第5話 公爵家のお願い

 俺は娘のリリアと連れ立って、街の道具屋に来ていた。二人だけでどこにも出かけたことがなかったのと、一度街を見せておきたいと思ったからだ。

 ここの道具屋はとにかくデカい。既に完成している道具から、釘や金槌などの日曜大工品、飼料まで。

 5階建ての建物の中に、ジャンル別に分かれて様々な商品が並べられ、冒険者から街の人達まで、様々な利用者がいる。


 ケイヨーデイツーという大型のホームセンターを知っている人なら、どんなところかイメージしやすいかも知れない。

 冒険者をしていた時、色んな街を回ったが、王宮に近いこの店より品揃えの多い店はない。

 見て回るだけでも男からすると楽しいのだが、果たしてリリアがどう感じるかは分からなかった。

 だが心配はいらないようだ。前を小走りに駆けるリリアを嗜めなくてはいけない程度には、この店に興味を持ったようだった。


 俺は巣箱に使う材料の他に、身隠しのローブを数枚手に取った。これはDランクのダンジョンまでなら、魔物から完全に姿を隠すことができる。

 初心者が魔物から逃げる時にも使えるし、これを使った一般人向けのダンジョン探索ツアーも人気だ。

 これを使えば誰でもスイートビーの巣箱に近付けるようになる。スイートビーの養蜂には欠かせないアイテムだ。


 俺が身隠しのローブを選んでいると、リリアより少し年上くらいの、贅沢な服に身をを包んだ男の子が、悲しげな目でローブを見上げていた。

 すぐに白髪の執事のような男性が迎えに来たので、恐らくどこかの裕福な商人か、貴族のお坊ちゃんなのだろう。

 俺が選んだものを会計に持って行くと、俺が来た事を店員が伝えに行き、奥から顔馴染みの店長、ニマンドが現れた。


「久し振りだな、元気そうじゃないか。

 冒険者をやめたって本当なのか?」

「ああ、そちらこそ息災で何よりだ。

 ……まあ、ここらが潮時だと思ってな。

 今は村に戻ってるよ。」

「その子がリリアちゃんかい?

 こんにちは。おじさんはお父さんの友達なんだよ?」

 リリアがコクッと小さく頷いて挨拶する。

 人見知りは相変わらずのようだ。

「それで?今日は何を買うつもりなんだ?」


「実はスイートビーの養蜂を始めようと思ってな。

 既に蜂蜜は取れているから、それをこれから売りに行くつもりだ。

 済まないが、金を払うのはその後でもいいか?」

「ああ、もちろんだ。

 こちらで預かっておくよ。」

 ニマンドが受付に並べた品物を、奥で管理しておくよう、店員に告げる。

「……おじさん、魔物を飼ってるの?」

 声のした方を振り返ると、さっきの身隠しのローブを悲しげに見上げていた男の子だった。


「飼ってるわけじゃないんだが、おじさんたちのお仕事に使うんだ。」

「そっか……。

 飼ってるなら話が聞きたかったの。

 ごめんね。」

 あまりに悲しそうなその様子に、俺とニマンドは顔を見合わせる。

 俺は男の子の目線までしゃがむと、

「……何が聞きたいんだ?」

 と優しく訪ねた。

「ルクシャ様!

 こんなところにいらしたのですね?

 じいから離れてはいけませんと申し上げたではないですか。」


 先程男の子を迎えに来た、執事のような服装の男性が、慌てた様子でこちらに駆けてくる。

「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。

 私はガウリス、ベルエンテール公爵にお仕えしている執事です。

 この方は小公爵のルクシャ様です。」

 やはりいいとこの子だったか。

「いや、特に迷惑はかけられてないぞ。

 何か俺に聞きたい事があるようなんだが、話を聞いてやってもいいだろうか?

 俺はSランク冒険者のアスガルドだ。」


 俺の冒険者登録は消していないので、引退した身とはいえ現役の冒険者扱いだ。ようするに、身分証明書替わりなのだ。

 ルクシャは俺とガリウス執事の表情を交互に見比べる。ガリウスがルクシャに対し、コックリと頷いた。

「……あのね、うちで飼ってる、ガラファンの様子がおかしいの。

 大人しかったのに、急にめちゃくちゃ暴れだしたの。」


 ガラファン……!!

 ダンジョンに生息する魔物は、ダンジョン内で湧いて出るものと、そこにただ住まうものに分かれる。

 ガラファンは後者で、Dランクのダンジョンに生息する、ゾウのような鼻を持つ、けむくじゃらの魔物だ。

 ゾウのような長い牙がなく、代わりに爪がとても長い為、マンモスとは見た目が違う。どちらかと言うと、ゾウとクマの間の子みたいな感じだ。

 自分からあまり人を襲わない魔物とはいえ、よく飼う気になったものだ。

 お貴族様の考えることは分からんな。


「アスガルドはSランクのテイマーだ。魔物についてはとても詳しい。

 ──どうだ、一度見てやっちゃどうだ?

 ベルエンテール公爵家はうちのお得意さんでな。

 もし行ってくれるなら、さっきの商品、オマケしとくぜ?」

 最初のはガリウスとルクシャに、後の方は俺を見ながらニマンドが言う。

「物の序でだし、別に俺は構わんが……。

 どうする?」

 俺はルクシャの保護者であるガリウスに訪ねた。


「……大変不躾なお願いで恐縮ですが、当家にいらしていただけませんでしょうか?

 ルクシャ様はダンジョン探索ツアーで見かけたガラファンを連れて帰ってらしてから、大変責任を感じていらっしゃいます。

 一度人に飼われたガラファンを、ダンジョンに戻す事は出来ません。

 このままですと、処分することに。」

「分かった。……俺で分かることか分からんが、一度見てみよう。」

 ルクシャの表情がパアッと明るくなる。

「近くに当家の馬車を待たせております。

 そちらで参りましょう。」

 俺たちは購入予定の商品をニマンドに預け、ベルエンテール公爵家へと向かう事になったのだった。


 ベルエンテール公爵家は広大な土地を持つ大豪邸だった。使用人の住まいだけでも、俺たちの住むルーフェンの村が、5つは入りそうな広さだ。

「こちらです。」

 ガリウス執事の案内で、裏庭の山を登る。ここで放し飼いにしているらしい。

「……あれです。

 気がたっているのでお気をつけ下さい。」

 広い草むらをガラファンがウロウロしている。

 魔物は一見雌雄が判り辛いが、ガラファンは毛皮の色で判別出来る。くすんだオレンジ色をしているから、あれはオスだ。


「ああやって1日中あたりをうろついて、近付く者を寄せ付けません。

 メスの方は逆に日に日に元気がなくなっていきますし、このままでは処分しなくとも死ぬかも知れません。」

「──番いなのか!?」

 俺は驚いてガリウスを見る。

「なあ、ここにナナカンの木を植えたか、自生しているようなことはあるか?

 それと最近──。」

 俺はガリウスに耳打ちをする。子どもたち二人が不思議そうに俺たちを見上げる。

「はい、その通りです、何故お分かりになったのですか?」

 満足した顔で頷く俺を、ガリウスが不思議そうな表情で見る。


「エンダー。」

 ルクシャがガラファンに呼び掛けたが、それに気付いたオスのガラファンが、ガアッと吠えて威嚇してくる。

 ビクッとして下がるルクシャを、ガリウスが庇うように体を支える。

「やはり処分しなくてはならないでしょうか……。」

「処分?

 ──って、いやいや、それ、処分しなくとも、何とかなるぞ?」

「本当ですか!?」

「ああ、ちょっと頼みたいことがあるんだが、今から言う物を持って来てくれないか?」

 俺はニヤリと笑みを浮かべた。

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