼も全部受けていたでしょう?」

「ああ。そうだったな。」

 魔物を討伐するな騒動で、ダンジョンにもぐれないレベルの冒険者たちが、軒並みいなくなってしまったのは記憶に新しい。


「ようやくCランク以下を受ける冒険者たちが戻って来たんだけど、ここまで休みなく働き詰めだったから、ここらで大体的に休みを取ろうって、ランウェイがみんなに言ったのよ。そして全員がそれに賛成したの。これからしばらくお休みよ。」


「なるほどな。ランウェイはこっちに戻ってくるのか?」

「ギルマスとして緊急招集時の為に、メンバー各自の居場所をギルドに報告したり、まだ終わってないクエストを終わらせたら戻ると言っていたわ。

 彼がクエストを一番受けていたから。」


 責任感の強いランウェイらしいな。

「それは良かった。もう何年も戻ってないからな。親父さんも喜ぶだろう。」

「本人は恥ずかしいみたいだけどね。」

 リスタが微笑む。

「いるだけいいさ、家族ってのは。」

 俺も微笑む。


「そうね……。」

 家族の少ない俺のことを思ったのか、リスタが目線を落とす。しまった、気を使わせてしまったか。

「それで、俺の仕事の見学だったな。

 何が知りたいんだ?魔物のことなら、俺とお前はそう知識も変わらない筈だが。」


 話題を変えた俺に、リスタがパッと表情を明るくして顔を上げる。

「ええ。後学の為にお願いできるかしら?

 魔物のことは分かっても、依頼者や役場とどう交渉するのかが分からないの。

 討伐や捕獲以外したことがないもの。

 共生や活用が出来そうなら、それを提案するのでしょう?」


 なるほど、ギルドを通したクエストしか受注したことがなければ、確かにそういうのは分からないよな。

「ああ。もちろん構わないさ。Sランクの冒険者が手伝ってくれるならありがたい。

 ちょうど今、1つ依頼を受けていてな、とても大きな仕事になりそうなんだ。」


「大きな仕事?」

 リスタが首を傾げる。

「ああ、お年寄りしかいない村を、集団で襲う魔物が現れて、農作物を軒並みやられてしまうらしい。

 そこは介護の必要な人が多いから、農作物を育てる人手が足りなくて、ただでさえ少ない農作物を荒らされて、食べるものがなくて困ってるんだそうだ。」


「でもギルドとしては、活用共生検討の余地あり、と判断したということね?」

「そういうことだ。だから現場に行って判断することになるが、俺の予想する限り、その場に大きな建物を1つ建てる必要がありそうなんだ。

 そういう意味で、大きな仕事さ。」


「建物……?それを建てれば解決するの?

 ごめんなさい、全然まったく今のところ状況が見えてないわ。

 建物があれば何か状況が変わる魔物だなんて、今まで遭遇したことがないもの。」

 リスタが困ったように眉を下げる。


「……確かに今回の魔物は、テイマーじゃないと、そこまでその魔物の特性に詳しくはないかもな。討伐も捕獲も、依頼自体が出ることがほぼない魔物だからなあ。

 まあ、とりあえずその村まで行こうか。」

 俺は村長さんにリリアを頼むと、リッチを連れてリスタとともに馬車に乗り、目的地へと向かった。


 目的地のスパッサ村は、村とは思えない程とても荒涼としていた。農業の担い手が少ないというだけあって、元は農地だったと思われる土地には雑草が生え、かじろうて残った農作物も、明らかに何かにかじられたり、引きちぎられたような痕跡が残っていた。


「村長のマイルズです。このたびは遠くまでありがとうございます。」

 マイルズさんは疲れ切った表情で俺たちを出迎えてくれた。

「この村は年寄ばかりでしてな……。

 介護の必要な者も多く、働き手が少ないのです。なのに貴重な食料を荒らされて、ほとほと困り果てておりまして……。」


 疲れているのは、介護と農業に加え、畑を荒らされたことによる精神的なものからなのかも知れなかった。

「村人は全部で何人ですか?

 そのうち、介護をしなかった場合働ける人数は何人になりますか?」


「働ける人数……ですか?

 村人は全部で82人です。そのうち介護が必要な人数を除けば58人ですが、つきっきりで介護をしなくてはならない者もおりますので、実際には毎日交代で30人くらいが農作業に従事しています。」


 30人で82人分の食料を作る、それも休みなく交代で介護をしながらお年寄りが、となると、作業効率は農業のみに従事出来る若者の半分以下になるだろうな。

 本来なら食べる分以外の収穫を売りに行って、冬の備えなどしたいだろうが、そんな余裕はとてもなさそうだ。


「食べるものの少ない冬場には、こんなこともありましたが、冬でもないのにこんなに連日現れるのは初めてのことで……。

 新しく植えて芽が出たばかりの新芽まで食べられてしまうのです、このままではとてもここでは暮らせませんが、かといって行くあてもありませんで……。」


 マイルズ村長はぐったりしていた。

「……息子さんや娘さんたちは、親御さんを引き取ろうとしないのね。」

「こういう村から出た人たちは、自分たちの生活で手一杯なんだろうさ。うちの村もそうだからな。」

 この世界の貧乏な村というのは、得てしてそういうものだ。


「まずは魔物が急に連日村に降りてくる原因を調べます。魔物が住んでいると思われる山は、あちらでよろしいですか?」

 俺は近くの山を指差した。

「はい、普段はあの山に住んでいます。

 たまに木の実やキノコを取りに山に入っていましたが、様子がおかしくて近付けなくなってしまい、余計に食べるものがありませんで……。」


「──リスタ。」

「ええ。では、まずはその山を調べて参りますね。状況が変わったというのは、環境か別の魔物の影響も考えられます。後ほど結果を報告致しますので。」

 やり方を勉強したいというリスタにも、説明を少し任せるつもりでいた。リスタはそれを汲み取って、俺の代わりに説明をした。


 俺とリッチとリスタは、スパッサ村の近くの山を登っていった。

 あまり人の通れる道が少ないが、確かに日頃木の実やキノコを取りに入っているというだけあって、整地されているわけではないまでも、人の通りやすい道が出来ている。


「……変ね。」

「──ああ。」

 鳥の鳴き声がしない。虫も少ない。木の実やキノコも見当たらない。まるで冬の森のように、あまりにも食べ物と生き物が少なすぎるのだ。


「これじゃ人里に食べ物があれば、襲ってもくるだろうな。なんで急にこんな風になっちまったんだろう。」

「土を見る限り、天候がおかしかったとは思えないわ。長雨が続いたりすれば、もっと土が流れて、木の根がむき出しになっている筈よ。でも、植物は普通だわ。」


「ああ。だが実際、動物や魔物の餌になるものがあまりにも少ない。本来この地に住んでいたわけじゃない生き物が、移り住んで来た可能性があるかも知れないな。」

「それで食べ物の数が足らなくなったのかも知れないわね。

 動物も少ないとなると、……大型の何かがいるかも知れないわ。」


「──慎重に行こう。

 リッチ、様子を見てきてくれ。」

 俺の指示でリッチが先に飛んでいく。

 しばらくすると、大分先のほうで、リッチのけたたましい鳴き声がする。

「リッチ!!」

 俺たちは急いで山を駆け上がった。


 リッチが木の上にいる、腕の長いオレンジ色の猿の集団に石を投げつけられている。

「やっぱり!パティオポンゴだ!」

 パティオポンゴは猿の魔物だ。人の言葉が分かるほど知能が高く、本来は攻撃性が低い魔物だが、攻撃されると集団で攻撃をしてくる、仲間意識の高い魔物だ。


 リッチは俺の命令がなければ攻撃をしないのにも関わらず、集団で石を投げて攻撃しているということは、日頃から大分気が立っているということだ。

「リッチ!戻れ!」

 俺はリッチを戻して、慌ててアイテムバッグに入れた。


「ポロロロロロ!フォウッ!ポロロロロロ!フォウッ!」

 攻撃の意思はない、という、パティオポンゴの鳴き声を何度も真似る。するとパティオポンゴたちはお互いの顔を見合わせたかと思うと、1頭の巨大なパティオポンゴが木から降りてきて俺の前に立った。

 恐らくボスなのだろう。


 俺は右手を差し出した。パティオポンゴのボスも右手を差し出し、俺たちは握手を交わした。パティオポンゴは人間のような挨拶の習慣を持っているのだ。

 それを見た他のパティオポンゴたちも、スルスルと木から降りてきて、ボスの後ろに集まってじっとしていた。


「優しいお前たちに何があったんだ?

 俺たちは味方だ。お前たちを脅かす何かが現れたのか?教えてくれないか?」

 ボスはグオオオッ!フォウッ!と鳴いた。ついてこい、という意味だ。

 俺とリスタはボスの後について、更に山の奥へと上っていった。

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