第20話 石に埋もれた村

「まあ、そういう訳だから、ワシのところでも、儲かる魔物を見つけて欲しいのだよ。」

 ──またか。

 フォトンベルト公爵の売り出した、タタオピの髪油が爆発的な人気が出てからというもの、こういった、儲けられる魔物を、という輩があとを絶たない。

 魔物を使えば濡れ手で粟とでも思っているのだろう。

 特に、あまり金のない貴族か、既にかなり儲けているのに、更に、と思っている強欲なタイプかのいずれかがやってくる。


 俺が提案しているのは、魔物を活かすやり方といっても、必ず儲けに繋がるようなことではなく、自分たちの生活に組み込んで支障がなくする為のものだ。

 たまたまタタオピの油は売り物になるから提案しただけで、商売のタネを楽に紹介して貰うつもりで集まって来られても困る。

 そもそもが、被害に困っている人たちに、被害そのものをプラスに変えるアドバイスをしているだけだ。


 特に自分の領地に魔物の被害がないのであれば、普通に冒険者を雇って狩りや討伐にでも行かせて、そのクエスト完了報奨金を受け取ったり、素材を売れば済む話だ。

 実際支援者という形で、冒険者を抱えている貴族も少なくない。

 恐らく、何もせずにタタオピの油が取れる環境になった、という部分だけを聞いていたのだろう。


 たまたまタタオピは住む環境がそうさせただけで、そんな事の出来る魔物は、俺の知る中でも殆どいない。

 おまけにそこに生息していない魔物を無理やり連れて来たところで、自然の一部なのだから、当然その場所にいつかない。

 誰かがフォトンベルト公爵の山からタタオピを盗み、自分の山にペスフォルを植えて、そこにタタオピをはなしたとしても、タタオピは翌日にはフォトンベルト公爵の山に逃げ帰ることだろう。

 言うとおりになんてさせられないし、ほんの少しその恩恵にあずかれるというだけだ。


 まもののおいしゃさんは特殊な仕事で、まだまだ理解が追いつかない人も多い。

 だからこうして事前に話を聞いてから、仕事を受けるようにしているのだが、そろそろウンザリして来た。

「ロリズリー男爵。何度もお伝えしていますように、あなたの領地に魔物が出ているわけでないのであれば、俺に手伝えることはない。

 ましてや出ていたとしても、あなたが想像なさっているような、勝手に儲けに繋がるような魔物というのは殆ど存在しない。

 そういうことであればお引取り願いたい。」


 ロリズリー男爵は顔を真っ赤にして怒り始める。

「ぶ、ぶ、ぶ、無礼な!

 男爵たるこのわしが、貴様のような一介の冒険者に仕事を与えてやろうというのだ、それをよくも……!」

 俺はこの手の権威をひけらかすタイプには、あまり使いたくもないのだが、こう返すことにしている。

「──無礼はあなただ、ロリズリー男爵。

 あなたは俺がどんな立場の人間であるかご存知ないようだ。

 俺はSランク冒険者として15年以上ギルドに席を置いている。

 叙爵こそ保留しているがな。

 爵位にこだわるあなたが、この意味をお分かりにならない筈がない。」


 Sランク冒険者は、国の宝で、最も武勲を上げた騎士に等しい。

 その活躍年数に応じて、本人が望めば爵位を授かることが出来る。

 いざという時国を守るには、Sランク冒険者たちの力が不可欠だ。

 だがそれを分かっていない、祖先が貢献した恩恵に預かっているに過ぎない、名ばかりの貴族たちが、貴族の立場をかさにきて圧力をかけ、無理やり仕事を引き受けさせようとしたり、冒険者を上から目線でないがしろに扱う姿に、世界中の冒険者ギルド連盟が反発を起こしたのだ。


 ギルド員の数の方が貴族たちよりも多く、かつ、国に最も多く税収をもたらしているのも、一部の貴族を除けば冒険者たちなのだ。

 国はそれを無視することが出来ず、一部のみに授けていた爵位を、貢献年数により確実に与えると定め、冒険者の地位向上につとめた。

 Sランク冒険者にタダで仕事をさせてはいけない、という冒険者ギルドの決まりも、この時に出来たものだ。

 Sランクになって3年で准男爵。

 5年で男爵。

 7年で子爵。

 10年で伯爵。

 ──では15年では?


 みるみるロリズリー男爵の顔色が青くなる。

「これ以上しつこくなさるようであれば、こちらも出るとこに出させていただくが、どうなさるおつもりですか?ロリズリー男爵。」

 俺は自分の爵位に相応しい人物の雰囲気を醸し出し、背筋をのばして鋭くロリズリー男爵を睨む。

「わ、わしは用事があったのを思い出した。大変申し訳ないが、これで失礼させていただくよ。」

 ロリズリー男爵は、従者と共に慌ただしく帰って行った。

「やれやれ……。」

 おれはどっとつかれて、椅子の背もたれに体重を預け、頭を後ろにそらす。


「俺のとこに直接来られる前に、冒険者ギルドで吟味して貰うか……。」

 俺は久し振りに冒険者ギルドに顔を出すことにした。

「よう、マリー、久し振りだな。」

 ギルド職員のマリーに声をかける。

「あらアスガルド、ちょうどいいところに来たわね。

 まもののおいしゃさん向きなんじゃないかって依頼者が来てるのよ。」

「依頼者?」

 見ると、依頼人向けの受付に、別の職員に対応されている村人がいる。


「どんな内容なんだ?」

「それがね……。

 定期的に、朝になると、捨てた筈の大量の石が、村に戻って来るらしいの。」

「石?」

「ええ。それも一度に百個以上。

 結構な重さだから、人が運んで来たにしても人数がいる筈だし、そんな人数が夜中に村の近くをうろちょろしてたら、さすがに物音がするでしょう?

 でも、毎回、石を置くような音も、人間の足音もしないんですって。

 そもそも、そんな嫌がらせをされるような心当たりがないそうよ。」

「ふむ?」


「石が何かに役立つかは分からないけど、もし魔物のしわざであるなら、定期的にあることなら、討伐すれば済むって話じゃないかも知れないし、アスガルドなら、何か解決の手段を持ってるんじゃないかと思ってね。」

「いろんなパターンが考えられるから、まずは見てみないことには何とも言えんが、確かにそれは、まもののおいしゃさん向きの仕事かも知れんな。

 いいだろう、話を聞きたいから、紹介して貰えないか?

 ──あと、これからは、こんな風に事前に話を聞いてから、紹介して貰えると助かる。」


「あら、どうしたの?」

「魔物を使った、自動で金を生み出す錬金術が知りたい、金儲け目当ての客ばかりでな。

 そんな都合のいい魔物ばかりなら、俺が始めるよりもっと昔に、誰かがこういう仕事をやってるよ。

 俺の知識は冒険者なら、初心者以外は皆知ってるような事ばかりだからな。

 もちろん、鳴き声を真似て魔物を誘導したり出来るのは、テイマーでAランク以上の奴じゃないと無理だが。

 魔物の生態を活かすより、討伐して素材を売ったり、クエスト完了の報奨金を貰った方が、稼げるからやらないってだけだ。

 次も現れてくれた方が、クエストが発生するから、対策方法を知ってても、教えないしな。」


「確かにそうね。

 お金持ちならともかく、普通の村からの依頼なら、どちらがいいか選べた方が絶対に助かるもの。

 あなたがそんな客ばかりに捕まってたら、紹介したいタイミングで、出来なくなってしまうわね。

 分かったわ、こちらで事前に内容を確認して、アスガルドに迷惑がかからないようにするわね。」

「そうして貰えると助かる。」

 これで金儲け目当ての客の件は片付いた。

 俺は定期的に石が置かれて困っているという、ザザビー村のニルスさんを紹介して貰った。


「あの……。

 ギルドの受付嬢の方が、この依頼はあなたが最適なのではと、ご紹介いただいたのですが……。

 まもののおいしゃさんとは、何ですか?」

「ひとくちで説明するのは難しいが、討伐以外で現在の状況を解決したり、魔物が村の役に立つようであれば、その方法を教えたりしている。」

「はあ……。」


「魔物の状態が普通と違うのであれば、それをどうにかしてやれば、討伐しなくても解決出来る場合がたくさんあるからな。

 特にあなたの村は、定期的に石に苦しめられてると聞いてる。

 もし討伐を依頼しても、何度も同じ状況が発生したら、依頼を繰り返さなくてはならないかも知れないだろう?」

「それは困ります、何度も討伐を依頼するようなお金なんて……!」


「だから俺が行くのがいいんじゃないかと、ギルド職員は判断したってわけだ。

 討伐を依頼したら、討伐だけして終わりだが、俺なら、もし魔物の仕業であるなら、次を発生させなく出来る可能性があるからな。」

「もしそんなことが可能なら、本当に助かります。」

「見てみないことには何とも言えんが、出来る限りの事はさせて貰う。」

「……よろしくお願いします!」

 俺はニルスさんと、石が出現する時期にあわせて、村に行くことを約束したのだった。

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