第18話 女性を虜にする魔物

 俺はリッチと共に、フォトンベルト公爵が、林業を営んでいる領地の森に足を運んでいた。

 森と言っても山のふもとまで木が広がっている場所で、森の中心は山そのものだ。山の上から流れてくる油で、ふもとほど油の量と匂いが凄い。

 これでは作業する人たちは、たまったものじゃないだろう。


 まだ油を取り除くのかどうかが、俺の調査結果にかかっている為、今は木の手入れをする人たちも、汚れた土を取り除く業者も、誰も山に入っていない状態だ。

 この山にいるのは俺一人。日頃は人間を警戒して姿を現さないような獣や魔物も、見つけやすい環境とは言える。

 俺は山の中を、道なき道を歩き、魔物の痕跡を探した。


 魔物といっても、ダンジョンに湧いて出るものと違い、森などに住まう魔物は、動物のように糞をする。

 ダンジョンに湧く魔物は、急に湧いてくる存在なので、そもそも食事をしないから、当たり前なのだが。

 ダンジョンに出る魔物でも、そこに住みついているタイプは、もちろん食事もするし糞もする。

 山に生息しているのであれば、必ず足跡や糞、木につけられた傷などの痕跡が必ずある筈だが、今のところ見つけられていない。


 ざっと目視をしただけで糞や足跡が見つけられないくらい小さな魔物が、これだけ大量の油を流すとは考えにくい。

 そんな小さな生き物が出す量なのだとしたら、それこそ山を埋め尽くすくらいの数がいなくてはおかしい。

 連日の雨のせいか、魔物どころか、鳥も、虫も、小動物すら見当たらない。

 雨で痕跡が流れてしまったのだとしたら、見つけるのは困難だと言えた。

 そもそもこの辺りで、油を撒き散らすような魔物が出た情報が、過去数十年間皆無なのだ。


「それにしても寒いな……。」

 連日雨が続いているというので、雨具は当然身に着けてはいるが、隙間から染み込んで体を濡らしていく。

 少しずつ体力を奪われていっている気がする。俺はともかく、羽が濡れて飛べなくなることをリッチは嫌がる。

 俺は小さな洞穴を見つけて休憩を取ることにした。


 携帯食料と水で食事にする。リッチにも餌をやり、防水鞄から取り出したタオルで羽を拭いてやる。

 こんな時は温かい物が食べたくなるが、薪や炭だってタダじゃない。

 食事の為の湯を沸かす目的だけに使っていては勿体ない。

 もう少し休んでみて、体が冷えてしんどいようであれば、体を温めるついでに使ってもいいのだが。


「──ん?」

 俺は洞窟の外に立ってこちらを覗いている何かと目があった。この洞窟を住処にしているのか、それとも雨宿りに来たのか。

 薄く差し込む光が影を作り、向こうからこちらは丸見えだが、あちらの姿はシルエットしか分からない。

 シカのような馬のような姿形。

 動物?いや、この匂い。──魔物だ!


 雨が降っていれば、当然匂いは流れて消える。警察犬ですら追えなくなるのは、知っている人も多いと思う。

 なのにこれだけの雨の中、自らを主張する匂いを放てるのは、魔力を持つ魔物だけだ。

 匂いでテリトリーを主張しているのだ。ここは俺の縄張りだと。やはりこの洞窟はあの魔物の住処であったらしい。

 焚き火をしていなくて正解だった。火があればここまで近付くこともなかっただろう。


 猫が不快な感情になって飼い主を遠ざけたい時、全身から嫌な匂いを出してそれを主張するように、動物も魔物も、鳴き声でなく匂いで感情をアピールすることがある。

 この匂いはそう言った、魔物自身の不快さを表す匂いだった。

「すまんな、勝手にお前のねぐらを取ってしまって。

 すぐに出ていくから、安心してくれ。」

 そう言って俺が立ち上がろうとする速度と同じ速度で魔物が後ずさる。

 俺が洞窟の入口まで来た時には、完全に姿を消してしまった。


「これは……。」

 洞窟の入り口の前に生い茂る木のおかげで、ポツリポツリとしか雨の当たらないそこには、しっかりと魔物の足跡が残されていた。

「こんなところになぜ……?

 生息地はもっと離れている筈だが。」

 だが、油の謎が解けた気がする。俺はリッチを防水鞄に入れてやり、雨の中を、さらに頂上に向けて登って行った。


「──雨の中、寒かったでしょう、ご苦労さまです。

 当家の風呂はいかがでしたか?」

 俺は調査を終えて、フォトンベルト公爵邸を訪ねていた。

 タオルと温かい紅茶を用意してくれていたが、それでは高級そうなソファーを、とてもじゃないが濡らしてしまう。

 部屋を借りて、用意しておいた服に着替えたいと申し出ると、せっかくなので風呂に入るよう言ってくれたのだ。


 俺はありがたくその申し出を受けた。

 旅館やホテルの風呂だと思えば、その広さに落ち着かないということはなかったが、若い女性のメイドに、体を洗う手伝いを申し出られたのには焦った。

 アカスリで若い女性に担当して貰ったことは何度もあるが、当然紙パンツを履いていたり、前を隠した状態だ。

 ましてや、そこも含めて全部洗わせていただきますなどと言われては、とてもお願いなど出来なかった。


「ええ、まあ……。いいお湯でした。」

 俺はそう言うだけにとどめた。

「それで、早速なのですが、調査の結果をお伝えしても?」

「……はい、やはり魔物の仕業でしたでしょうか?」

「結論から言うとそういう事です。」

「そうでしたか……。退治しなくてはならないでしょうか?」

「──って、いやいや、それ、退治しなくとも、何とかなりますよ?

 その為に、俺を呼んでいただけたんですよね?」

 俺は両手のひらを、降参するように上げて言う。


「ところで、最近、近隣の山で、何か変わったことはありませんでしたでしょうか?」

「変わったこと……というかは分かりませんが、ニクスナブル領地の山が、山火事にあい、丸焼けになったと聞いています。」

「ちなみにそれはどの辺りですか?」

「ここより南に15キロ程行ったところになりますが……。」

「──原因はそれですね。」

「よその領地の山火事がですか?」

 フォトンベルト公爵は、釈然としない表情で俺を見る。


「何とかなるのですか?」

「はい、公爵次第では。」

「私次第、ですか……?」

 フォトンベルト公爵は、訝しげに、不思議そうに首を捻る。

 だが俺は、きっと公爵は俺の提案に満足してくれるだろうと確信していた。

「俺の提案を了承していただければ、この国中の女性が、その魔物の魅力の虜となることを、公爵にお約束致しますよ。」

 公爵は自信タップリの俺に、半信半疑な表情を浮かべた。

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