第12話 スパイダーシルクの価値
俺がエンリーに要求したのは、湯を沸かした風呂、箒草、厚手の板をいくつか、糸巻き機、そして、俺たちの村人と、エンリーの村の村人全員の前での謝罪だった。
俺は、エンリーは恐らく、俺たちに迷惑をかけたことも、サウナを真似しようとしていたことも、自分の村の人たちに、一切話していないだろうとふんでいたのだ。
案の定初耳だったフォークス村の人々、特にエンリーの両親である村長夫妻は開いた口が塞がらないようだった。
「お前……なんてことしてくれたんだ。」
「そんな迷惑をかけた相手に助けてくれと言いに言ったって?俺たちに恥をかかすと思わなかったのか?」
ルーフェン村の村人全員に怒られ、今またフォークス村の人たちにも怒られ、エンリーはすっかり小さくなっていた。
「村長、そしてルーフェン村の皆さん、この度はバカ息子が迷惑をけて申し訳なかった。村を代表してお詫びする。」
エンリーの両親が頭を下げ、続いてフォークス村の人々も頭を下げた。エンリーもそれを見てさすがに自分から頭を下げた。
ルーフェン村の人たちも、ここまでされては、エンリーにこれ以上強くは言えないようで、収入源を失ったことに変わりがないことには釈然としないながらも、ひとまず許そうということになった。
「──それと、1つ覚えておいて欲しいんだが、今回は今までの関係があるから、特別に手助けするが、本来Sランクの俺が無償で仕事を引き受けることは、冒険者ギルドに許されていない。
今後は仕事として頼んで欲しい。
魔物専門医として、退治以外で役に立てることであれば、引き受けることが可能だからな。
そのお試しということで、ギルドには報告させて貰う。」
そう、これが一番重要なことなのだ。
仮に俺たち冒険者が依頼を引き受ける際の依頼料の価値を、オンラインゲームのガチャに例えるとする。
Sランクの冒険者への依頼が1等“30%の確率で武器に強化値が付与される書“だとし、Aランクの冒険者への依頼が2等“30%の確率で防具に強化値が付与される書”だとしよう。
当然数も少なく需要の高い、1等の武器強化の書のほうが、ゲーム内の通貨で高くフリーマーケットで取引される。
だが、ガチャを販売すると同時に、公式が1000枚限定で抽選で1等の武器強化の書をプレゼントします、と言ったらどうだろうか。
当然1等の武器強化の書は値崩れを起こし、2等だった筈の防具強化の書の値段の方がゲーム内で高くなってしまう。
つまり、Aランクの冒険者の依頼料が、Sランクと逆転してしまうのだ。
また、ガチャそのものの価値やゲーム運営に対する信用、つまり冒険者ギルドへの依頼に金を払うことに対する信頼も魅力も下がってしまう。
これが5等とかなら無償配布したところで問題は少ないだろうが、1等の価値がある、Sランクの冒険者であることに問題があるのだ。
Sランク冒険者の価値を崩すようなことがあれば、俺のギルドカードは登録抹消、最悪冒険者ギルドに損失を与えた罪で投獄されかねない。
安易にSランクに無償で仕事をさせてはいけないのだ。
もちろん、ルーフェン村を手助けすることは、俺の現在の住まいでもあることから、自分の生活範囲を脅かす魔物に対応することについてのお咎めはない。
だが、親戚がいるわけでもない、よその村に、無償で協力するとなると話が違ってくる。
そこを話したところで、エンリーは恐らく右から左だろうが、他の村人たちにも知って貰えていれば、万が一再びエンリーがごねて来ても、今度は俺たちではなく、冒険者ギルドからエンリーに対して、お役人に訴えがあがることだろう。
そこを理解して貰った上でなければ、さすがに幾ら付き合いの長い隣村のピンチであっても、はいそうですかと手伝うことは難しい。
「了解しました。万が一これでまたエンリーがあなた方に迷惑をかけるようなことがあれば、私たちはエンリーを村から追い出します。──いいな、エンリー。」
エンリーは甘えた考えの持ち主だ。そうは言っても、厳しい判断を他人にくだされることを、すぐに想像するのが難しい。どこかで頼めば何とかなると思っているフシがある。
今もまだ、どこか納得のいかない表情で、分かったよ、と口にはするが、恐らく分かってはいないだろう。
それでもこれだけの証言者がいるのだ。これで俺もようやく仕事に取りかかれるというものだ。
「じゃあまず、スパイダーシルクを一体ずつ風呂に入れるぞ。」
「風呂!?」
一応沸かしはしたものの、まさか魔物を入れるとは思っていなかったエンリーが目をむく。
「ああそうだ。風呂に入れないと、糸が解けないからな。」
俺はスパイダーシルクが仲間を呼ぶ時の鳴き声を真似、風呂に誘導して丁寧に湯をかけて温めた。
スパイダーシルクは、恐ろしげな名前とは異なり、フラミンゴのような淡桃色の鳥の魔物だ。
ちなみに鳥の姿形でも、魔物はすべて1体2体と数える。
なぜそのような名前がついたかというと、スパイダーシルクの出す糸に特性がある。
スパイダーシルクは、鳥と蚕の繭を足したような魔物で、その羽が粘着質の糸で出来ており、ダチョウのように地面を走る。
糸が触れ、それが乾くと貼り付いて簡単には取れない。そして体に張り付いたものを餌として食べる。
そのさまが蜘蛛の餌の取り方と似ている為にこの名がついた。
年に2回ある換毛期には、それがごっそりと入れ替わるのだが、蚕と違って内側から繭を溶かす事の出来ないスパイダーシルクは、体を木などに擦りつけて糸を取ろうとする。
だが粘着質のある糸はしっかりと体に貼り付きなかなか取ることが出来ない。
そんな時は群れをなして人里に降りてきて、人の家の角や窓枠に体を擦り付けるのだ。
換毛期は痒くて仕方がないらしく、糸がすべて取れるまで毎日続く。
だからスパイダーシルクが現れた街や村は、粘着質の糸が貼り付き乾いたせいで、窓もドアも開かなくなってしまうのだ。
糸の解き方は蚕の繭と同じだ。死んでいれば高い温度の湯で一気にほぐすが、今回は生きているので普通の風呂の温度だ。
蚕の場合70度で40〜50分煮るが、スパイダーシルクは10分もあればいける。35度でも20分だ。
繭の外側には切れた糸が巻き付いているので、箒草で繭を軽く突いたりこすったりして、糸を引っ掛けて取り除く。
何度かたぐって、切れずに一本になって外れてくるまでこれを繰り返す。どうしても外れない場合は、もう一度短時間湯につける。
一本に手繰り寄せられるようになったら、厚手の板や紙に一度巻き取ってやる。この作業が実に楽しい。
美しい淡桃色の糸が、キラキラと光に反射しながら、美しいスパイダーシルクの体から剥がれていく不思議な光景。
実際村の子どもたちがやりたそうだったので、巻き取るだけの段階になったところで、俺は子どもたちにそれをやらせてあげることにした。
スパイダーシルクの地肌が透けて見え始めたら巻取り終了だ。地肌に近い部分は細く切れやすいので、巻取りは出来ない。
何体かのスパイダーシルクから外した糸を、厚手の板から剥がしながら、糸巻き機で目的の太さ、長さの一本の糸にしていく。
これを乾燥させると、再び粘着物質が蘇り、よられた糸が接着し、強くて美しい糸になるのだ。
「さ、やり方は見せたんだ。あとは俺でなくても誰でも出来る。
ただ、一応魔物だからな、安全の為にテイマーにそばについて貰って作業してくれ。魔物をテイムしてないか、テイムしてても手放して、いざとなった時スパイダーシルクをテイム出来る奴なら誰でもいい。
まあ、Fランクもあれば充分だろう。」
「え、全部やってくれないのかよ?」
エンリーが不満げに口を尖らせる。
「──オイオイ、何体いると思ってるんだ?
3体分巻き取るだけでもこれだけ時間がかかったんだ、100体以上の群れを全部やってたら、一体何週間俺はこの村に滞在しなきゃいけないと思ってる?
冒険者ギルドへの依頼料なら、スパイダーシルクの糸は高値で売れるんだ。
今日俺がよった分だけでも充分さ。」
そう言って立ち上がると、何事か考えている風のエンリーに、
「あんまり派手にやるなよ?
痛い目を見るぞ?」
と忠告した。分かっていないようだったがな。
そうして、やはり、というか、当然のようにというか、このスパイダーシルクを使って、エンリーがもうひと騒動巻き起こすのであった。
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