第42話 任意共生と絶対共生
この木はスプラバギジュアという種類の樹木で、同種の樹木はすべからず、内空の幹内を巣として、スコーピアントとシェルズパスという、昆虫タイプの魔物に提供する共生植物である。
スコーピアントはサソリのように尻を上げて、毒攻撃をするアリのような魔物で、その毒性は毒を持つアリタイプの魔物の中でも最強を誇る。
また、クワガタのような、鋭く長い牙を持ち、それであらゆるものを切断する、街に現れる魔物の中では、かなりの強さを持つ凶暴な魔物だ
シェルズパスは大人しい昆虫タイプの魔物で、カイガラムシに似た、その名の通り真っ白な貝殻のような姿を持ち、体の下側にタコの吸盤のような足兼口があり、そこから木の栄養分を吸い取っている。
集まってる様は、集合恐怖を持っている人なら、大分気持ちが悪い。ちなみに俺も気持ちが悪い。
スプラバギジュアは生息場所だけでなく、餌資源もスコーピアントに与える。それは托葉や新葉から分泌される栄養体と、シェルズパスが分泌する甘露だ。
その見返りとして、スコーピアントは、からみついてくる、つる植物や植食者からスプラバギジュアを防衛する。
共生には、たとえば、アリとアブラムシのような、共生相手無しでも生存できる任意共生と、特定の共生相手無しでは生存することが難しい絶対共生が存在する。
このスコーピアントとシェルズパスは、餌資源と生活場所を、すべてスプラバギジュアに依存しており、スプラバギジュアの幹内以外では生存することができないので、これらの3者は絶対共生関係にあるということになる。
いくら討伐しても、再び集まって来てしまうのはこの為だ。
一方、スプラバギジュアをめぐる共生系には、共生者だけではなく寄生者としての、スワロウフライも関与する。
燕のような見た目の、一見鳥の魔物だが、実際には蝶に似た性質を持つ、れっきとした昆虫タイプの魔物だ。
スワロウフライの歴史は、スプラバギジュアとスコーピアントとシェルズパスの共生関係よりも歴史が浅く、割と近年見つかった魔物だ。
スワロウフライの幼虫は、甘露などの報酬をスコーピアントに与えることによって、スコーピアントの攻撃をかいくぐり、スプラバギジュアの葉を摂食する。
このスワロウフライもスプラバギジュア属に特殊化しており、他の植物の葉を食べることが出来ない。
おまけにスワロウフライの親はスコーピアントとその幼虫を食べる。数が減ったところに、スコーピアントの幼虫に似た自分たちの子どもが孵化し、甘露を与えつつスコーピアントに守らせるのだ。
だからこの3者が同時に存在する場合、魔物の数は一定数に保たれる。なおかつ攻撃しなければ攻撃されることもない為に、共生が可能になるのだ。
この街の名前の由来。スリリアントとは、アリと生きる、という意味の、古代語と合成された言葉である。
おそらくこの街が街になる際に、スプラバギジュアを送られた当時の役人は、共生を理解した上でこの木を植えたのだ。
だが街の人々にそれを伝えれば間違いなく拒絶される。スコーピアントとシェルズパスは幹の内部にいるから、知られなければ人々は気にせず生活をすることが出来る。
贈られたスプラバギジュアを必ず植えなければならない使命があったとはいえ、随分と乱暴な真似をしたものである。
「この穴のあいた幹を塞ぎましょう。
それでもう、問題はない筈です。
攻撃しなければ、襲ってくることのない魔物ですからね。
それと、スコーピアントとシェルズパスが守った、スプラバギジュアの木の活かし方をお教えしますよ。」
「木の活かし方……ですか?」
ペギーさんは不思議そうに首をかしげる。
「スプラバギジュアの実は、食べられることをご存知ですか?」
「いいえ?だって、この木はいつも、実のようなものがなっても、常に緑色で、とても食べられそうには……。」
ペギーさんは、木の枝になっているたくさんの実を見ながら言う。
「ああ。それが普通なんだ。
下にたくさん落ちているだろう?
落ちていれば緑色でも成熟している証拠なんですよ。」
スプラバギジュアは、カヤとオオバギを足したような性質を併せ持つ樹木だ。
オオバギのように幹内に昆虫を住まわせて共生し、カヤのように緑色のドングリのような実がなり、熟すとそれが落ちる。
カヤは日本だと主に神社に植えられていることが多く、また山に普通に自生もしている、比較的巨木になる木だ。スプラバギジュアも同様に山に自生している。
山の中にはえていると、落ちた実はすぐに動物や魔物に食べられてしまうが、ここは街中でそんな動物も魔物も存在しない。
落ちてすぐに拾いに来なくとも、取り放題なのである。
実はカヤ寄りの為、緑色をしているが、熟して落ちた実の中の種子をアク抜きしたものは、ナッツのような味と風味を楽しむことが出来るのだ。
また、専用の道具を使えば、カヤのように実から油をしぼりとることも可能な、非常に使い勝手のいい植物なのであるが、道端に落ちている銀杏を拾う人が殆どいないように、食べられることも、その加工方法についても、あまり知られてはいない。
俺は実を割って中の種を取り出すと、種を重曹と水を混ぜたものに浸けてアク抜きを開始した。
種は外側に茶色い渋皮がついていて、本当にナッツそのものだ。
大体コップ一杯の水に対して重曹大さじ1くらいを入れる。重曹の代わりに灰を使ってもいい。
また、残った実の部分は、ラカラという、ウォッカに似た酒を用意して貰い、それに漬けた。
一週間後、種を取り出して洗ったら、3日ほど天日干しをして欲しいとお願いをし、また来るとペギーさんに告げて、俺はスリリアントの街をあとにした。
10日後、俺は再びスリリアントの街へとやって来て、ペギーさんと再会した。
スプラバギジュアの種を加工する為だ。
厨房は役場の食堂のものを借りた。さすがこれだけの大きさの街だけはある。従業員用の食堂が中に作られていたのだ。
種の外側の渋皮は簡単には取れないが、アク抜きをしてあるので、渋くも苦くもなくなっている。
まずは種を炒ったものを、ペギーさんに食べて貰う。
恐る恐る口にしたペギーさんは、
「……美味しい……!!」
その味に感嘆した。
俺はスプラバギジュアの種をすり潰すと、3分の1は、サラダを作ってその上にかけた。
そして、すり潰した残りのスプラバギジュアの実を、鍋にスイートビーの蜂蜜と、水少々を加えて火にかけた。水分が飛んだら完成だ。
砂糖でもいいのだが、ここはタダで手に入る蜂蜜を使わせて貰った。
ルーフェン村で収穫して保存されていた、リンゴに似たレレンの実を、皮を剥いて芯を取り除く。その間にオーブンは180度に予熱しておく。
レレンの実2つを1センチの角切りにし、ボウルにグラニュー糖100グラム、卵2個、溶かし無塩バター50グラムを入れ、なめらかになるまで混ぜ合わせる。
料理と違って菓子作りは科学だ。材料や手順が1つとして違えば、スポンジが膨らまなかったりもする。
ここはグラニュー糖を使うしかなかった。
薄力粉100グラム、ベーキングパウダー5グラム、シナモンパウダー1グラム(なくてもいい)を、ふるいにかけながら少しずつ入れて、さらに混ぜ合わせる。
すり潰したスプラバギジュアの種を入れて、均一に混ざるように混ぜ合わせる。この時味のついたものを使ってもよいし、ついてないものを使ってもよい。俺は味のついてないものを混ぜ合わせた。
クッキングシートなんてものがないので、型に張り付いてしまうことにはなるが、俺は直接ケーキ型にそれを流し込んだ。
熱しておいたオーブンで、ふっくらと焼き色がつくまで40分程焼いたら、型から外して粗熱を取る。
最後に上にスイートビーの蜂蜜で味をつけた、スプラバギジュアのすり潰した種を振りかけて完成だ。
「スプラバギジュアの種を使ったサラダと、スプラバギジュアの種とレレンの実のケーキ、それとスプラバギジュアの実を使った酒だ。
食べみてくれ。」
俺が料理をしている間、なんだなんだと大勢の役場の人たちが、厨房を取り囲むように集まって来ていた。
そして、サラダとケーキと酒を口にするペギーさんを、羨ましそうにヨダレを垂らしながらじっと見ている。
「ど……どうぞ?」
その視線に耐えられなくなったペギーさんは、皿やコップにそれらを取り分けて、集まった人々に振る舞った。
「うめえ……!!なんだコレ?」
「ねえ、おかわりはないの?」
「憩いの広場の、スプラバギジュアの木の実なんです。
あそこに住む魔物が、スプラバギジュアと共生することで木を守り、その結果この実が取れたのだと、アスガルドさんが……。」
ペギーさんの言葉に、ワイワイと食べていた人々が、シン……とした。
「あの木に住まう魔物は、放っておけば攻撃をして来ない。
おまけに木の幹の中にいるから、基本姿も見えない。
スワロウフライは見えるかも知れないが、卵を産む間だけで、すぐにいなくなる。
放っておくだけで、毎年これが取れるんだ。
種は専用の道具でしぼって油を取ることも出来る。
ここの憩いの広場には200本ものスプラバギジュアが植えられている。
種を加工調理してもいい、実を酒に浸けて売ってもいい、種を絞って油をとってもいい。
スコーピアントとシェルズパスを、あの木にそのまま住まわせるだけで、この街に新たな名産が誕生する。
よく考えてみてくれ。
──討伐か、共生か。」
俺は集まった人々をじっと見つめた。
俺はそう告げると、スリリアントの街をあとにした。
この先は街の人たちが決めることだ。俺は共生の可能性を示すのみだ。
1週間後、冒険者ギルドに依頼料を受け取りに行った俺は、スリリアントの街が、スコーピアントとシェルズパスとの、共生を決めたことを知らされた。
ちなみに実のラカラ浸けは、泡盛の古酒のように、浸けておく時間や年数で、味も風味も変わり、いろんな味が楽しめる。
最短で3時間浸けておくだけでよいので、量産化も容易いのだ。
あくまで1つの可能性でしかなかった未来が、今実を結んだ。
すべての魔物がこうして人とともに生きられる訳ではないが、可能性がある限り、それを提案していきたい。
俺は改めて、そう決意を固めるのであった。
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