第29話 新たな共生関係

 俺はロリズリー男爵と、ソフィアさんと共に、シュシュモタラの群生地へと、山を登っていた。

「──お二人は、植物の生き残りをかけた自衛方法についてはご存知ですか?」

「はい、棘を生やしたり、味を悪くしたりですとか、そういったもののことですよね?」

 ソフィアさんが山登りに、少し息を切らしながら答える。

「そうです。

 シュシュモタラはそもそも、幹自体に棘があり、それだけでも自衛手段となっているのですが、それを意に介さない天敵が存在します。」


「それが、天敵の天敵は天敵、ということなのですか?」

 ロリズリー男爵が、大分遅れてついて来ながら言う。俺は一度山道の途中で足を止め、ロリズリー男爵が追い付くのを待った。

「はい、正確には、天敵の天敵が、天敵によって駆逐される、なのですが、語呂の良さから、略してそう呼ばれているのです。

 シュシュモタラの天敵はマニダラという、小さな虫の魔物です。

 シュシュモタラの木の葉を、特に好んで食べる魔物です。」

 俺はシュシュモタラの木を見上げる。


「──ああ、あれが最後の1体ですね。」

 俺は飛び立っていく、ゾーイよりも大きな鳥の魔物を見て言う。

「あれはいったい……?」

「あれはスカイラーという鳥の魔物です。

 ゾーイを好んで食べる、ゾーイの天敵ですよ。」

 俺たちはシュシュモタラの群生地へと到着した。

「シュシュモタラは、マニダラからの自衛手段として、マニダラの天敵である、ゾーイを呼び寄せる匂い物質を出せるのです。

 それにより、この山にはゾーイが大量に集まりました。

 ですが、マニダラも負けちゃいない。

 彼らはゾーイの天敵である、スカイラーを呼び寄せる匂い物質を出した。

 それが、天敵の天敵が、天敵によって駆逐される、ということなのです。」


 ソフィアさんは、我が意を得たり、という表情で、

「つまりそれは、シュシュモタラとゾーイが、マニダラとスカイラーが、それぞれ協力関係にある、ということでしょうか?」

「その通りです。

 シュシュモタラに集まったマニダラを、シュシュモタラに呼び寄せられたゾーイが食べて減らし、その間にマニダラに呼び寄せられたスカイラーが、ゾーイを食べることで、残りのゾーイも逃げ出した、ということです。

 あとはゾーイが残した巣を撤去さえすれば、シュシュモタラの木にはマニダラもゾーイもいなくなる、というわけです。」


 シュシュモタラは、タラの木と、リママメ、またはライマメと呼ばれる植物の、間の子のような木だ。

 新芽はタラの味がして、リママメのような実をつける。

 リママメは葉をナミハダニというダニに食べられることがあるのだが、するとリママメは、ナミハダニの天敵であるチリカブリダニを呼び寄せる匂い物質を出すのだ。


 チリカブリダニは、好物であるナミハダニを食べて退治をするという、リママメと共生関係にある昆虫だ。

 チリカブリダニは生物農薬として、イチゴ栽培などでも、カンザワハダニやナミハダニを防除する為に、広く使用されている。チリカブリダニだけでなく、他にも天敵昆虫となる昆虫が使用されるケースもある。

 これと同じことが、シュシュモタラと、マニダラと、ゾーイと、スカイラーの間にも存在している、という訳だ。


 俺はシュシュモタラの木に登り、1つずつゾーイの巣を取り除いては、土の上に置いた。

「──これで全部ですね。

 もう、この山には、なんの問題もありませんよ。」

「本当に……本当にありがとうございます。」

 ソフィアさんが涙ぐむ。

「ああ、それと、ロリズリー男爵。

 あなたは、魔物を使った商売を始めたいんでしたね?」

 ロリズリー男爵がギクッとした顔をする。


「それは……、本当に申し訳なかった。

 もう、忘れて下さい。」

 ロリズリー男爵は小さくなって、しょんぼりしながら下を向いて言う。

「いえ、この山には、活かせる魔物はいませんが、活かせる植物が大量にあることを、お伝えしたかったのです。」

「それは……どういう?」

「この、シュシュモタラの木ですよ。

 この木はとても優秀でしてね。

 新芽と、実がなった際に、その種が食べられるんだが、それだけでなく、害虫駆除の薬の元となるのです。」

「害虫駆除……?」


「マニダラの天敵であるゾーイを呼び寄せる匂いの元を、天敵誘引剤と呼ぶんだが、これが害虫駆除の薬を作り出すのに使われているのです。

 これを売ってみてはどうですか?

 それと、ロリズリー男爵は、料理店を経営されているのでしたのね?

 そこでこのシュシュモタラの新芽と実をだしてみてはいかがでしょう。

 タタオピのように、大儲けとはいかないかも知れませんが、確実に収入源になりますよ。」

「ほ……、本当ですか!?」

 ロリズリー男爵が喜びを表そうと、俺を抱きしめる為に、にじり寄って来るのを感じ、俺は一歩後退った。


「──何でしたら今なら、木の上の黄金鶏と呼ばれる、魔物の卵を使った料理店を出したいと考えている村も、ご紹介出来ますよ。

 はじめは屋台からと言っていましたが、かなりの数がある。

 料理をするにも、売りさばくにも、卵の消費期限におっつかないことでしょう。

 少し分けて欲しいとお願いすれば、きっと売ってくれると思いますよ?

 一年後には、更に消費しなくてはならない、数も増える予定ですしね。」


「木の上の黄金鶏ですって!?

 アナパゴスの卵が手に入るのですか?」

 ロリズリー男爵の顔色が紅潮していく。

「おや、ご存知でしたか。

 最近それが原因で、悩まされていた村を手助けしましてね。

 通常アナパゴスが一度に卵を産む数は40〜60個程度なんだが、その個体は一度に100個以上も産むのです。

 おまけに卵自体がとても大きい。

 それが2週間に1回ですからね。

 別の魔物の被害を減らす為に、最初の1年は半分だけ食べるようお伝えをしましたが、自分たちで食べるにしても、店を出すにしても、おそらくは余らせていると思いますよ?

 ロリズリー男爵が一部引き取ってくださるのであれば、あちらも大助かりでしょう。」


「ぜひ……ぜひお願いしたい。

 シュシュモタラの木と合わせて、うちの店の名物になります。

 ああ……、なんてことだ。

 ゾーイがいなくなっただけでなく、商売が広がるだなんて。

 本当に……本当にありがとう、アスガルドさん。

 もし、それでうちの店が好調になれば、1年後でよければだが、その村が店を出したいというのであれば、うちの支店という形にするのはどうでしょう?

 もちろん、資金は援助します。」


「それは素晴らしい。

 ぜひ、そこも含めてお話させて下さい。

 あちらも喜ぶことでしょう。」

「あともう1つ、ついでと言ってはなんなのですが、お願いしたいことがあるのですが。」

「──なんでしょう?」

「……うちの娘に、いい婿を、紹介していただけませんか?」

「それは……さすがに専門外ですよ。」

 困惑する俺に、冗談ですよ、と、ロリズリー男爵は快活に笑うのだった。

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