第9話 公爵家がやって来た

 俺たちはニマンドの店に告知の張り紙をさせて貰い、早速サウナの宣伝を始めた。

 正直この世界の人々は、そもそもサウナとは何ぞや、という認識の為、ただサウナを宣伝しても人は入らない。

 なおかつ俺たちの村は街から遠く、俺たちは普通に歩いて街まで行くが、通常ある程度の金を持つ人間であれば、馬車でなければ決して移動したくならない距離だ。

 よく分からないサウナに入る為だけに、人が足を運ぶとは思いにくい。


 そこで俺は一計を案じた。

 湯船に浸からない新感覚の風呂と、田舎の採れたての新鮮な食材と、スイートビーの蜂蜜を使った料理が楽しめる、新しいリゾートとして、新し物好きの一定の富裕層を狙って宣伝をする事にした。

 そもそもカジノや大道芸くらいしか娯楽のないこの世界では、旅行というと、貴族が持っている自分たちの別邸に避暑に行く程度。

 行った先で何か刺激のある事があるわけではなく、女性はその土地の人たちとお喋りをし、男性は狩猟に明け暮れる。


 温泉に行ってそこで日がな一日ぼーっとするのと変わらない。観光スポットがないのだ。だからダンジョン魔物探索ツアーなんてものが人気になったりする。

 たかがポスター1枚。だが結果は大当たりだった。最初にニマンドが従業員の慰安旅行で遊びに来てくれた。

 村から帰った店員たちは、店内に貼られたポスターについて、質問してきたお客に積極的に感想を伝える。そこから口コミで広まり、あっと合う間に連日大盛況となった。


 急遽村の空き家を改造し、休みたい客はそこで休めるようにもした。

 泊まる用ではなく、サウナで疲れた体を休める為のものだ。

 慣れない内は自分がサウナで楽しめる分数が分からず、無理して回数を入ろうとしてしまう。

 汗をかくのは疲れるので、横になりたくなるのだ。

 入り方の分かっている人の為には、外気浴の為のデッキチェアを川の脇に並べてある。


 サウナ、水風呂、外気浴。これでワンセット。これを2〜4回繰り返す。これでいわゆる“ととのう”状態を目指すのだ。

 水風呂や外気浴の後に、冷えたからといって風呂で体を温めたり、途中で水分を飲んではいけない。

 もちろん体調が悪いと感じたなら、その限りではない。

 ちなみに俺は1回のサウナ時間を8分と決めている。


 オススメは、セットを繰り返した後、最後は外気浴ではなく、さっと水風呂に入った後に冷たいシャワーでしめる。冬はポカポカ、夏は汗をかかなくなる。

 料理を提供する食堂も、空き家を改造して作った。何しろ貧乏な村だ。村を捨てて出ていく人も多い。空き家だけはたくさんあった。

 今は料理と失った水分を補給する為の水を用意しているが、いずれはここにスイートビーの蜂蜜で作った蜂蜜酒を出す予定だ。


 そうしてお客を迎え始めて数週間が経った頃、村に向かう道に豪華な馬車がやって来た。

 この村に日頃来るような馬車とは違う、見たことが無いほど豪華な馬車がこちらに向かって来ていると、ジャンが村に駆け込んで来る。

 ジャンの仕事は村に向う街道近くの森で、ウサギなどの小動物を狩る猟師だ。薄暗い森の中から見ると、明るい街道を通る人がいればすぐに分かる。

 馬車はゆっくり進むので、走ってくれば追い抜けるのだ。

 俺は村の入口に向かい、人々をかき分けて馬車を視認した。


「あれは……。」

 見覚えのある模様。あの日ルクシャたちと一緒に乗った、ベルエンテール公爵家の、2頭の鷲が向かい合った紋章が刻まれていた。

 馬車が村に到着し、中から人が降りてくる。

 執事のガリウス、ルクシャ、そして高そうな仕立ての服に見を包んだ、見知らぬ男性が一人。

 ベルエンテール公爵その人だった。


「アスガルド殿という御仁はいらっしゃるだろうか。」

 ベルエンテール公爵が村人の顔を見渡す。

「──俺だ。」

 俺は手を上げて名乗りを上げた。

 公爵は俺に近寄ると、

「先日愚息がお世話になったと伺いました。直接のお礼が遅れて大変申し訳ない。

 あれからガラファンの様子も落ち着き、処分する必要がなくなって、ルクシャもすっかり元気を取り戻しました。」

「それは何よりだ。」

 ルクシャが俺に向けてニコッと笑顔になる。初めて笑ったところを見た気がする。本来はとても明るい子なのだろう。


「それで今日はわざわざこちらに?」

「それもありますが、話題のサウナというものを、一度試してみたいと思いましてな。

 妻は人前で脱ぐ必要があるというのを聞いて、今回は辞退させて欲しいと言われて連れて来れなかったのだが、ルクシャを暫くどこにも連れて行ってやれなかったのでね。

 それであれば、直接のお礼も兼ねて、ぜひ一度こちらに、ということで、参った次第です。」


「なる程、それは嬉しい。

 ぜひ楽しんで行ってくれ。」

「ありがとう、世話になります。」

 俺とベルエンテール公爵は握手を交わした。

 俺はさっそくベルエンテール公爵を川まで連れて行った。

「これは……噂には聞いておりましたが、本当に直接川に入れるのですね。」

 珍しいものを見た、と言った雰囲気で、ベルエンテール公爵はサウナと、川につながる板をまじまじと眺める。


「着ているものはこちらで脱いでくれ。

 貴重品があればこちらで預かるから、この番号札のついた袋に入れて欲しい。」

 俺が番号札のついた麻の袋を差し出すと、執事のガリウスが、私めがお預かりいたしますので問題ありません、と断って来た。

 それをベルエンテール公爵が、笑いながら制する。

「いいじゃあないか、ガリウス、こんなところまで来たんだ。お前も一緒に入りなさい。」

「ですが旦那さま……。」


「今日はお前の慰安旅行も兼ねてるんだ。

 日頃尽くしてくれて有り難いと思っている。

 何かあってもSランク冒険者のアスガルド殿がいる。

 安心してお前も楽しむがいい。」

「じい!一緒に入ろう!」

 ルクシャも無邪気にガリウスの手を引っ張る。

「ああ、任せてくれ。問題ないぜ。」

「そんな……もったいないお言葉でございます。」

 ガリウスは涙をこらえているようだった。

 俺とベルエンテール公爵は、そんなガリウスを見ながら、顔を見合わせて笑った。

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