第34話 集まった人々
俺は自身のアイデアを皆に話した。皆は初めはそれに沸き立ったが、すぐに表情が暗くなる。
「確かにそれが出来りゃあ、クラーケンがこの港にいても、逆に利用出来るかも知んねえが……。
そう上手いこといくか?
相手は規格外のSSランクだ、ソイツを準備している間に、どんな事故がおきねえとも限らねえ。」
ジルドレイが首を傾げる。
「確かにそこが問題だな。
ただでさえ、前例がない上に、安全が保証出来ないとなると、アイデアを申請してみたところで、果たして国が許可を出すだろうか。
人手と材料を出して貰えないんじゃ、やりようがないぞ?」
エドガーが眉間にシワを寄せる。
「上手くいけば、それこそ船が出せなくとも、それをこえてお釣りが出るくらいの儲けが出せるとは思うが……。」
ランウェイも難色を示した。
「俺たちは別に手伝っても構わんぜ。
相手の攻撃の方法はわかってるんだ。
襲って来られた時に、戦おうとさえしなけりゃ、冒険者なら、慌てず、すぐに逃げられるからな。」
オットーがそう言ってくれる。
「それよりも、問題は大工よ。
私たちじゃ、誰も正確にあの場所に木の箱なんて組めないわ。
穴を掘るだけなら、人数がいればどうにかなるでしょうけど、木の隙間から海水が漏れるんじゃ、意味がないわけでしょ?」
とサーディンが言う。
「必要なのは、穴を掘るのに必要な人数の人手、正確に穴に隙間なく木の箱を組める大工、あとはその素材となる丈夫で大きな木材。
こうして聞くと、必要なものだけなら、簡単そうなんだけどなあ。」
グラスタが頭の後ろに手を組んで、椅子を器用に斜めにバランスを取りながら、体を反らせて言う。
「一度国に頼んでみてもいいんじゃねえか?
駄目だったら、その時また考えりゃいいさ。」
サイファーがそう言う。
「そうね、そうしましょう。
アイデアは素晴らしいものだわ。
クラーケンを何とかする必要は、どうしたってあるもの。
討伐が不可能なのであれば、耳を貸してくれるかも知れないわね。」
リスタが同調する。
俺たちは全員で、冒険者ギルドを通じて、俺の提案を通して貰えるよう、国に進言することとなった。
結論から言うと、国からの俺たちの提案への答えは、意見がまったく通らないものだった。
人数を集めて何とかせよとのお達しだったのだ。
冒険者ギルド側も、俺たちの報告により、現地の状況を初めて知らされ、討伐が不可能と判断し、討伐隊を向ける事自体無意味だと進言してくれていた。
だが、国は過去の討伐履歴を引き合いに出し、Sランクの人数を集めて何とかならない訳がない、という考えを崩さなかった。
過去と現場の状況が異なる事が、SSランクを相手にする場合にどれだけ意味を持つのかが、理解出来ていないからこそ、あのような大規模工事を、冒険者ギルドに相談もなくしてしまえるのだ。
結果は予想の範疇だったかも知れなかった。
これには冒険者ギルドも憤懣やるかたなしといった様子で、国と冒険者ギルドの対立が始まってしまった。
冒険者ギルドは国や都市部からの依頼にストライキを決め込み、もぐりの冒険者が個人的に依頼を受けて、金だけ取って逃げるという悪循環まで起きた。
街の人たちも冒険者たちも、これには辟易していた。なぜ討伐に来ないのかと、国や都市部を通じて依頼をした、街や村の人たちが冒険者ギルドに押し寄せ、間に立たされる受付嬢たちが最も疲弊していた。
俺は日々遠視鏡で、クラーケンの観察を続けていた。予想通り定期的に砂浜に現れては、砂をこねて遊んで去って行く。
その時間は定期的に決まっており、クラーケンが海に戻る時間内に作業をすれば、確実に安全に作業が出来ると言えた。
許可さえおりれば、そして資材と人が揃えば、本当にただそれだけの事で解決するというのに。
クラーケンの恐怖から、港には人が集まらなくなり、街は閑散としていた。
そんな日々が続いたある日の事だった。俺はいつものように遠視鏡でクラーケンの様子を見守っていた。
「──ん?」
クラーケンが現れる砂浜の近くに、どこからともなくたくさんの人々が、少しずつ、少しずつ集まってくる。
俺はそこに見知った顔を見つけ、その場所に降りて行った。
「──あっ!来た来た!
おせえぞ、アスガルド!
どこにいたんだよ?
みんなお前を待ってたんだぜ?」
声をかけてきたのはエンリーだった。──そして。
「ベルエンテール公爵、フォトンベルト公爵、シュタファー婦人、ロリズリー男爵、皆さんお揃いで、こんなところで何を?」
皆が俺を見ながら笑っていた。
「また、新しく、討伐せずとも対処可能な、魔物を活用する方法を、ご提案なさったと伺いましたわ。
それが国に却下されたという事も。」
「我々はあなたを、そしてこの街を救いに来たのです。
あなたには、本当にお世話になりましたからね。
あなたが提案する事であれば間違いない。
国が手を貸さずとも、我々が手助けします。」
「大量の木材が必要なのであれば、なぜ私を頼っていただけないのです?
タタオピの油だけでなく、あなたであれば木であろうと、いつでも最優先にお渡しする準備がこちらにはあるのですよ?」
「この街の役場と町長には、既に許可を取りました。
我々が材料と人手を提供することで、儲けの半分をいただく契約書も、既に交わしてあります。
これは街からの正式な公共事業ですよ、アスガルドさん。」
シュタファー婦人、ベルエンテール公爵、フォトンベルト公爵、ロリズリー男爵が言う。
「釘とか防水塗布剤なんかは、うちから出させて貰うぜ。」
ニマンドが言う。
「砂を掘るのに人手がいると聞いて、それくらいならって、俺たちも、な。」
「これだけいれば、すぐに終わるだろ?」
「けど、こんだけいたら、逆に人が入りきるかな?」
マイガーとアントをはじめとする、ルーフェン村の人々。フォークス村のみんな、ザカルナンドさんたち、ザザビー村のニルスさんたちもいる。なぜかチャイムもだ。
「みんなお前の為にと、集まってくれたんだぜ。
──お前の新しい仕事が、こんなに浸透してるとはな。」
「ランウェイ、お前がみんなに、声をかけてくれたのか?」
俺はランウェイに問いかける。
「いや、俺たちが冒険者ギルドに顔を出したら、どこから聞きつけたのか、みんなが集まってたのさ。
俺たちは、万が一工事中にクラーケンが襲って来た時の為に、安全に誘導出来るよう、護衛をかねて連れて来たってわけだ。」
ジルドレイが言う。
「さあ、はじめようぜ、アスガルド。
最初のデカい穴はチャイムが掘るよ。
最近、あちこちにデカい穴掘り返して困ってたから、運動がてらにちょうどいいぜ。
その後で、マイガーが、こんな風にしてくれっていう形に、みんなで壁の大きさや高さを揃えるんだ。」
「みんな……。」
俺はそれ以上、言葉が出なかった。
それから、クラーケンがいなくなる時間帯を狙って、みんなで作業をすることになった。
穴を掘った分の砂は海に捨ててもよいとのことだったので、チャイムがかきだした砂を、みんなで海に投げ捨てる。
ある程度深くなったところで、今度は形を整える。
「それは何をなさってるんですか?」
砂の穴に打ち込んだ杭の幅に合わせて、下から木の棒を積み上げながら、隙間を接着しているエンリーに、穴の上からソフィアさんが声をかける。
「作業用の木枠をはめ込む前に、砂がこぼれてこないように、固めてるんだ。
直接木枠を入れると汚れちまうし、無理だからな。」
しかし、いつ見ても違和感を感じてしまうのは、この中で俺だけなのだろう。
敬語を使う貴族のソフィアさんに対して、砕けた言葉で普通に話すエンリー。
この世界の人々は、学校に行かない。
貴族は家庭教師を雇い様々な事を学ぶが、村や街の人たちは、親や近所の人たちから生活に必要なことのみを学んでいく。
当然その教育の中に敬語なんてものは存在しない為、王侯貴族とかかわる機会のある、冒険者ギルドにでも勤めるか、村や街の代表として役場などと対応する立場の人間でない限り、村や街の人たちが敬語を覚えることはない。
偉い立場の人たちが敬語で話しかけてくるのに対し、タメ口のような言葉で話すそれ以外の人たちという、前世の記憶がある俺からすると、なんとも珍妙な光景が出来上がる。
俺はついつい敬語を混ぜてしまうことがあるのだが、その都度周りから、気味の悪いものを見たような目で見られてしまう。
ちょっとしたことではあるが、この世界に馴染んで暮らす為には、あまり前世の常識を引きずらないようにすることが大切なのだ。
「ほら、こんな風に、さ……。」
下を向いて作業をしながら、ソフィアさんの質問に答えていたエンリーが、顔を上げてソフィアさんと目があった瞬間、エンリーとソフィアさんが、それぞれバチッと音がしそうなくらい、瞬間真っ赤になってお互いの顔を背ける。
「──あら?」
「ほう?」
シュタファー婦人とロリズリー男爵も、2人の様子のおかしい態度に小さく首を傾げる。
「──あの若者のことをご存知なのですか?」
「ええ、うちで経営している孤児たちの施設を、以前から無償で手伝ってくれているのです。
今は執事として雇わさせていただいておりますわ。」
「ほう、それは関心な若者だ。」
「私の家は継がせる程の財産はありませんが、もし出来る事なら、彼に継がせたいと思っておりますの。
年寄りのほんのささやかな夢ですけれど。」
「そうでしたか、実はうちの娘は今結婚相手を探しておりましてな。
アスガルドさんのおかげで、最近持参金の目処がたちそうなのです。」
「持参金なんて、本当に古臭い制度ですわよね。
貴族の娘が平民に下賜出来ないというのもそうですわ。」
「大切なのは、お互いの気持ちですからなあ。」
「ええ、ほんとにそう……。」
ソフィアさんから顔を背けた不自然な格好のままで、黙々と作業を続けるエンリーは、シュタファー婦人とロリズリー男爵の間で、そんなやり取りがかわされているなど、夢にも思っていないのだった。
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