第4話 蜂蜜って実は凄い

 俺は蜂蜜を一口、スプーンですくって食べた。

「〜〜〜〜!!!」

 くちの中でさらりと溶ける、濃厚なのに爽やかな甘み。ほんの少し鼻に抜ける、レレンの香り。

 これは本当に蜂蜜か?

 俺は正直蜂蜜というものがそこまで好きではない。舌に乗せた時の、ほんの少しザラついた感じと、小さく感じる痛みのような違和感があって、甘みが強く、美味しいのだが、そこまで食べたいものでもない。

 だがこれはそういうのが一切なく、口で溶けるとまるで飲み物を飲んでいるかのようにグイグイいってしまう。


 甘みの程度と爽やかさは、冷やし飴という関西では定番の夏の飲み物を少し濃くしたくらい、と言ったら、一部の人には伝わるだろうか。生姜が入っていないので、当然味は違うが、ドリンクにして売ってもいけるかも知れない。

 思わず何杯も口に運んでしまい、村長が俺を窘めた。

 順番を待っている子どもたちが、ジトッとした目で俺を見ている。俺は咳払いをすると、

「──最高だ。」

 と言った。皆は一気に興奮すると、次々とパンに塗って食べ始めた。


「オイオイ、ちょっと待て、パンで食べるのなら、こんなのもあるぞ?」

 俺はボウルに牛の乳、卵を入れて泡立てると、それをザルで濾した。そのままでもいけるが、混ざりきらない卵白やカラザが取れて、卵がより滑らかになる。

 パンを切ってフォークで突き、卵液を染み込ませやすくする。

 バターをしいてこんがり焼き目がつく程度に焼いてやる。最後にスイートビーの蜂蜜をたっぷりとかけた。

「スイートビーのハニーフレンチトーストだ。」


 皆がアチチチ、と言いながらフレンチトーストを頬張る。砂糖が貴重なこの時代において、甘いものは滅多に楽しむことの出来ない娯楽だ。

 皆笑顔で楽しそうにしている。

 こうなると、俺はもう一品作りたくなってきた。

「誰か、何人か野菜のスープを分けてくれないか?野菜の種類は違う方がいい。

 あと、鶏をさばいたやつがいたら、肉と骨が両方欲しいんだが。ああ、クズ肉なんかもあるといい。」


 何にするんだ?と一様に不思議そうな顔をしながら、皆が各家庭で作った野菜のスープを少しずつ持ち寄ってくれる。

 調味料が少ないので、ほんの少しの塩でしか味付けされていない。野菜は各家庭ごとにすべて違っている。

 俺は野菜を取り除くと、スープだけを集めて、クズ肉と骨と一緒に鍋にぶちこんだ。

 グツグツと鍋が煮える。

「──ふきんを取ってくれ。」


 俺は別の鍋に、ザルを引っ掛けると、その上にふきんを敷いた。重みで落ちずに丁度いい感じに引っかかっている。

 そこに鍋の中身をゆっくりとあけた。

 骨や汚れがふきんで取れて、キレイな薄茶色の液体が出来た。

「これは何?」

 野菜スープを持って来てくれた女性の一人、ラナが鍋を覗き込みながら尋ねる。

「コンソメスープさ。」


 コンソメスープの作り方は至って簡単だ。肉と野菜と塩コショウ。それを煮るだけ。コショウはなくてもいい。牛肉を使うのが一般的だが、鶏肉を使用したものもある。

 卵の白身を混ぜてアクを取るやり方もあるが、俺はアクも旨味派なので取らない。

 ようするになんだっていいのだ。

 野菜や肉を煮るだけの時の汁を取っておいたり、捨てるだけの皮を使って作ってもいい。それだけで立派な1つの料理になるのだ。


 俺は煮立てたコンソメスープに、一口大に切った鶏肉、生姜を一欠薄切りにしたもの、蜂蜜を大さじ1杯分程入れて煮る。それだけだ。

 蓋をして中火で3分程。かき混ぜてひっくり返して更に2分。

「さあ食べてくれ。鶏肉のしょうが蜂蜜煮だ。」

 皆はゴクリとツバを飲み込んだ。

「……美味しい!」

「柔らか〜い。」

「蜂蜜が料理にも使えるなんて……。」

「野菜のスープがここまで変わるのか!?」

 皆、汁まで飲んでいる。

 皆の満足そうな顔に、俺も満足だった。


 食べたあとは皆で瓶を煮沸して蜂蜜を瓶に詰めた。

 俺は牛の乳にほんの少し蜂蜜を混ぜると、まだこの蜂蜜を楽しんでいない赤ん坊に差し出した。

 母親のエレンは戸惑った表情をしながらそれを受け取らない。

「あの……、うちの子は、まだ一歳になったばかりだから、牛の乳は大丈夫でも、蜂蜜は無理だと思うの。」

「いや、この蜂蜜は大丈夫なのさ。

 騙されたと思って飲んでご覧。」


 蜂蜜というのは、実はボツリヌス菌を含んでいる可能性がある、ボツリヌス菌は熱に強く、なんと120℃で4分以上も加熱しないと死なない。

 その為通常の調理で菌が死なず、腸内環境の整っていない、一歳未満の子どもに与えてはいけないとされている。

 だが、このスイートビーの蜂蜜の凄いところは、魔物の出す粘液が菌を殺してしまうことにある。


 スイートビーには実は内臓がある。内臓も美味として、一部では食べる習慣があるが、流石に俺は食べる気はしない。

 魔物も生まれたばかりは弱いが、内臓があるがばかりに、菌にやられてしまうこともある。

 自分たちの子どもに食べさせるものなのだから、危険なものは与えられない。進化の過程で菌から守る方法を生み出したのだ。

 これは貴族や王宮などでは広く知られ、この国の王は代々栄養豊富なスイートビーの蜂蜜を食べて育つ。

 冒険者でもない限り、貧乏人は誰も知らないがな。


「──それはどうするの?」

 俺が瓶に詰める用とは別に分けておいた蜂蜜を見て、ニナイが聞いてくる。

「ああ……これはな。

 おーい、ザンギス、ちょっと手伝ってくれないか?」

 俺はザンギスを呼んだ。今日は俺が帰って来るというので休みを取って戻って来てくれたが、日頃は酒工房で出稼ぎをしている。

 酒工房は醸造元の事だ。ザンギスはそこで働く蔵人ということになる。

「これは、酒にしようと思ってるんだ。」


 実は人類最古の酒は蜂蜜酒と言われている。蜂蜜に酵母を加えて発酵させた酒で、ミードやハニーワインなどと呼ばれている。

 一見甘そうに聞こえるが、実は辛口も存在する。水の代わりにリンゴの果汁を使うこともあるので、レレンの果汁と合わせたら、それは美味い酒が出来る筈だ。

 結婚祝いに使われる事も多い、めでたい酒である。

「スイートビーの蜂蜜と蜂蜜酒。コイツを売れば、冬を越すどころか、みんなの新しい服も買えるし、蓄えだって出来る。

 どうだ、みんな手伝ってくれるだろ?」


 皆はうっすらと笑顔になりつつある表情で、互いの顔を見比べた後、

「もちろんだ!」

 と大声答えてくれた。

 まずは蜂蜜を取るために、スイートビーに巣を移して貰う必要がある。

 巣箱の材料は森から取って来れるが、釘やなんかは街に買い出しに行かなくてはならない。

 俺が金を出してもいいのだが、皆の為のものは、スイートビーの蜂蜜を少し売って金を作る事にしようと言うことになった。

「街か……。久し振りだな。」

 俺は懐かしい商人の店を尋ねる事にした。

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