第30話 災害級の魔物
スイートビーの巣箱が大分手狭になってきた。
どうやら新女王が産まれたらしい。
オマケに複数同時にだ。
ある時まで、女王は専用の食べ物を与えられて育つと聞いていたので、俺はてっきり1体のみを女王として、特別に育てるものだと思っていた。
だが新女王が1体しか出ないという決まりはなく、もしも何体か同時に女王が出た場合、全女王での戦いとなり、何とも地獄絵図に発展する。
実はこういうことはたまにあることで、普通の蜂にもおこりうる現象なのだ。
また、1体しか新女王が誕生しなかったとしても、放っておくと、旧女王と新女王の争いとなる。
大体の場合、片翅を切られている旧女王が巣を追い出されるか、戦いに敗れて巣の中で死んでしまう。
人間の嫁姑戦争のほうが、まだ穏やかかも知れないなと友人に話したところ、そうでもないぜと返された事がある。
幸いにもというか、不幸にもというか、俺は前世でも今生でも、あまり肉親に恵まれなかった為、間に立たされることはなかったが、友人の話を聞く限りでは、血を見ないのが不思議なくらいだと言われてしまった。
だが親子と言っても所詮嫁姑は他人だが、蜂は実の親子や姉妹でそれをする。
自然の摂理と言ってしまえばそれまでだが、養蜂をするにあたり、せっかく増えた女王が、争いで減ってしまっては元も子もない。
そこで、セイヨウミツバチの場合、ひとつの巣箱内で分蜂しそうな時は、人間の手で別の巣箱へ移すのが主流となっている。
分ける時は女王だけでなく仲間も連れて行くのだが、引っ越ししたことに気付かず、元の巣箱に戻ってしまう個体も多く、気が付けば巣箱がすっからかん、なんてことも珍しくはない。
人の手による分蜂も、なかなかに難しいものがある。
ちなみに、外から蜂が来るのを待つのは、ニホンミツバチの性質を利用したものだ。
ニホンミツバチは人間の手で動かすと、たったの30cm動かしただけでも、自ら巣に戻れなくなることもあるくらいで、基本的に分蜂に人の手を貸してはいけない。
蜂が気に入りそうな場所に巣箱を設置するか、キンリョウヘン(金稜辺)と呼ばれる、中国原産の蘭を設置したりする。
キンリョウヘンの花が、ニホンミツバチの分蜂の群れを誘引する、集合フェロモンを出すからだ。
だがキンリョウヘンという植物は、花には蜜が存在しない。蜜を出す蜜腺が、花外蜜腺といって、花の外の茎から花の出る付け根あたりにあるのだ。
フェロモンに引き寄せられたニホンミツバチには、なんのメリットもないのに、受粉目的で一方的に利用される関係だ。
ちなみにこれは、中国のトウヨウミツバチの親戚にあたるニホンミツバチや、タイに生息するトウヨウミツバチの亜種などにしか効かず、セイヨウミツバチを集めることは出来ない。
セイヨウミツバチは、人の手で運ばれて来てすぐの頃には、どこを飛べばよいのかが分からない様子で、しばらくは周りの確認をしてその場所を覚えるのを優先する。
だが、やがて覚えて蜜を集めに行く為、人の手で分蜂が可能なのだ。
ではスイートビーはどうかというと、ニホンミツバチとセイヨウミツバチの、ちょうど間の子のような性質を持っている。
スイートビーの分蜂の距離の範囲内であれば、人の手で分蜂が可能である。
ただし養蜂用に作った巣と違い、自然に作られた巣の場合、巣を壊して中を探らないと女王が探せない為、外から見ても新女王がいるか分からず、下手に刺激も出来ない事から、必ず最初は旧女王が巣から分蜂に出るのを待つのだ。
俺はスイートビーの新女王たちの片翅を切り、背中に生まれ年を示す赤色を付けて、仲間と共に、予め皆と作っておいた他の巣箱にそれぞれ移す。
あとは定着してくれて巣が出来上がれば、ようやくルーフェン村での本格的な養蜂が始まるのだ。
俺は分蜂を終えると、村長に冒険者ギルドへ行くことを告げ、リリアのことを頼んだ。
ラヴァロックのサウナの人気も順調で、穏やかな日々が続いていた。
ロリズリー男爵の店で出す、シュシュモタラの新芽とソーセージとアナパゴスの卵によるココットが、最近評判だと俺のところにも噂が届いた。
ちなみにココットの作り方は俺が教えたものだ。
ココットとは、丸い耐熱容器に野菜や肉などを入れて、卵を上に乗せるように割り入れ、オーブンや電子レンジで焼き上げるだけという、簡単お手軽レシピだ。
小さな丸い耐熱皿で作るものが主流だが、俺は面倒だし量が作れないので、よくグラタン皿を使っていた。
ちなみに直火やオーブンで使用出来る、蓋付きの鋳物の鍋で作った場合もココットと呼ぶ。
オーブントースターか電子レンジのオーブン機能で作る場合は、火が通りやすいものであればそのまま、キャベツの芯など火が通りにくいものであれば、事前にフライパンで火を通しておき、耐熱容器に入れて卵を割り入れ、塩コショウをお好みでかける。
あとは加熱するだけだ。
俺のおすすめはベーコンを敷いた上にアスパラガスを乗せて、卵を割り入れたもの。
アスパラガスは火の通りが早いので、下茹でも事前に火を通さなくてもよいが、かたい根本部分は、切って捨てるか、少し剥くことで食べやすくなる。
それを180度に温めたオーブンで20分程加熱する。
俺の場合グラタン皿で作る場合の加熱時間なので、小さな丸い耐熱皿で作るなら、8分あればいける。
チーズを入れても美味い。ベーコンは、ハムやソーセージでもよい。
ココットはただの調理法の名前なので、子どもに卵アレルギーがあれば、卵を入れなくてもいい。
事前調理もいらず、簡単、お手軽、なのに料理した感があり、見た目もキレイで人に出す際喜ばれる。
ロリズリー男爵の店では、アナパゴスの卵の大きさを活かして、鋳物の鍋を使用していた。
木の上の黄金鶏と呼ばれる味の濃さと美味さに、シュシュモタラのホロ苦さが加わり、巨大な卵を使った見た目のインパクト、シュシュモタラを事前に加熱しておけば、オーブンの時間が短縮出来、お手軽料理の為にすぐ出てくる事と、価格が庶民的なこと。
家族、友人、職場関係など、大人数で客が押し寄せ、その連れが新しい客を連れて来る。
卵の数に限りがある為に、先着順で人数を限定したことも、人気の要因らしい。
近いうちにぜひ食べにいらして下さいという手紙が届いたので、今度リリアを連れて食べに行く予定で、既に店を予約してあった。
俺は冒険者ギルドに到着すると、何やらざわついていることに気が付いた。
職員たちが慌ただしく動き回り、何だか様子がおかしい。
職員に声をかけることがはばかられ、俺がその場に立ち尽くしていると、奥からギルド長が俺に気付いて小走りに駆け寄って来た。
「おお、アスガルド、噂を聞いてやって来たのか?」
「噂?
──噂とは?」
俺は首を傾げる。
「なんだ、知らないで来たのか。
いま国は上を下への大騒ぎなんだ。
アゾルガの港に、SSランクの魔物が出たのさ。
国はSランクをかき集めるのに必死だ。
めぼしい冒険者は、大体長い期間、ダンジョンの下層まで潜っちまうからな。
連れて戻るのにもSランクの冒険者が必要じゃ、余程の腕じゃないと、迎えに人もやれやしない。」
「SSランクですって!?」
災害クラスの魔物じゃないか。
Sランクを10人集めても勝てるか分からないと言われる伝説級の魔物。
滅多に現れることが無く、現れた場所は必ず壊滅的なダメージを受け、酷いところになるとそのまま人が住まなくなる程だ。
「……最悪、引退した冒険者にも、声をかけることになるかも知れない。
お前にも声がかかる可能性があるぞアスガルド。」
「いや……俺のテイムしている魔物はBランクのロックバードのリッチだ。
Sランク相手ですら、戦力にはならないのに、SSなど、とても……。
それが理由で俺は獣の檻を抜けたんですよ?」
俺は困惑しながらギルド長をなだめるように両手を上げる。
「分かっている。
だが国が壊滅的な打撃を受けてしまっては、元も子もないだろう。
国からの強制で、リッチを手放して貰うかも知れんぞ。
Sランクをテイムする力が、本来お前にはあるんだからな。」
「そんな……。リッチを、手放す……?」
長年愛したパーティーを離れてまで、リッチをテイムすることを選んだというのに。
それが出来るくらいなら、俺は獣の檻から戦力外通告を受けたりなどしない。
降って湧いた異常事態に、俺はなんと答えていいか分からなくなった。
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