第2話 魔物に苦しむ村

「おっ、来たぞ来たぞ!」

「アスガルド!」

「お帰りなさい!」

 ルーフェンの村が見える真っ直ぐな道の先で、村長を始めとする村人たちが手を振って俺を出迎えてくれていた。

 戻ると手紙を送っておいたが、まさか村総出で迎えに来てくれるとは。

 中央には、村長に肩に手を置かれた俺の娘、リリアの姿も見える。

 近付いた途端、リリアは村長にしがみつき、顔を隠して隠れてしまった。

「おいおい、どうした?リリア、お父さんだぞ?」


「久しぶり過ぎて照れてるんだろう。

 この年頃の子どもにはよくある事だ。」

 そう言うと、白髪と顔中に生やしたヒゲに印象を奪われる中で、ポツンとついている小さな目を、優しく穏やかに細めながら村長は俺を見た。

「……お帰り、アスガルド。」

「只今戻りました。」

 変わらぬ姿に俺は涙が出そうになった。


 俺は異世界転生者で孤児だった。事故にあい、一度死に、気が付くとこの村の近くの森で捨てられて泣いていたのだ。

 村長は俺を拾って育ててくれた親代わりで、恩人でもある。俺が冒険者になり、度々家をあけたことで、妻は3年前に蒸発した。以来リリアは村長の元で育てられた。

 世話をしてくれる人間がいるのをいいことに、長年ほったらかしたのだ。これからリリアとの溝を埋めなくちゃならないな、と、村長にしがみついたままのリリアを見ながら思った。


「──家はきれいにしてある。いつでも使えるようになっているよ。」

 村長の言葉に、俺はリリアを連れて、久し振りの我が家へと戻った。

 家を出た頃と何も変わらない。風通しをひていてくれたのか、カビ臭い匂いもなく、シーツも新しいものが敷かれていた。

 これなら今日からでも生活出来そうだ。

 俺は生活に必要なものを買い出しに行こうと思ったが、村の人たちに次々と足止めをくらった。


 パン、野菜、タオル、牛の乳、料理に使う炭。抱えきれないそれらを抱え、前が殆ど見えなくなりながら家に戻ると、村長が笑いながら手伝ってくれた。

「……みんなお前に感謝してるんだよ。

 養育費と称して、村のみんなが使える金を送ってくれた。

 こんな貧乏な村が、誰一人死ぬことなく冬を越せたのも、みんなお前のおかげだ。」


 俺はただ罪悪感から、片親で村長に預けられたリリアが、何不自由なく暮らせる環境を整えてやりたかっただけだ。

 リリアだけに金を送ると、他の子どもに恨まれていじめられるんじゃないかと思っていた。だから村のみんなで使って欲しいと多めに金を送ったに過ぎない。

 こうして素直に感謝されてしまうと、何だかむず痒くなる。


「……そういや、何でこんな時間に、みんなは村にいたんだ?

 普段なら、畑に働きに行ってる頃だろう?」

 この村は時給自足だ。近くの森や畑で取れたものを食べ、少し余ったものをよそに売りに行って、その金で冬支度をして年を越す。

 学校に行っている子どもはおらず、村人総出で昼間は働いているのだ。それでようやく食べて行かれる程度。

 たまに出稼ぎに行く男たちもいるが、冒険者程稼げる訳ではないので、夜家にいる時も内職をしている。


 村長は項垂れて視線を落とした。

「それが……困ったことになってな。

 冒険者のお前にも、ちょっと見て欲しい。

 今からワシについて来て貰えんか?」

 俺は不思議に思いながら頷いた。

 村長は俺を森に連れて行くと、レレンの木が群生しているところまで来た。

 レレンはリンゴに似た果実のなる木で、その蜜はとても甘くて糖度が高い。寒い冬が実を引き締めると言われ、寒ければ寒い程、甘い実がなる。

 この村の重要な外貨獲得の手段の1つだ。


「……あれを見てくれんか。」

 村長は一番大きな木のてっぺんを指差した。

 そこには巨大な蜂の巣が作られ、あたりをブンブンとスイートービーと呼ばれる巨大な蜂の魔物が飛び交っていた。

 巨大と言っても普通の蜂に比べたらの話で、そのサイズは大人の握りこぶし程度。

 その毒針は一指しで馬が死ぬ。


 森や民家の集合している場所など、巣を作るところを選ばず、巣に近付くものを全体で攻撃する。

 何より厄介なのは、スイートビーは冬眠をしないということ。年がら年中動き回って、人々を襲う。

 スイートビーに巣を作られた村は、村を捨てて逃げ出さなくてはならなくなる、危険な魔物だった。


「……長年親しんだこの村だが、大事なレレンの木にこんなものが出来てしまっては、レレンの木に近付くことすら出来ない。

 我々は畑だけでは生活出来ない。

 それなのにその畑にすら毎日スイートビーが現れて、畑仕事もままならん。

 冒険者ギルドに討伐を頼みたくとも、金が無い。

 ……この村を捨てなくちゃならん。

 悲しい事だ。」

 村長は目を閉じ、涙を堪えているようだった。

 俺はランウェイと幼い頃、この木に登ってレレンの実を食べ、大人たちに怒られたことを思い出していた。


「……ん?

 っていうか、討伐?

 ──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ?」

「どういうことだ?

 ワシに分かるように話してくれんか。」

「……村長、皆に言って用意して貰いたいもんがあるんだ。

 なあに、すぐに解決してみせるさ。」

 半信半疑な村長に、俺はニカッと笑って見せた。

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