第43話 異国の冒険者

 俺はリッチを伴い、アシッド漁港へとやって来ていた。

 漁獲量を減らす魔物を討伐したところ、逆に漁獲量と海産物の収穫量が減ってしまい、その原因を探って欲しいとの依頼からだ。

 ここは暖かい土地柄なのだが、ビーチなどが作られておらず、観光客は少ない。人の入れるなだらかな砂浜が存在しないわけではなく、地引き網漁もさかんな土地だ。

 水温がとても冷たい為で、基本5℃をこえることがない。もっとも水温が高い場所でも10℃以下。サウナの水風呂よりも冷たく、とうてい人が入れる温度ではないのだ。

 主な産業は海で取れる海産物や魚介類。それらをよその土地や外国などに売って生計を立てている。

 魚好きの元日本人からすると、よだれが出るような素晴らしい環境で、俺は仕事のついでに絶対に新鮮な魚をたらふく食べて帰ると決めていた。


 アシッド漁港の依頼主は、漁業組合の組合長であるヤンダラさんと、この土地をおさめる領主のニースルース伯爵だった。

 ニースルース伯爵の後ろには、従者のティポマンさんが控えていた。このあたりでは、というか、この国ではあまり見かけない、浅黒い肌の異国人に見える。

「はじめましてアスガルドさん。

 ニースルースと申します。」

 俺はニースルース伯爵とヤンダラさんと、順番に握手をかわした。

「まもののおいしゃさんをやっているアスガルドだ。よろしく頼む。」

 俺はティポマンさんにも右手を差し出したが、ティポマンさんは困ったように、ニースルース伯爵をちらりと見やった。

「お相手が握手を求めている場合は、お前もしても構わないのだよ。」

 そう言われて、はじめてティポマンさんが、安心したようにニッコリと微笑んで、俺と握手をかわしてくれた。


「申し訳ない、アスガルドさん。

 このティポマンは、元は奴隷として他の国で使われていたのを、私が旅先で見かけて買い取って、この国に連れて来たんだが、その頃の姿勢が抜けなくてね。

 まあ、従者が客人と握手をかわすことなぞそうそうないから、それは問題ないんだが、もう、お前は自由なのだよ、と言っても、なかなか気持ちをきりかえるのが難しいらしくて……。

 国に戻っても家族がいないと言って、家と仕事を与えると言ったのだが、私から離れようとしない。

 ……まあ、見知らぬ異国の土地で、1人というのも不安だろうから、今は私の屋敷に住まわせて、従者をして貰っている次第だ。

 気のいいやつだから、慣れればすぐに普通に接することも出来ると思う。

 それまでは、少しこうして時々、すぐに反応出来ないこともあるとは思うが、気にしないでやってくれ。」

 ニースルース伯爵は、困ったように眉を下げながらも、少しも困っていない表情で笑っていた。

 ティポマンさんを日頃から優しく見守っているのが伝わってくる。見知らぬ土地で味方のいないティポマンさんが、ここまで慕って懐くのも無理はないなと思えた。


「まずは現場を見させていただきたいのですが、ちなみに討伐したという魔物はなんだったのですか?」

 俺の問いかけに、

「では、すぐ近くですので、歩きながらお伝えしましょう。」

 とニースルース伯爵が先に立って歩き出し、慌ててヤンダラさんが先頭に立って歩き出した。

「討伐したのは、ハバラリューシャンの群れの、主にメスになります。」

「ハバラリューシャンですか、冷たい海を中心に生息している魔物ですね。」

「はい、沿岸から大体10キロ圏内のところに、群れを作って生息していたのですが、彼らが海産物を荒らすというので、このヤンダラが、組合の人間たちと相談して、討伐を決めたようです。

 ですが、漁獲量は増えるどころか、以前よりも減ってしまいました。また、海産物の収穫量も減りました。

 こんなことははじめてのことで、討伐の際に冒険者たちが荒らしたのでは、という意見までもが飛び出る始末で、いっこうに漁師たちが落ち着きを見せません。

 その原因調査を冒険者ギルドに依頼したところ、アスガルドさんをご紹介いただいた、というわけです。」


「……本当は、私としては、ハバラリューシャンを討伐することで、生態系の一部を破壊してしまったのではないかと、そう考えているのですがね。」

 ニースルース伯爵は眉を下げながら、困ったように微笑んだ。

 ティポマンさんのことといい、あまりこの国の常識にはとらわれない人のようだ。

 ティポマンさんが異国人であることもそうだが、この国の奴隷制度は大分以前に廃止されたとはいえ、まだまだ異国人や奴隷に対する偏見は根強く残っている。

 昔異国人の奴隷が、大勢この国に連れて来られた際に、疫病が蔓延したことが原因で、異国人は疫病持ちのイメージがついてしまったのだ。

 だが、船にすし詰めにされ、ろくに食事も与えられず、風呂にも入れない環境であれば、どんな国の人でも病気になる。

 それが広まり、止める手立てがなかった。ただそれだけの話だ。


 そんな中で気にせず1人の人間として、ティポマンさんと接するニースルース伯爵は、自分の目で見て、疑問に思ったことはハッキリと告げる人なのだろう。

 彼の見立てでは、ハバラリューシャンは討伐すべきではなく、共生すべき魔物だという判断だった。

 ニースルース伯爵が、事前にヤンダラさんたちに相談を受けていれば、おそらく討伐前に冒険者ギルドに相談をし、俺のところに話がきていたことだろう。

 だが、魔物との共生はまだまだ浸透していない。魔物も生態系の一部に組み込まれている場合があることを、理解している国民はほとんどいないだろう。

 一刻も早く解決したかったヤンダラさんたちは、ニースルース伯爵に相談せずに、討伐依頼を出してしまった。


「確かにおっしゃる通りだと思います。

 現場を見てみないことには正確な判断は下せないが、ハバラリューシャンは、この海の海産物を含む生態系の、重要な一部であったと言えるでしょう。」

 確かに生態系の一部とはいえ、数が増えすぎているのであれば、討伐して数を減らさなくては、共生は不可能たろう。

 だから冒険者ギルドも討伐として依頼を受けた。だが、街に来た冒険者たちに、ヤンダラさんたちは、数を減らすのではなく、すべてのハバラリューシャン討伐を頼んでしまったわけだ。

 結果海産物の数の漁獲高が減り、かえって状況は悪化した。

 ニースルース伯爵にも、領民たちを納得させるだけの知識があるわけではない。そこで困って冒険者ギルドに依頼をし、俺がやって来たというわけだ。


 冒険者たちが本当に、討伐時に場を荒らすということは、正直少なくはないのだ。

 討伐を優先するがあまり、周囲の環境を顧みない。

 命がかかっているわけだから、余裕があればわざわざそんなことはしないが、基本、討伐する魔物のランクに近しい冒険者がやって来る。

 Cランクであれば、DランクかCランク、というように。そこにBランク以上が来ることはまれだ。

 なぜなら街中に出るようなCランク以下の魔物は、基本、素材を売って儲けることが出来ないからだ。討伐報酬のみしか、手元には残らない。

 それならば同じCランクであればダンジョンにこもる。だから街に来る冒険者は基本新人か、ダンジョンでは稼げない冒険者、ということになるのだ。

 余裕がないので足場環境を荒らす。結果、街の人たちから冒険者に対する苦情が、定期的に冒険者ギルドに入ることになる。


 冒険者は慈善事業ではなく、生活の為にやっている、ただの職業の1つだ。自分たちにとって面倒なことを、利用者に寄り添って、手厚く対応などしない。

 現代でも、日本のように丁寧に事前説明をしたり、細かい時間割で配達がされたり、ほとんど遅れずに電車がくる国のほうがまれなのだ。

 環境を荒らさないと、討伐出来ないことを事前に伝えれば済むだけの事だが、現場を見て初めて環境が分かるタイプの依頼であれば、冒険者ギルドでも説明はしない。

 たが、まもののおいしゃさんを始めるにあたって、少しずつそこも変わってきている。

 今は生みの苦しみの時期なのだ。いつかすべての人が納得できる環境が必ず作られる。

 それまで1つ1つのことを、解決し、改善していくまでだ。


 現場には、ほとんど何もなかった。

 俺はニースルース伯爵と、ティポマンさんとともに、ヤンダラさんが出してくれた船の上から、水中がのぞけるガラス付きの箱を海中に入れて、海の中を覗いて愕然とした。

 本来あるはずの海藻類すらも、大きなものは見当たらないばかりか、魚もほとんど泳いでいない。これでは状況を改善したとて、すぐに元の海に戻すのは難しいだろう。

 俺がそのことを告げると、ニースルース伯爵もそうだが、特にヤンダラさんが露骨に肩を落とした。

 俺のたらふく魚介類を食べて帰る計画も、このままであれば頓挫しそうだった。

「他の魔物が原因ということはないのですか?」

 魔物が生態系の一部であるという事実に、どうしても納得のいかないヤンダラさんがそう訪ねてくる。


「漁師たちからは、魚が取れなくなった代わりに、フールシザーズが大量に取れるようになったり、網を切られるといった事件の報告を複数受けているのです。

 フールシザーズは魚を食べる魔物だ。

 コイツらの数が劇的に増えたことが、そもそもの原因ではないかと、私を始めとする組合では考えているのです。

 ですが、ハバラリューシャン討伐後に漁獲高が大幅に減ってしまったことで、組合からはその討伐費用を捻出できなくなってしまって……。

 本当は、ニースルース伯爵に、その費用を肩代わりしていただきたくてお願いをしたのです。

 漁師たちを始めとする、街の人々の生活は、日に日に困窮していっているのです。

 ハバラリューシャンの活用方法など、考えている余裕は我々にはないのですよ、アスガルドさん。」

 ヤンダラさんは拳を握って縦に振り回しながら熱弁をふるった。


「……ん?

 フールシザーズが大量に増えたですって?

 見た限りじゃ、まるで見当たらなかったが……。

 ──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ?

 むしろ、この街が活性化するだろうな。」

 俺の言葉に、今まで黙っていたティポマンさんが、ぼそりといった。

「オレ……わかる……。

 ハバラリューシャンのいない海……、海藻がいない。

 海藻のいない海、魚いない。

 それだけ。」


 ティポマンさんの言葉に、ニースルース伯爵と、ヤンダラさんが目を丸くする。

「何か知っているのかい?ティポマン。」

「オレ、この国来る前、冒険者。

 魔物のこと、少し分かる。」

「ほう?ランクはいくつだったんだ?」

 俺の問いかけに、

「この国のランク、よく分からない。

 俺のいた国、金、銀、銅、鉄の4つ。

 オレ、銅だった。」

「……なるほどな。

 そういうことなら、ティポマンさん、あんたにも協力して貰おう。」

「ニースルースさんのためになる、手伝ってもいい。」

 俺たちは早速、アシッド漁港復活大作戦を開始したのだった。

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