第33話 前例のないアイデア

「そもそもさっきの攻撃で、武器を流された奴らもいる。

 国からの援助がないと、これ以上俺たちが全員で戦うのは無理だ。」

「確かにそうだな……。

 一度引くしかあるまい。」

 ランウェイの言葉にジルドレイが頷き、皆が同意した。

 一度解散して待機することを冒険者ギルドに告げる為、ギルマスたちが先に洞窟を出て行った。

 他の面々は、泳ぎ疲れてまだ休んでいる者、武器に問題がないか確認している者など様々だ。


「あの……アスガルド。

 さっきはありがとう。改めてお礼を言うわ。」

 リスタが微笑みながら俺に近付いて来た。

「全員波に飲まれたから気が気じゃななったが、無事で良かった。

 怪我はないか?」

「……ええ。武器は流されてしまったけれど、私は無事よ。」

「……そうか、それは残念だったな、長年愛用してたのに。」

「仕方ないわ、あの状況だったもの。

 命があっただけ儲けものよ。

 ……それに、おかげであなたが来てくれたわ。」

「?

 そうだな?」

 俺を見つめるリスタの言葉の意味がわからず、取り敢えずうなずいた。


「──もう、会えないかと、思ってた。

 ……元気、だった?」

「ああ、俺は頑丈だからな。

 見たとおり、俺は元気さ。」

「……娘さんとは、うまくやれてる?」

「まあ、ずっと放っておいたわけだからな、すぐに元通りとはいかないだろうが、頑張って父親してるよ。

 今度一緒にレストランに行くんだ。」

「そう……。喜んだでしょうね。」

「誰に似たんだか、あまり感情を表に出すのが得意じゃない子でな。

 喜んだりするところを見せてくれる訳じゃないんだが、楽しみにはしてくれてるみたいだ。」

 俺が笑う。リスタは一瞬目を見開くと、すぐに目線を斜め下に落とした。


「──し、仕事を始めたと聞いたわ。

 どう?順調?」

「まあ、他に例のない仕事だからな。浸透するには時間がかかると思うが、ぼちぼちというところさ。」

「ね、ねえ。もし、もしよ?

 私が冒険者を引退して、その仕事を始めたいって言ったら、手伝わせてくれる?」

「手伝わなくても、自分で始めたらいいんじゃないか?

 俺は給料を払ってやれる程稼いでるわけじゃないし、別に開業したいというなら邪魔はしない。

 テイマーの力が必要なこともあるが、冒険者なら誰でも分かる知識を元に仕事をしているからな。

 Sランクのお前なら、一人でも同じ事が出来る筈だ。」

 俺の言葉に、一度顔を上げて俺を見ながらそう言ったリスタは、再び視線を下に落とす。


「そ、そう……ね……。」

「あー、駄目だ駄目だ、焦れってえ。

 リスタ、そいつにゃあ、直球を投げねえと、伝わらねえって。」

「ちょ、ちょっとサイファー!」

 リスタが慌てた表情で顔を赤らめる。

「──なんの話だ?」

「何でもないのよ。」

「そうか。」

「ええ。」

「……言われたままを、真に受けてるし……。」

「変わらないよなあ、あの二人も。」

 サーディンが、はーっと大きくため息をつき、グラスタが、はは、と小さく笑い声を漏らした。


 クラーケン討伐は一時中断となった。

 死者こそ出なかったものの、武器を失った者がいること、近距離戦に無理があるという点、対策すべきことはたくさんあった。

 ギルマスたちは過去の討伐記録を参考にする為、冒険者ギルドの記録の閲覧を求めたが、記載があったのは参加人数と、参加者の職種のみで、具体的な討伐方法の記録がなく、何も参考にならなかったらしい。

 クラーケン一次討伐戦参加者たちは、近くの宿を取って、宿の1階の食堂に集まり、その事を報告していたのだが、なぜかそこに俺も混ぜられていた。


「──参加人数が104人ってのは、まあ分かる。

 20人じゃ足止めにすらならねえ。

 それは今回でよく分かった。

 だが、あの砂浜に100人だと?

 どこにそんなに立てる幅があるってんだ?」

 ジルドレイが苛立ったように言う。

「確かにそれはおかしな点だ……。

 海岸線と街との間を広げる為に、かなりの距離は取られてはいるが、あの砂浜は横幅が狭い。

 立てなくはないが、かなりひしめき合った状態になってしまうだろうな。」

 オットーが首を傾げる。


「そんな状態で100人あまりが戦うとしたら、最初の一列のみが近接で、交代にもう1列。

 残りが全員遠距離でないとまず不可能だが、この記録を見る限りでは、魔道士が21人、回復師が7人、弓が17人、テイマーが11人だ。

 テイマーはテイムしている魔物次第だが、遠距離に数えられる魔物をテイムしている者は少ない。

 半数近くが近接職で、どうやってあの場所で戦ったのかが、全くわからないな。」

 ランウェイが顎をつまみながらうなる。

「アスガルドは、何か意見はないか?」

 エドガーが俺に聞いてきた。


「──ひとつ気になる点が、あるにはあるんだが……。」

 皆の視線が俺に集まる。

「なんだ?」

 ランウェイが俺に尋ねる。

「この場所は、何度も同じ魔物に襲われて、対策の為に海岸線を下げたと聞いてはいるが、それは一体いつのことなんだ?」

 皆がハッとした顔になる。

「そうか……、最後の討伐記録から、もう78年も経過している。

 その後海岸線を下げる工事をしたなら、この戦いの記録はその前のものってことになるな。」

「──そんな大規模工事なら、町役場に記録が残っている筈だ。」

 エドガーの言葉にランウェイが応じる。

「俺、ひとっ走り見てくるよ。」

 グラスタが素早く椅子から立ち上がり、宿屋を飛び出して行った。


 結論から言うと、海岸線を下げる工事の完了は53年前だった。

「つまり砂浜を想定して戦うには、この記録は参考にならねえってことだな。」

 ジルドレイが頭に手を当てる。

「俺たちの代は、今の地形にあった隊列を組まなきゃならないってことだ……。」

 サイファーが言う。

「変更前の図面だと、俺たちが降りた場所まで海が来てたし、もっと横幅も広かった。

 それを掘り下げて斜めにして幅も狭めて、水が来ねえようにして、奴が街に上がれなくしたことで、俺たちは逆に高いところからの攻撃が一切不可能になっちまった訳だ。

 まいったぜ……。

 弱点が頭だってことは分かってんのに、あれじゃ近接職が届かねえ。

 定期的に来やがるんだ、冒険者とも相談して工事すりゃ、こんなことにはならねえのによ。」

 ジルドレイは頭の後ろで両手を組んで、椅子の背もたれにふんぞり返った。


「……あの波をくらわないようにする為には、距離をとって砂浜に降りずに攻撃する必要がある。

 だがそれだと近接職が地形的に戦えず、弓使いも射程範囲外なのであれば、魔道士ばかりを集めなくちゃならない。

 ──だが、それは一体いつになるんだ?

 ただでさえ遠距離職の方が、数が少ないと言うのに、魔道士のみだと?

 同じ人数を集めても、近接職がいない分火力が劣る。近接職のガードも弓使いの援護もない。

 オマケにその殆どが、ダンジョンに潜ってるんだぞ?

 しかもSランクである必要がある。

 今この国に、Sランクの魔道士は50人もいない。

 ──実質、不可能だ。」

 オットーの言葉に、誰も何も言えなくなった。


 その時、再びドーンという音がして、俺たちは宿屋の窓から外を見た。

 クラーケンは海岸線に波を立てると、濡れた砂浜をビタンビタンと十何本もの足で叩いている。

 まるでピアノ演奏でもして遊んでいるかのような動きだ。

「──ちっ、いい気なもんだぜ、遊んでいやがる。」

 ジルドレイが舌打ちをする。ジルドレイにも、あれがクラーケンが遊んでいるように見えたらしい。

「船を叩いてしずめるのも、クラーケン的には遊んでるつもりってことなのかな?」

 グラスタの言葉に、

「魔物は猫がネズミで遊んで殺すように、食べもしない生き物で遊ぶ習性のあるものもいる。

 あれが遊んでいるんだとしても、不思議ではないな。」

 と、エドガーが答えた。


 しばらく観察を続けたが、どうやら新しく作られた砂浜がいたくお気に入りのようで、砂をこねては、また海に戻っていき、しばらくするとまた海岸線にやってきては、砂をこねだす。

 俺たちが宿屋で食事をしている間は海に戻っていたので、大体1時間から1時間半の間はいなかった計算になる。

 俺はふと、その動きを見ていて、思いついた事があった。

 今まで誰も試したことのない、前列のないアイデアだ。

 今までのように結果が保証されている訳ではないが、討伐自体が現実問題不可能であるのなら、試してみる価値があるんじゃないか?


「強制召喚されてはみたものの、クラーケンを前にして、ケツをまくらにゃならんとはな。」

「倒してみたくはあるけど、近付けないんじゃどうしようもないしなあ……。」

 ジルドレイとグラスタがぼやく。

「失った武器の補填だけ国にお願いして、討伐は不可能だと進言しよう。

 それしかないだろうな。」

「Sランクが20人もいて情けない話だが、あれは規格外過ぎる。

 戦えない地形に変更した国が悪い。

 俺たちにはどうしようもないさ。」

 ランウェイとオットーが話している。

「アスガルドも、俺たちに付き合わせて済まなかったな。

 宿屋までとったが、討伐作戦会議は終了しよう。」

 エドガーが俺に言う。

「──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるかも知れないぞ?」

 皆が一斉に、きょとんとした表情で俺を見たのだった。

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