第10話 サウナリゾートの楽しみ方
入る前に水を飲んで貰ってから、ベルエンテール公爵、ルクシャ、ガリウスがサウナに入る。
日本の公衆浴場では、子どもがサウナに入るのは危険として、断られることも多いが、本場フィンランドでは、普通に子どもたちも入る。
子どもは大人ほど体温調節機能が成長していないので、特に5歳以下だと、確かにサウナの影響を受けやすい。
体重に対する体表面積の比率が大きいことと、皮膚が薄いこともあり、早く深部体温が上昇するのだ。
公衆浴場などは、少し風呂の温度を高めに設定していることが多い。大人には丁度いい温度だが、それを熱いと言って嫌がる子どもが多いのはその為だ。
だから大人程長く入ってはいけないし、子どもの様子をきちんと大人が見ながら入る必要がある。
そこに気を付ければ、ルクシャの年齢でも充分にサウナは楽しめるのだ。
俺は、熱いな、嫌だな、と少しでも感じたら無理をしないこと、そう感じたなら、すぐにサウナから出て、水分を取りながら川に浸かること、とルクシャに言い聞かせた。
3人が入って暫くすると、アントが服を着たままサウナに入る。あれからすっかりサウナにはまったアントは、このサウナの熱波師になっていた。
まずは柄杓でラヴァロックに水をかけ、水蒸気を発生させる。ロウリュ、またはロウリュウと呼ばれる、体感温度を上げ、発汗作用を促進させる効果がある。
これが以外と難しい。勢いよくかけると跳ねてお客にかかってしまうし、手前から奥にかけようとすると、手前に蒸気が残るので火傷する可能性がある。
静かに回しながらかけるのがコツだ。
水をかけ終えると、部屋全体に空気が行き渡るように、タオルをくるくると回したり、扇いだりして熱波を撹拌する。
サウナ室はそんなに広くないので、肘をたたんでぶつからないようにする必要がある。
基本は頭から顔にかけて仰ぐと、上半身すべてに蒸気を浴びる事が出来る。
プロサウナーと呼ばれるサウナ好きは、人気の熱波師の入る日には必ず集まると言われるくらい、重要な仕事だ。
実際リピーターの多くは、アントの予定を確認してから来る程、人気の熱波師になっていた。
「ム……。」
「これは……、なかなか熱いですね。」
慣れない熱波師の技に、始めは困惑する。だが、水風呂と外気浴を繰り返すうちに、サウナ好き程これにハマってしまうのだ。
「僕もう無理〜。」
ルクシャがサウナから出てきて床によつん這いになる。皆から、無理するな、と朗らかに笑われながら川に浸かる。
「あ……でも、これ気持ちいいかも。」
デッキチェアで外気浴をしながら、くんだばかりの冷たい水を飲むルクシャは、風に肌を撫でられながら目を細めた。将来はサウナ好きに成長するかもな。
ガリウスは2セットを終え、一足先に休憩室で休んでいた。ベルエンテール公爵は、初めてにも関わらず、4セットを終えたあと、デッキチェアでくつろぎながら俺に言った。
「鼻と口から冷気がフワッと抜けてゆく感じが、とても心地よいな。
日頃の疲れが共に抜けて行くようだ。」
「それが“ととのう”ってことだ。
いずれ食堂で、スイートビーの蜂蜜酒を出す予定なんだ。
良かったらまた来てくれよ。」
「それは楽しみだ。ぜひまた寄らせていただこう。」
「待ってるぜ。」
ベルエンテール公爵は穏やかに目を細め、流れる川を見ていた。
サウナから上がった3人に、こちらで用意した簡易着に着替えて貰い、食堂に移動して貰う。
ベルエンテール公爵には、まずは冷たい水を飲んで貰い、次に売り物にしている料理を出した。
「わあ……!」
「これは……なんという料理だろうか?」
「さあ食べてくれ、ルーフェン村名物、
──スイートビーの蜂蜜カルボナーラ、ラヴァロックの温泉卵乗せだ。」
カルボナーラは日本だと、レストランかレトルトパックでしか食べない人も多いかも知れないが、実は非常に簡単なズボラ飯と言ってもいいものである。
まずは大きな鍋で湯を沸かし、下味をつけたい分だけ塩を入れる。パスタを麺に合わせた時間に茹でる。
パスタが茹で上がるまでの時間で、ベーコンを小さく、大体5ミリくらいの四角に切る。適当で構わない。にんにくをほんの少しの量みじん切りにする。
オリーブオイルでベーコンをフライパンで炒め、脂身部分が透明になったところでにんにくを加えて炒める。この時にんにくはカリカリにする。
一人前のパスタを100グラムとした時に、ベーコンの重さの2倍程度の粉チーズ、卵を1つ、蜂蜜を小さじ1程度、炒めたベーコンとにんにくを、混ざらないように並べてボウルに入れる。
そしてパスタが茹で上がったら、ザルに上げて水気を切り、ボウルの中の、チーズ、ベーコン、にんにく、卵、蜂蜜の上に被せ、10秒ほど蒸したら全体をよく混ぜる。最後にオリーブオイルを少々と黒胡椒をかけたら出来上がりだ。
卵1個ではなく卵黄のみを使う場合は2つ入れる。
牛乳や生クリームを入れるレシピが日本では流行っているが、本来の作り方だと必要のないものだ。
これだけで充分こってりとしてコクのあるカルボナーラが出来上がる。
蜂蜜はなくても問題はない。
単にスイートビーの蜂蜜の人気にあやかって、深みを増すためにほんの少し入れているだけだ。
そこにラヴァロックに乗せた鍋で作った温泉卵を割り乗せる。
あくまでも温泉卵風、なので、ラヴァロックが温めた湯が温泉になる訳ではないが。
ちなみに卵は冷蔵庫に入れている人なら、一度常温に戻しておくのが良い。俺たちは冷蔵庫なんてものはないから、朝収穫した時のままだ。
日の当たらないところに置いておけば、実は常温でも卵は結構保つ。夏でも産卵直後から2週間程度いける。
スーパーなんかで常温のまま並べてあるのは、むしろ常温のほうが卵にとっていいからだ。
卵には、実は気功といって、呼吸をする為の小さな穴がいくつも空いている。温度差が激しいと、結露などが卵の表面について、むしろ雑菌が気功を通じて中に入りこんで傷んでしまう。
少しでも、この温度差や気温差を無くす為、あえて常温で売られているのだ。
「これは……。卵に火が通っていないと思いきや、中はきっちり半熟だ。」
「白身は黄身よりも火が通っていないというのに、驚きです。」
「美味しい!初めて食べます!」
皆はカルボナーラの美味しさももちろんだが、初めて見る温泉卵にただただ驚いていた、
自宅で簡単に作れるものだが、初めて見て、食べた時は俺も驚きと感動を味わったものだ。
保存のきく乾麺はむしろ買うと高いので、村で取れた小麦を使った生パスタ、採れたての新鮮な卵、そこにスイートビーの蜂蜜を使っているのだ、美味くない訳がない。
大満足で帰って行ったベルエンテール公爵たちの口コミにより、今まで訪れなかった貴族たちまでもがサウナに訪れるようになり、ルーフェン村の名は一躍人気のレジャースポットとして広まって行った。
村の財政も潤い、すべては順風満帆に見えた。だがこの事がきっかけで、俺たちはとんでもないトラブルに巻き込まれてしまうのだった。
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