第36話 予想外のトラブル

 俺は王宮に呼ばれ、1人謁見の間で国王陛下に頭を垂れていた。片膝を立ててそこに手をつく、王族の方々と相対する際の正式な控え方だ。

「アスガルド卿。

 このたびはクラーケン討伐に際し、討伐以外の方法の提案により、魔物の驚異を退けたことだけでなく、新たな地場産業を生み出したことを評価し、陛下からの下賜を賜る機会を得たことをお伝え致します。」

 宰相が恭しく言葉を述べる。


「アスガルド卿、おもてをあげよ。」

 国王陛下の言葉に、俺は顔を上げる。

「大変な名誉をたまわり、光栄に存じます。

 ですが俺などが評価をしていただく前に、ぜひとも評価していただきたい者たちがおります。

 その者たちが陛下からの下賜を頂戴しない内に、俺がそれを手にしてしまうのは、順番が間違っていると感じております。

 今この場でそれをお伝えしてもよろしいでしょうか。」

 俺は国王陛下を真っ直ぐに見つめた。


「それはどのような者たちだ、申してみよ。」

 俺は再び頭を垂れる。

「は……。恐れながら申し上げさせていただきます。

 今回のクラーケン討伐にあたり、強制召喚に応じ、先陣を切って勇敢に戦ってくれた冒険者たちがいます。

 彼らが戦ってくれたからこそ、俺は今回の方法を思い付くことが出来ました。

 今回の戦いで、武器を失った者や、防具が傷付いて使えなくなった者も大勢おります。

 俺よりも、まずは彼らを評価いただき、新しい武器や報酬を与えていただきたいのです。」

 俺の言葉に、王様は宰相を見る。


「その冒険者たちの話は初耳だ。

 どのようになっているのだろうか。」

「はい。

 冒険者ギルドが追加の討伐隊を出さなかった事で、話し合いが決裂しておりまして。

 本来でしたら、一次討伐隊の撤退の時点で、報酬や、破損した武器等の精算の話をするのですが、そちらが出来ないままこんにちまで経過してしまいました。

 アスガルド卿をお呼び立てするのが先になってしまいましたが、改めて冒険者ギルドとは、話し合いの場を持たせていただく手はずになっております。」

「──だ、そうだ。

 安心するがよい。」

「は。恐縮です。」

 俺は国王に頭を垂れた。


 国は有事の際の魔物の討伐に際して、王宮の騎士団を出す場合もあるが、あくまで基本Aランクまでにとどまる。

 元Sランクの冒険者から騎士団などに転職する者たちもいるが、扱いとしては、元、になる為、今回のようなSSランクともなると、強制召喚の対象からは外れる。

 兵士たちは、国を守る仕事があるのはもちろんだが、元、であってもSランクに相当する人材が少ないのが原因だ。

 実力者程、安定した仕事よりも、現役のSランク冒険者として稼ぐほうを選ぶ。


 武器や防具が戦闘により破損した場合は、後日費用を精算して貰える。

 だがそれでも、現場に立つ冒険者としては、先に費用の負担や、今より強い武器の供出があって欲しいと思うし、サポートしか出来ないのであっても、1人でも多く戦力が欲しい。

 強制召喚に応じる前提で、冒険者ギルドからSランク認定証が渡されるが、未だにこの問題は解決の目処がたっていない。

 こういうところは前世も今も、お役所仕事だな、と感じてしまう。


「……ところで、今回のことで、アスガルド卿の爵位を引き上げたいと考えておるのだ。

 だが引退したと聞いていたが、まだ叙爵を受けていないのは、何か考えがあっての事だろうか?」

「はい……。

 俺は今、冒険者としては引退はしましたが、魔物と人の橋渡しをする仕事を始めております。

 爵位を受ければ、領地をおさめる必要が出て参ります。また、自分自身で直接働く事がかないません。

 俺の現在の住まいはベルエンテール公爵領の中にあります。領地をおさめるとなると、新たに与えられた土地に引っ越さなくてはなりません。

 ルーフェン村での養蜂も軌道に乗って来たばかりですし、産まれ育った村を離れて生きたいとも思っておりません。

 安定した収入よりも、俺は娘や、愛するまわりの人々の中で、のんびりと暮らしていきたいのです。

 今の生活に大変満足しております。

 ですので、ご提案は大変有り難いのですが、陛下のお気持ちだけ頂戴し、叙爵は辞退させていただく所存です。」


「そうか……。それもよいだろう。

 そなたの仕事に対する評判は、余の耳にまで届いておる。

 今そなたを貴族にすることで、それを失うのであれば、国としても損失かも知れぬ。」

「恐れ入ります。」

「では、爵位の引き上げは、そなたの仕事ぶりに対する評価として妥当ではないな。

 そなた自身は、望めるべく物があれば、どのような物を望む?

 必要ないという選択肢はなしだ。

 示しがつかんのでな。」


「それであれば……、もし、仕事にあたる際に、役場ですとか、その領地をおさめる方々に協力を仰ぎたい場面がありました場合、お口添えをいただけませんでしょうか?

 今回のクラーケンに関しましても、それがあれば、もっとスムーズに、早い段階で解決出来ていたことと存じます。」

「──そのようなことでよいのか?」

「俺にとっては、とても大きな事です。

 陛下自らお口添えをいただきますことは、役場や、領地をおさめる貴族にとって、かなり大きな意味を持ちます。

 政治的配慮の観点から、俺なんかが、本来お願い出来るような事ではありません。

 ですが、もし、ご対応いただけるのであれば、ご迷惑でない内容であることを吟味いただいた上で結構ですので、ぜひお口添えをお願い申し上げます。」


 国王陛下が宰相と目配せをし、うなずき合う。

「──いいだろう。

 ただし必ずアスガルド卿が直接余に頼みに来るか、この宰相であるバンディを通して欲しい。

 アスガルド卿の仕事は特殊なもののようであるから、必ず正確な内容を聞いた上で判断させて欲しい。」

「かしこまりました。」


「冒険者は乱暴な言葉使いの者が多い。

 貴族にすることに、本来の貴族からの反発の声も未だ根強い。

 余としては、貴殿のような者に爵位を授けたかったが、残念だ。」

 出来るだけ砕けた話し方を挟むように気を付けていたつもりではいたが、やはり陛下ともあろうお立場の方に、敬語を使わず話すというのは、俺には難しかったようだ。

「──では、今回のクラーケン討伐に関する、アスガルド卿への報酬の下賜は以上となりますが、次に別のお話をさせていただきたい。」 

 宰相がうってかわって真剣な面持ちになる。


「クラーケンの驚異が去ったこと、そして新たな地場産業が生まれた事を、今回広く公布したのですが、それがきっかけで新たな問題が発生いたしました。

 元より貴族たちの間では、アスガルド卿の仕事ぶりによって、魔物は利用出来る、新たな収入源が生まれると、評判になっていたようなのですが、今まで費用を負担して討伐を依頼していた、貴族、都市部、役場、果ては街や村などから、なぜそんな方法があるのなら、今まで隠していたのか、と、冒険者たちへの反発が起き始めています。」

 まったくの初耳だった。宰相は言葉を続ける。


「魔物を守れ、討伐よりも共存を、との声が多く、まだダンジョンに対する声は上がっておりませんが、既に居住地やその周辺に出る魔物に対しては、討伐しにくる冒険者たちを追い出す地域が多数出現しております。

 また更に、冒険者ギルドにも、討伐ではなく、アスガルド卿が提案する、安価な共存、共生の依頼が殺到しており、それよりも高額を必要とする、討伐の依頼がばったりとやみました。

 この国のダンジョンに出る魔物はCランクからです。

 それを狩れるレベルに到達していない冒険者たちは、既に次々と廃業を余儀なくされております。

 このまま民意が高まり、ダンジョンの魔物も狩るなとの声があまりに高まった場合は、危険性云々をおいて、国としても無視する事が出来なくなってしまい、それが国民の総意となれば、やがて冒険者は全員廃業することになるでしょう。」


 なんという事だろうか。

 俺が良かれと思ってやったことが、冒険者たちを苦しい立場に追い込んでいたとは。

「恐れながら申し上げますが、魔物はすべてがそのように、共生したり、利用出来るようなものばかりではありません。

 積極的に人を襲うものもありますし、またダンジョンを放置しますと、ダンジョンスタンピードと言って、魔物がダンジョンからあふれる場合もあるのです。

 訪ねて来る貴族の方々にも、それぞれお伝えしていることですが、俺が携わった仕事がたまたまそうであっただけで、必ずしも討伐せずに解決出来るわけでも、収入源の元になるわけでもありません。

 共生可能なものであれば、それを提案するのはやぶさかではないのですが。」

 俺は困惑しながら答えた。


「もちろんそうだと思います。

 ですが、ことはここまで大きくなってしまいました。

 出来る出来ないではなく、出来るのに冒険者たちが教えないのだと、国民が感じていることが問題なのです。」

「確かに俺が教えているやり方は、冒険者であれば、初心者でなければ、誰でも知っているような内容ばかりではありますが……。」

 一体どうすればいいと言うのか。

 俺は予想外の方向からのトラブルに、すっかり頭を抱えてしまったのだった。

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