第38話 約束の地の魔物

「そうか。

 頑張ってるんだな。」

「ああ。

 村長を通じて、少しずつでも、かえしていくつもりだよ。

 ソフィアも同意してくれたしな。」

 俺は新婚旅行から戻り、挨拶に来てくれた、エンリーとソフィア夫妻を自宅で出迎えていた。

 エンリーは子爵となり、領地を管理する仕事についた。

 一家の大黒柱、また貴族としての運営管理の為に勉強をいちから始めることになったという。

「文字も読めないからさあ。

 結構大変で。ほんとイチからなんだぜ?

 ──でも、生活にかかるお金のこととかは、分かるようになったよ。

 今まで全部親がやってくれてたから、分からなかったけど、今ならなんで、ルーフェン村のみんなが、あんなに怒ったのかがよく分かる。

 ……暮らすって大変だ。

 俺の村と同じくらい貧乏だったのに、せっかくの稼ぎのチャンスを、俺がうばっちまった。

 今はもう、再開出来てるからって言われたけどさ、法律でも別に咎めらんねえけど、そんなんじゃ、本来済まない事だと思う。みんなの気持ち的に。

 ──それでも、みんな、みんな、俺の結婚を、……祝いに来てくれた。

 俺はみんなと、こう……、モヤモヤ、ゴチャゴチャしたくない。

 だから必ず返すよ。

 ほんとに少しずつなんだけど。」

「そうか。大人になったな、エンリー。」

 かたわらでソフィアさんが、頼もしそうにエンリーを見つめていた。


 この世界には、本が少ない。

 そもそも紙もインクも高いというのがあるが、製本の技術がまたまだ確立されていないのだ。

 俺はランウェイとの話の中で、どうやって人々に、俺の気持ちを伝えればよいだろうと思っていた。

 魔物の取り扱いマニュアルのようなものを作れば、冒険者が教えずとも、それを見ることで、利用出来る環境かそうでないかを発信すること自体は出来る。

 紙を作る原料になる木が取れる魔物は存在する。俺が本を作りたいと言えば、協力してくれる人たちもたくさんいるだろう。

 問題は、それが伝わっても貴族の間にだけということなのだ。

 この世界の人々は学校に行かない。

 貴族のように学問を知らず、敬語が分からず、──当然文字が読めない。


 村や街の人たちは、知識を与えて貰えない。

 それは文字や学問に限らず、魔物に対してもそうだ。

 ランウェイが言った冒険者側の不満に同調出来る部分も多い。冒険者は今回のことに、大体同じような不満を感じていると思う。

 それもひとつの側面であり、間違っているとは思わない。

 俺たちは冒険者になることで知識を得る機会を得た。

 だから魔物とはこうしたもの、というのが分かるし、対策も出来る。

 ある種の専門職であるので、その知識をやたらめったら他人に説明するものでもない。

 おれは魔物専門医を名乗っているが、医者が薬の服用時の副作用について説明しなかったのであればそれは大問題だが。


 ランウェイは冒険者を床屋に例えたが、俺は冒険者ギルドと冒険者の関係を、家を建てる際の建築士と大工の関係だと思っている。

 こうしたい、という希望を聞いたり、顧客に提案するのが建築士。その後決まった内容に対して要望通りの家を建てるのが大工だ。

 現場にいることで、顧客から説明責任を求められることも多いと思うが、契約で決まった通りの作業をしているだけの段階なので、話し合いは建築士側が本来済ませておくべきことだ。

 つまり、冒険者ギルドで説明をし、冒険者はその結果に合わせて対応するだけの作業員ということになる。


 俺はそれをまもののおいしゃさんでやろうとしていた。

 今回の騒ぎの以前までは、それが出来ていた。

 受付嬢が話を聞き、俺にふれそうなものは、まず俺にふる。その上で討伐の必要があるのであれば、俺が冒険者ギルドに戻す。

 依頼主の話を聞いて、ランクや依頼料の判断、事前調査クエストを決めるのが冒険者ギルドだからだ。

 それがパニックが起きてしまったことにより、受付嬢の話も、他の冒険者の話も、俺の話も、まったく聞き入れられない状態になってしまったのだ。


 国全体に魔物の流用の可能性について広めるのは、国の役目であって冒険者ギルドの仕事でも、冒険者の仕事でもない。

 仮に伝染病が流行ったとして、その対策を決めるのは国であり、ひとつの病院に説明責任を求められても対応出来ないのと同じだ。

 むしろ俺の所属している冒険者ギルドの支部は、長年の付き合いから、臨機応変に対応してくれている方だと思う。

 国が認めて指示したわけでもない俺の仕事内容についてまで、顧客に説明するという業務を増やしてくれたのだから。

 本来、国が果たすべき説明責任を、冒険者側に求められても、冒険者も困るのだ。

 俺に対する依頼は、他の冒険者も受けてもいいことにしている。だが、討伐や捕獲よりも稼げないので誰もやらない。

 薬草採取よりも、討伐クエストを受けたい。ただそれだけの話だ。


 だが、魔物との共存の可能性を、知識として与えて貰えなかった側である、村や街の人たちの不満もまた、正しいものであると思う。

 魔物の湧き待ち、という言葉がある。同じところに繰り返し発生する魔物を待つことをさす。

 中には討伐依頼が来るものもあるが、大半は人里離れているかダンジョンの中だ。

 だが同じところに発生する魔物は、共生出来るものも中には存在する。

 湧き待ちをする癖のついている冒険者たちは、知っていたとしてもそれを教えようという発想がない。

 だから知っていたとしても教えない。その方が次のクエストが発生するからだ。

 その知識を教えられず、何度も依頼を出すことになった地域の人たちからすれば、不満はもっとものことだ。


 例えば定期的にコウモリが家に住み着く地域があったとする。国から退治を禁止されているので、追い出す為に害虫駆除を依頼する。

 だが次も入り込まれないようにする対策方法を業者が知っていたとしても、仕事が来なくなるから教えない。それに近い。

 生活の為に魔物を討伐している冒険者たちは、魔物が本当の意味でいなくなっては困るのだ。

 だが冒険者たちの大半は害虫駆除業者ではなく、賞金稼ぎだ。

 住宅街の近くに出る魔物を討伐することを、生活の中心にしている冒険者は少ない。

 ランウェイのように高ランクダンジョンで活躍する人間からしたら、住宅街の討伐クエストの湧き待ちをしている、一部の冒険者の感覚は理解出来ない。

 だから依頼主の言いがかりだと感じてしまう。だが実際にそれを中心に活動する冒険者たちもいるのだ。 


 そうした冒険者の行動は、わざと隠していたと不満を持たれたとしても、少しも不思議ではない。

 俺たちはダンジョンを中心に活動していたのであまり関係がないとも言えるが、レベルが低い頃はそうしたクエストも受けていた。

 初心者やレベルの低い人間がいくので、特に対策などの知識のない頃だ。当然俺も含めて、誰も対策方法など話さない。

 募集掲示板を見て、また募集がかかっているなと気になる程度だ。

 対策の知識が身に付く頃にはダンジョンに潜っている為、対策を説明する為にわざわざ村に行ったりすることは、俺もしなかった。


 だが、ずっと頭の片隅にはあった。だからまもののおいしゃさんを正式な仕事にした。

 まともに稼ぎたい、稼げる冒険者は、住宅街に出る稼ぎにならない魔物を相手にしたくない。やるからには数を回したい。対策の話などに時間を取られたくはない。

 数を回す為には魔物が頻繁に発生する必要がある。そういう場所でしか稼げない冒険者は、自分たちの稼ぎを減らさない為、住民に対策を教えない。

 だから、これは冒険者業界全体の問題であるとも、俺は思う。

「アスガルドは大丈夫なのか?

 まだ、話が全然落ちいてないみたいだけどさ。」

 エンリーは心配そうに言った。


「俺もなかなか、いい対策が浮かばなくてな。困ってるところだ。」

「俺たちに出来る事があれば言ってくれよ?またいつでも手伝うからさ。」

 ソフィアさんもうなずいて同意する。

「ああ。

 その時が来たらまた頼むとするよ。

 ……こうして1人1人と直接話せれば、気持ちが伝えられるんだがな。

 冒険者と、冒険者ギルドに来る依頼人。

 ──どちらの言い分も、俺には分かる。

 だからなんとかしたくて、この仕事を始めたんだがな。

 その地固めの真っ最中だったんだ。

 だから、せめてみんなの気持ちが落ち着いて、話を聞いてくれる状態になれば、すぐにでも解決出来る話だと思うんだが……。」


「──気持ちを伝える?

 言葉じゃなくてもいいのか?」

「まあ、文字にしても伝わらないからな。

 なにせ読める人間が少ないんだ。

 話せないなら、感情だけでも伝わればいいと思ってはいるが。」

「出来るんじゃないか?それなら。

 俺たちの新婚旅行先で、そういう魔物が……。

 ──あれ、魔物か?

 まあ、そういう力を持つ魔の生物がいたぜ?」

「ちょっと待てエンリー、……聞いてなかったが、お前たちの新婚旅行先ってどこなんだ?」

「ロングイグアイランドだよ。

 約束の地で、恒久の愛を誓って来たのさ。

 アスガルドの名前の由来にも関係してるって言うから、ピッタリだなと思ってさ。

 な?」

 エンリーとソフィアさんが、頬を染めながらうなずきあう。

 ──ロングイグアイランド。約束の地の魔物。

 そうか、その手があったか!!

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