第19話 父の想いとタタオピ
「今回、山に油を撒き散らしたのは、タタオピという魔物です。彼らの生息地は、本来そのニクスナブル領地の山でした。
それが山火事で住処を追われ、こちらに住みついていたのです。」
「では、彼らを山から追い出せば解決すると?」
「いえ、タタオピを住まわせたまま、解決する手段があります。
むしろ、このまま住んで貰った方が、フォトンベルト領の儲けにつながるでしょう。」
「……それはどういう……?」
「フォトンベルト公は、ペスフォルという木をご存知ですか?」
「いえ、残念ながら……。」
「少し値は張りますが、私を信じて、その木を、山に分散する形で、5分の1程植えていただけませんでしょうか?
既に成長したものがよいでしょう。」
「木を植えるだけ……ですか?
それですべてが解決すると?」
「はい。材木の売上が減った分を補って余りある儲けをお約束しますよ。」
フォトンベルト公爵は半信半疑だったが、山にペスフォルの木を植える事を了承してくれた。
しばらくして、俺はフォトンベルト公爵とエンスリーを伴い、再び山に登っていた。植えたペスフォルの木の状態を確認する為だ。
「これは……。あんなに一面に広がっていた油も、匂いも、殆ど消えている……?」
あれ以来、初めて山に来たフォトンベルト公爵は、山の姿に驚いていた。
「油が放置された事で、菌が繁殖して匂いを出していたんですよ。
油そのものが臭いわけではないのです。
瓶は、持って来ていただけましたか?」
「エンスリー、お渡ししなさい。」
「はい。」
俺はエンスリーから瓶を受け取ると、ペスフォルの木の幹から飛び出たコブに傷をつけ、その下に瓶をあてがった。
「これは……!?」
木のコブから、とろとろと油が流れ出てくる。混じり物のない、美しい油だ。俺は殆ど流れ出たのを確認して、瓶の蓋をしめた。
「ペスフォルの木には、油を貯める性質があるんです。」
元々、木というものは、非常に油を吸収しやすい。曲げわっぱと呼ばれる、木で出来た弁当箱などや、机などに油がつくと、染みて取れなくなるのがそれだ。
木くずから抽出した森油という、ガソリンなどの代わりに使える、次世代のバイオ燃料なども注目を集めていたり、木から取れる油というのが元々存在する。
だが、ペスフォルの木は、地中と地上両方に這わせた根から、水を吸い上げると同時に、油を吸い上げ、油は自身では必要としない為、幹にコブを作ってそこに貯めるという、森の浄化作用の役割を持つ、まさにうってつけの木なのだ。
冬場食べ物がない時の動物や魔物、遭難した冒険者などに重宝されている。
本来タタオピが長年住んでいる場所には、ある程度ペスフォルが自生している筈なのだが、フォトンベルト公爵の山は、林業の為に特定の木のみが人工的に植えられていた。
ペスフォルの木があるということは、タタオピが住みついているという事だ。俺はそれで最初はタタオピの存在が頭になかったのだった。
「これはタタオピが出した油が集められたものです。
タタオピは、元々高温多湿の地域に住まう魔物ですが、雨で体が冷えないように、常に油を出して体を守る性質があります。
山火事で群れごと引っ越して来たことと、長雨続きで油が流れっぱなしになってしまったのでしょう。
いくら油が雨を弾くと言っても、こう長いこと降られては、体にとどまれるのも限界がありますからね。」
フォトンベルト公爵が大きく頷く。
ちなみにタタオピは、一見高山に住むヤギのような姿かたちと、キリンのような模様の、オカピに似た性質を持つ魔物だ。
オカピはその毛並みの美しさから、森の貴婦人と呼ばれているが、その理由は、体から出る油で、毛並みが美しくなっているから、とも言われている。
オカピも雨で体が冷えないよう油を常に出しているが、魔物のタタオピが出す量は、その比ではなかったと言うことだ。
俺たちはフォトンベルト公爵邸に戻った。
「傷を付けたコブは、時間が経てば勝手に塞がりますが、油を弾く布などで塞いでやってもよいでしょう。
ここは定期的に長雨が降る地域だ。その都度タタオピの油が流れ出ますが、ペスフォルの木が吸ってくれるので問題ありません。」
フォトンベルト公爵は目を丸くしながら、
「山はきれいに保たれ、タタオピがいついても問題ない。
こんなやり方があったとは……。」
「タタオピの出す油は、髪にとても良く、美しい髪が約束されます。
これだけの量をタタオピから直接集めるのは難しいですが、この山であれば、タタオピから流れた油を、勝手にペスフォルの木が集めてくれる。
これを貴婦人たちに売れば、大儲け間違いないでしょう。
ぜひ一度、奥様に試してみていただきたいのですが。」
「なんですと?
それで木を植え替えても、むしろ儲かるとおっしゃったのですね。
国中の女性を虜にする魔物ですか……。
──おい、エリンシアを呼んで来なさい。
若い女性の感想を聞くのが一番だ。」
そうエンスリーに声をかけると、呼ばれて来たのは若くて美しいお嬢さんだった。
「娘のエリンシアです。」
「エリンシアと申します。」
丁寧にスカートを摘んでお辞儀をするエリンシアに、俺は座ったまま会釈をした。
「娘に使い方を教えてやって欲しいのですが。」
「簡単です。
いつものように髪を洗った後で、タタオピの油を髪につけて、5分以上放置して下さい。それで見違えるように生まれ変わるでしょう。」
エリンシアが早速お供を連れて風呂に行き、俺たちは戻って来るのを待った。
ドアが開くなりエリンシアが叫ぶ。
「お父様!わたくし、これが欲しいわ!」
「何だね、はしたない。」
「これを見ていただきたいの。
私の言っていることが、お分かりいただけると思います。」
エリンシアが後ろを向いて髪を見せた。
艷やかにきらめき、さらさらとこぼれる髪。その美しさに、我が娘ながら、フォトンベルト公爵は、思わず、ホウ……とため息を漏らす。
「これは……期待以上だ。
売れる。間違いなく売れるでしょう。」
「タタオピはそのままにしておいても?」
「もちろん構いません!
むしろずっといて欲しいくらいだ。
ニクスナブル領には申し訳ないが、幸運が舞い込んで来たとしか思えない。
アスガルドさん、あなたの仕事ぶりも期待以上でした。
私からもぜひ、あなたの仕事を広めさせていただきます。」
フォトンベルト公爵が右手を差し出す。
俺はそれを握り返す前に、フォトンベルト公爵に頼みたいことがあった。
「じつは……お願いがあるのですが。」
「──何でしょう?」
「うちにも、まだチビですが、娘がおりまして。
こういうものをきっと喜ぶと思うのです。
少し、俺の分も分けていただけるとありがたいのですが。」
フォトンベルト公爵は笑顔になった。
「そんなことでしたか、もちろん構いませんよ。
何でしたら、必要になれば、いつでもおっしゃって下さい。
アスガルドさんの分は、最優先で取り分けておかせていただきます。
お互い娘へのプレゼント選びには難儀しますな。」
「まったくです。」
俺たちは娘を持つ父親にしか分からない苦労を思いつつ、苦笑いと幸せを混ぜたような笑顔で握手した。
今日取った分の油を、フォトンベルト公爵が、プレゼント用にと、メイドに命じてキレイに包んでくれたものを抱えて、俺はウキウキと自宅に戻った。
相変わらずあまり表情を見せないリリアが、一応俺を出迎えてくれた。
「リリア、お父さんからプレゼントだ。」
リリアは不思議そうに包みと俺を見比べる。
「これはな、お風呂で使うんだ。
今日は贅沢に風呂に入ろう。」
そう言って、久し振りの風呂に入って、リリアの髪を洗ってやり、タタオピの油をつけて、しばらくタオルで濡髪を巻いてやった。
「明日になったらびっくりするぞ?」
俺はリリアの反応を想像して、ワクワクが止まらなかった。
「おーい、リリア、ご飯が出来たぞ?降りて来なさい!」
次の日の朝、朝食の支度が終わり、リリアに声をかけても反応がない。確かに俺のすぐ後に起きた筈なのだが。
「──リリア?」
リリアは鏡の前にいた。
キレイになった自分の髪を見て、嬉しくて笑い出しそうになる顔を我慢しながら、それでも恥ずかしそうに笑ってしまっている。
「……もう少し待ってやるか。」
俺は朝食が冷めないよう、フライパンに目玉焼きを戻しに、階段を降りたのだった。
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