第37話 訪ねて来た親友

「──よう、アスガルド。」

 俺は自宅の扉を叩く音に、なんの気なしに扉を開けて、一瞬固まった。

 家の前にはランウェイが立っていたのだ。

「……そうか。武器や防具を新調して貰えたんだな。」

「ああ。

 報酬も貰った。さすがSSランクといったところだ。

 ──親父にも、さっき少し金を渡して来たよ。村長ってのは、意外と気苦労が多いんだな。

 たった3年会わないだけで、随分と老け込んだ気がするよ。

 正直、お前が村にいてくれて助かってる。年寄り一人は、やっぱり心配だからな。」

 ランウェイは村長の息子で俺の幼なじみだ。村長が捨て子の俺を引き取ってくれた為、俺たちは産まれた時から兄弟のように育った。


「もう少し、顔を出してやってくれ。

 リリアをほっといた俺が、言えることじゃないが。」

「……まあ、年に1回くらいはな。帰ろうかと思ったよ。あんなに小さくなった姿を見せられちゃな。

 ──俺たちは暫くダンジョンに潜らなくても暮らしていけるし、改めて最高難易度に挑戦出来るだけの環境が整った。

 正直討伐隊としては何も出来なかったに等しいが、結果には満足してるよ。」

 ランウェイは俺の出した飲み物を飲む。

「これ、うまいな、なんだ?」

「ハニーホットミルクだ。」

 紅茶なんて贅沢なものを、俺たちは飲まない。

 皆白湯を飲むか、食べられる野草を使ってお茶をつくる。

 だが俺たちの村にはスイートビーの蜂蜜がある。牛の乳を温めて蜂蜜をお好みで入れただけだが、とても優しい甘さがする。


「……叙爵、断ったんだってな。」

「ああ。」

「爵位だけ、貰っちまえば良かったのに。

 今の仕事を続けながら、さ。

 そうすりゃ、お前の仕事だってしやすくなるだろう?

 クラーケンのことだって、お前が爵位を持ってれば、役場に話を通すのだって、早かっただろうさ。」

「……そういうわけにもいかんだろう。

 ただでさえ、冒険者を貴族にするのに、従来の貴族からの反発がある中で、それじゃ俺一人特別扱いが過ぎる。」

「そうか?国を救った英雄だぜ?

 もう少し特別扱いして貰っても、バチは当たらないんじゃないか?」


「──貴族は遊んでいるわけじゃない。

 領地を見回り、税をかけるものを決め、何かあれば領地の人々を助けなくてはならない。

 俺たち冒険者が有事の際の強制召喚があるように、貴族は貴族で、国の集まりには必ず出席しなくちゃならない。

 何かしらの発表だ、お披露目だと、他の貴族との交流もおろそかには出来ない。

 ましてや俺の受けられる爵位だと、政治にも参加しなくちゃならんのだからな。

 貴族としての責任も果たさずに、自分の都合のいいところだけ欲しいというのは、我がままだ。」

 俺はハニーホットミルクに息を吹きかけて、冷ましながら飲む。少し温め過ぎたようで、一瞬舌を引っ込める。


「……俺は波風を立てたくないんだ。

 俺が仮に公爵だったとして、役場は俺の言うことを友好的に聞いても、俺が仕事をしたい場所が他の公爵の領地だった場合、協力をあおごうにも、彼らが俺の言うことを聞く義務はないからな。

 俺が爵位だけを欲しがって軋轢を産むよりも、陛下に口添えいただいた方が、後々のことを考えた時にはるかにスムーズだ。」

「なるほどな……。

 興味がないんでまったく知らなかったが、貴族も貴族で、面倒なんだな。」

 ランウェイは腕組みしながら眉間にシワを寄せた。


「それに考えてもみろ、たかが貴族の爵位を手に入れるのと、陛下という後ろ盾。

 その方がよっぽど、自由でいながら、俺の仕事がしやすくなる。

 安定した領地の収入に魅力を感じていれば、貴族になった方がいいだろうが、俺はきままにここで暮らしていきたいんだ。

 スイートビーの蜂蜜と、ラヴァロックのサウナのおかげで、村人全員が安心して年を越せて、新しい服だって買える。

 ルーフェン村はとてもいいところだ。

 俺はこの暮らしに満足してる。

 一昨年引退したザッファーだって、貴族なんてなるんじゃなかったとボヤいていただろう?

 貴族だなんてかたっ苦しいもの、爵位を授かるだけでも、まっぴらごめんさ。」

 俺の言葉にランウェイも、ちがいない、と笑った。


「ところで、そんな話をしにきたわけじゃないんだろう?」

 俺の言葉にランウェイが真剣な顔付きになる。

「ああ……。

 魔物の有効活用の件さ。

 今のところ俺たちはダンジョンを中心に活動しているから問題ないが、俺らの地区の冒険者ギルドにも、既にいくつかの下位ギルドから、解散申請が上がっているらしい。

 魔物を討伐しないで済むのに、冒険者が教えてくれなかったと、地域住民の突上げが物凄くてな。

 依頼は来ないわ、連日大勢で冒険者ギルドに押しかけてはわめくもんで、みんな冒険者ギルドに近寄らなくなっちまったよ。」

 ランウェイが肩をすくめる。


「そうか……。

 済まない……。

 その場に現れたひとつひとつの魔物に対してだけの説明じゃなく、すべてにこういう対応が出来るわけではないと、きちんと説明して来なかった俺の責任だ。」

 俺は落ち込んで肩を落とす。

「お前だけのせいじゃないさ。

 魔物が活用出来るかどうかなんて、その場の環境にもよるんだ。

 同じ魔物だって、討伐しかしようのないケースだってたくさんあるのに、ひとつのケースだけ見て、全部が全部、有効活用出来ると思われてもな。

 すべての人間にとって気に入るようになんて出来ないさ。」

 ランウェイはため息をつく。


「確かに、討伐じゃなく、活用出来るケースでも、いちいち教えたりなんかしないのは事実だ。

 けど、それは、床屋に髪を切ってくれって来た客に、切らずにこんな風にしてみませんか?って言うようなもんだろう?

 それを喜ぶ客もいるだろうし、維持するのが面倒だから、さっさと言われた通り切ってくれって客もいるだろう。

 別の方法を教えてくれないから髪を切っちまったと言われても、床屋からしたら理不尽な話だ。

 殆どの客が切るしかないのに、そんなものをいちいち提案してたら仕事が回らないだろう。

 だったら提案を専門とするとこに行けって話だ。

 その為にお前が、この仕事を始めたわけだろう?」


 その通りだった。俺はゆっくりこの仕事に対する理解を深めていって、依頼者にとって都合がいい方を選べるようにしたかった。

 だが、俺をとりまく状況は、あまりに急に一変してしまった。

 俺のところにも、討伐は絶対に嫌だという依頼ばかりが届くようになってしまい、説明をしようにも話にならない状態だった。

「選択肢が増えれば、どちらかを選ぶことが出来る。

 お前の仕事が少しずつ浸透していけば、まずはお前に相談して、討伐しか無理って判断された段階で、改めて討伐依頼を出すって流れが作れた筈だ。

 それを国が、お前のひとつの成功だけを大きく取り上げて、それに今まで積み重ねた実績が、運悪く乗っかっちまっただけさ。

 ──人間、自分に都合のいいところしか、見ようとしないもんだ。」

「どうにかはしたいんだが、俺もどうしていいか、分からないんだ……。」

 俺は腕組みしながらうなる。


「お前の仕事が全部成功してしまったもんだから、これが環境によるものだってことが理解される前に、出来るって部分だけが強く印象に残っちまった。

 なぜ成功したのかを、国は国民に説明する義務があった筈だ。討伐せずに済んだこと、新たな地場産業が生まれたことの、結果だけを伝えた国の責任さ。

 それを俺たち冒険者に、全部おっかぶされてもな。

 冒険者がわざと隠してたなんて、被害者意識もいいとこだ。

 街に出る魔物なんて、大半が、素材の買い取りも安い、冒険者に旨味の少ない、ランクの低い冒険者しかやらない仕事だ。

 依頼された討伐数が少なければ、みんないくつもその日の内にかけもちしてる。

 自分たちが物を売る商売をしてて、説明に時間を取られて品物が5個しか売れないのと、何も言わずに50個売れるんだとしたら、どっちがいいんだって言ってやりたいよ。

 活用出来れば感謝はされるだろうが、自分たちの生活がたち行かなくなってまで、それをやってやりたい物好きが、どこにいるんだとね。

 討伐依頼を討伐しないで、活用を提案して帰ったら、クエスト完了の報酬が貰えない。

 稼げないのに冒険者なんて、誰もやりたがらないさ。」


「……このまま、討伐を拒否し続けても、活用出来ない魔物が増えるだけだ。

 いざ、討伐依頼を出したくなっても、今度は引き受ける冒険者がいない。

 ダンジョンにこもっている方が稼げるんだからな。」

「ましてやこれだけ一方的に突上げられたんじゃ、ランクの高い奴らは、冒険者ギルドに頭を下げられたとしても、誰も引き受けたくはならないだろうな。」

「ああ……。」

 一度すべての魔物が活用出来ると、思い込んでしまった人々の目をさます必要がある。

 そのうえで、活用出来る可能性がある事も提案していきたい。

 そんな妙案が今のところまったくといっていい程浮かばず、俺は途方にくれていた。

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