第6話 まもののおいしゃさん
俺がガリウスに頼んだのは、大きめのボウルが2つと牛の乳を2リットル程、お玉、そして剪定バサミだった。
「そんなものを何にお使いで?」
ガリウスは不思議そうにしながら、俺にそれらを手渡した。
「まずはナナカンの木の群生地に案内してくれ。」
俺は草木を掻き分け、ナナカンの木の群生地の前に立つと、
「本当に切り落としていいんだな?」
「奥様に許可はいただきました。ルクシャ様の為であれば、切ってしまっても構わないとのことです。」
丁寧に葉のついている枝だけを切り落とす。
「……この木が原因なのですか?」
「これも原因の1つだな。
……ナナカンの木は、とある薬の材料になるんだが、それを出産後のガラファンのメスが食べることがあるんだ。」
「薬……ですか。
メスは何の病気にかかっているのですか?」
「──いや、ダイエットだ。」
「ダイエット!?」
ガラファンの発情期は秋だ。生まれた幼体は、親の巨体に似合わず、わずか500g程度で生まれてくる。
交尾から半年程度で出産するのだが、それなのに子どもがとても小さいのは、ガラファンは一見ゾウに似ているが、その性質がヒグマにとても近いことによる。
ガラファンの妊娠時には、受精卵がある一定のところまで成長すると成長が止まり、着床しないまま子宮を漂う。
その後たっぷり栄養を蓄えた後で着床し、再び成長する。
着床遅延という、交尾をしてから出産までの時期を遅らせる、ヒグマなどと同じ妊娠の仕方をするのだ。
出産にそなえてたくさん食べて脂肪を蓄え、蓄えた脂肪を使いながら、冬の間巣穴に籠もって春先に出産する。
溜めた脂肪から母乳を作る為、必要なエネルギーの割合を減らす必要があり、それでとても小さな赤ん坊が生まれてくるのだ。実際には2ヶ月程度しか妊娠の期間がない。
だがその時蓄えた脂肪が減らない個体が存在する。人間も妊娠時に増えた体重が、出産後に減る人と、そうでない人が存在するのだが、ガラファンもそうなのだ。
ガラファンの妊娠時、増える体重はなんと200kg。半年飲まず食わずなのだから、妊娠時の頭数が多いとそれでも足りないくらいだ。
だが冬ごもりで栄養を使い、母乳に脂肪を使っても、体重が半分も減らなかった場合、自重を筋肉が支えられなくなってしまう。
そこでナナカンの木だ。
そう、ナナカンの木の葉っぱは、俺たちの世界でいう、サノレックスという薬の成分ととても近い。
この薬は向精神薬に分類され、精神科で主に処方されるものだが、太り過ぎの人に内科などでも処方されることがある。
満腹中枢を刺激し、食べる量を減らす効果がある。最大でも3ヶ月程度までしか処方せず、効果があってもなくても、一度そこでやめなくてはならない。
頭を騙すものなので、それ以上飲み続けても、一度効果がなかったり、薬に慣れてくると意味がなくなる。
この国でも貴族の女性に人気で、自宅に植えて専属の薬師に調合させている貴族も多い。
これを食べることで、ガラファンは体重を元に戻すのだ。
体重が戻れば通常は食べるのをやめるのだが、妙にナナカンの木の葉を好む個体がいる。普通は食べ続けることで効果を失うが、まれに効き続けてしまう個体がいるのだ。
ナナカンの葉は薬草に分類されるので、栄養にあたるものが殆どない。
ましてやナナカンの効果で腹いっぱいだと勘違いしている為、他の物を食べない。しばらくは脂肪があるから大丈夫だが、やがて倒れてしまう。
ガラファンはとてもパートナー思いの魔物で、生涯同じパートナーとしか子を成さない。
恋愛成就や安産祈願の守り神として祀っている地域もあるくらいだ。
弱ったメスと、生まれたばかりの子どもを守る為、オスは気が立っていたという訳だ。
「これでガラファンのメスは他のものを食べるようになる筈だ。」
俺はすべての葉を切り終えると、ガラファンのところへと戻った。
俺はボウルの中に、牛の乳を半分と、売り物にする為に持ってきたスイートビーの蜂蜜をたっぷりと入れ、お玉でかき混ぜる。
何でもいいから混ぜるのに使えるものをと言ったらお玉を持って来られただけで、特にお玉に意味はない。
「フォウッ!フォウッ!フォウッ!」
俺は、敵じゃないぞ、攻撃の意思はないぞ、というのをアピールする時の、ガラファンの鳴き声を真似た。
ゆっくりと近付き、オスの前に蜂蜜入りの牛の乳の入ったボウルを置いた。
オスのガラファンがビクッとする。スイートビーの蜂蜜は、栄養が豊富なガラファンの大好物だ。味方をアピールされた後でこれを出されたらたまらない。
ガラファンのオスがボウルに頭を突っ込んで牛の乳を飲み始めた。これなら大丈夫だ。
俺はオスのガラファンの後ろに回ると、背の高い草を掻き分けた。
そこは洞穴だった。奥に進むと、メスのガラファンと2頭の幼体がいた。メスはかなり弱っているのか、ぐったりと横になっている。
俺は再び味方だぞ、と鳴き声を真似る。残りの牛の乳とスイートビーの蜂蜜をボウルに混ぜ、メスの顔の前に置いてやった。
よろよろとメスが立ち上がり、ふんふんとボウルの匂いを嗅ぐ。
やがて頭を突っ込むと、牛の乳を飲み始めた。初めは警戒していた子どもたちも、母親が飲んでいるのを見て、争うようにボウルに頭を突っ込んだ。
俺は洞穴から出ると、
「もう大丈夫だ。
これで普通の食事も取るようになる。」
と言った。
「あの蜂蜜は……売り物だったのでは?」
ガリウス餓申し訳なさそうに言う。
「なに、俺に解決出来る方法に必要だっただけさ。
だがあんまり魔物を飼うのは関心しないな。
ガラファンは自分のテリトリーに侵入されない限り襲ってこない魔物だが、それでも魔物は魔物だ。
いつこのお坊ちゃんが危ない目に合うとも限らないんだならな。」
肝に銘じておきます、とガリウスは言った。
ガリウスとルクシャに見送られ、道具屋に戻ると、会計はベルエンテール公爵家で持つことになったと聞かされた。
おまけに丈夫でデカい木の板付きだ。
板まで買うと高いので、森の木を切り出すつもりでいたのだが、これなら森を傷めずスイートビーの巣箱を作ることが出来る。
ベルエンテール公爵家に向かう途中で、スイートビーを何の仕事に使うのかとルクシャに尋ねられ、答えたのをガリウスが聞いていて手を回してくれたらしい。
後で届けておくよ、とニマンドに言われて、俺はリリアを肩車しながら、村への道を歩いていた。
「……お父さん。」
ふいにリリアが呟いた。
「何だ?」
結局、今日もあまり話せなかったな、と、思いながら尋ねる。
仲良くなるには、まだまだ時間がかかりそうだ。放っておいたツケなのだから仕方がない、と思った。
「──お父さん、まもののおいしゃさんみたいだった。
……カッコよかった。」
リリアが嬉しそうな声で言う。初めて自分から、こんなにたくさん話しかけてくれた。
俺は泣きそうになり鼻をすすった。
「そうか、カッコよかったか。」
まもののおいしゃさん、か。
リリアが喜んでくれるなら、それも悪くないかも知れないな。
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