第31話 獣の檻の無謀な挑戦
獣の檻のギルマスであるランウェイは、国からの依頼に愕然としていた。
有事の際はSランクは必ず強制招集される。それは分かっていたことだったが、アゾルガの港に現れた魔物はSSランク。
自分たちが先日挑んで失敗した、難攻不落、最高難易度のダンジョンの、ボスにたどり着く手前で自分たちがやられた相手と同じレベルだったからだ。
Sランクギルドの中でも上位の存在。驕りがなかったと言われれば嘘になるかも知れない。
だがまさか、ボスにすらたどり着けずに撤退するハメになるとは思ってもいなかった。
あと一歩のところで、などと言うレベルではなく、まるで歯が立たなかったのだ。
Sランクが10人いても勝てるか分からないと言われる相手。
それがSSランクの魔物ではあるが、こんなにも赤子のように捻り潰されるなど、冒険者を始めたての時に挑んだCランクの魔物以来だ。
この事はメンバーの心をいたく折った。
アスガルドではなく、武闘家のアノンを選んだ事は、全員が納得していたし、実際戦力としてはアノンの方が上だった。
Sランクの魔物をテイムする実力がありながら、Bランクの魔物であるリッチをテイムすることにこだわるあまり、本来すべてを魔物に任せる筈のテイマーにも関わらず、自分で戦うようになった男。
Aランクまではそれでも良かった。だがやはりテイマー。Sランクの実力があるとはいえ、近接職の役割を果たすのは当然難しい。
Sランクを一人で倒せるアノンと、Aランクまでしか一人で倒せず、Sランクの魔物が中心のダンジョンでは、探索とサポートのみになってしまったアスガルド。
実力がなく、単純に戦力にならないというのであれば、自分たちも、こんな直前まで決断出来ないということはなかった。
代わる代わる全員が、それとなくアスガルドのところに向かい、全員でダンジョンをクリアしたいという夢を話した。
自分たちだって、出来る事なら創立メンバー全員で、最高難易度のダンジョンに潜りたかった。
子どもの頃からの2人の夢だった。だからギルマスのランウェイは、何度となくアスガルドを説得をした。
だがアスガルドは頑なだった。ダンジョンに潜る3日前にも、最後の説得に向かった。
冒険者ギルド権限で捕獲保管されているSランクの魔物を、借りるか譲り受けてテイムすれば、今すぐ戦力に変わるのだ。
だが、リッチと一緒に行きたいんだという、アスガルドの答えは変わらなかった。
アスガルドのピンチを誰よりも救ってきたのがリッチであることも分かる。
リッチがいなければ死んでいたであろう場面も、これまでにも何度となくあった。
親もなく、妻に逃げられ、一人娘と離れて暮らすアスガルドは、家族のようにリッチを可愛がっていた。
リッチを手放すことが、アスガルドにとってどれだけ辛いことであるのか。
それは何より幼なじみの自分が一番よく知っている。
それでもテイマーがテイム出来る魔物は一体なのだ。そのまま潜れば死ぬのはリッチかアスガルドなのだ。
長年パーティーを組んだ自分たち以外とはやりたくないというのも分かる。
自分が同じ立場に立つことがあったなら、迷わず抜けるだろうとランウェイは思う。
だが、いなくなって欲しくはなかった。それでも残って、いつか気持ちが変わる日を待ちたかった。
だがアスガルドの決断は早かった。
そうして、こちらが提案した資金稼ぎメンバーにすら残らず、抜けて行ったのだ。
双方にとって、仕方のない決断だと思った。だが、寂しくないかと言われれば嘘だった。
Aランクのギルドのままであれば、きっとこんな選択肢はなかった。
最高難易度に挑もうと思える実力がついたこと。アスガルドがリッチに出会ってしまったこと。
その時にもう、自分たちの道は分かれていたのだと、そう思う。
魔物の知識が豊富なアスガルドがいると、ダンジョンの中はとても快適で、安全な寝床も確保しやすく、危険なダンジョンの中にも関わらず、楽しいとすら思えた。
お互いに気持ちがあるだけに、戦力を優先しないアスガルドを、ただ責めるということは、メンバーの誰にも出来なかった。
「──どうする?」
ランウェイは、ダンジョン失敗の傷が未だに癒えていないメンバーに問いかける。
「どうするも何も、強制召喚だろ?
今ダンジョン内にいるわけじゃない俺たちに、断る権利はねえぜ?」
剣士のサイファーが言う。
「それに、ダンジョンの中と違って、いくらでも他の冒険者が呼べるわけでしょう?
私たちだけってことはないだろうし、倒せる可能性はあるんじゃないかしら。」
槍使いのリスタが言う。
「そうだよ、みんなこの間のことで心が折れてる。
またダンジョンに挑む為にも、自分たちの実力を試す為にも、大人数でSSランクに挑めるのはむしろチャンスなんじゃない?
また同じダンジョンに挑んでもいいけど、失敗続きじゃ、いつまで経っても前に進めなくなるでしょ?」
いつも前向きにみんなを鼓舞する、魔道士のサーディンが言う。
「そうだね……。勝って景気付けしたいよね。
僕らが再び、あのダンジョンに挑む為にも。」
弓使いのグラスタが、決意を秘めた表情で言う。
「──みんなの気持ちは分かった。ギルド獣の檻は、全員で今回の討伐に当たることにする。」
この場に武闘家のアノンはいない。
実力的にはSランクを一人で倒せる時点でSランク扱いだが、まだSランクのダンジョンクリアに参加したことがない為実績がなく、冒険者ギルドの定める認定証のランクでいうとAランクだからだ。
国からの強制招集の対象にならない。
戦わなくて済むなら、SSランクの魔物とだなんて、戦いたくないというのが、今の全員の本音だ。
ギルドの運営の為にも、自分たちの中の誰か一人でも欠けた場合に、補充出来る戦力となるアノンは残しておきたい。
国の有事ではあるが、ギルマスとして、ランウェイは、戦いの後のことも、残されたBランクパーティーのことも、考えなくてはならないのだ。
自分たちのところばかりが戦力を出さず、他のSランクギルドからも実力者を出して欲しい。
サポートとして国からも兵士や武器防具などを供出して欲しい。戦闘で駄目になった場合、今と同じレベルのものを揃えるのにいくらかかることか。
ダンジョンの戦闘で既にボロボロで、おそらく次にSSランクと戦えば、もう持たない。
獣の檻のメンバーは、アゾルガの港にやって来ていた。
今はいったん魔物は沖へ引っ込んでいるが、他のギルドと戦闘の打ち合わせをしたり、下見をする為だ。
「──よう、お前らのとこも来てたのか。」
ランウェイに声をかけてきたのは、同じSランクギルド、白煙の狼のギルマス、ジルドレイだ。
かなりのベテランギルドで、実力者揃い。ランウェイは、いつか彼らを越えたいという思いから、獣の檻なんていうギルド名をつけたのだ。
縦横無尽にダンジョンを荒らし回る、狼の群れの動きを封じるのは、この俺たちだ、と。
「他にどこが来てるんだ?」
「うちから6人、漆黒の翼が4人、鉄壁の鋼が5人だな。」
「──4人?漆黒の翼のSランクは、5人じゃなかったか?」
「1人大怪我したんだとよ。
大分前から4人でやってるぜ。
そういや、お前らのとこも、アスガルドは抜けたんじゃなかったのか?
さっきそこで見かけたが。」
「……アスガルドが?」
獣の檻のメンバーが、それぞれ顔を見合わせる。
「……奴は一応、引退ってことになってるから、呼ばれないと思うんだが、見間違いじやないのか?」
「いや、何でも引退したSランクにも、国からの指示で声をかけているらしい。
基本ダンジョンに潜っているせいで、現役の集まりが悪いからな。
迷路みたいなダンジョンに潜ってるやつらを探しに行くような、非効率な真似をするより、引退したとはいえ、地上にいる元Sランクを引っ張りだそうって魂胆だろう。
──つまり、俺たちが失敗した時の保険さ。
舐められたモンだな、俺たちも。」
そうは言うが、正直Sランク20人でも不安は残る。
この何十年。少なくともランウェイが冒険者になってから、1度もSSランクがダンジョン以外で出現したことなどなかったのだ。
ランクは冒険者ギルドが定めたものとはいえ、戦い方も実力も、Sランクの冒険者ごとに異なるように、SSランクの魔物も、その程度に差があるのだ。
ましてや、最高難易度と言われる難攻不落のダンジョンをクリアした、Sランクギルドはまだ存在しない。
つまり、今ここに集まっている冒険者たちは、誰一人として、SSランクと戦って勝ったことがない奴らの集まりなのだ。
国が保険として、引退した冒険者を集めようとしているのも、おそらくは本当なのだろう。
それが、現場にも出す為であるのか、他の潜っているSランクギルドの面々を探しに行く為なのかは分からないが、少なくとも。
──俺たちは、戦っても勝てない。
そう思われているのだ。
過去に出現記録と討伐記録があることから、おそらく国と冒険者ギルドは、討伐に必要なSランクの人数を把握しているのだろう。
自分たちに求められているのは、もっと人数が集められるようになるまでの、ただの時間稼ぎ。
そう思うと、国と冒険者ギルドの動きも納得が出来た。
20人のSランクが集まっても、足止めにしかならないSSランクの魔物。
勇気を奮い起こしてやってきたものの、ランウェイは逃げ出したい気持ちを抑えるので精一杯だった。
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