第32話 魔物の正体
俺はアゾルガの港で、高台から海を見渡していた。
ここは過去にも同様のSSランクの魔物が、何度となく出現したことのある場所で、その対策の為に、砂浜と海岸線の間が街から異様に長く離れている。
万が一襲って来た時に、街に上がれなくする為らしい。
ちなみに船はどこから出港するのかというと、近くに魔物が入るには狭い入口の洞窟があり、長い洞窟の奥まで入ると、そこがかなり開けていて、その場所に皆船をとめているのだ。
洞窟は更に奥に向かうと街に通じる穴がある為、いざとなったらそこから逃げられる。
船を襲われて壊されない対策も万全なのだ。
だが、ひとたび襲って来られれば、当然危ないので船は出せなくなる。
また、一度現れると、何が目的であるのか、定期的に毎日現れては、砂浜に体を打ち付けることを繰り返しては去って行くらしい。
大体3ヶ月はそれを繰り返す為、いなくなってくれるか、討伐するまでは船が出せなくなり、街としても国としても死活問題なのだ。
俺は遠視鏡という、オペラグラスサイズの望遠鏡を使って、浜の近くを見渡した。
すると遠視鏡の中に、見知った顔が入り込む。
「あれは……白煙の狼のジルドレイと、ランウェイじゃないか?
討伐の為に呼ばれたんだな。」
獣の檻の最高難易度ダンジョン攻略失敗の噂は、俺の耳にも届いていた。
俺よりも戦力になるアノンを連れていってそれなのだ。
俺がリッチを伴って潜っていたら、誰かが命を落としていたかも知れない。ランウェイの判断は正しかった。
リッチを手放したくないという、俺のワガママに、皆を付き合わせずに済んで良かったと思う。
当時勢い付いていた俺たちは、俺も含めて、最難関何するものぞと思っていた。
だからこそ、俺はそのまま潜るつもりでいたのだが、冷静に考えれば不可能なことだ。
俺一人でAランクを倒すのがやっとだというのに、Bランクのリッチを伴い、最高難易度のダンジョンだなどと。
今思えば皆もそれとなく、最高の戦力を整えて、全員でダンジョンに潜りたいよな、などと代わる代わる言いに来ていた。
冒険者ギルドに頼めば、捕獲クエストで捕獲されたSランクの魔物を借り受けたり、買い取ることだって可能なのだ。
ランウェイも粘り強く俺を説得しに来てくれていた。このままでもいけると勘違いしていた俺は、それをどれも笑って流した。
皆に言わせる前に、俺が身を引くべきことだった。皆が俺との冒険を楽しんでくれていることに甘えてしまっていた。
皆の口から言わせるまで、それに気付けなかった俺には、皆には合わせる顔がない。
挨拶をせずに、ここから皆の戦いを見守ろうと、そう決めた。
元々まだ呼ばれている訳ではないのだ。万が一強制された際の為の下見に来ただけだ。
ジルドレイとランウェイが話しているところに、漆黒の翼のギルマスのエドガー、鉄壁の鋼のギルマスのオットーが、それぞれギルドメンバーを伴ってやって来た。
4人のギルマスが打ち合わせをしているようだ。
おそらくは戦力に伴う配置などの相談なのだろうが、ランウェイの様子がおかしい。
よく見ると、エドガーとオットーもだ。
自信タップリなのは、白煙の狼のギルマスであるジルドレイのみだ。
少し離れたところにいる、他の面々も同様の様子だった。
Sランクが10人集まっても倒せるか分からないと言われるSSランクの魔物ではあるが、俺たちのギルド名を決めるにあたり、ランウェイが意識していた、国内最強との呼び名が高い、Sランクギルドの白煙の狼を始めとする、4つのSランクギルドから、20人ものSランク冒険者が集まっているのだ。
それなのに、あんなにも浮かない表情を、白煙の狼の面々以外が、全員しているのは何故かのか?
俺は何だかとても嫌な予感がした。
その時浜辺が急にざわつき出した。
遠視鏡を海に向けると、何やら白い水煙を立てて、とんでもない速度で、こちらに何かが迫って来る。
白煙の狼の面々が我先に浜辺へと飛び出していき、それに鉄壁の鋼、獣の檻、漆黒の翼、と続いて行く。
見物人も急にゾロゾロと増えだして来た。
白い水煙を上げた物体が浜辺に突進するようにぶつかった瞬間、まるで津波のような大きな波が上がり、──浜辺に降りたった冒険者たちを一気に飲み込んだ。
「ランウェイ!サイファー!リスタ!グラスタ!サーディン!!!」
俺はいてもたってもいられず、浜辺へ向かって駆け下りて行く。
巨大な白煙の正体はクラーケンだった。
足を浜辺にベチン、ベチンと打ち付け、その力で波がおきる。
引いてゆく波に揉まれながら、皆の体が浮いたり沈んだりしているのが垣間見える。クラーケンが動くことで大きな波がたち、上手く泳げないでいるらしい。
リスタは確か泳げないんじゃなかったか?
俺は波間にリスタの姿を探す。──いた!
あっぷあっぷと何度か顔を水面に出すも、泳げないことでそれをキープすることが出来ないでいる。
そしてそれを繰り返すうち、──リスタが海に沈んだ。
俺はリスタが沈んだ場所から、目を離さないようにしたまま浜辺に到着すると、少し奥まで進んでから、大きく息を吸い込んで、水面下に潜った。
普段は明るく透明度もそこまで低くない海だが、クラーケンがたてる波で底の砂が舞い上がり、視界が悪い。
俺は海の中をキョロキョロと、リスタの着ていた青と白の服の色を探した。
ゆっくりと沈んで行く白い何かが見える。近付いていくとリスタだった。
俺はリスタの腰を後ろから掴み、更に沖へと、息の続く限り潜って泳いだ。
息が限界になり、水面に顔を出すと、かなりクラーケンから距離を取ることが出来ていた。
──波の力というものはとても強大だ。
荒れる海で引く波にさらわれた場合、本当は決して近付いてはならない。
くり返し打ち寄せる波にさらわれ、助けに行こうとした人間まで、2次被害、3次被害が起こるからだ。
荒れた海に近付いて人が波にさらわれたら、諦めるのが賢明なのだ。普通の海で大切な人が連れて行かれても、決して俺の真似はしないで欲しい。
だが、俺はクラーケンの作る波は、クラーケンの周辺でだけ、たてられており、少し離れたところは波が静かであることを、遠くから見ていたことにより気が付いた。
この場合、荒れているのは水面近くのみで、底に潜る程そうでもない。
子どもがプールでふざけて波を立てても、離れている人や、潜っている人は気付かないし、なんの影響もない。そんな状態だ。
だから潜って泳いで、出来る限り距離を取ったのだ。
「みんな!
水面を泳ごうとせずに潜れ!
潜って距離を取れ!
水面下は安全だ!
こっちの洞窟まで潜って泳ぐんだ!」
俺は立ち泳ぎをしながら、出来るだけ大声をはり上げた。
俺は気絶しているリスタを連れて、船が繋がれている洞窟に向かって泳いだ。
船に波が来ないよう、クラーケンが入れないよう、狭くなっている洞窟に入れれば、そこから地上へと逃げられる。
ちらりと後ろを何度か振り返りながら泳ぐと、皆が次々に出来るだけ大きく息を吸い込んで、水面下に潜ろうとするのが見えた。
俺は洞窟に入ると、船が繋がれているところまで泳いだ。
人が上がれるようには作られていないが、船をつなぐための紐が、水の中に垂れ下がっているのが見えた。
それを掴んで引きながら、リスタを押し上げようとする。片手で気絶した大人1人を上手く持ち上げられず苦戦する。
──と、突然ふっとリスタが軽くなった。
振り返ると、ランウェイとサイファーが、2人で立ち泳ぎをしながら、リスタの体を押していた。
「無事だったか……!」
「ああ、おかげでな。」
「まずはリスタを上にあげようぜ。
踏ん張れないと、3人でもキツイな、よいしょっと!」
何とか上半身を地上に押し上げ、そのまま下半身を、エイヤッと勢い付けて地上まで上げる。
それから船を掴む綱を掴んで、まず俺が地上へと上り、続いてサイファーよりは軽いランウェイを引っ張り上げ、2人でサイファーを引っ張り上げた。
大分水を飲んだのか、リスタは呼吸をしていなかった。
「ランウェイ、人工呼吸いけるか?」
「俺たちは息がしんどい。
交代で心臓マッサージならいけるから、お前が頼む。
リスタもお前にされた方がいいだろうし。」
──何故だ?
押し問答している時間はないので、俺が人工呼吸、ランウェイとサイファーが交代で心臓マッサージを繰り返す。
その間に他の面々も洞窟に泳ぎついて来た。
「げほっ!ゴフッ!」
リスタが水を吐いた。もう大丈夫だ。
地上に上がるのに苦戦しているみんなを、代わる代わる引っ張り上げる。
「アスガルド……!」
「ありがとう、助かったわ。」
グラスタとサーディンも無事だった。
「……ここは?」
「気が付いたのね!リスタ!」
「アスガルドが人工呼吸でお前を助けたんだ。」
「いや、お前とサイファーも手伝っただろう。3人で助けたんだ。」
俺1人の手柄にしようとするランウェイに、それは違うと訂正する。
リスタが青ざめた顔でサイファーを見る。
「心配すんなよ、俺とランウェイは心臓マッサージしただけだ。
人工呼吸したのはアスガルドだけだから。」
「そ、そうなの……。」
顔色が戻ったようだ。俺を見るリスタの頬が紅潮している。
「そうだな、それは俺1人でやった。
だが2人も助けてくれたんだ。
礼は2人にも言ってくれ。」
「アスガルド、あなたって本当に……。」
サーディンが呆れた表情で俺を見て来る。
「仕方ない。こういう奴なんだ。」
ランウェイも肩をすくめている。
どういう意味だ。
「見かけたと思っていたが、やはりそうだったか。
助かったよ、アスガルド。」
白煙の狼のギルマス、ジルドレイが声をかけてくる。
「だが、どうしたものか。あれじゃ近付けやしない。
近距離職は相手にならんぞ。」
「弓だって、浜に降りなきゃ当たらないですよ、射程距離から遠過ぎる。」
グラスタが言う。
「魔法は届くが……、それじゃ火力が足らなさ過ぎだ。
魔法職でここにいるのはたったの4人。この人数じゃ無理だ。」
漆黒の翼のギルマスのエドガーが言う。
「討伐履歴はあるんだ、過去はどうやって倒したのか、まずは調べた方がいいだろうな。
その間に援軍も到着するだろう。」
鉄壁の鋼のギルマスのオットーが言う。
俺は気が付けば、顔を合わせるのが気まずいと思っていた仲間たちを含む、全員の中心に、何故か挟まれていたのだった。
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