第39話 初代まもののおいしゃさん

 俺は獣の檻のメンバーと、ジルドレイ、エドガー、オットーらと共に、ロングイグアイランドを目指していた。

 ロングイグアイランド。別名約束の地。

 はるか昔、永久の誓いがたてられたとされるこの場所は、戦争時は戦地に向かう際に、必ず戻ると誓いをたてる人々であふれていた場所だ。

 現在でも、主に永久の愛を誓う恋人たちに人気の観光名所である。

 この場所には、人類よりも歴史が古いとされる聖なる木があり、それが御神木のような役目を果たしている。

 木は国によって管理され、観光客は近付くことは出来ない。それでも少しでも木に近付いて、人々は祈りをささげ、誓いをたてる。


「約束の地とはな。

 俺たちに最も馴染みがあるようでない場所だ。盲点だったぜ。」

 ジルドレイが言う。

「──俺もエンリーに言われるまで、すっかり忘れていた。

 なにせ最初に聞かされはするものの、実際に行くことがないわけだからな。」

「そうは言っても、親父がお前につけた名前の由来に関わってるわけだろ?

 真っ先に思い浮かべても良かったんじゃないか?」

 ランウェイが笑いながら言う。

「そう言うお前だって、この間来た時、まったくそんな話を持ち出さなかったじゃあないか。

 そんな場所なんだ、あそこは。」

「まあ、実際、今はほぼ聖遺物と化しているからな。」

 オットーが言う。


「正直、俺は楽しみではあるよ。

 こんなことでもなければ、行くことなんてなかっだろう、伝説の土地だからな。」

 エドガーは楽しそうですらあった。

「例の、伝説の魔道士の杖が、あの木の枝から作られた、ってやつか?」

 サイファーがエドガーに尋ねる。

「ああ。魔道士には憧れの場所さ。」

「けど、その時の傷付けられた傷が原因で、一度木が死にかけたって話だろ?

 どっちかって言うと、縁起が悪いんじゃねえか?」

 ジルドレイが首をかしげる。

「実際のところは。伝説の魔道士の杖の木だってことで、やたらめったら枝が盗難にあったのが原因って話だ。

 それから国が正式に管理するようになったらしいからな。

 一本二本ならいざ知らず、枝を殆ど折られちゃあ、枯れかけもするさ。」

 ランウェイが肩をすくめてみせた。


「ああ、それで、枝を一本折られただけでも、まずい木だって話にすり替えたのね。

 そうしたところで、売るつもりなのか、使うつもりなのかは知らないけど、盗るやつは盗るんでしょうけど。」

 サーディンが言う。

「確かにな。俺だって、木の枝を折るだけで、伝説の武器が手に入る、だなんて言われたら、ちょっと興味が湧いてくるよ。」

 グラスタが言う。

「伝説の武器じゃないけど、クラーケンの討伐に参加したことで、供出して貰えた武器は凄かったわね。

 全員今までのものより、確実に上のものが渡されたわ。

 こんなものを供出してくれるくらいなら、どうしてクラーケンを退治しに行く前に、用意してくれないのかしら。」

 リスタが不満げに言う。


「供出されたのは、武器が壊れたり、なくなったって奴ら限定だったからなあ。

 Sランクなら、倒せる武器くらい、持ってて当たり前、ってことなんだろうぜ。」

 サイファーが言う。

「討伐参加の報奨金も満足をこえるものだったし、そもそもSSランクなんて、滅多に出るものじゃあないものね。

 こうやって最終的に、事前に何もして貰えないっていう不満を、お金や武器という大きな満足で打ち消すことで、時代時代の冒険者たちが、反発して国に反旗を翻すまでにいたらなかったのよ、きっと。

 しょせん私たち冒険者なんて、全員その日暮らしの身。それが嫌なら、そもそも冒険者なんてとっくにやめてるわ。」

 サーディンが手のひらを上に向けながら言う。


「大勢人死でもでりゃ、また話は違うんだろうけどな。

 今までも、参加して死ぬ奴らはその都度いたみたいだが、100人参加したうちのほんの数人だ。

 遺族に莫大な恩赦を渡せば、それで黙ったこったろうぜ。」

 オットーが苦笑する。

「……問題は、この先、大量に人が死ぬような魔物が現れた場合だ。

 俺たちが現役の間に、それが出ないとも限らないわけだからな。

 今回はたまたまアスガルドが活かす方法を思いついたが、吸血する魔物の始祖なんて現れてみろ?

 魔物も動物も人間だって操られちまう。

 おまけに人型で、体に活かせる部分なんてない。

 吸血するって特性と、他人を操る力だなんて、そんなモンどうやったって活かしようがないだろ。」

「……確かに。俺もそれは無理だと思う。」

 ランウェイの言葉に俺はうなずいた。そもそも他の魔物と違って、生き物であるかすらも分からない。そんな存在と共生出来る気はしなかった。


「あ、あれじゃないかしら。

 頭ひとつ飛び出てる木があるわ。」

 そう言ってサーディンが指差した先には、遥か彼方からでも気付くことの出来る、巨大な枝を伸ばした一本の木が立っていた。

 進めど進めど、たどり着く気がしない。

 木が大き過ぎる事で、全員目測を見誤っていた。

「……あんな巨大な木の枝を、先人たちはどうやって折ったってんだ?」

 サイファーが歩きながら愚痴る。

「その頃には、もっと背の低い木だったんじゃない?

 人類の歴史よりも古いとされる木よ?

 むしろあれぐらいじゃないとおかしいもの。

 もう少しだから頑張りましょう?」

 リスタが脇で励ます。


 ようやくその木にたどり着いた時、俺たちはみな、荘厳な気持ちに包まれた。

 遠くから眺めるだけでは感じることのなかった、木の持つエネルギー。

 生命力とでもいうのか、ちっぽけな俺たちは、完全にその力に圧倒されていた。

「こりゃあ……思ってたよりすげえなあ。」

 ジルドレイが上を見上げてため息を漏らす。

「……本当に……来て良かったと、心から思うよ。

 あれ、なんだ?目から自然に……。」

 エドガーは気付けば涙を流していた。それを右腕で拭う。

 太古から人類を見守っていた、人を育む大地を産んだとされる木。その木を前に、俺たちはただただ、言葉をなくしていた。


「まずは役場と、この土地をおさめる公爵に会いに行かなくてはな。

 陛下が事前に使者をつかわしてくれて、話は通っている筈だが、こうして木の周りを兵士たちが守っているんだ。

 彼らの間を通るのに、来て貰わないと始まらない。」

 俺が呆然としたままのみんなを振り返る。

「そうだな。まずは役場から行こうか。」

 オットーの言葉にみんながうなずいた。

 俺はこのアイデアを思い付いてすぐ、再び陛下に謁見していた。陛下は内容を吟味し、口添えを約束してくれた。

 そこで俺が必要な人数を集めて、こうしてこの地にやって来たという訳なのだ。

「──はい、間違いなく、王家の印章が使われた、正式な書類で問題ありません。

 このあと公爵家に向かわれるとのことですので、それが済みましたら、またこちらに立ち寄っていただけますでしょうか?

 誰に聞いても、分かるようにしておきますので。

 わたくしはアディソンと申します。」

 役場はこれで問題がなかった。俺たちはその足で公爵家へと向かった。


 そこで俺たちは随分と待たされた。門の前でもそうだが、応接間に入ってからも、更にかなりの時間待たされることとなった。

 わざとなんじゃねえだろうな……、と、ジルドレイたちが次第にイラつきだした頃、ようやくこの地をおさめる、ノーサンバーランド公爵その人が姿を現した。

 俺は立ち上がってお辞儀をし、他のみんなもそれに続いた。ノーサンバーランド公爵は俺たちをひと通り、胡散臭いものでも見るような目つきで、ジロッと眺めると、

「……君かね、陛下からつかわされた冒険者というのは。」

「はい、アスガルドと申します。

 この度は貴重なお時間を拝借して申し訳ない、ノーサンバーランド公爵。」

 ノーサンバーランド公爵の態度に、うっかり敬語を混ぜてしまった俺を、みんなが気味が悪いものを見た目で見てくる。

 ……分かっている。みなまで言うな。


「……まあ、かけたまえ。

 君たちは約束の地の魔物を、伝達の手段に使いたいとの事だが、本当にあんな伝説をまともに信じているとでも言うのかね?」

 ノーサンバーランド公爵に促されて、全員が顔を見合わせて遠慮をしあった結果、俺とジルドレイ、ランウェイとオットーがソファに腰掛け、残りの5人はソファの後ろに立った。かなり大きめのソファではあったが、さすがに9人は座りきらない。

「──伝説ではありません、ノーサンバーランド公爵。

 あれは遥か昔より、王家にて、有事の際の伝達手段として、実際に何度も使用されてきた記録のあるものです。

 冒険者なら、誰もがはじめたての頃に聞かされる話です。魔物とは、こうして活用出来ることのあるものだと言う、ひとつの事例として。

 現在は公布がありますので、実際に使用された記録はかなり古いものになり、俺たちもその目で確認したことはありません。

 本来ですと、王家のみが使用出来るものにはなりますが、今回使者からの書類にありました通り、俺たちが代理として参った次第です。」

 俺の言葉遣いに、ジルドレイが落ち着かなそうに、やたらと尻の位置を動かした。


「ふむ……。にわかには信じられんな。

 そもそも、あの木が魔物だと言うこと自体ですら、この地に住まうものたちからすれば、伝説に等しい内容なのだ。

 それを伝達手段に使えるなどとは、到底思える内容ではない。」

「魔物というものは、動くものばかりではありません。

 植物の魔物は、自らは動かず、攻撃された場合のみ、反撃をするものが殆どです。

 あの木は実際に、雷属性の弱点を持つ木の魔物だ。火属性への完全耐性があり、魔法に限らず、火で燃やすことは絶対に出来ない。

 以前この地に大規模な火災が発生した際にも、一切燃えることのないこの木のそばに、人々がこぞって避難した、という記録が残っている筈です。」

「その大火災のおり、領民たちがあの木に避難した件については、確かに先代より聞き及んではいるが……。」


「それは奇跡や聖なる力などではなく、単なる魔物の特性に過ぎません。

 あれは間違いなく、木の魔物なのです、ノーサンバーランド公爵。

 俺はクラーケンを活用し、天日塩を取る方法を打ち出しました。

 結果、それには成功しましたが、魔物は活用や共生出来る場合があること、人々の生活に潤いをもたらす可能性がある生き物であることを、拡大解釈されてしまい、現在人々は、魔物を討伐して数を減らすことを自分たちの損失だととらえています。

 連日集団で冒険者ギルドにおしかけ、とても冷静な状態ではない。

 まずは彼らの頭を冷やし、話を聞く耳をもてる状態にすることが急務なのです。

 その為には、あの木の魔物の力を借りる必要があるのです。

 俺たちがあの木に近付けるよう、同行してはいただけないでしょうか。」

 真剣に話し合う俺たちの脇で、んんっ!うん!などと咳ばらいをしたり、笑いをこらえているみんなの姿が見える。

 冒険者の立場である俺が、敬語を使うのをおかしいと感じるのも、気持ちが悪いのも分かるが、重要な場面だ。もう少しだけこらえてくれ。


「……君が望む結果になるかは正直分からないが、確かにそれは私も必要なことだと思っている。

 私も今回の事でSランク冒険者たちを呼び寄せて、魔物の活用について相談させて貰ったが、やはり彼らの回答も、殆どの魔物は活用不可で、出来る場合もその土地土地の、環境や状況によるというものだった。

 このまま領民たちが拒絶を続けるのであれば、私が冒険者に依頼をして討伐すればよいというものでもない。

 魔物を討伐すること自体に、領民たちに反発を受けた状態のままでは、私自身身動きが取れんのだ。

 私の領地もそれでかなり荒れてしまっている。ことは急を要する。

 ……いいだろう。君の言葉に賭けてみようじゃあないか。

 君たちに同行し、兵士たちを遠ざけることを約束しよう。」

 ノーサンバーランド公爵は俺に右手を差し出した。


「ありがとうございます、ノーサンバーランド公爵。

 役場の方も立ち会っていただけることになっておりますので、お手数ですが、一度役場にも立ち寄らせて下さい。」

 俺はノーサンバーランド公爵と握手をかわしながらそう伝える。ノーサンバーランド公爵は大きくうなずいてくれた。

 役場に立ち寄り、アディソンさんを呼んで貰う。俺たちはノーサンバーランド公爵とその従者、アディソンさんを伴って、再び約束の地の魔物の前に戻って来た。

「……いつ見ても凄いですね……。

 こんな素晴らしいものがある土地で仕事が出来るなんて、本当に身が引き締まる思いです。」

 アディソンさんは木の前に立って感動していた。

 ノーサンバーランド公爵とアディソンさんにより、木を守っていた兵士たちが、少し離れたところに移動する。


「──それで、この木を使って人々に意思を伝達するというのは、どのようなやり方なのかね?」

 ノーサンバーランド公爵が俺を振り返る。

「……この木は王家の記録に現存する限り、人々に協力し、共生してきた最古の魔物になります。

 この木の魔物を初めて伝達に活用した人間は、いわば俺の先代。──初代まもののおいしゃさん、というわけです。

 その先代のやり方に従います。

 その為に、俺は彼らについてきて貰ったのですよ。」

 俺はみんなを振り返る。みんなが俺を見てうなずく。

「さあ、みんな、はじめよう、まもののおいしゃさんの本領発揮だ!!」

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