第41話 1万体の魔物
俺はリッチを伴い、スリリアントの街へとやって来ていた。かなり大きな街で、別の国との貿易もさかんな、都市に近い街である。
冒険者ギルドの受付嬢によって、活用共生検討の余地があるもの、に振り分けられた依頼を、実際に可能かどうか確かめる為だ。
スリリアントの依頼主、ペギーさんはまだうら若き女性だった。街の代表としてトラブルに対応する、役場の人間とのことだった。
この世界は女性の地位が低く、なかなかこうした仕事につくのは難しい。そもそも識字率が低い為、選択肢がないのだ。
女性が仕事で稼ごうと思うと、冒険者くらいしか頭に浮かばないのが今の俺の住む世界の現状である。
にも関わらず、この若さでそれを任されるということは、かなり優秀な人なのだろう。
ペギーさんは一瞬リッチに怯えたあとで、俺を現場へと案内してくれた。
「……ここは街の人たちの憩いの広場なのですが、ある日突然、大量の魔物が発生するようになったのです。
おまけにこうして……。」
ペギーさんは、斧か何かで幹の途中を割られて、中が丸見えになってしまった木を、遠くから指さした。
幹の中が見えているのは一本だけで、自然に穴があいたのではないことが分かる、まだ新しい傷口が遠目からでも分かった。
「木の途中が空洞になっているのが分かりますか?
木の専門家に調査して貰ったのですが、ここに生えている木は、すべてこの状態ということでした。」
広場を取り囲むように、かなりの数の木が生えている。それらがすべて同様の状態であるということは、見えないだけで、たくさんの魔物がそこに存在しているということだ。
見えないから怖くないわけではない。
幽霊と同じようなもので、そこにいるかも知れない、いや、きっとそこにいる筈だという想像に、人はまず恐怖を覚える。
そしてそれが事実であることを、わざわざ確かめたくなってしまうのだ。
肝試しなんてものをやろうとする人が必ずいるのは、恐怖という刺激があるのと、好奇心を満たしたい気持ちが同時に存在するからだ。
「──どうやらこの木を、すみかにしている魔物がいるようなのです。
毒を持つ、かなり凶暴な魔物だということで、みんな恐れて広場に近付かなくなりました。
あの木の幹の調査をする際にも、斧で幹を壊した人間が、魔物に毒でやられて医者にかかっているのです。
しかもですよ?
魔物は1種類じゃないんです。
別の種類の魔物までもが、木の幹の中に住んでいるようなのです。
正直、一刻も早くどうにかして欲しいのですが、活用共生検討の余地あり、ということで、討伐ではなく、まずはアスガルドさんに見ていただくのがよいでしょう、と冒険者ギルドで受付嬢の方に言われてしまいまして……。
本当に、そんなことが可能なのでしょうか?」
ペギーさんは、むしろ早く討伐に切り替えたいようだった。見えないとはいえ、凶暴な魔物が幹の中にいる、しかもそれが2種類も、と言われてしまっては、気が急くのも無理はなかった。
「ふむ、まずは見てみましょう。」
俺は最初に、斧で割られたほうの、木の幹の内部を覗き込んだ。
幹が割られてしまって、直接雨風が当たるようになったことで、数自体は減っているようだったが、確かに幹の中には2種類の魔物がうごめいていた。
続いて他の木の幹をノックしたり、幹に耳をつけて、内部の音を確かめる。
ペギーさんはその様子を、今にも目の前で俺が襲われるのではないかという想像をしているのか、恐怖のあまり逃げ出したそうに、ガタガタ震えながら見ていた。
「確かに、中は空洞になっているようですね。すべての木が同じ状態でしたよ。
おまけに、2種類の魔物がいるかも知れない、ではなく、──確実に2種類、幹の中をすみかにしているようです。」
ペギーさんは絶望的な顔になった。
「凶暴な魔物が2種類も……ですか?
そんなものと本当に、共生したり、活かして私たちの助けにするなんてこと、出来るのでしょうか……?」
共生出来ると伝えられても、断わりたいのがありありと分かる表情だった。
共生や活用が出来ると伝えても、魔物は恐ろしいもの、近付きたくないものと、まだまだ思っている人たちが多い。
そこを言葉で説明しても、感覚で理解するのは難しい。
ましてやあらかじめ凶暴と聞かされてしまっているのだ。
ペギーさんの拒絶反応も無理からぬことだった。
「いや、凶暴なのは、そのうちの1種類だけだ。もう1種類はまったくおとなしいものですよ。」
そう聞かされても、とても安心する様子はなかった。
「──それに、凶暴と言っても、外敵に対してのみです。
攻撃しない限りは襲っては来ません。
最初にどなたかが、彼らを木の外で見かけて、この木を調査することになったのではないですか?
調査を開始することで、彼らのすみかである木をわざわざ傷付けて、幹の内部をむき出しにしたことを、彼らに攻撃と見なされてしまったのですよ。」
俺は木に触れながら言った。この木に住む魔物は、昨日今日ここに現れた訳ではないことは、幹の内部の様子から分かった。
わざわざ刺激してしまったことで、ここまで大騒ぎになってしまったのだ。
「では、われわれは放っておけば良かったということですか?」
「はい、そうなりますね。
この木はいつからここに?」
「もう何十年も前からになります。
この広場が作られてから、ずっとここにあるものです。
その間、特に魔物が見つかるようなことはありませんでした。今までわれわれは安全に暮らしていたのですが……。」
「──この木の中にいる魔物は、2種類とも、この木と共生関係にある魔物です。
この木がここに植えられたすぐ後には、もう中にいたことでしょう。
木の幹の内側をご覧になりましたか?
昨日今日こんな風になった訳ではないことが、お分かりになるかと思います。
それがここまで気付かれずに、何十年と経過しているのです。
たまたま気付かれることがなければ、今まで通り、彼らはここで暮らしていたことでしょうね。」
何十年も何事もなかったことが示している通り、共生関係関係にある木を、魔物はむしろ守っていた。
そうやって静かに暮らしていたのに、魔物だということだけで、人々が騒ぎ立てたことが、人を襲った原因だった。
だがペギーさんは、知らない間に何十年も住み着かれていた、という部分に、背筋が寒くなったような表情を浮かべていた。
共生が可能であっても、街の人たちに受け入れて貰えなければ、結局は退治することになってしまう。
ひとくちに活用共生が可能と言っても、そこには、そこに暮らす人々の魔物に対する拒絶反応という壁が存在していた。
「もし、魔物をどうしても討伐なさりたいのであれば、この木そのものを撤去する必要があります。
魔物と共生関係にあるこの木は、今中にいる魔物がすべて討伐されたところで、ふたたび同じ種類の魔物を呼び寄せることになるでしょう。
自分自身の身を守るためにね。
この木の葉しか食べない魔物もいるのですよ。魔物を呼び寄せないためには、そもそもこの木は人の住むところに植えるのには、あまり適切じゃないものだ。」
俺の言葉に、ペギーさんは首を振って困りだした。
「それは出来ません。
この木は親睦の証として、姉妹都市であるサンスクリッダから贈られたものになるのです。
この木を撤去することを、われわれは望んでいないのです。」
「……では、魔物との共生を選ぶしか、選択肢はないと思います。
この木に魔物を寄せ付けなくする手段は、今のところありませんのでね。」
「そんな……。」
ペギーさんはあくまでも、討伐したい考えのようだった。
「──何度も討伐の依頼をなさるか、このまま放っておいて共生していくかの、2つに1つですよ、ペギーさん。
討伐なさりたいのであれば、俺にはこれ以上出来ることはない。
改めて、冒険者ギルドに討伐の依頼をなさってください。
すぐには答えが出ないと思います。よく考えて、どちらが街の為にとってよいか、お決めになられるとよいでしょう。
俺は放っておくのが、一番いいと思いますがね。」
この街のように、ある程度予算が潤沢な場所ともなると、すぐに討伐の依頼をかける方に頭が働くのだと思うが、それでもいずれは、共生の道を選ぶことになるだろうと俺は思っていた。
実はこの中にいる凶暴なほうの魔物は、同種の魔物の種族の中で、最も強力な毒を持つことで知られており、討伐ランクがCに指定されている。
人の住むところに出る魔物の中では、かなり高いランクといえ、現れるたびに毎回討伐していたら、いくら予算が潤沢とはいえきりがない。
なにせ1つの木の中には50体以上もの魔物が存在し、しかも木は200本以上植えられているのだから。
Cランクとはいえそれが1万体。大規模な討伐隊が必要になることだろう。冒険者ギルドの受付嬢が、共生活用検討の余地ありの書類の一番に置くわけである。
ペギーさんをこれ以上怯えさせてはいけないので、直接口にはしなかったが、討伐を依頼するのであれば、やがて知ることになるだろう。
だが、共生を選ぶのであれば、具体的な頭数までを知る必要はない。
俺はペギーさんに別れを告げて、スリリアントの街をあとにした。
だが、後日緊急で呼び出され、俺は再びスリリアントの街へと、リッチを伴い、やって来ることになった。
冒険者ギルドによると、状況が一変し、再度確認の必要があるとのことだった。
俺はある程度予想はしていたことではあったが、このタイミングでか、と思っていた。
「状況が変わったとのことだが、いったい何があったというんです?ペギーさん。」
俺は慌てた様子のペギーさんをなだめながら言った。
「3種類目の魔物が湧いたんです!!
1つの木に、3種類もですよ?
どうしてこんなことに……。
やはりこの木が、いえ、この街そのものが呪われているのだとしか思えません。
……われわれは一体どうしたらいいと言うんですか。
討伐を依頼したら、木の中には魔物が1万体以上もいるとのことで、莫大な討伐費用を提示されてしまいました。
1万体を毎回討伐なんて、いくらこの街の予算が潤沢でも、とうてい出来ません。その上おまけに3種類目だなんて……!!
この木は呪われているんでしょうか。
友好と親睦の証である、この木を切り倒すしか、われわれにはもう、選択肢が残っていないのでしょうか。
教えて下さい、アスガルドさん!!」
ペギーさんは今にも泣きそうだった。
「ペギーさんは、その魔物を直接目撃されましたか?」
「……いえ、直接には……。
ただ、見た人間の話によると、凶暴なほうのCランクの魔物を、新しく現れた魔物が襲っていたというのです。
Cランクを襲える魔物って、一体何ランクなのでしょう。
少なくともCランク、下手をすれば、Bランク以上だってありえますよね?
街にBランクが出たなんて、私はいまだかつて聞いたことがありません。
それでもなお、活用共生検討の余地ありとして、再びアスガルドさんにお願いしてみるよう、冒険者ギルドの受付嬢に言われてしまったのです。」
「──ひょっとして、その魔物は、空を飛びますか?」
俺はペギーさんに尋ねた。
「……はい、ご存知なのですか?
それとも、冒険者ギルドのほうから、事前に何か聞いてらっしゃるのですか?」
「いや、特に聞いてはないんだが。」
「……1つの街に、魔物が3種類もだなんて……。
本当に、これでも共生可能なんでしょうか?
とても私には、そうは思えません。
やはり何とか上にかけあって、討伐をして貰うしか……。」
「──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ?
というよりも、遅かれ早かれ、3種類目が現れただろうからな。
それが今だったという、それだけの話なんだ。」
俺の言葉に、ペギーさんはキョトンとしていた。
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