第11話 隣村のエンリー
「なんだいこりゃあ……。」
「ヒデえな……。」
まだ日が昇るか登らないかという時間。
爆発音とともに村中が飛び起きた。
そして音のした方に一斉に村人が集まり、俺もそれに続いた。
音の原因はサウナ室だった。ボロボロに崩れたサウナ室に入ると、散り散りになったラヴァロックの欠片と、床に倒れている若い男。
恐らくラヴァロックにやられたのだろう。怪我の程度を見る為に助け起こす。
「こいつ……隣村のエンリーじゃないか!」
「おい、エンリー、お前こんなところに入り込んで何してやがった!」
「おいおい落ち着け、怪我人だぞ?」
俺は気絶しているエンリーの胸ぐらを掴んで揺さぶるアントをたしなめる。
大事なサウナ室が壊されたんだ。気持ちは分かるが、怪我で済んだものを、揺さぶって万が一死なせちゃ元も子もない。
俺たちはひとまずエンリーをサウナ客用の休憩室に運んだ。
火傷を負ったエンリーがベッドで目を覚ますと、周囲を怒りに満ちた村人に取り囲まれ、気まずそうに顔を背けた。
「どうだった?」
ラヴァロックの様子を見に行って戻った俺に、アントが尋ねる。
「──駄目だった。爆発して近くに移動したんだと思うんだが、もし川の中に大きな欠片が飛んでたら、再生するタイミングで水に溺れて死んじまうだろうな。」
「ちくしょう!村からこれからって時に!」
アントが壁を叩く。
「エンリー、あんた、ラヴァロックを盗みに入ったね?
あんたんとこの村も厳しいもんね。
うちのラヴァロックを盗んで、サウナを真似しようと思ったんだろ?」
腕組みしながらナディが言う。
「そ……そうだよ。
ずるいだろ!お前らのとこばっか!
スイートビーの蜂蜜が取れるって上に、今度はサウナだって!?
おまけに公爵が来るなんて、一流と認められた証じゃないか!
俺たちの方にもどっちか分けてくれたっていいだろうが!」
エンリーは開き直って叫んだ。
「なんだと!?」
「アスガルドがいなきゃ、私ら村を捨てるしかなかったんだよ!?
スイートビーもラヴァロックも、あんたんとこにやったって、魔物の知識もないのに活かせるもんかね!」
「そうだそうだ!
実際取り扱いに失敗して、ラヴァロックを駄目にしちまったじゃねえか!
俺たちのこの先の稼ぎをどうしてくれるんだ!弁償しろ!」
「……魔物が死んだところで、お役人に咎められることなんてあるもんか。
俺はぜーったい謝らねえ。」
エンリーは腕組みしながらそっぽを向いた。
俺はやれやれ、と頭を掻いた。
「あのなあ、エンリー。
スイートビーは無理やりよそに連れていこうとしても巣を作らない。
俺たちだって巣箱に移動してくれるのを気長に待つしかないんだ。
それに隣村と言ったって、お前のところと5キロも離れてるんだ。スイートビーの巣を作る範囲から離れ過ぎてる。
お前たちのところに巣を作らせようがないんだ。
それに、ラヴァロックだってそうだ。熱した鉄の上に乗せてそーっと移動させなきゃいけない。お前のところの村までじゃ、持っていくまでに鉄の熱が冷めて爆発しちまう。
おまけに重くて一人じゃ運べなかったろ?
お前の村の近くに湧いたならともかく、ズルいと言われても、魔物の性質上、どうしようもないぞ?」
俺は丁寧に説明したが、同じくらい貧乏だった筈の俺たちが、急に持て囃されてズルいと思う気持ちも、俺たちが魔物を譲らないのが悪いという考えも、俺たちのサウナとラヴァロックを駄目にして、今後の稼ぎの手段をなくさせたことについて謝るつもりがないことも、まったく変わらないようだった。
「村長!役人に届けましょうよ!」
「そうですよ!俺たちのサウナをめちゃくちゃにしたんだ。」
「うん……。そうだなあ……。
エンリー、それでいいかね?」
ちゃんと謝れば考えなくもない、と思っている様子の村長が、エンリーに最後にもう一度尋ねる。
エンリーは力強くそっぽを向いた。村長はやれやれとため息をついた。
役人にエンリーを突き出してサウナの現状を見に来て貰ったが、役人の判断に村人はがっかりするしかなかった。
エンリーに課せられた罪は、村に侵入して建造物であるサウナを壊したことに対する弁償金のみだった。
エンリーの言う通り、魔物は討伐すべきものという扱いで、損害賠償の対象に入らないのだ。
石を焼いて置いても別にサウナは再開出来る。だが燃料が高過ぎて、俺たちのサウナの規模ではやる事ができない。
実質もう無理だった。
役人に連れて行かれながらも、最後まで、ざまあみろ、と俺たちを煽るエンリーに、村人たちはやり場のない怒りと、これからの生活に対する不安で皆表情を暗くした。
「どうだった?」
「駄目だ、まだ巣箱に巣は作られてなかった。」
「そうか……。」
せめてスイートビーの巣が巣箱に作られていないか確認に行ったジャンが、落ち込んだ表情で戻って来る。
皆もつられて落ち込む。
村はまた、貧乏な村に戻ってしまった。
「どうにかならないの?アスガルド。」
「魔物も自然の一部なんだ、俺に出来ることは限られてるよ。」
俺は詰め寄る村人をなだめるので精一杯だった。
村人たちといても気が滅入るので、俺は川まで散策にやって来た。するとサウナからトンテンカンテン音がする。
覗いてみると、口に釘をくわえ、トンカチを振るうアントの姿があった。
「何をしてるんだ?」
「ああ、アスガルドか。
いや……。ラヴァロックはいなくなっちまったけどさ。
またひょっこり、湧いて出るかも知れねーじゃん?
そんとき、すぐに移せるように、今のうちにサウナを直しておこうかと思ってさ。
俺……やっぱり、サウナで働くの、好きだからさ。」
「そうか。」
俺は暫くサウナの壁によりかかり、アントの振るうトンカチの音を聞いていた。
数日がたち、村が今までの生活に戻った頃、突然エンリーが村に飛び込んで来て、俺の前に土下座した。
「村に……村にスパイダーシルクの群れが現れて、村を毎日めちゃくちゃにするんだ。
頼む……頼む助けてくれ!」
貧乏なのでギルドに討伐依頼を出せず、顔見知りの冒険者の俺のところにやってきたのだろう。
都合のいいエンリーの言葉に、村人たちが一気に激高する。
「あんた、役人に連れてかれる時の自分の態度を忘れたのかい!?」
「俺たちに謝んのがまず先だろうが!」
「都合のいい時だけ頼ってくんじゃねえよ!」
「……ごめん謝る……謝るから……。
スパイダーシルクの糸でベタベタで、ドアも窓も開かなくなって、家も畑もメチャメチャで、俺たちじゃどうしようも……。
頼む、退治してくれよぉ……。」
「家が糸でベタベタ?
──って、いやいや、それ、退治しなくとも、何とかなるぞ?」
え?とエンリーが俺を見上げる。
「隣村のよしみだ、一回だけ手伝ってやる。
ただし条件と、用意して貰いたいもんがある、」
「何でもするよぉ、何でもするからあ。」
「言ったな?
よし、みんなにもエンリーの村まで来て貰おう。」
俺は納得がいかなそうな村人たちを集めて、ある事を話して聞かせたのだった。
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